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青よりも、蒼よりも……

作者: 葉月 七歌

 青い空は、嫌いだった。

 雲がないなら、なおさら。


 その見事に嫌いな天気を、この無駄に暑い週の初めは再現してくれている。

 学校をサボり、家にもいたくなかった。でも、外をぶらついているのは失敗だったかもしれない。

 陽炎かげろうは揺らめいているし喉は渇くし。ただ当てもなく、黒くて暑いだけの道は、思ったより生き地獄だった。犬や猫の姿もない公園を見つけた時の虚しさといったら、溜まったものじゃない。

 そうやって思い出させられるのは、今日の最高気温。リフレインする数値は、アナウンサーや気象予報士のお言葉によれば、「初夏というより真夏日突入」。

 噴水のある公園で涼めたらいいのに、ここは敷地を示す囲いから、砂もお粗末なほどに硬い地面のグラウンドさながらの敷地内へと、静かに生きる場所を伸ばそうとする緑達ぐらいしかない。相変わらず、少年サッカーやお年寄りのグラウンドゴルフしかできなさそうな世界だった。無味乾燥って、こういう時に使うのかななんて考えてしまう。

 池もない。ただ囲いと木々が少々。雑草だらけの空き地のような場所にやってきた私は、他の人から見れば絶対暇人にしか見えないに決まってる。

 近くで缶を拾い集めているらしい物乞いのおじさんだって、せいぜい私の手の中の、後は熱せられるだけな空き缶に興味を示すぐらいのはずだ。でも、遠目でも錆びていそうなママチャリいっぱいに空き缶があるあの様子だと、手荷物が増えるからと、断られるのかもしれない。

 木は、真下の地面にくっきりと、葉の模様で黒と白っぽい土色で天国を作っている。

 興味の無い振りをするか、さっさと入ってしまうか、一人で妙な誘惑に惑わされる。

 ――無理だった。

 勝とうなんて思えない。紫外線から体を守ってくれる自然の傘の下に入らないで、どうやってこの汗を少しでも抑えられるんだろう。

 足が勝手に木陰へと向かう。手の中のオレンジジュースは尽きて、帽子もない。真っ黒髪に真っ黒目の私は、同じ黒でも選んでいいなら、ビバ木陰って叫んだって構わない。生存本能を満たさないで、何が生き物だ。

 そう思っていても、いざそのこかげに飛び込んでいこうとすれば、目に入るのは野生を忘れたようにうつ伏せの大の字で寝転ぶチャトラの猫の姿。

 いやがったのかとしか思えなくて、けど引っかかれたくもなくて。

 結局、負け犬のようにおとなしく、猫の隣にちょこんと座るしかできなかった。猫からすれば図体でかいっていうより、巨人みたいに見えるはずなのに、猫は全く気にしていないみたいだった。

「態度悪……」

 チャトラは夏毛を風に撫でさせて、体毛で波を作っている。本当に気にしている様子がない。

 体毛が波打っているのを見ているうちに、私はふいと視線を外した。……団地だけを見れば、空は意外と隠れていた。

 生温い風は、排気ガスまみれのまずい空気をどこへ運んでいくんだろう。

 その生温くてまずい空気を吸って、こんな小さな体で小さな肺しかない猫や、こんな車の音が近い場所の木には、毒なんじゃ……。

「ねえ、苦しくないの?」

 ……あ、尻尾が揺れた。

 ちょっとだけ、おもちゃのステッキみたいに尻尾の先だけカーブさせる猫を見て、私は思わず笑った。

 そりゃそうよ。人間ったら、なんだって鳥を捕まえにくくて暑い場所が好きなの? なんて言いそうな感じに見えた。

「残念でした、私鳥肉より牛肉好きなんだ。暑くったって飲み物飲んだりクーラー当たればいいもん」

 また、ちょっとだけ尻尾が動いた。左から右へ、またステッキみたいなカーブ。

 えー、外でお昼寝すればいいじゃない。町中芝生と木陰があれば十分だわ。

「んー、昔は好きだったんだけどね……空、青いでしょ?」

 猫の瞼がちょっとだけ、眠たそうに開いた。チャトラは緑の目なんて考えがあったけど、思った以上に黄色い目だった。……大きな目ってかわいい。

「青いのっていや。海みたいじゃん。……海より明るいけど、いや」

 だんだん、味気ない乾ききった地面のほうへ目が行ってしまう。強い光を跳ね返した色が、もうすぐ海開きの季節だと知らせてくるようだった。

 段々と、それが砂浜を思い起こさせて

 段々と、それが浜辺で壊れていく波を思い出させて。

「……ねえ、猫って水嫌いなんだよね。海とか、入ろうなんて思わないよね」

 なんの返事もくれなかった。ただ尻尾が、左右にゆっくり、たまに止まりながら振られるだけ。

 なんとなく淋しくなって、笑いながら木を見上げるようにして笑う。

「いいよねぇー、猫に生まれたかったなぁ」

 青も嫌いじゃないままでいられたのかもしれない。

 海を怖がる事もなくて、最初から嫌いでいられたのに。

「……私、ずるい? お姉ちゃん死んだからって、海とか青とか嫌うのって……ずるい?」

 猫は答えてくれない。さっきみたいに、尻尾で伝えてくれたりはしてくれない。

 ふと、笑いで細くなった視界を、瞼の力を抜いてはっきりと捉えた。

 ――蒼。

 蒼で、蒼で、あおに染まる天空。

 どこまでも高くて、底がない色。

 きっと、どこかであおだけの世界になって、どんどんと紺になって黒になって、光がない場所になって。

 ……そんなに暗い場所で、お姉ちゃんはひとりで苦しんだんだって、教えられているみたいになる。

 空が、水面みたいにゆらゆら揺れたりしないって、分かっていても。

「いいね、君……気ままに生きていきたいな、私も」

 週の初めから学校をサボるなんて必要もない。それで後ろ髪引かれるななんて考えなくていい。

 暑いから文句を言うなんて、慣れちゃえばきっと言う気も失くしてしまえる。

 あの人達にお姉ちゃんと重ねて見られるような事だって、それを億劫に感じる事だって、きっと忘れてしまえる。

 重圧全てを振り払う気はないけれど、それでも、爆発させないままいるのは、正直……辛い。

 それで猫に逃げるなんて、なんて〝人間〟らしいんだろう。

 急に左手に、ふわふわとした感触が来て驚いた。さっきのチャトラが擦り寄ってきている。首の下を掻いてやると、人馴れしているらしくて、甘えた声を出してきた。

「愛され気質なんだね、君」

 ここ掻け、ここ掻け。

 そう言いたそうに頭を動かすチャトラ。ご要望にお答えしましょうか、なんてかっこつけて、掻いてほしそうな場所へ指を運ぶ。最初の態度の悪さを忘れそうになるくらい、意外と可愛い奴め。

 ――よく見ればオスだ。おかま口調に勝手にしちゃったなあと思いつつ、撫でて笑う。

 少しして立ち上がる。チャトラが見上げてきて、私は微笑んだ。

「またね、トラ君。ありがと、ガッコ行ってみるよ」

 猫はまだ物足りなさそうに、足元に擦り寄ってくる。

 もう一度撫でてやろうとすると、自分から鼻を私の手に摺り寄せてきた。

 頑張れ、ファイト。

 そう言ってくれたように感じる。

 公園を出て、私は伸びをした。視界が自然と上を向いて、見えてくる真っ青。

 空は嫌いだ。雲がないなら、なおさら。

 でも。

 茶色は……好きかもしれない。ふわふわとした茶色なら、なおさら。

 後ろを振り返り、木陰に戻ったチャトラを見て、思わず吹き出した。

 大の字で寝る猫なんて、初めて見た。

 こんにちは、です。読んでくださってありがとうございます。初めて文学風……なのかな? 一人称っぽい視点で描いてみました。普段長編ばかりなので短編は緊張します、はい(苦笑)。

 小説を書き始めて六年と言っても、まだまだがつきそうな六年ですね(汗)。

 ええと、これは専門学校の体験入学に行った際、作成したものに加筆修正したものです。四半期前ぐらいのなので、今の文章にも割と近い……と思いたいです。

 感想、アドバイス等いただけましたら幸いです。それでは、失礼します。

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