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石の記憶  作者: 羽柴るい
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石の記憶 翡翠の約束


この物語は、日常の中の出来事をもとに紡いだ短編です。

 

八神久子は、ふとした瞬間に思うことがあった。

 

最近、夫とゆっくり話していないな、と。

 

長い年月を共に過ごしてきた。

それは穏やかで、安心できる時間でもある。

 

けれどその分、どこか当たり前になりすぎている気もしていた。

 

 

ある日、夫の成吉が百貨店へ出かけた。

 

読書が趣味の彼は、本を買うついでに店内を見て回ることが多い。

 

その日も、書店を出たあと、ふらりと催事場に足を運んだ。

 

新潟の物産展が開かれていた。

 

食品や工芸品が並ぶ中で、ふと目に留まったのは、小さなアクセサリーだった。

 

淡い緑色の石。

葉の形をしたペンダント。

 

――どこかで見た気がする。

 

手に取った瞬間、記憶がよみがえった。

 

若い頃、久子がよく身につけていたものに、よく似ていた。

 

まだ二人とも、今よりずっと忙しくて、

それでもどこか、今よりも近くにいた頃。

 

 

「……そうか」

 

小さくつぶやいて、成吉はそのペンダントを買った。

 

 

夕方。

 

「ただいま」

 

いつものように帰宅すると、久子が台所から顔を出した。

 

「おかえりなさい」

 

何気ないやり取り。

 

そのあと、成吉は少しだけ言いにくそうに、紙袋を差し出した。

 

「母さん、いつもすまないな」

 

不意の言葉に、久子は目を丸くする。

 

「これ……」

 

中から出てきたのは、翡翠のペンダントだった。

 

葉の形をした、やわらかな緑。

 

それを見た瞬間、久子の表情が揺れた。

 

「これ……覚えててくれたの」

 

声が、少しだけ震える。

 

若い頃、自分が身につけていたものに、よく似ていた。

 

何気ない日々の中に、置いてきたと思っていた時間が、

ふいに目の前に戻ってきたようだった。

 

久子はそっとペンダントを手に取り、首にかける。

 

胸元で、小さな緑がやさしく揺れた。

 

「似合ってる」

 

成吉が少し照れたように言う。

 

その一言に、久子は思わず笑った。

 

「……ありがとう」

 

 

しばらくして。

 

「あなた」

 

久子が、少しだけいたずらっぽく声をかけた。

 

「なにか忘れてません?」

 

「え?」

 

「今日は、結婚記念日ですよ」

 

その言葉に、成吉は一瞬止まり、そして苦笑した。

 

「……ああ」

 

「すまん」

 

「本に夢中でな」

 

「いいんですよ」

 

久子はそう言って、近くにあったアクセサリーに手を伸ばした。

 

小さな翡翠のブレスレット。

 

「せっかくなら、お揃いにしませんか」

 

成吉は少し驚いたように見て、それから静かに頷いた。

 

 

数日後。

 

二人は並んで座り、それぞれの手元を見ていた。

 

久子の胸元には、あのペンダント。

手首には、翡翠のブレスレット。

 

成吉の手にも、同じ色のブレスレットがあった。

 

「これで、お揃いですね」

 

久子が微笑む。

 

成吉も、ゆっくりと笑い返した。

 

長い時間の中で、少しだけ離れていた距離が、

また静かに戻ってきたような気がした。

 

 

言葉にしなくても、そこにあるもの。

 

それを確かめるように、二人はもう一度、顔を見合わせた。

あなたはどの石が気になりましたか?

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