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いくじなし勇者と強がり魔女王 〜四季の陣は、恋の陣〜

掲載日:2026/04/04

――魔王は、ビルの最上階で勇者を待つ。


幼稚園児の弟を守るため、若くして「魔女王」の座を継いだヴァルミリア。

彼女が身に纏うのは禍々しい鎧ではなく、仕立ての良いビジネススーツ。


襲いくる勇者を、ある時は「名刺交換」で圧倒し、ある時は「季節の行事」で返り討ちにする。


しかし、敵軍の中に一人だけ。

彼女の鉄壁の防壁を、無自覚に突き破ってくる男がいた。


これは、強がりな魔女王と、無自覚に彼女を甘やかす「いくじなし」による、四季を巡る恋の抗争記録である。

 

 ◆◇◆◇◆◇ 魔女王の誕生 ◆◇◆◇◆◇




「早く討ちなさいよ! いくじなし!」




 ――時を遡る事、数ヶ月前。



「魔王ヴァルディス様が……逝かれました」

「そうか」


「遺言通り、ノクス様を次期魔王に……」

「待て」



 ヴァルミリアが重臣の言葉を遮った。



「ヴァルミリア様……」

「弟のノクスはまだ幼稚園児だぞ」


「はっ……しかしヴァルミリア様、魔王様の遺言が……」

「ここに、成魔した魔王の子がおるのだ。何が問題か」


「しかし……いえ、何も問題ございません。ヴァルミリア様の御意向であれば」

「ならばよい。次期魔王は私、魔女王ヴァルミリアが成る」

「はっ……仰せのままに」



 まだ幼いノクスを勇者と戦わせる訳にはいかない。姉としてのその優しさを、魔王国の重臣たちは十分に理解していた。

 傍若無人と恐れられた魔王ヴァルディスも、老いには抗えなかった。妻ノクティアの後を追うかのように衰え、いま息を引き取ったのである。



「今後、勇者一行が現れた際には、この私、魔女王ヴァルミリアが相手をする! わかったな!」

「はっ」




 ★ ★ ★




「アビスガルド王国は、すぐに勇者を送り込んでくるだろうな」

「そうですね。代替わりが戦いを有利に進めるチャンスである事は確かです。地盤が緩んだところを攻めるなど、勇者にあるまじき行為ですが……」

「フフフ……つくづく人間はやり方が汚い。国の長たる国王が出ず、勇者なんぞを寄越すのだからな」



 ピンポーン。



 その時、魔王ビル・エントランスのインターホンが押された。モニターには人影が映っている。



「魔女王様、勇者一行が下に来たようです」

「フフフ……早速来たか。通せ」



 エレベーターの△ランプが点灯し、1Fから10Fへと光が移っていく。



 チーン。



 エレベーターを降りた勇者一行が、受付のサキュバスへと歩み寄る。



「いらっしゃいませ。アポイントはございますでしょうか?」

「いえ、本日は新魔王誕生ということで参りました。アポ無しです」


「そうでございましたか。お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

「『蒼の武団』代表、アルフレド。勇者をしている」

「では、名簿にそれぞれお名前を記入してお待ちください」



 勇者一行がそれぞれボールペンで名簿に記帳する。サキュバスは内線で魔女王の執務室を呼び出した。

 電話を取ったのは、社長秘書のデーモンだ。



「魔王室……はい。そうですか。勇者一行がフロアへ到着したとのことです。通してよろしいでしょうか?」

「フフフ、来たか勇者。仲間を連れて……しかし邪魔は要らん。一対一でやろうではないか。応接室へ通せ」

「はっ、わかりました。……魔女王様から面会の許可が出ました、応接室へ。ただし、勇者一人だけだ」



 受付のサキュバスの顔が緊張に変わる。



「勇者一行様。面会の許可が下りました。ただし、勇者様一名だけです」

「なんだと!?」

「卑怯な! これは罠か!」

「今なんとおっしゃいましたか……卑怯? 代替わり直後にアポ無しで訪問する者と、どちらが卑怯でしょう?」



 ガチャ、と入り口の扉が開く。現れたのは王の秘書デーモンだ。



「何が問題か?」



 サキュバスは平静を装い、静かに応える。



「何もございません。こちら、勇者アルフレド様です」

「勇者アルフレド様、魔女王様がお待ちです。こちらへどうぞ」



 デーモンが扉を開け、勇者を中へ案内した。

 勇者が応接室へ入ると、そこにはすでに魔女王ヴァルミリアが控えていた。



「ようこそいらっしゃいました、勇者様」



 先手必勝。ビジネスの世界は先に声を発した者が有利になる。魔女王は、父に鍛えられたそのマナーを遺憾なく発揮した。仕立ての良いビジネススーツから、使い込まれた革の名刺入れを取り出す。それは代々使われてきた秘宝であり、亡き魔王の遺品でもあった。



「この度、魔王となりましたヴァルミリアと申します。女性ですので魔女王ですね。よろしくお願い致します」



 使い込まれた革の名刺入れは、パタリと良い音を立てて開いた。彼女は、ディフォルメされたヴァルミリアのイラストが入った名刺を、低く差し出した。

 勇者が遅れをとる。アポ無しで訪問しておきながら、挨拶も名刺交換も魔女王に先手を取られたのだ。



「……突然の訪問、お詫びいたします。この度は新魔女王誕生ということでお邪魔させていただきました。誠におめでとうございます」



 勇者が慌ててオリハルコンの名刺ケースを取り出し、名刺を差し出す。だが魔女王はそれよりもさらに低く名刺を下げ、勇者の名刺を受け取った。



『傍若無人』その言葉は今、まさに勇者にこそ相応しい。魔王領であるビルにアポなしで乗り込み、挨拶も遅れ、名刺を相手より高い位置で交換しようとする。まさに「外道」の振る舞いだ。ここまでは、新魔女王のペースだった。勇者は交換された名刺を確かめながら言った。



「なかなか堂に入った応対だ。若手とは思えない貫略がありますね、魔女王ヴァルミリア殿」

「そちらこそ、情報収集に抜かりなし。行動も迅速。流石ですわね、勇者アルフレド様」


「それは褒めていただいたと受け取っておきましょう。……しかし可愛らしいイラストだ、もしかしてこれは」

「フフフ、お目が高い。これは我が魔王国お抱え絵師、ベルモエス先生の作ですわ」


「な、なんと……やはりあのお方が。しかし仕事が早い。もう名刺が出来上がっているとは」

「その発言も、お褒めの言葉として受け取っておきましょう。覚悟を決めた時、すでに準備には取り掛かっておりましたの」



 アルフレドは表情を引き締めた。



「ならば話は早い。今期の勝敗、我がアビスガルド王国の勝ちと、今ここで決めていただきたい。引き継ぎや魔王国内の仕事で、今期はヴァルミリア殿もお忙しいでしょう。我々と事を構えていては足元をすくわれますよ」

「フフフ……なんて卑しい民族なのかしら、勝ちを拾おうだなんて。戦わずして負けを認めるなど、我が魔王国にはありえませんわ。それは今期も、今後もです」


「そうですか……では、遠慮なくいかせてもらいますよ」

「望むところです。まずは『お花見』、楽しみにしておりますわ」





 ◆◇◆◇◆◇ 春の陣『お花見』 ◆◇◆◇◆◇




 それぞれの軍勢が国境に集結した。


 お互いの国境線に沿って、見事な二列の桜が植えられている。その中央に設営された舞台に立ち、交互に一芸を披露して勝敗を決めるのが、両国の伝統行事『お花見』だ。


 今年の勝負も、例年と同じく熾烈を極めていた。

 そしてついに迎えた最終戦。魔女王ヴァルミリアと勇者アルフレドの一騎打ちである。


 サキュバスが仕立てた豪奢(ごうしゃ)な衣装を纏い、ヴァルミリアが舞台に立った。その圧倒的な美貌は、瞬時に両軍勢を魅了する。



「私は飲み比べ勝負を挑みます! 勇者アルフレドに!」



 魔王軍から歓声が、王国軍からどよめきが沸き起こる。



「いいだろうミリア殿! 受けて立つ!」



 対する勇者は、露店で買った焼き鳥を丸ごと一本くわえると、真横に勢いよく串を引き抜いて見せた。



「キャー! 勇者様ー!」


「いいぞー! アルフレド!」



 舞台中央には、一升瓶が次々と運び込まれる。

 ヴァルミリアの前にある酒には『勇者』、アルフレドの前には『魔王』のラベルが貼られていた。

 立会人であるアビスガルド王国の酒蔵主人が、それぞれのアルコール度数を確認し、厳かに宣言する。



「同じ度数と認める! より多く酒を飲んだ者を勝者とする!」



 アルフレドの横にはサキュバスが、ヴァルミリアの横には勇者パーティー『蒼の武団』の戦士マーカス・コールが、それぞれ介添人(かいぞえにん)としてついた。



「飲み始め!」



 合図とともに、両者は盃の酒を一気に飲み干す。

 会場は瞬く間にヒートアップし、もつれにもつれた勝負の行方は、まさに戦争のような熱気を帯びていった。



「魔女王様!!」


「アルフレド様、がんばってー!」



 ――両者、一升を飲み干した。



「ミリア……もう参ったと言ったらどうだ……」

「気安く呼ばないでくださる? あなたこそ、もう顔が真っ赤よ、勇者アルフレド」



 ――両者、二升を飲み干した。



「お前……アルコール解毒の魔法……使ってるだろ……」

「そんな卑怯なこと、思いつきもしませんでしたわ。さすが勇者、発想がまさに外道」


「外道はお前だミリア。まさか酒耐性の特性持ちではないだろうな……」

「どこまで他人を信用できないのかしら。あなたの国ではそれが普通なの?」



 ――両者、三升を飲み干す直前まで来ていた。



「……ヒッ……うー……」



 勇者の顔はすでに赤を通り越し、青くなっている。

 一方の魔女王も、顔色こそメイクで隠してはいるが、その苦しさは歪んだ眉が雄弁に物語っていた。



「……気持ち悪い……」

「ミリア殿、もうやめないか」



 隣で酒を注いでいたマーカスが、心配そうに小声で囁いた。



「私には……魔王国の未来がかかっておりますの。負けるわけにはいかないわ」

「しかし、あなたが体を壊してしまっては元も子もないぞ」


「それはわかっています。勇者に雇われたあなたなんかに言われなくても」

「ああ見えてアルフレドはプライドが高い。酔いつぶれて倒れるまで引かんぞ」


「それは私とて同じことです。絶対に負けはしません。この勝負は、私一人の勝負ではないのです。魔王国民全員が、私に期待しているのですから」

「どうしてそこまで……」


「初の魔女王……『女が魔王など務まるはずがない』『弟が成魔するまでの中継ぎだ』……私が陰でそう言われていることはわかっています。でも、だからこそ負けるわけにはいかないのです」

「ミリア殿……っ!!」



 ヴァルミリアの足がもつれ、倒れそうになった瞬間、マーカスがその体を支えた。

 会場がざわめく。



「ま……負けるのか、魔王軍が!」


「ヴァルミリア様!」


「飲め飲めー! 勇者ー!!」



 マーカスはヴァルミリアから手を離すと、悟られないよう彼女のベルトの後ろをしっかりと掴み、その体を強引に支えた。



「な、何をするの……?」

「俺が正面から支えていては、魔王国の者たちに示しがつかないだろう。こうすれば周りからは見えない。俺のことは気にせず、飲め」

「マーカス……」



 その時だった。二人の横で「ドスっ」という鈍い音が響き、同時にサキュバスの悲鳴が上がった。



「きゃっ!」



 勇者アルフレドが、失神して倒れたのだ。



「勝負あり! 勝者、魔女王ヴァルミリア!!」



 立会人がヴァルミリアの左手を掴み、高く掲げた。

 会場から割れんばかりの拍手と、地鳴りのような歓声が上がる。



「うおー!!」


「魔女王様が勝った!!」


「我々の勝利だ!!」



 熱狂が渦巻く中、ヴァルミリアが青い顔で呻いた。



「吐きそう……」

「掴まれ。王国へならアイテムで転移できる。トイレはすぐそこだ」




 ――王国某所




 ゴオオ……。




 水洗トイレの流れる音が何度も繰り返される。マーカスはトイレの外で腕を組み、静かにヴァルミリアが出てくるのを待っていた。


 しばらくして、トイレの奥から「コツ、コツ」とヒールの音が聞こえてきた。



「あら、待っていらしたの……」

「大丈夫か?」


「あなたに心配してもらわなくても……」

「よかった。その様子では解毒剤も必要なさそうだな」


「……もともと私はお酒に強いの。この勝負だって、何も問題なかったんだから」

「そうだな……たしかに強かった」


「……なによ。なんでまだここにいるのよ」

「あなたはデイアボロス魔王国の魔女王だ。この王国内で一人にするわけにもいくまい」


「子供じゃないんだから、大丈夫よ」

「アビスガルド王国は初めてだろう。無理をするな」


「……お父様……魔王に連れられて来たことは何度かあるわ」

「そうか。だが、一緒に転移させたのは俺の責任だ。国境の会場までは送り届けねばならん」



 そう言うと、マーカスはまだ足元がおぼつかないヴァルミリアの手を優しく取り、出口へと向かった。



「なっ……なにを……」

「馬車を待たせてありますので」



 夜の王国。引かれる手に身を任せながら、魔女王ヴァルミリアは冷たい春の夜風が少しだけ温かくなったのを感じていた。





 ◆◇◆◇◆◇ 夏の陣『運動会』 ◆◇◆◇◆◇




 魔女王の健康美。それは両軍勢の注目の的であったが、それ以上に全員の視線を釘付けにしていたのは、熾烈極まる勝負の行方だった。


 点数は魔王国軍489点、王国軍489点。

 奇しくも同点となった勝敗の行方は、最終競技『男女混合リレー』にすべてが託された。


 レース序盤、王国軍は第一走者の勇者アルフレドが圧倒的なリードを奪い、有利に勝負を進める。しかし、魔王軍も執念の追い上げを見せた。

 終盤、王国軍の第九走者・魔法使いジュリにバトンが渡る。懸命に走り出すジュリだったが、その華奢な体ではなかなか前へ進まない。一方、魔王軍は第八走者のサタンが猛追し、第九走者のデーモンへ完璧な形でバトンを繋いだ。


 そして、運命の最終走者へ。


 魔王軍は、ヴァルミリア魔女王。

 王国軍は、蒼の武団の戦士、マーカス・コール。



「負けはしませんわ」

「お互い、正々堂々と勝負しよう」



 スタートラインで並ぶ二人に、火花が散る。



「なら、私は体操服、あなたは鎧じゃない。それじゃあ私が納得しないわ」

「これは戦士としての俺そのものだ。気にしないでほしい。……それに、負けるつもりは無い」


「随分と自信家なのね」

「戦士としての自信はある」


「じゃあお手並み拝見といこうかしら。勝負よ!」

「望むところだ」



 ジュリがパタパタと弱々しく駆け抜け、マーカスへバトンを託した。王国軍から大歓声が沸き起こる。そのわずか数秒後、猛追したデーモンからヴァルミリアへバトンが渡った。


 その差、3メートル弱。


 魔女王は元・陸上部。

 加速とともに前傾していた姿勢が、一歩ごとにしなやかに起き上がる。助走からバトンを受け取って八歩目。胸を張り、背筋を伸ばしたヴァルミリアは、最短距離でトップスピードへと到達していた。

 美しい脚の運び、しなやかに伸びるつま先。高い位置で維持された腰。その体は十分に成熟していたが、フォームはあくまで美しく、まさに短距離アスリートのそれであった。


 一方、鎧をガシャガシャと鳴らしながら、強靭な筋力で突き進むマーカス。ヴァルミリアがその背中へと肉薄する。



「くそっ……思うように進まん!」

「……!(あと、少し!)」



 最終コーナーを立ち上がり、直線勝負。二人はついに完全に並んだ。

 歯を食いしばり、力任せに走るマーカス。

 追い上げに全体力を使い果たしながらも、気力で足を動かすヴァルミリア。

 勝敗は、勝利への執念のみが分かつ極限の領域へと突入していた。



「はぁ、はぁ……」

「ハァ、ハァ……」



 一歩踏み出すごとに、お互いの順位が入れ替わる究極の接戦。

 ゴールが目前に迫る。

 ヴァルミリアの体がわずかに一歩抜け出し、会場に歓声が轟いた。



 ――その時、魔女王の脚に異変が走る。



「痛ッ!!」



 攣った。



 完璧だった脚の運びが崩れ、ヴァルミリアの体が前のめりに倒れ込む。魔王軍側から悲鳴が上がった。



「あっ!!」


「ヴァルミリア様!!」



 マーカスは勝利を捨て、その場に滑り込むようにして天を仰いだ。ヴァルミリアを地面に叩きつけまいと、両腕でその身をしっかりと受け止める。



「ぐはっ!!」



 地面とヴァルミリア、二つの衝撃を背と胸に同時に受けたマーカスの呻き声。

 熱狂していた会場から、一瞬にして音が消えた。



「マーカス!?」

「良かった……怪我はないですか?」

「あなた……なぜ、こんなことを」



 ヴァルミリアを抱きとめたまま、マーカスは苦しげに、静かに答えた。



「我がアビスガルド王国で開催されている夏の大運動会……ここで相手国の王に怪我をさせるなど、あってはならない事なのです」

「……!!」


「しかし、勝負は……勝負。お互い、バトンは落としていないようですね、ヴァルミリア殿」

「あなたって人は……」


「立ち上がれますか?」

「下になってるあなたが言うセリフ?」



 二人はバトンを握りしめたまま、お互いを支え合うようにして立ち上がった。



「ふう……ミリア殿、走れますか?」

「倒れる時、足首を捻ったみたいで……」



 会場は、歓声とも悲鳴ともつかない大きなざわめきに包まれている。



「この様子では、どちらが勝っても騒ぎが起こりそうですね」

「負けたくない……魔王国の人たちのために……それなのに……」



 責任感から瞳を潤ませるヴァルミリアを見て、マーカスは静かに、断固とした口調で言った。



「泣かないで。まだ、勝負は決まっていない!」



 マーカスは再び、ヴァルミリアの手を取った。



「え!?」

「おんぶとお姫様だっこ。どっちにしますか?」


「……!?!?」

「魔女王になる数か月前までは、普通のお姫様だったんですもんね……」



 呆気にとられるヴァルミリアを、マーカスは軽々と抱きかかえた。そして、お互いにバトンを持ったまま、ゆっくりと、確実に前へと足を進める。



「マーカス! 何をするの!!」

「ミリア殿、暴れないでください」



 会場中の視線が注がれる中、マーカスはヴァルミリアを抱きかかえたまま、二人で同時にゴールテープを切った。



 結果は、同着。



 夏の大運動会は、伝説的な引き分けで幕を閉じた。



「このまま魔女王様を救護室へ運ぶ! 医者を呼べ!」



 マーカスは、駆け寄る仲間の勇者たちには目もくれず、大事に抱きかかえたヴァルミリアをそのまま救護室へと連れて行った。


 背後で、割れんばかりの拍手と大歓声が沸き起こる。

 魔王軍、一勝。そして一引き分け。



 二人の距離は、夏の陽炎の中で、確実に縮まっていた。





 ◆◇◆◇◆◇ 秋の陣『キノコ狩り』 ◆◇◆◇◆◇




 舞台は魔王軍領地、立派な松が適度な間隔で立ち並ぶ「トリコの森林」

 ここは世界に名だたる松茸の名産地である。

 資源保護の観点から乱獲を避けるため、勝負のルールはシンプルだった。



『両軍五本ずつの松茸を採取し、最も重い一本を採った方が勝ち』



 しかし、勝負は予想外の形で幕を閉じた。

 採取制限時間の正午を待たずして、勇者があり得ないほどの巨躯を誇る松茸を担いで戻ってきたのである。



「……持ち込んだのではないか?」



 魔王軍側からは疑念の声も上がったが、不正を証明する術はない。逆転は不可能と判断したヴァルミリアは、潔く敗北を認めた。


 勝負の後は、和解の宴。

 お互いに採れた松茸や旬の食材を持ち寄り、山麓の村で鍋とバーベキューを囲むのが、この秋の陣の恒例となっていた。



「ちょっと勇者! 遊んでないで少しは手伝ってよ!」


「きゃーこの魚まだ生きてる!!」



 遠くから女子たちの賑やかな声が響いてくる。

 そんな喧騒から離れた会場の端。一人で静かにおにぎりを頬張るマーカスの姿を、ヴァルミリアは見つけた。彼女は、焼きたての松茸とお吸い物を二人分用意し、彼が座る大きな木の切り株へと歩み寄った。



「行かなくていいのか?」

「……騒がしいのは苦手なの。ふふ……国を束ねる者らしくないかしら」



 ヴァルミリアが隣に腰を下ろすと、マーカスは視線を落としたまま答えた。



「意外な一面だな。いつも気を張っていて元気そうに見える」

「仕事は仕事だから、ちゃんとやる……でも、ゆっくり静かに落ち着きたい時もあるの」

「そうか……」



 並んで食事をする二人。ヴァルミリアは、黙々と食べるマーカスの横顔をチラチラと盗み見ていた。



「あのね……」

「ん?」


「あのね……私……」

「どうした」



 ヴァルミリアは少しだけ声を落とし、いたずらっぽく切り出した。



「……好きになっちゃったみたい」

「!?」



 マーカスの動きが止まる。



 ――沈黙。



「……運動会で足を直してくれた、ヒーラーさんのこと」

「…………そっちか」



 あからさまに拍子抜けし、安堵と少しの落胆が混ざったような顔で赤くなるマーカス。そんな彼を、ヴァルミリアが無邪気に覗き込む。



「びっくりした?」

「……まぁな」


「じゃあ、もっとびっくりさせてあげる」

「……これ以上に、か?」



 ヴァルミリアは、至近距離まで顔を寄せた。

 そして、彼の耳元で、そっと呟いた。



「好きなのは、あなた」

「……っ!?」



 驚きに目を見開くマーカスの頬に、ヴァルミリアは柔らかく唇を寄せた。



「いつも私のこと、護ってくれてありがとう……今のは、そのお礼」



 マーカスが言葉を失っていると、遠くで二人を呼ぶ声がした。

 デーモンたちが勇者一行と盛り上がり、こちらに向かって大きく手を振っている。



「……行きましょうか」

「……ああ」



 二人は再び、いつもの「魔女王」と「戦士」の距離へと戻っていく。



 一勝一敗一引き分け。

 すべての決着は、最終戦へと託された。





 ◆◇◆◇◆◇ 冬の陣『VR FPS』 ◆◇◆◇◆◇




 極寒の冬。大雪に見舞われる両国にとって、この季節のイベントはもっぱら暖かい屋内で行われるのが通例だ。

 今年の舞台は、今や両国で過去最大の売上を記録した大作VR FPS『魔王軍 対 王国軍』プレイヤーはスキャンした自身の姿をアバターとして反映し、割り振られた1000ポイントのステータスを駆使して戦う。高い自由度と公平性が売りのこのゲームが、最終決戦の場となった。


 魔王ビル5Fのワンフロアを使い、その激闘の様子はネットワークを通じて両国にリアルタイムで配信されていた。



 ――試合開始。



 血の気の多い魔王軍は、開始直後から一斉に前線を押し上げる突撃を敢行。対する王国軍は、要塞化した拠点に武器を集め、籠城作戦で確実に敵を減らしていく。


 展開は壮絶な消耗戦となった。王国軍の堅牢な拠点を、魔王軍が一点突破で攻め立てる。 そんな激戦の最中、ヴァルミリア率いる隠密部隊が動き出した。



「魔女王様……敵に気づかれず侵入に成功しましたが、次はどこへ?」

「国王の考えていることはわかる。奴らは玉座の間で『蒼の武団』を率いて籠城しているはず。戦力があの門に集中している今が好機だ。乗り込んで勝負を決めるぞ」

「はっ」



 ヴァルミリアが重い扉を蹴破り、玉座の間が開いた。



「来たぞ!  魔王軍だ!!」



 正面の扉に激しい銃撃が集中し、木製の扉が蜂の巣になる。

 壁に身を隠し、様子を伺うヴァルミリアたち。中には国王アビスガルド、そして彼を護る蒼の武団が待ち構えていた。



「……やれ」



 合図とともに隠密部隊が窓から強行突入。国王は勇者アルフレドと共に奥の部屋へと避難する。 室内は乱戦に次ぐ乱戦。さすがは勇者パーティー、強襲を受けても乱れることなく、隠密部隊を次々とポリゴンエフェクトへと変えていく。


 ヴァルミリアがスタングレネードを投げ込んだ。


 爆発とともに光と音が弾け、怯んだ敵を魔王軍がなぎ倒していくーーはずだった。


 視界が晴れた時、そこに立っていたのは戦士マーカス、ただ一人。 他の者たちはすでに霧散し、試合に干渉できない半透明の観戦キャラとなって、周囲で土下座したり喜んだりと賑やかしく浮遊していた。



「まったく……」

「こんなめぐり合わせになるとはね」



 ヴァルミリアが銃を抜く。



「風情がないな、飛び道具とは」

「ゲームのルールにケチをつけるの?  言い訳かしら」

「いや、感想を言ったまでだ」



 マーカスが手にしていたスイッチを押した。 その予備動作に反応したヴァルミリアは、とっさに回避アクションで床を転がる。



 その瞬間――。



 ドオオオオオン!



 入り口の壁に仕掛けられたC4が爆発した。



  爆風に吹き飛ばされながらも、ヴァルミリアは倒した机に身を隠し、ハンドガンをブラインドショットで撃ち尽くす。しかし、爆破と同時に柱へ隠れたマーカスには届かない。



「あなたも風情がないのね。戦いもせず吹き飛ばそうとするなんて」

「あれじゃ倒せないと思っていたからね。安心してボタンを押したよ」



 リロードしながら、マーカスの位置を伺うヴァルミリア。



「いつも控えめなのね。また隠れてる。実力がありながら、勇者より前に出ないのはなぜ?」

「……」

「でも、今ならそれを覆せる。こちらのターゲットである国王も勇者も逃げたわ。あなたの目の前には、私ーーターゲットの魔女王がいる」



 マーカスの足元で、壁の破片がジャリッと音を立てた。ヴァルミリアはそれを見逃さない。



「私を倒せば、今期の勝利はあなたのものよ。春夏秋と続いた戦いは、今あなたの手にかかっているの」



 周囲に敵がいないことを確認し、彼女は立ち上がってマーカスの隠れる柱を撃ち抜いた。



  パン!パン!パンパン……パンパン!


 カチッ、カチッ……



 残弾をすべて吐き出し、空の弾倉を抜くと、彼女は銃をマーカスの足元へ投げ捨てた。



「風情のある決着をつけましょう」



 腰から銀の筒を取り出し、スイッチを入れる。



 ヴォン……。



 赤く光るビームサーベルが伸びた。

 それに応えるように、柱から姿を現したマーカスの手元でも、青い光刃がうなりを上げた。



 ――激しい剣の打ち合い。



 部屋の壁が断たれ、椅子が真っ二つに裂ける。テーブルを足場にジャンプしたヴァルミリアの大上段からの斬りつけを、マーカスは難なく弾く。


 軽やかにサーベルを回すヴァルミリア。動かず、静かに構えるマーカス。対照的な二人の戦い。



「なぜ防御に徹するの?  バカにしてる?」

「……魔王を倒すのは私ではない、勇者の役目だ」

「それがバカにしてるっていうのよ!!」



 力任せの猛攻。だが、マーカスはそれさえもすべて防ぎきった。



「なぜ、実力があるのにそれを見せないのよ!!」



 叫びながら打ち込むヴァルミリアの目には、いつしか涙が浮かんでいた。 受け続けるマーカスに、彼女のやり場のない感情がぶつかる。



「なんで来ないのよ!  勝ちなさいよ!  勝って、私の前に立ちなさいよ!」





 そして――。





「早く討ちなさいよ! いくじなし!」






 ヴァルミリアは武器を落とし、マーカスに寄りかかった。

 涙で視界は滲み、もう戦う気力さえ残っていない。



「偉大なる魔女王ヴァルミリアよ……」

「……ううう」

「私は、あなたに魅入られてしまった。この手で止めを刺すことなど……」



 マーカスが、ヴァルミリアを優しく抱きしめる。



「……マーカス」



 その時、奥の扉が「ドカッ」っと、勢いよく蹴られたかのように開いた。



「マーカス! よくやった、そのまま魔女王を抑えていろ!! これで王国軍の勝ちだ!!」



 勇者アルフレドが聖剣エクスカリバーを振りかぶり、歓喜の表情で駆けてくる。

 振り向かず、その声だけを聞きながら、二人は見つめ合った。



「魔女王ヴァルミリア様……お命、頂戴いたします」

「は……い……」




 シューッ……。




 マーカスがスイッチを押し、青いビームサーベルがヴァルミリアの胸を貫いた。




 魔女王はポリゴンの屑となって砕け散り、試合終了のブザーが鳴り響く。




 画面には『王国軍 WIN』の文字。 両国の観戦者たちは、画面の向こうで割れんばかりの拍手を送った。




 ーー魔王ビル5F




 VRヘッドセットを外したプレイヤーたちの間に、現実の空気が戻る。 勇者アルフレドが、激昂した様子でマーカスに掴みかかった。



「おい!  何してくれてんだテメェ!!  魔王を討つのは勇者の役目なんだよォ!!」



 周囲の制止も聞かず、アルフレドが拳を振り上げた瞬間――。




 ドウッ!!




 鈍い音がフロアに響き、床に膝をついたのは、アルフレドの方だった。



「魔王を討つのが勇者の役目なら、今日から私が勇者だ」



 マーカスの静かな宣言に、両軍から爆発的な拍手が沸き起こる。 それは新しい友好の形を、そして二人の未来を祝う、両国民が一つになった瞬間だった。




 ――冬の陣、試合後。




「まけちゃった……」

「試合はね」


「魔王国の国民にはなんて言ったら……」

「その国民を思う気持ちに、私は負けたんだけどね。ともあれ、両国が友好関係を結べたのは君のおかげだよ、魔女王ヴァルミリア様」

「私だけじゃないでしょ……勇者マーカス」





 雪に閉ざされた冬の夜、二人の間には、どこよりも温かな春の風が吹いていた。



 そして仮想現実ではない抱擁と唇を重ねる。





 fin.





二人の恋の起承転結を季節と共に見守っていただきありがとうございます。


ご意見ご感想など、何か感じたことがあれば教えていただければ作者として大喜びいたします。

初めてのラブコメ。最後まで読んでいただき誠にありがとうございました。

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