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月を持たぬ白薔薇と虐げられていた私が、王太子妃になりましたが、幼馴染の騎士が独占欲を拗らせています  作者: かなた


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揺れる心

 王宮の夜会は、光に満ちている。


 高く吊るされた魔力灯が眩く輝き、色とりどりのドレスが舞う。

 音楽と笑い声。香水の甘い匂い。


 けれどその中心で、私は静かに立っていた。


「王太子妃殿下は、結界の儀式には参加なさらないとか」


「ええ、魔力が……」


 囁きは、扇の陰からこぼれ落ちる。


 慣れているはずだった。


 けれど今日は、少しだけ胸が痛む。


 今夜は王都の守護結界を強化する前夜祭。

 本来ならば、王太子の隣で象徴として魔力を示す立場。


 それができない私の存在は、どうしても目立つ。


「エリシア」


 救うように声がかかる。


 アルベルト殿下。


 淡い金の髪が灯りを反射し、翡翠の瞳が真っ直ぐに私を見る。


「踊ってくれる?」


 差し出された手。


 一瞬ためらい、それでも重ねる。


 音楽が変わる。


 ゆったりとした三拍子。


 殿下の腕が、私の腰を支えた。


「気にしているね」


「……少しだけ」


 正直に答えると、彼は小さく笑った。


「ならば、今だけは私だけを見て」


 ステップは正確で、力強くて、優しい。


「私は君を誇りに思っている」


「殿下……」


「魔力がなくても、君はここに立っている。それだけで十分だ」


 胸の奥に、温かなものが広がる。


 私はずっと、“足りない”と言われ続けてきた。


 けれどこの人は言わない。


 曲が終わる。


 自然な流れで、殿下は私の額に口づけを落とした。


 祝福の意味を持つ、王族の仕草。


 ざわり、と会場が揺れる。


 私は顔が熱くなるのを感じた。


 その瞬間。


 背後から鋭い視線を感じる。


 近衛騎士の列の中ーーーレオンだ。


 表情は動かない。


 だが、蒼灰色の瞳が、痛いほどにこちらを射抜いている。


 その視線に、心臓が跳ねた。


 ――どうして。


 夜会の後、少しだけ息苦しくなり、私は庭園へ出た。


 夜の空気は冷たい。


 月が白く浮かんでいる。


 噴水の縁に手をつき、息を整える。


「無理をなさるからです」


 低い声。


 振り向く前に分かる。


「……レオン」


 近づいてくる足音。


 騎士の外套が夜風に揺れる。


「お一人で外へ出るのは危険です」


「ほんの少し、風に当たりたくて」


「ならば、私に命じてください」


 淡々とした口調。


 けれど距離が、近い。


「殿下は、優しいですね」


 ぽつりと漏らす。


「……そうね。今日も、私を守ってくださった」


 その瞬間。


 空気が変わった。


 ぐい、と腕を引かれる。


 驚く間もなく、手首を掴まれていた。


 強い力。


「レオン……?」


 彼の呼吸が荒い。


 月光に照らされた横顔は、騎士の仮面を失っていた。


「……守られて、嬉しかったですか」


 低く、押し殺した声。


「それは……」


「あなたは、あの方の婚約者だ」


 分かっている。


 そんなこと、何度も自分に言い聞かせた。


「俺は、ただの騎士です」


 掴む手に、力がこもる。


「ですが」


 蒼灰色の瞳が、揺れる。


「あなたを守ると誓ったのは、俺だ」


 幼い日の記憶。


 傷だらけの少年。


 震える私の手を握った、あの日。


「なのに」


 声が、掠れる。




 そこで、はっとしたように彼は手を離した。


「……失礼しました」


 一歩、距離を取る。


 再び騎士の顔。


「忘れてください」


 忘れられるはずがない。


 手首には、まだ彼の温もりが残っている。


「レオン」


 呼び止める。


 けれど何を言えばいいのか分からない。


 彼は跪いた。


「私は殿下に忠誠を誓っています」


 それは事実。


 揺るがない真実。


「それ以上の感情は、不要です」


 嘘だ。


 不要なら、あんな顔はしない。


 月が雲に隠れる。


 庭園が、わずかに暗くなる。


 三人の関係もまた、均衡を失い始めていた。


 私は初めて思う。


 守られて嬉しかったのは、誰に対して?


 優しさに救われたのは、誰の言葉?


 王太子の隣に立つ未来。


 それとも――


 幼い日に誓った、あの手の温もり。


 答えは、まだ出ない。

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