番外編①騎士の苦悩
王都アステリアの朝は、騎士の剣の音から始まる。
中庭に響く金属音。
整然と並ぶ騎士たち。
張り詰めた空気。
――その中に、ひとつだけ柔らかな色があった。
白のドレスを揺らし、エリシアが視察に訪れていた。
「本日はよろしくお願いするわね」
柔らかな微笑みに、新人騎士たちの背筋が固まる。
「団長夫人、どうぞご覧ください!」
元気よく返事をした青年が、直後に剣を取り落とした。
カラン、と乾いた音。
(またか……)
副官が目を閉じる。
原因は明白だった。
エリシアは――あまりにも美しい。
「その構え、とても綺麗よ」
声をかけられた新人騎士が真っ赤になる。
「は、はいっ!」
その瞬間だった。
空気が、凍りついた。
「……綺麗、か」
低い声。
振り向くまでもない。
騎士団長レオン・ヴァルディエが立っていた。
副官が小声で呟く。
「終わったな」
レオンは静かに歩み寄る。
「妻の視察は許可している」
新人騎士の肩に手を置いた。
「だが」
逃げ場がない。
「距離が近すぎる」
「も、申し訳ありません!」
「三歩」
「え?」
「妻との距離は最低三歩だ」
騎士団の新しい規律が、今ここに誕生した。
エリシアが困ったように微笑む。
「レオン、皆が緊張してしまうわ」
「問題ありません。緊張は鍛錬に必要です」
「そういう意味ではないのよ」
レオンは彼女の腰を引き寄せた。
騎士たちが一斉に視線を逸らす。
「エリシアは無防備すぎます」
「ただ会話をしていただけよ?」
「十分危険です」
「どこがかしら」
「全部です」
即答だった。
視察の帰り道、王城の回廊。
「皆、怯えていたわよ」
「慣れます」
「慣れないわ」
エリシアがため息をつくと、レオンは足を止めた。
彼女の手首をそっと壁へ押さえる。
「レオン?」
「……俺は昔から変わりません」
低い声が落ちる。
「エリシアが他人に笑いかけるたび、落ち着かなくなります」
「昔からそうだったわね」
「理解していません」
額が触れる距離。
「俺は騎士団長です。冷静であるべき立場です」
「ここは城内よ」
「今は人がいません」
小さく息を吐き、彼は告げる。
「本当は、城から出したくありません」
「それは困るわ」
「分かっています」
わずかに笑う。
「だから、せめて俺の隣にいてください」
静かな願い。
エリシアは彼の手を握る。
「ええ。ずっとあなたの隣にいるわ」
その言葉に、レオンの表情がわずかに崩れた。
その日以降、騎士団ではこう囁かれるようになった。
――敵より先に団長に見つかるな。




