弟子を一撃必殺してしまう件
早速ニニとエルナは、道場の真ん中で向かい合った。
「初心者にはまず、楽しい! かっこいい! って思ってもらうのが大事だと思うんだよね。だからまずは、型からいこう!」
「はいっ!」
エルナの返事はやたら元気だった。
その勢いにちょっと圧されつつも、ニニも嬉しくなる。
よーしはりきっちゃうぞ! なんてニニも満更ではない。
「じゃあ、まずこの構え。両手を、こう」
「こう?」
「ちょっと違う、えっと、もうちょい肘を曲げて、足はこうで……」
ニニが実演しながら見せると、エルナは必死に真似をする。
でも、肩に力が入りすぎてるし、手足が妙に硬い。
ぎこちないけど、その一生懸命さは、なんだか見ててほっこりする。
──誰かと、カンフーできるって、やっぱり楽しい。
「よーし、じゃあ今度は私がやってみせるから、よーく見てて!」
「はい!」
ニニは軽く拳を握ると、一歩前へ。
姿勢を正し、呼吸を整える。
カンフーの構えからの、正拳突き──。
「──あちょーッ!」
突き出した拳が空気を裂いた、その瞬間だった。
──ドォン!!
まるで爆発のような衝撃音が、道場中に鳴り響いた。
「えっ?」
何が起きたのか、ニニ自身にもわからなかった。
視界の端で、エルナの姿が──
ブルルンッと吹き飛んでいる。
道場の壁を突き破って、エルナの体が空を舞って、彼方へと飛んでいく。
「え、ちょ、ええええええええええええっ!?」
ニニは、その場で叫んだ。
「ちょ、ちょっと!? 当たってないよ!? 触れてないってば!」
ほんの軽い見本の突きだったはずなのに。
それなのに──
ニニは自分の拳を見つめる。
忘れかけていた記憶が、ふと蘇る。
(ドラゴンのときも……こんな感じだったかも)
ニニは走り出した。
あのときも、自分の力じゃない何かが、拳に宿っていた。
──まさか、また?
「エルナぁぁぁぁ!!」
ニニは全力で走り出した。
木々のあいだをすり抜けて、草むらを飛び越えて。
「まずいって、まずいってば!」
《ホロリアム No.47 再起動確認》
《出力干渉:微微弱弱》
《侵食率:0.14%》
* * *
森の奥、大きな大樹の根元。そこにエルナが倒れていた。
「エルナっ!!」
全力疾走してきたニニが駆け寄る。
地面に横たわるエルナは、ぐったりしていて動かない。
「うそでしょ……。ねぇお願いッ! 目を開けて……」
ゆっくりと、エルナのまぶたが開いていく。
「……うぅ、いたたた……」
「生きてたぁぁぁ!」
その場にへたりこむニニ。心臓が飛び出るかと思った。
「私、こう見えて……魔導士なので。ちょっとだけ、耐久力には自信がありますから……」
エルナはふらりと上体を起こし、苦笑いを浮かべた。
淡く光る紋章のようなものが、袖の内側から浮かび上がっている。
「たぶん、防御魔法が発動したんだと思います。反応、間に合ってよかった……」
「よかったって、ほんとに……っ!」
思わず声が上ずった。
ニニはその場にへたりこむようにしゃがみ込み、両手で顔をおおった。
胸の奥に残っているヒリヒリした不安が、少しずつ和らいでいく。
まだ地面に座り込んでいるエルナを見ると、その姿が少しだけ心細く見えた。
ほんとうに、無事でよかった。
「ねえ、エルナ……」
一呼吸置いてから、ゆっくりとニニは訪ねてみた。
「エルナって……魔導士? なの?」
「はい。まだ見習いですけど、治癒や障壁の初歩魔法くらいなら使えます」
エルナは苦笑いを浮かべつつ、そっと手のひらを上に向けた。
小さな光が、ぽうっと灯る。
それは火ではないのに、焚き火のようにゆらゆらと揺れて、淡く温かな光を放っていた。どこか安心する心が安らぐ光だ。
ニニはその光をじっと見つめて、ふっと肩の力が抜けた。
なんとも言えない、どこか落ち着く感じ。じんわり胸の奥があたたかくなるような表情をニニが浮かべる。
そっか……魔法かあ。
「でも、今ので確信しました。ニニさんはやっぱり──ホロリアムですね」
「……ほろ……りあむ?」
聞きなれない言葉に、思わず聞き返す。
エルナは、真剣な顔で頷いた。
「特別な力を持っていて、この世界を正しい方向に導く存在。伝説の記録に、そう書かれていました」
「正しい方向って……」
なんだか、すごく責任重そうな感じだ。
でも──
「そっか、それで……強いのかあたし!」
ニニは自分の拳を見つめた。
ドラゴンも、エルナも、一撃だった。
この力は、努力で得たものじゃない。それはニニだって自覚している。
カンフーが好きで、ただ見よう見まねで続けてきただけだから──。
ニニが得た力は、憧れたカンフーの強さとはちょっと違う、別の何かだった。
「……どうかしました?」
エルナの声に、ニニは少しだけ視線を落とす。
でも、すぐに顔をあげて笑った。
「いや、なんでもないよ。……うん、ありがとう。それにしても本当に無事でよかった」
「……はいっ」
エルナの笑顔は、まだどこか痛そうで、それでもまっすぐだった。
「私、ホロリアムのように……。いえ、ニニさんのように強くなりたいんです」
キラキラした瞳が、まっすぐニニを見つめる。
「私も、誰かを守れるくらい、強くなりたいんです」
「……うーん」
ニニはちょっと口ごもる。
エルナは素直で、まっすぐで、がんばり屋さんだけど……。
きっと、カンフーより回復魔法の方がセンスはあると思う。
抜群の反射神経、抜群の防御魔法の展開。たぶんエルナは防御の型に秀でている。
でも、いまは言えない。
だって目の前でじっと見上げてくるその瞳が、まっすぐすぎて、逃げられないから。
だから──
「なれるよ。強くなれるって思う。力だけが強さじゃないしね」
エルナは目を丸くしたあと、パァッと笑った。
「……ありがとうございます!」
「でもさ、まずはあたしが学ばなきゃならないかもね」
「え?」
「いや、その、力のコントロールとか。まずは、己を知ることから……的な?」
「それ、魔道士の基本ですよ! よく知ってましたね!」
「え、あ、うん、そうなんだ……やっぱ?」
ふたりで顔を見合わせて、なんとなく笑い合う。
「そういえば、ドラゴンも一撃で倒しちゃったことあるんだよね」
「ドラゴン?」
エルナの目がぱちくりと瞬いた。
しまった! ドラゴンのことは内緒にしているんだった。
「ドラゴンというのは……」
ここは、なんとかはぐらかすしかない。
「ええと……あ、あれよ! あれ! 言ってなかったっけ? ドラゴンが村を困らせていてさ。それで……退治した、みたいな?」
「むー……失礼ですけど、ドラゴンって……存在しない幻想生物のこと、ですよね?」
「……んん? へ?」
ニニの脳が、一瞬フリーズする。
「えっと、私は都会の人間なので、この地方の言い伝えとかは詳しくないんですけど。少なくとも、ドラゴンは実在しない幻想の生き物って教わってきました」
「そうなの?」
「はい……」
そっか……。
じゃあ、あたしが倒したアレは何だったの?
二人の声が、森に吸い込まれるように響いていた頃。
──その様子を、誰かが見ていた。
森の高台、風にゆれる草むらの陰。
肩に、パンダのマスク。
手には、黒く光る短剣。
「新規ホロリアム……みつけた」
その声は、風とともに消えていった。




