道場爆誕!カンフー、いっとく?
──道場が、建った。
いや、正確にはボロボロの空き家だった。
「ここ、自由に使っていいわよ」
ジスにそう言われて案内されたのは、草に囲まれた傾いた小屋。壁の一部は崩れ、屋根には穴が開いている。ドアは一応あるが、ギイギイとうるさく軋む。
「……これが、道場?」
言ったニニ本人が一番困惑している。
だけど──
「いいじゃん……! 屋根あるし、家の裏には畑がついていて、小さな井戸もある。水も出るし! 拳が通れば、風は吹くって言うもんね!」
生活インフラ、完備じゃん。
寝泊まりできる拠点ができた。それだけで心強いじゃない。
異世界で、私の道場ライフがここから始まるんだよ!
そう思ったのも束の間で……。
* * *
──数日後。
「ニニ。家賃はどうするつもり?」
開口一番、ジスがそんなことを言ってきた。
「家賃? もしかして……払うの?」
「当然でしょ?」
「いやいや、だってお礼って言ってたじゃん!? 好意っていうか、こう……記念品みたいなノリで……!」
動揺してワタワタするニニに、ジスはくすっと笑う。
「うそうそ、焦らせちゃってごめん」
「なーんだ冗談か……。驚かさないでよねー」
「ん? でも、いずれ必要になるかもね。ここで暮らしていくなら。家賃の滞納はほどほどにね」
えっと、冗談じゃ……ないの?
生活費やっぱりいるよね。普通に現実が重いなあ。いや非現実的な世界でもあるんだけど。
ちょっと前まで、パンダ! ドラゴンきた! 異世界か! 道場!
みたいなテンションで勢いそのままだったけど、冷静になった今あらためて思う。
普通に生きるのって、どこの世界も共通で大変だ。
「でもまぁ、大丈夫っしょ! カンフーで、拳で稼げばいいじゃないの!」
ニニはグッと拳を握りしめてニシシと笑った。
なんたって、秘策があるのだ。
私といえば、やっぱりカンフーだもんね。
「よーし! 道場でカンフー教える! 生徒がいっぱい来れば、収入も増えて生活も安泰でしょ!」
* * *
──さらに数日後。
嘘でしょ。
誰も、来ない。
それどころか村の子どもたちは、道場に寄りつかない。なんならニニを見ると走って逃げていく。
「もうー、なんでよ!? 拳の女神って呼ばれてたじゃん私!」
「ドラゴンを一撃で吹き飛ばしたのが、仇になっているのかもね」
ジスが困ったように言う。
「学ぶよりも、やられるってイメージ強いみたい」
「いやいや! 弟子に一撃必殺とかしないから!? 安全第一の爆裂拳から始めるよ?」
「余計に怖い気がするけど……?」
結果──
道場は、村で近寄ってはいけない場所に認定されていた。
* * *
──さらにさらに数日後のこと。
ニニは道場の前で箒を手に、ぽつんと掃除していた。
風は気持ちいい。空も高い。
……でも、ひまだ。
「こんなはずじゃなかったんだけどな〜。生徒が集まって、修行して、団子とか食べて──」
そのとき。
「ニニに朗報をお届け。いい子、連れてきたわよ」
バタンッ!
と盛大な音を立てて、いきなり道場の入口が勢いよく開いた。
入ってきたのはジスで、その背後には見知らぬ人影があった。
明るい茶髪のロングポニーテール。ふわりと揺れる毛先。
大きな瞳がうるんでいて、全体的に不安そう。
というか、ちょっと泣きそうに見える。
「連れてきたわよ」
ジスがもう一度そう言って、背後の少女の肩を軽く押す。
「ひょえええ……」
小さく悲鳴を上げて、一歩前に出された少女。目をキョロキョロさせながら、まるで迷子の子犬のように辺りを見回す。
「えっと……ここ、どこでしょうか……?」
か細い声には、ほんのり涙が混じっていた。
服装は街の子っぽい。けれど、袖に泥がついてるあたり、どこかから急に連れてこられた感じが出てる。
ニニと同い年くらいか。背丈も近い。
「エルナちゃんよ。街のほうにいたんだけど、才能あるみたいだから連れてきたの。かわいいでしょ」
ジスがウキウキした様子で紹介する。
「連れてきたって……まさか、勝手に連れてきたんじゃ──」
ニニはちらりとエルナの様子を見ると、目をわたわたさせて右往左往。
困惑。
あきらかに困惑してる。
「えっと、 人が来てほしいって言ってたのはニニじゃなかった?」
そう返してきたジスは、なんとも涼しそうにケロリとしたご尊顔。
「たしかに言ったかもだけど……」
あのときは、もうちょい、ちゃんとした流れだったし……と思ったところで、ジスがにっこりと微笑む。
「じゃ、そういうことだから。がんばってね〜」
あ、逃げる気だ。
「って、ちょ、ちょっと──」
ツッコミが間に合うより早く、ジスは軽やかに道場を後にした。
突風のように現れて消えていく。むしろ嵐というか……。相変わらずだなぁ。
残されたのは、ぽかんとした顔のエルナと、やや呆然としたニニ。
二人だけが道場に取り残された。
沈黙が落ちる。
妙に気まずい。
「…………えっと、こんにちは?」
ニニが先に声をかけて、ぺこりと頭を下げる。
エルナは少し戸惑いながら、ちょこんと会釈を返した。
「あー……ようこそ。ここは道場よ。……いちおう」
「ドジョウ?」
首をかしげるエルナ。
(あー……この反応、前もあったな)
ニニは頬をかきながら、なんとなく笑った。
「簡単に言うと、修行する場所ってこと。いや、厳密には違うかもだけど……まあ、あたしの拠点、みたいな?」
「拠点……?」
「うん。えっと、あのね……」
ニニは言いかけて、口ごもった。
──自販機に頭突きしたら、パンダが出てきて、そしたらドラゴンが現れて……。
そこまで思い出して、道場を避けている村の子どもたちの顔が脳裏をよぎる。
うかつにドラゴンを倒したなんて話をしたら……
(……この子も、逃げ出すかも)
ニニは咳払いして、ごまかすように言葉を選んだ。
「いろいろあって、なんか、うっかり道場がほしいって言っちゃったら、ジスがどうぞって感じで道場を用意してくれて……」
なんて雑な説明なんだろう。
けど、いまはこれが限界です。
「……なるほど」
エルナは目を細めて、なぜか深く頷いた。
「え……納得した?」
「はい。わかりました。では……私の寝る場所は、あっちでいいですか?」
「いや、えっ、早い!? というか、もう泊まり込む気なの!?」
ニニが思わず声を上げると、エルナはきゅっと背筋を伸ばした。
「改めて、よろしくお願いしますね! ニニさん!」
ピシッとした挨拶。
その姿勢があまりに綺麗で、ニニは逆に戸惑ってしまった。
「それじゃあ……」
ニニはにんまりと微笑んで、言うのだった。
「カンフー、いっとく?」




