拳の女神の誕生!?願いを1つ叶えましょう
木々の間から現れたのは、同年代くらいの少女だった。
異国の衣装のような見慣れない布地で、どこか生活感のある淡い模様が入ったワンピース姿だ。
間合いを計るように足をずらし、腰を落とす。カンフーの構え。
少女は一瞬、目を丸くして足を止めた。
だがすぐ、ふふっと口元をほころばせ──両手をゆっくりと上げた。
降参のポーズ。
「あなたがやったの?」
指差す先を見ると、そこには何もなく、黒い霧の残り滓だけが漂っている。
(……ドラゴンのこと?)
自分が倒した実感は湧かないけど……
「……たぶん」
少女は口角を上げ、意味ありげに微笑んだ。
「みんな、あなたを見たら驚くと思うわ。……いい意味で」
そう言うと、少女はくるりと背を向けた。
「ついてきて。村に案内するから」
──村?
その一言が、頭の中で何度も反響する。
やっぱり、ここはあの公園じゃない。あの町でもない。
どうやら、本当に別のどこかに来てしまったらしい。
森の小道を進むにつれ、木漏れ日が増え、鳥の声が遠くなっていく。
少女は振り返らずに小道を進んでいく。
「あの……」と声をかけると、振り返らずに返事があった。
「ジスよ」それだけ言って、また前を向く。
「村に着いたら、みんなきっと歓迎してくれる。きっとあなたも喜ぶわ」
言葉は一方的で、足取りは迷いなし。まるで、必ずついてくると知っているみたいだ。
……選択肢なんて、最初からなかった。
やがて──
視界が一気に開けた。
そこには、茅葺き屋根と石畳が広がる小さな村があった。
煙突から上がる白い煙、井戸端で談笑する人々、畑の緑。
日常の匂いが、ふっと鼻をくすぐる。
ジスが広場に足を踏み入れた瞬間、村人たちの視線が一斉に集まってきた。
「みんな聞いて、この子がやってくれたの。とっても強いの」
ざわめく中、誰かが声を上げた。
「あのドラゴン型の……ロストを倒したのか?」
ジスが嬉しそうにすかさず付け加える。
「ええ、それも一撃で」
ざわめきは瞬く間に賞賛に変わる。
「村の恩人!」「拳の女神よ!」「救世主だ!」
どこからともなくわいてきた拍手と感謝の嵐。村人たちは口々に彼女を讃えた。
年老いた村長が前に出て、彼女の前で膝をついた。
村長いわく、長年ドラゴン災害に苦しめられていたらしい。
年老いた村長が、彼女の前に歩み出た。帽子を脱ぎ、深く一礼する。
「あなたには村一同、心から感謝しております。……どうか、ささやかでもお礼をさせてください」
彼の言葉に、周囲の村人たちも小さくうなずく。
さっきまでのざわめきが、嘘のように静まりかえった。
お礼……って言われても。
(うかつに変なこと言ったらマズイ空気だよね……。ここがどこか分からないし、異端者だって思われるのは避けたいし……)
とにかく今は、この状況をやりすごすのが先決のはず!
とっさに出た言葉は──
「……道場」
その瞬間、場の空気が止まった。
「……どじょう?」
小さくざわめく村人たち。
「食べ物のやつ?」
「ドージョー? なんだ?」
誰もその単語の意味を理解していないらしい。
「あっ、ちがっ、道場! あの、ほら! こう……拳を極める場所っていうか!」
必死に身振り手振りを交えて説明する。
「ほら、こういう感じで──えいっ! アチョー!」
その場で軽くカンフーの構えを取ってみせる。
「拳で世界を守るなら、ちゃんと練習する場所がいるでしょ? そういう意味で、道場。えっと……」
一拍置いて、ちょっと照れくさそうに笑ってみせる。
「ここで、私の道場ライフを始めてみたいなー……なんて」
ぽつりとつぶやいたその声に、場がまた静まり返る。
(あれ……やばい? 今の、欲張りすぎた?)
しまった、と内心で身構える。
冷静に考えれば、道場が欲しいって欲張りすぎだよね……。
もうちょっと控えめに言うべきだったか──
「……わかりました、拳の女神様」
へっ? いまなんて?
「拳を極める場が必要とのこと。村をあげて、ドージョーとやらを準備いたしましょう」
「いいの?」
「ええもちろん。女神様のご意志であればなんのその」
「ちょ、ちょっと待ってってば! というか女神は言いすぎ! 私はその、もっとこう、ただのカンフーの子だから!」
「では、カンフーの女神様」
「じゃなくて!! もう、ええと……!」
大きく息を吸って、彼女は言った。
「ニニ! 私のことは、ニニって呼んでくれればそれでいいから!」
口にしたその名前に、自分で一瞬、違和感を覚える。
ニニ……?
でも──
なぜかしっくりきた。
「……ニニ様ですね。わかりました。ドージョー、なんとかご用意しましょう」
その言葉に、村人たちの表情が少しほころんだ。
ジスはやわらかな笑みを浮かべながら村長に頷く。
こうして──
拳の少女・ニニの道場ライフが、始まろうとしていた。




