9.仇敵
あの夢とも現とも分からぬ未来の中で、先行したフリートヘルムとハインリヒは合流場所で恐らくこの一団と遭遇したのだろう。そして、次の合流地点で待機中の者たちが駆け付ける前に…恐らく。
目の前を通り過ぎていく蛮族は百を超える程度。本来であればこのたるみ切った連中相手に容易に負ける部下たちでは無いはずだが、何かが、あったのだろう。
ライナーとふたりで黙ったままじっと様子を伺っていると、最後尾にひとり、他の者たちより頭ひとつ分は大きい異様な体裁の男がいることに気づいた。背に何かを負っている。
「あいつは……」
「あいつ?ああ、最後尾の大きいのですか?」
見たことがある、とオスヴァルトは思った。あの、絶望しかなかった血だまりに転がっていた蛮族の中で、ひとりだけ木に寄りかかり大剣にもたれて全身に矢を受け息絶えていた巨体の蛮族がいた。
「あんな大剣、森の中で振り回したら木が邪魔で戦いにくいでしょうに……」
目を眇めたライナーに、ぞわりと、オスヴァルトの背筋を何かが駆け抜けた。
「あいつだ……」
「え?」
蛮族たちが持つのはオスヴァルトたちが持つとの大差ない大きさの、少し幅広の長剣だ。切れ味も大差ない。あれではあんなに綺麗に首は落ちない。もっと大きな…大きくて重い、何かで無ければ。
「いや、何でもない。あいつだけはやばそうだな。俺がやる」
「白嵐が対峙するならこちらは安泰でしょうが…お疲れでしょうし、十分気を付けてくださいね」
「ああ。召集場所は?」
「最初にお会いしたあたりです」
「戻ろう。殿下とハインリヒも近くにいる」
頷くと、オスヴァルトとライナーは気配を殺してその場を離れフリートヘルムとハインリヒの元へと急いだ。
「殿下」
「オスヴァルト、無事か」
「はい、お待たせいたしました」
「ああ…ライナーか?」
「はい、殿下。大変お待たせして申し訳ありません。ご無事で何よりでございます」
「お前も無事で嬉しい。皆、大事無いか?」
「今のところは接触も無く。一番の重傷は隊長おふたりです」
「そうか、ならば問題ないな」
「俺の腹の減り方が重傷ですよ!」
情けない顔で腹をさすったハインリヒに、その場に柔らかい空気が流れた。
「腹が減るのは生きてる証拠だ。空腹はちゃんと感じとけ」
「帰ったら俺はうまい酒と鴨の燻製を喰う!」
「僕が支給しよう。全員にだ」
「よっしゃぁ!全員、揃って帰りますよ!!」
記憶の中でハインリヒに言われた言葉を少しだけ変えて返してやれば、ハインリヒもまた記憶の中のオスヴァルトの言葉を少しだけ変えて返した。夢か、現か。不思議な感覚に襲われる。
「オスヴァルト、どうした?」
「いえ……これからを考えておりました」
「これからか?」
オスヴァルトはぼんやりとしていたようでフリートヘルムに心配そうに覗き込まれてしまった。曖昧に微笑み頷くと、フリートヘルムが首を傾げた。
「はい。蛮族の一団…恐らく百と少しが合流地点に向かっています。奴らの会話からアナスタシア殿下もこちらへ向かっていることが予測されますが…恐らく合流地点で戦闘になります」
「姉上は来るんだな」
「はい、そのようです。足止めのための一団のようでした」
「そうか………」
ぐっと、フリートヘルムが何かを耐えるように眉根にしわを寄せぎゅっと目を閉じた。それから目を開くと、アナスタシアと同じ色の強い眼差しがオスヴァルトに向けられた。
「戦力は足りるか?」
「この周辺にいる配下は三十。次の合流地点まで行ければ百。雑兵の百人程度、我々なら三十もいれば十分ですが、ひとり、気になる男がおりました」
「お前が気になるほど、か?」
「はい。恐らく私かハインリヒ以外は対応できないかと。それに何より、アナスタシア殿下が到着して乱戦になるとかなりの損害が出るかと」
「どういうことだ?」
「ハインリヒと同じですね。力技で一気に巻き込んでなぎ倒すタイプです。周囲に人が多ければ多いほど厄介です」
「そうか……」
そうだ。恐らくハインリヒなら対応できた。ハインリヒ、ひとりなら。あの男と雑兵複数を相手取りながらフリートヘルムを守る…そんな無茶さえさせなければ、ハインリヒなら勝てたはずだ。オスヴァルトさえ、共に在れば。




