8.警戒
【】は蛮族の言語、「」がオスヴァルトたちの言語、の設定です。
オスヴァルトの記憶にあるよりも敵は多かった。恐らく、あの時はハインリヒが先行して切り伏せた者たちも混ざっているからだろう。
木陰から飛び出してきた蛮族鎧を駆け抜ける勢いのまま薙ぎ払えば、手ごたえも無いのにおかしな方へ転がって行った。その先で、別の敵を巻き込んで倒れる。倒れる寸前、蛮族鎧の口元が上がり『行け』と形作ったのをオスヴァルトは見た。
「これはっ、勝っても、賞罰が!難しいですね!?」
一団を切り伏せ再度駆け出したハインリヒが声を上げて笑った。
「そう、だな。はっ…顔は、覚えられる、だけ、覚えておいて、くれ!…はっ」
息を切らせながらフリートヘルムも笑った。ふたりはこうして、オスヴァルトが後に残った時も駆け抜けたのだろうか。
「もうすぐ、森を、抜けます!」
潜ませている部下との合流地点が近づいて来る。白鷹騎士団の精鋭が、周辺に潜みオスヴァルトたちを待っているはずだ。無事でさえ、あれば。
オスヴァルトは合流地点の少し手前でぴたりと止まり、ふたりを制止すると茂みに身を潜めて耳を澄ませた。前方からは剣戟の音や血の臭いはしない。まだ、戦闘は起こっていない。
「オスヴァルト?」
「無いとは思いますが、白鷹に裏切者がいないとは限りません。万が一いれば、確実に待ち伏せされています」
「それは」
「無いと思います。ですが、絶対はありません」
「そう、だな。その通りだ…オスヴァルト、頼む」
「御意」
フリートヘルムの後ろに控えるハインリヒにも頷き、オスヴァルトはゆっくりと合流地点としている林道の途中にある広場へと近づいていく。一歩、また一歩と近づくほどに人の気配が濃くなっていく。
「隊長」
あと少しで広場が見えるところで微かにオスヴァルトを呼ぶ声がした。
「……ライナーか」
「はい、ご無事で何よりです」
「ああ。他の者たちは?」
「所定の位置に潜ませておりましたが、こちらに集めるよう指示を出しました。次の合流地点で待機中の者も森の中をこちらへ抜けるよう呼びに行かせました」
「何があった?」
「斥候によると城砦側から蛮族の一団が来ます」
「合流場所にか?」
「恐らく。そろそろ見える頃かと」
「分かった。まずは様子を見よう」
ハインリヒが唯一無二の相棒であるならば、ライナーはオスヴァルトの最も信頼する補佐だ。ライナーが裏切者ならオスヴァルトは諦めるしかないほどの。
頷いたオスヴァルトにふと、ライナーが顔をひそめた。
「隊長、かなり、血が」
「ああ、ほとんど返り血だ。臭うか?」
「こちらが風下ですし城砦のせいで火薬のにおいも強いのでそこは大丈夫だとは思いますが……本当に応急処置は必要ありませんね?」
「お前を殴り倒す程度なら余裕でいける」
「勘弁してください」
苦笑いで「大丈夫そうですね」と頷いたライナーに微かに笑い返し、少しずつ濃くなっていく人の気配の中をゆっくりと進む。林道が見える場所に身をひそめると、ほどなくして 蛮族の鎧が見える。かなりの数だ。
「多いな……」
「これは……少し、手こずるかもしれませんね」
森に潜ませている手勢は移動速度と安全を考えて最小限の三十。残りは次の合流地点で待機させている。
精鋭揃いではあるが、ここから見えるだけでも蛮族の兵は少なくとも倍はいる。そのまま息をひそめていると徐々に会話が聞こえ始めた。
【本当に来るのか?】
【どうだろうな。来たら面倒だから見とけ、って感じだろ?】
【まあ良いけどな。来ないなら来ないで。楽できる】
侯爵家の出であるオスヴァルトと伯爵家の出であるライナーは騎士ではあるが貴族教育として複数の言語を履修している。その中にこの言語は無いが、騎士となってから履修した言語には含まれている。間違いなく、北方蛮族の言語だ。
「俺たちがここで落ち合う予定なのがばれている、のか?」
「裏切りは考えたくないですね」
ゆっくりと、蛮族の一団はオスヴァルトたちの潜む場所へと近づいて来る。今の所、気付かれた様子はない。
【あのコウシャクとかいう男も臆病だな。たかだか女とその取り巻きだろ?】
【大した美人らしいな。族長が妾にするらしいぞ】
【何人目だよ、好き者が】
【五体満足なら多少の傷は気にしないんだろ?】
【だったら先に遊ぶのも良いな】
【馬鹿か、殺されるぞ】
【どっちにだ?】
【族長に決まってんだろ。なまっちろい南の男どもなんぞに俺たちが斬れるわけないだろうが】
【それもそうだな!】
けらけらと、楽しそうに笑う蛮族の兵たちには緊張感の欠片も無い。自分たちの勝利を確信しているのだろう。
これがオスヴァルトの部下であればひとりずつ叩きのめすところだ。戦場でも日常でも慢心が一番危険だ。こちらにとっては好都合でしかないが。
「王女殿下狙い、ですね」
「ああ、来る確証は無いらしいが……王都で動きがあった証拠、だな」
裏切者がいたわけではないことにほっとすると共に、アナスタシアはやはり早くに動いていたのだとオスヴァルトは唇を噛みしめた。




