6.終焉
その後、オスヴァルトは傭兵ギルドに所属して傭兵になった。オスヴァルトは侯爵家の次男であり、親兄弟からも家に帰って来いと言われたが今や一強となった公爵との不和を理由に侯爵家の籍を抜けた。
できることならフリートヘルムとハインリヒの後を追って自ら命を絶ちたかったが、フリートヘルムの『生きろ』という最後の主命がオスヴァルトを死なせなかった。
オスヴァルトは戦うことしか知らない。幼い頃から主君を守るためにと磨いてきた剣の腕しか取り柄が無い。
傭兵ならば死に場もあろうと傭兵になったのに、片手で剣を振るうオスヴァルトを戦場はいつも生かした。人も、獣も、魔物も。何に相対してもオスヴァルトは生き残ってしまった。
何度か公爵からも刺客が送られてきた。応戦せずに死ねれば良かったのだが、どういうわけか誰かが一緒の時にばかり襲ってきた。オスヴァルトだけならそのままで構わないが、たまたま居合わせた者までが殺されるのは納得がいかないので応戦するより外無かった。
そんなこんなで五年が経った。五年の間に側妃とアベルは王宮から離宮に移り、アナスタシアは隣国の王太子へと嫁いだ。側妃とアベルの身の安全と引き換えに嫁いだと、風の噂に聞いた。
漏れ聞く隣国の王太子は気は弱いが穏やかな人柄だという。意志が強く心優しいアナスタシアとなら良い関係を築けると噂を聞いた当初はオスヴァルトも信じていた。
だが三年後、アナスタシアが王太子の暴力で死んだ。あの武に長けたアナスタシアが他者からの暴力で、だ。
あまりにも不可解だが、それを理由にこの国と隣国は臨戦態勢に入り小競り合いを繰り返した。その戦にも何度も参戦したにも関わらずオスヴァルトはまた生き残った。
生き残る度にオスヴァルトは考えた。なぜ自分は今も生きているのか。なぜ自分は今も生かされているのか。なぜ自分は死を賜れないのか。
『生きろ』という主命が今もオスヴァルトを生かし続ける。生かすことのできなかったオスヴァルトを、生にしがみつかせてしまう。結局のところ、オスヴァルトが最後の主命を胸に死を受け入れないからこそ生きているのだ。
「もし…もし俺があの時、離れなければ。もし俺が、あの時怖気づいて主の手を離さなかったら………」
もし、など存在しないと分かっている。それでも考えてしまうのは今、オスヴァルトの体が痛みを失っているからだろう。
どんな戦場でも生き抜いて来た。どんな魔物の討伐でも生き残った。そんな自分がまさか病に負けるとは思ってもみなかった。
「もし側にいれば…何か、違っていたのか?俺は、生かすことができたのか?」
生かすことができなくても、こんな後悔はきっとしなかった。最期の瞬間までお側にあれば、何もできないまま目の届かない場所で死なせてしまったことを悔いることは無かっただろう。友の首が体と繋がったまま、生家に帰してやることもできただろう。
目を背けずどんな責めを負ってでもアナスタシアの元に残っていれば、暴力を受けた上に死なせるなど絶対にさせなかった。
「今なら…今なら絶対に、お側に……」
家との縁を切ったオスヴァルトは天涯孤独の身となった。貴族でなくなってからもオスヴァルトと夫婦になりたいという女性は少なくなかったが、オスヴァルトは全てを断った。死にたい自分が誰かの人生に責任を持てるはずがない。それに、オスヴァルトの心にある面影は今も一度も揺らいでいない。
だからオスヴァルトのこの呟きを聞いた者は誰もいない。神殿付属の治療院の奥、オスヴァルトに与えられた小さな部屋の寝台の上。窓から差し込む場違いなほどに明るい満月に照らされて、オスヴァルトはひとり、一筋の涙を流して目覚めることの無い静かな永眠りについた。




