5.離脱
アナスタシアは来た。けれど、たどり着いた時にはすでに戦闘が起こっており、潜ませていた配下も誰ひとりとして生き残っていなかった。フリートヘルムとハインリヒが鉢会ったのは蛮族の一団で、蛮族は強者の首級を何よりの栄誉の証とするためハインリヒの首を切ったのだ。アナスタシアたちが来たことで、ぎりぎり持ち去られずに済んだ。
「待てオスヴァルト!なぜ団を辞める!!」
「アナスタシア殿下……俺は…私は自らの主君を守れなかった……。剣を捧げた主を失った今、私はすでに騎士ではありません。私は………ここにはいられません」
「駄目だオスヴァルト!行くな!!お前までいなくなってしまったら…!」
「殿下。大丈夫です。アナスタシア殿下をお慕いする者は多い。むしろフリートヘルム殿下を守れなかった私を騎士団に留め続けることこそあなたの地位を脅かすことにつながりかねません」
「だが私は!」
「殿下」
オスヴァルトの左腕に縋りつくアナスタシアの手を、オスヴァルトはそっと引き剥がした。
「どちらにしろ、私の左腕はもう使えません。騎士として生きていくことはできないのです。今の私にできることは騎士団を去ることで公爵の留飲を下げることくらいです。あの男は私とハインリヒを酷く嫌っていますから」
「だが、オスヴァルト……!」
「御身が王位継承権の無い女性である以上、公爵は殿下のお命を狙うことはしないでしょうが何をしてくるかは分からない。今は病弱で見逃されているアベル殿下も今後は分からない。どうか、アナスタシア殿下。御身とご家族のお命を大切にすることを最優先にお考え下さい」
フリートヘルムたちを襲った一団が蛮族だけの一団だったことで公爵と蛮族との繋がりを証明できなかったことが痛かった。せめてそこだけでも証明できていればアナスタシアたちは安泰だったが、森や城塞の中でオスヴァルトたちが斬ったはずの黒狼騎士団の騎士の遺体は大量の血痕だけを残して全て消えていた。不自然でしかないが、何の証拠も無いのだから告発もできはしない。
北方砦は蛮族の手に落ちたまま。砦に詰めていた者たちも遺体となり森にうち捨てられていた一部を除き行方不明だ。
「オスヴァルト……私は………」
「アナスタシア殿下」
目に涙を浮かべ何かを言いかけたアナスタシアをオスヴァルトは止めた。何を言われてもオスヴァルトの心はもう変わらない。ぽっかりと空洞になってしまったようで変わるものが何も残っていないのだ。
「どうぞ息災で。アナスタシア殿下の幸福を遠くからお祈り申し上げております」
「オスヴァルト………」
アナスタシアの薔薇色の頬を涙が濡らした。拭ってやりたくても、もうオスヴァルトの左腕は思うように動かない。剣を振るう右腕は、今は亡き主のためにある。オスヴァルトにはその資格が無い。
「御前、失礼いたします」
オスヴァルトは最後の騎士の礼をアナスタシアに捧げると、そのまま振り向くことなく王城を後にした。




