11.相対(あいたい)
【】は蛮族の言語、「」がオスヴァルトたちの言語、の設定です。
フリートヘルムとハインリヒに順番に頷くと、オスヴァルトはライナーと部下たちを促して広場の方へと視線をやった。
「オスヴァルト」
「はい」
「僕は剣も盾も捨てないよ。だから生きろ、必ずだ」
「はい、必ず。殿下も…必ず生きてください。俺が必ず生かして見せます、全員」
「ああ、必ずだぞ……信じている」
最期の記憶になったあの時と同じ言葉、同じ表情。だが、何もかもが違う。
あの時、オスヴァルトはひとりだった。フリートヘルムとハインリヒをふたりきりで行かせてしまった。だが、今は。
「散れ!」
「「「「「「はっ!」」」」」
静かな合図とともに一斉に騎士たちが散っていく。月の光は忌々しいほどに明るいが、それでも森の中は薄暗く、オスヴァルトとハインリヒが率いる精鋭たちは隠密行動にもたけている。
「ライナー」
「はい」
「初射と同時に俺は奴の元へ向かう」
「クロスボウの矢の中を?」
「あいつがあの一団の中でどういう扱いなのかは知らんが離れた場所にいるのは都合が良い。あちら側には誰も行かせてないからな。クロスボウの軌道を避けてあちら側を走るさ」
「まぁ、ある程度刺さってもヤマアラシらしくて隊長にはぴったりですね」
「………白嵐だ」
肩を竦めておどけたようににやりと笑ったライナーにオスヴァルトも不機嫌そうに眉を寄せ、すぐに口角を上げた。ライナーもあの時とは違う。血の海に、横たわっていたりはしない。
ライナーは笑いながら頷くとすぐに表情を引き締め、背負っていたクロスボウを手に取り手早く矢を装着した。
明るく輝く満月がゆっくりと、薄くかかっていた雲に遮られていく。
「………行くぞ」
「承知!」
バチン!!!!と、ライナーのクロスボウの弦が鳴ると同時にオスヴァルトは森から駆け出した。
ひゅんひゅんと森からは何本もの矢が吐き出され、オスヴァルトの駆ける先で最も森の近くに居た一団が悲鳴を上げながら倒れていく。
【なんだ!?】
【て……敵襲!!】
完全にだらけきっていた蛮族たちは目の前で頭や胸に矢を受けて倒れていく仲間たちにしばし呆然とし、それから慌てて武器を手に取り森へと視線をやった。
【くそ!】
【どういうことだ!?】
慌てふためく蛮族たちは横を駆ける抜けるオスヴァルトに気付いても対応することができていない。ただ、ひとりを除いて。
「はっ……、大したものだな!」
大男はすでに立ち上がり、大剣を手にオスヴァルトを視界におさめていた。
駆けるオスヴァルトの口角が上がる。同時に、大男のつまらなそうな無表情が一気に好戦的な笑みに変わった。
【強い戦士!!来い!!!】
目を見開き、口を大きく開き、歯を剥いて笑う大男はひと声叫ぶと大剣を思い切り振り被った。
「はっ、それを片手で振り回すのか」
縦に振られた大剣を最小限の動きで避けるも、大男は無理やり勢いを殺してぶん!!という大きな音と共にそのまま横に大剣を凪いだ。
「……馬鹿力にもほどがあるだろうが」
身をよじりながら大地を横へ蹴り、ぐるりと前転して受け身を取る。その勢いのままに立ち上がり、オスヴァルトは大男の懐へと斬り込んでいく。
【悪くない!!】
大男が笑う。
【それはどうもっ】
オスヴァルトが蛮族の言葉で応えれば、大男は更に目を爛々と輝かせて見開き、今度は袈裟に斬り払いながらケタケタと大きな声で笑った。
大男の攻撃は大振りで懐に入ることは容易いが、その巨体と筋力で無理やり大剣の軌道を変えて来るので浅い傷をいくつも付けることはできるが中々動きを止めるほどの傷にはならない。
逆に大男の剣はあまりにも重く、普通に剣で受け止めでもすれば剣が折れかねず、避けるのに失敗すれば一度でも致命傷になりかねない。
「はは……なるほどな、これはハインツにはきつい」
一度広く間合いを取り、オスヴァルトはぶん!と剣を払った。
力押しの戦士だろうとは思っていたが、ただの馬鹿力ではなく小器用な馬鹿力だった。一対一だからこそこうしてやり合えるが、そうでなければオスヴァルトとてきつい。
ましてやハインリヒは大男と同じ力押しを好む。力同士のぶつかり合いでは、この男相手では残念ながら如何なハインリヒにも分が悪い。
周囲では怒号と悲鳴が飛び交い、あちらこちらで切り結ぶ高い金属音がする。時折オスヴァルトへと向かって来る足音があるが、全てオスヴァルトの元へ辿り着く前に消えていく。
【強い戦士。俺とサシで戦いに来たのか】
【ああ。一対一だ。それと、俺は騎士だ】
【『キシ』とは何だ】
【倒すのではなく、屠るのではなく、守るために戦う者だ】
【そうか。キシ、お前は何を守る】
【主君と、友と、愛する方と……未来を】
【そうか……ならば俺と戦え!俺に勝って見せろ!!】
心底楽しそうに大男は呵々と笑い、ぶんぶんと風を切り二回、頭上で大剣を振り回した。そうして腕が下がったと思った瞬間、大男は大地を蹴った。




