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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

辺境に追放されて50年――解き放たれた世界最強の賢者は再び世界にその名を轟かせる。無実の罪で失われた名声がよみがえり、今度こそ全てが報われる。


 俺……マリク・ガリアードは『魔王討伐パーティ』の仲間たちとともに魔王に立ち向かっていた。


 十年間続いた魔族と人間の戦いに決着をつけるべく、人類最強の剣士や魔術師たちで結成された一騎当千の最強パーティだ。


 魔王軍の強敵をすべて打ち倒し、ようやく魔王と対峙できたが――さすがに魔族の王だけあって、魔王の強さは他の魔族とは次元が違っていた。


 仲間たちは傷だらけだ。


 再起不能のダメージを受けた者もいる。


 そんな中、俺だけがほとんど無傷だった。


「ここまでだ、魔王。お前は確かに強い。けれど魔法戦闘に限れば――俺の方がわずかに上だ」


 俺が魔王に言い放つ。


「『漆黒のガリアード』……聞きしに勝る使い手よな。我が四天王すら撃ち破っただけのことはある。我にまでこれほどの傷を与えるとは――」


 魔王がうめく。


「だが――人間ごときが余を上回るだと? あまりいい気になるなよ!」

 その全身から炎と稲妻がほとばしった。


 圧倒的な魔力に任せた攻撃魔法の乱舞。


「お前こそ――人間を舐めるな!」


 ヴヴヴヴヴッ!


 俺の前面に五つの石板が浮かぶ。


 それぞれの石板から飛び出した炎や稲妻、魔弾、魔力の剣が、魔王の攻撃魔法を迎撃し、次々に撃ち落としていく。


 さらに撃ち落としきれなかった攻撃は、防壁を生み出して弾き返す。


「五体の異界の魔王で、五種の魔力を操るか……人間ごときが――」


 そう、俺は異世界の魔王五体と契約している。


 彼らから力を借り、魔王級の魔法を行使する――。


 それが俺の戦闘スタイルだ。


「こっちは魔王五体分の力がある。いくらお前が強くても、しょせんは一体――俺の勝ちだ」

「くっ……」

「お前にできることは、俺にもできる」


 俺はニヤリとした。


「俺も魔王の力を使えるんだからな」

「人間が……魔王と同じレベルの魔法を操るとは……生意気なぁ……!」


 激高する魔王を俺はまっすぐ見据えた。


 魔力をさらに練り上げる。


 前衛の戦士たちが壁になり、俺以外の魔術師が魔王を牽制してくれたおかげで、魔力を十分に高めることができた。


 今なら最大威力の魔法を撃てるはずだ。


「これで終わりにするぞ、魔王!」

「終わるのは貴様の方だ!」


 魔王が黒い魔力球を放った。


 その瞬間、俺も魔力をありったけ込め、異界の魔王の力を借りて最強の魔法を放つ。


「【暗黒煉獄炎帝破(ガリアードフレア)】!」


 漆黒の炎が魔王の魔力球を飲みこみ、消滅させ、さらに魔王自体を飲みこんだ。


「ぐああああああ……ば、馬鹿な、この余がぁぁぁぁっ……!?」


 絶叫とともに魔王が消滅する。


「やった……」


 やったぞ。


 世界を、救ったんだ!




 魔王との戦いから一か月が過ぎた。


 俺たち『魔王討伐パーティ』は世界を救った英雄として持てはやされた。


 特に俺は魔王にトドメを刺したため、『魔王討伐パーティ』の中心人物という扱いを受けることが多かった。


 ただ、俺としては『全員の力で魔王を倒した』という意識が強いため、この扱いはあまり好きじゃない。


 仲間たちはみんな俺を称えてくれるが――。


 称えられるべきなのは、仲間たち全員だ。


 そんなことを考えながら過ごす日々の中で、俺は仲間の一人に呼び出された。


 魔術師リーナス・ゼル。


 パーティの中で俺とは双璧と呼ばれている魔術師だ。


「話ってなんだ、リーナス」

「最近、ますます大人気らしいな、マリク」


 リーナスが嬉しそうに笑った。


 人懐っこい笑顔。


 二十五歳の青年なのに、まるで十代前半の少年のように見える。


「噂や偶像が独り歩きしてるんだよ。大体、俺一人で魔王を倒したわけじゃないからな。あくまでもトドメを刺したのが俺というだけで……俺だけに人気が集中するのは嬉しくない」

「生真面目な君らしいな、マリク」

「だいたい『人気者』なんて俺のガラじゃない。そういうのは、むしろお前たちのほうが――」

「そうだな」


 俺の言葉にリーナスが真顔でうなずいた。


「君一人に人気が集中するのはよろしくない。民衆からは君をどこかの国の王に……なんて言葉もひっきりなしに聞こえてくる」

「俺が王? よしてくれ、ガラじゃない」


 俺は苦笑した。


「いや、実際そういう声は日増しに大きくなっているよ」


 リーナスが微笑む。


 そのとき、ふと……俺は気づいてしまった。


 奴からの視線がやけにキツい。


 顔は笑っているけど、目だけは笑っていないんだ。


 まるで俺を憎んでいるかのような目つき――。


 いや、そんなの気のせいだよな。


 リーナスは大切な仲間で最高の親友だ。


「僕はこう思うんだ。君さえいなくなればいいのに、って」

「えっ」

「君がいなければ、僕ら他のパーティメンバーは平等に持てはやされたはずなんだ。君が突出して目立つ活躍をしてしまったものだから、僕らの陰が薄くなった」

「はは、考えすぎだって」

「だから、君には消えてもらうことにした」


 リーナスが淡々と告げた。


「…………………………えっ?」


 あまりにも唐突すぎて、俺は間抜けな声を上げてしまった。


 理解が追い付かない。


 今、こいつはなんて言った……?


「君は魔王と通じていた。そして、魔王亡き後、魔王軍を掌握して新たな魔王になろうと画策している。僕らはその証拠をつかんだんだ」


 リーナスが朗々と告げた。


「冗談にしても、それはちょっと笑えないぞ、リーナス」

「冗談? 僕は本気さ」


 リーナスが俺を見つめる。


 その目は――いや、その表情もすでに笑っていない。


 憎々しげに俺をにらんでいた。


「世界の敵、マリク・ガリアード。僕らは君を糾弾し、君を捕らえる」

「何……?」


 周囲に人の気配がいくつも同時に出現した。


「お前ら――?」


 全員ではないが『魔王討伐パーティ』の連中が何人かいた。


 さらに知らない顔もいくつかある。


 誰もが俺を憎々しげににらんでいた。


「君の英雄としての名声はここで終わる。そしてこれからは新たな魔王としての汚名だけが残るんだ」

「観念しろ、マリク」

「いくらお前が強くても、この人数相手には勝てまい?」


 リーナスが俺を指さす。


 その指先に魔力の光が宿った。


「こいつ――!」


 本気で俺を攻撃する気か!?


 戦いは……避けられないのか!?




 結局、俺はリーナスたちに濡れ衣を着せられ、命からがら逃げだした。


 本気で戦えば、彼らの大半を殺せたかもしれない。


 けれど、俺にはできなかった。


 何年も一緒に戦ってきた仲間が何人もいたし、特にリーナスは親友とさえ思っていたのだ。


 それがいきなり『お前は新たな魔王になり替わろうとしている世界の敵だ』なんて濡れ衣を着せられ、断罪されたら――。


 その時点で俺は大きな精神的ショックを受け、どうしても戦意を発揮できなかった。


 結果、俺はリーナスから強力無比な呪いを受けることになった。


 その呪いとは――『魔法封じ』。


 俺は初級の魔法のいくつかをかろうじて使える程度で、後はまったく魔法を使えなくなった。


 魔術師としては、もう終わりだ。


 俺は失意のまま、辺境の地に移り住んだ。


 大陸の東の端の端――。


 ここまで逃げれば、リーナスたちの追っ手からも逃れられるだろう。


 そして案の定、世界では俺の悪名が一気に広まった。


 内容はリーナスから言われたものと同じ。


 俺が魔王軍を従え、新たな魔王として人間界に討って出ようとしていたこと。


 リーナスたちがいち早くそれを察知し、俺を倒したこと。


「命を懸けて、魔王を倒して、世界を救って……そのあげくがこの仕打ちか……」


 虚しかった。


 なんだか、すべてがどうでもよくなってしまった。


 俺は『マリク・バレッタ』と名を変え、大陸の果ての果てともいえる辺境の村で暮らし始めた。


 幸い初級の魔法のいくつかを使えるおかげで、生活はかなり便利だ。


 かつてのように大火力の攻撃魔法や大規模儀式魔法、召喚魔法などはもう使えない。


 けれど、初級魔法でも使いようによっては十分に効果を発揮できる。


 魔族と戦うほどの能力はなくなっても、野生のモンスターくらいなら戦える。


 そうやって、俺は世界を救った英雄から、単なる村人として暮らし始めた。

 一年、二年、三年。


 七年目に一人の少女――村人の一人の娘だ――から請われ、魔法を教えることになった。


 魔術師の素質を持つのは圧倒的に貴族が多いが、まれにそうではない人間からも素質者が生まれることもある。


 俺のところに来たのは、そんな素質者だ。


 どうせ大してやることもないし、俺は彼女に魔法の手ほどきをした。


 何年も何年も、俺は付きっ切りで彼女を指導した。


 最初は芽が出なかったが、辛抱強く教え続け、彼女も努力を続けているうちに、やがて才能が花開いた。


 五年ほど教えると、彼女はみるみる腕を伸ばしていき、やがて一流といっていい実力の魔術師に成長し、やがて村を出ていった。


 数年後、彼女がある国の魔法師団長になったと聞いて、俺も誇らしい気持ちになったものだ。


 以来、ときどき俺のところに弟子志望が来るようになった。




 そうして――50年が経った。


 俺はすでに70歳半ば。


 すっかり老人である。


 さすがに体力的に弟子を取るのもきつくなっていた。


「だから――お前が最後の弟子だ、アリシア」

「はい、先生!」


 元気よくうなずいたのは、十代半ばの美少女だ。


 アリシア・エスカ。


 とある貴族の隠し子らしく、色々な事情があって俺のところにやって来た。


 その素質は、俺が今まで受けもった弟子の中でもトップ3には入るだろう。


 あるいは、歴代で最強かもしれない。


 そんな逸材を俺は五年間じっくり育て上げた。


 今や彼女の実力は、宮廷魔術師クラスか、それ以上――。


「……先生、誰か来ます」


 と、アリシアが不意に険しい表情になった。


「すさまじい魔力だな」

「先生も気づいてた……って、当たり前ですよね、あはは」


 アリシアが笑う。


「魔力感知に関しては、呪いで衰えたりはしていないからな。まあ、攻撃や防御はまるでダメだが」


 苦笑交じりに説明する俺。

 と、


「ここにマリク・ガリアード殿がいると聞いて参上いたしました」


 やって来たのは一人の少女。


 アリシアと同い年くらいだろうか?


 それにしても『ガリアード』とは。


 俺が五十年前に捨てた姓だ。


 懐かしく、そして忌まわしい姓だ。


 俺はどう答えるか迷った。


 俺のかつての名前『マリク・ガリアード』は悪名が世界中に広まって言える。


 とはいえ、それはもう五十年も前のこと。


 今はもう太平の世の中だし、名乗っても問題ないだろうか?


 だけど、念のために――、


「マリクは俺だが――あいにく『ガリアード』ではなく『マリク・バレッタ』という名だ」


 そう偽名を名乗っておいた。


「……なるほど、かつての名を変えられたのですね」


 少女が一礼した。


「申し遅れました。私はレイエス・ゼル。かつて魔王と戦った魔術師『リーナス・ゼル』の孫です」

「っ……!」


 俺は息を飲んだ。


 まさか今ごろになってリーナスの孫がたずねてくるとは。


「少し二人だけで話せないでしょうか? 祖父のしたことで、あなた様にお聞きいただきたいことが」

「……分かった」




 俺たちは場所を移した。


 ひと気のない森の中である。


 ずっと立っているのは足腰がつらいので、手近の切り株の上に腰を下ろす。


 最近、膝の関節の調子がよくないので、それだけで鈍い痛みが走った。


「さっきは偽名を名乗ったが、俺の本当の名前は『マリク・ガリアード』という。まあ、分かっているとは思うが、いちおう……な」


 俺は苦笑交じりに言った。


「ええ、存じております」


 うなずき、レイエスはその場に両ひざをついた。


 さらに頭を地面にこすりつけ、


「祖父のしたこと、今さら許されることではありませんが……誠に申し訳ありませんでした……っ」

「お、おい……?」


 いきなりの土下座に俺の方が驚いてしまう。


「あなた様は世界を救った英雄――にもかかわらず、祖父たちによって汚名を着せられ、この地まで追われ、魔法の力もほとんど失ったと聞いております」


 レイエスが顔を上げた。


 額に土くれがついている。


「せめてもの償いをするため、私はこの地に参りました」

「償い?」

「まず、私に対しては祖父に変わって、いかなる処罰も受けるつもりです。あなた様の好きに扱ってください」


 レイエスが言った。


「いや、俺は別に……そもそも君の祖父とは色々あったが、君自身には何の罪もない」

「私が、償いたいのです」


 レイエスは強い口調で言った。


「そして、もう一つ――これも今さらかもしれませんが、あなた様の呪いを解かせていただきたいのです」

「できるのか、そんなことが……!?」


 俺は驚いた。


「おそらく。ただし、あなた様の協力が必要になります」


 と、レイエス。


「私の解呪魔法をあなた様が受け入れてくれれば……」

「君が解呪してくれるのか?」

「はい。当時、祖父がかけた呪いに関して文献を調べ、ようやく解呪の方法を探し出しました。随分と時間がかかってしまいましたが……」


 レイエスが言った。


「どうか、解呪の魔法を使うことをお許しください」

「俺としても呪いが解けるなら、ありがたい」


 俺は彼女に言った。


「君が解いてくれるというなら、ぜひお願いしたいところだ」

「では――」


 レイエスが立ち上がった。


「俺の方で何かすることは?」

「ありません。私に対して『受け入れる』意志を示していただくだけです」


 と、レイエス。


 受け入れる――か。


 たとえば、これがリーナスの仕掛けた罠ということもあり得る。


 可能性としては、だが。


 レイエスの必死な表情だって演技の可能性はあるわけだ。


 演技とは思えない迫真さがあったものの、初対面の人間を無条件に信じるほど俺は純粋じゃない。


 とはいえ――。


「まあ、いいか」


 俺はもう十分に生きた。


 仮にこれが罠だったなら仕方ない。


 逆に罠じゃなければ魔法の力を取り戻せるかもしれない。


 賭けてみるのも悪くない。


「君の解呪を受け入れよう、レイエス」


 俺は言葉で意志を示した。


「ありがとうございます。初対面の私を信じてくださって……そして、私に祖父の罪を償う機会を与えてくださって……」


 ポウッ。


 レイエスの全身が淡い光に包まれた。


 美しい純白の光――その一部が俺に伸び、胸元に吸い込まれていく。


「これは――!?」


 体の芯が熱くなった。


 全身の血液が沸騰するような錯覚。


「魔力だ……」


 呪いを受けて以来、ほとんど枯渇していたと思っていた魔力がすさまじい勢いで湧き出してくるのを感じる。


「おお……!」


 体中が軽くなった。


 俺はもともと魔法によって、数百年は若いままでいられるだけの力を身に着けていた。


 呪いで魔法の力の大部分を失い、そういった『若さの維持』もほとんどできなくなり、今は年齢相応の老人の状態だったのだが――。


「戻った……戻ったぞ……!」


 体が一気に若返っていく。


 六十代、五十代、四十代――。


「ん? 前より若くなっているような……?」


 この感覚は十代半ばくらいだ。


 呪いを受ける直前、俺は二十代半ばだったのだが。


 まあ、急激に魔力が戻ったから、その辺の調整がズレてしまっているのかもしれないな。


 どのみち、全盛期の魔力が戻った感覚がある。


「ありがとう、レイエス。君のおかげで俺は――」


 礼を言おうと彼女の方を振り返ったところで、俺はギョッとなった。


「レイエス……!?」


 彼女の全身が――灰色になっていた。


 石だ。


 レイエスの全身が石化している。


 いや、正確には頭部だけが生身だった。


 けれど、その頭部も徐々に灰色に変わっていく。


「レイエス!」

「これが――解呪の代償、です……」


 苦しげな息の下でレイエスがつぶやく。


「間もなく私は完全な石に……変わって……」

「直す方法は!?」

「ありません……ですが、これはせめてもの……罪滅ぼし……」


 レイエスの声が小さくなっていく。


 もはや話すのも苦しいのだろう。


「マリク様は、どうか……自由に……これからは……生き……」

「も、もういい! それ以上しゃべるな……!」

「今まで……ほ、本当に……ごめんなさ……」


 彼女の瞳から涙がこぼれおちる。


 そして、その顔がすべて石と化した。


「レイ……エス……」


 俺はうなだれた。


 呪いが解けても、こんな年端もいかない少女を犠牲にしてまで――喜べなかった。


 リーナスに対しては怒りや恨みはある。


 けれど、孫のレイエスに対してそんなものはない。


 彼女が犠牲になる理由なんてないのに……。


「先生!?」


 と、アリシアが走ってきた。


「今、とてつもなく巨大な魔力が現れて――って、誰よあなた!?」


 彼女がギョッとした顔になる。


「うわ、すっごい美形……って、そうじゃない! 先生はどこ行ったの!?」

「落ち着け、アリシア。俺だ。マリク・バレッタだ」


 俺は彼女に言った。


「は? 先生は白髪のおじーちゃんですけど? そんな豪快な嘘つかれても、あたし騙されないもん!」

「じゃあ、俺の魔力を探ってみろ。魔力量は増したが、魔力の『質』は変わっていない。お前なら察知できるはずだ」

「魔力の質……」


 アリシアが俺を見つめた。


 しばらくしてハッとした顔になる。


「あーっ! 確かに先生と魔力の感じが同じっ! じゃあ、本当にあなたが――」

「マリクだと言っただろう。呪いが解けたんだよ」


 俺はアリシアに苦笑した。


「まあ、すぐに分からなくても無理はないが」

「嘘、先生ってこんなに格好良かったんですか……!? うわ……うわわわ……めちゃくちゃタイプだよう……」


 急に赤くなるアリシア。

 と、


「あれ、そっちの石像は……」


 アリシアがふたたびハッとなった。


 俺とレイエスの間に何があったのか、想像がついたのだろう。


「もしかして、先生の呪いを解くために……?」

「察しがいいな。彼女は自らを犠牲にして俺の呪いを解いてくれたんだ」


 説明する俺。


「こうなることが分かっていたら、解呪を受けなかったのに……」


 唇をかみしめた。


 無念だった。


「……直せないんですか?」

「石化の解除は簡単なことじゃない。ましてレイエスの場合は単なる石化魔法じゃない。俺の呪いを解く過程でこうなったんだ」


 俺はアリシアに説明した。


「仮に石化を解こうとすれば、『なぜ石化したのか?』を解明する必要がある。そしてその術式に合わせた解除術式を組み立てなければならない。だから――」


 言いかけて、今度は俺がハッとなる番だった。


 そういえば、レイエスはこう言っていた。




 ――当時、祖父がかけた呪いに関して文献を調べ、ようやく解呪の方法を探し出しました。




 つまりリーナスが俺にかけた呪いのことが、その文献には載っているはずだ。


 なら、その文献を読めば、かつてリーナスが俺にかけた呪いの術式を解明できるだろうし、レイエスの石化解除の術式も作れるはず。


「よし……決めたぞ」


 俺は決断した。


「レイエスが読んだという文献を探しに行く。そして彼女の石化を解除できる術式を作ってみせる」

「えっ? えっ?」

「アリシア、お前については既に免許皆伝だ。自分の好きなように生きるといい。俺もすぐに旅立つ」


 俺はもともと独り身だし、身支度も簡単だ。


 今日すぐにでも旅立てるだろう。


「ち、ちょっと待って、先生! あたしも連れて行ってください!」


 アリシアが慌てたように叫んだ。


「お前はもう俺の元から巣立つべきだ。自分の好きなように生きろ、と今言っただろう」


 俺は可愛い弟子を諭した。


「俺はもう師匠じゃない。これからは一介の魔術師として――まずレイエスを救うために旅立つ――」




 ごおおおおおっ……!


 周囲を猛烈な勢いで空気が流れていく。


 俺は飛行魔法で空を飛んでいた。


 一人旅なんて五十年ぶりだ。


 何もかもが新鮮だった。


 もちろんレイエスのことを忘れたわけじゃない。


 彼女の石化は必ず解いてみせる。


 とはいえ、それとは別に旅に対して浮き立つ気持ちがあるのは事実だった。


 魔王との戦争が終わった当時は、せっかく訪れた平和を満喫することもなく、すぐに辺境まで逃げる羽目になった。


 以来、ずっとあの村にこもりっきりだ。


「……体が少年に戻ったんだし、もう少し若者らしい服装に変えるか」


 俺は自分の服を見て、苦笑した。


 服を買いに行くため、適当な町に降りるとしよう。


 と、そこで――。


「なんだ……!?」


 前方の都市から黒煙が上がっていた。


 俺は飛行魔法の速度を上げて、町に入った。


「これは――」


 あちこちで悲鳴が響く。


 町は、襲われていた。


 巨大な黒い影。


 翼や尾を備えた異形の怪物たち。


「魔族……!?」


 そう、魔族だ。


 五十年前の大戦で、そのほとんどが死滅し、あるいは故郷である魔界に逃げ帰った闇の種族だ。


 それが、町の人たちを襲っている。


「なんで魔族が……」


 ふたたび魔界から現れたのか。


 あるいは人間界のどこかに潜んでいたのか。


 どちらにせよ、襲われている人たちを助けることが先決だ。


「やめろ」


 俺はすぐ近くで町の人たちを襲おうとしている三体の魔族の前に立った。


「さっさと逃げろ」


 と、その母子に言い放ち、魔族たちに視線を戻す。


「なんだ、お前は」

「人間が」

「お前も食ってやろうか、ええ?」


 魔族たちがすごむ。


 俺は冷ややかに奴らを見詰めていた。


「魔族と戦うのも五十年ぶり……か。魔力が戻ったばかりだから上手く手加減できないかもしれんぞ」


 鼻を鳴らす。


「手加減だと? 人間ごときが俺たちに何言ってやがる!」


 魔族たちがいっせいに向かってきた。


「――遅い」


 俺の目は体内を流れる魔力によって、常にあらゆる感覚を増幅し、常人の数百倍の反射と解像能力を誇る。


 奴らの動きが丸見えだった。


 あまりにもスローすぎる。


「とりあえず消すか――【バレット】」


 俺が放った魔力弾が三体を飲みこみ、消し飛ばした。


 もちろん、これも異界の魔王の力を借りた魔王級魔法だ。


「うおおおおおおおおおっ!?」

「す、すごい、魔族をこんなにあっさり――」

「助かったよ! あんた、強いな!」

「いや、強すぎでしょ!」


 町の人たちがいっせいに騒ぐ。


「全員無事か?」


 俺は彼らを見回した。


 ひどい怪我でもしている人がいるなら回復魔法を使おうと思ったのだが、見たところ軽いケガをしている者が大半で重傷者はいないようだ。


「あの魔族たちはなんだ?」

「俺たちにも分からない。なんでも人間界に本格的に侵攻するとか、この国の都や主要都市に一斉攻撃しているとか……魔族たちがそんな話をしているのが聞こえたな」

「ああ、俺も聞いた。昔話みたいにまた魔族との戦争が起きるんじゃないだろうな……」


 住民たちは不安がっている様子だ。


「一斉攻撃だ……!??」


 俺は戦慄した。


 とんでもないタイミングで村を出たものだと我ながら呆れてしまった。


 いや、あるいは――。


 レイエスはこのことを知っていて、慌てて俺の呪いを解きに来たのかもしれない。


 今にも起きようとしている魔族との大戦争に備え、俺に力を取り戻してほしい、と。


 自らを犠牲にして――。


「だとすれば……彼女こそ英雄だ」


 祖父とは違う。


 自らの栄誉ではなく、世界のために身を捨て、俺の力をよみがえらせてくれた。


「もしそうなら……俺は彼女に報いなきゃいけないな」


 彼女を救うべき理由が、もう一つ増えた。


「まず手始めに――この町を襲う魔族を、すべて倒してやる」


    ※


 王都は、炎上していた。


 突然現れた魔族の軍団によって。


 数十年の間、平和を謳歌していた軍は弱体化しており、騎士も魔術師も瞬く間に壊滅した。


 五十年前の大戦を知る猛者たちも、ほとんどが老い、あるいはすでに冥府へ旅立った後だ。


 その数少ない生き残りの一人――大魔術師リーナス・ゼルは七十歳を超える老齢ながら、強大な魔法を操り、魔族に立ち向かっていた。


「くっ、しょせん多勢に無勢か……」


 なんとか一体倒すことができたものの、寄る年波には勝てない。


 たちまち十体を超える魔族に囲まれてしまった。


「かつての英雄もこの程度か」

「前魔王様への手向けとして、そして現魔王様への手土産として――」

「お前の首を取る、リーナス」


 魔族たちが笑う。


「おのれ……ぇ」


 リーナスがうめく。


 五十年前と比べて、大きく衰えた魔力では勝てそうになかった。


 英雄としてチヤホヤされ、魔術師としての鍛錬などもうずっとしていない。


 まさか、ふたたび戦う時が来るとは想像していなかった。


 それほどまでに大平の世は長く続いていたし、これからも続くと信じていたのだ。


 それが――なんの根拠もない願望に過ぎなかったことに、今さら気づく。


「僕が、こんなところで死ぬのか……? 魔王殺しの英雄、リーナス・ゼルが……」




「魔王殺し? 初耳だな。お前が魔王を殺したなんて」




 涼しげな声が、突然聞こえた。


「えっ……?」


 リーナスは呆然と振り返った。


 聞き覚えのある声だった。


 何十年経っても決して忘れない……忘れられない声。


「い、いや、そんなはずはない。あいつは死んだはず――」

「死んではいない。隠居していただけだ」


 かつ、かつ、と足音と共に黒煙の向こうから誰かが近づいてくる。


 真紅の髪に青い瞳、少女と見間違いそうなほど整った顔立ちの少年――。


「お、お前……お前は……」

「久しぶりだな、リーナス。随分と老け込んだものだ」


 少年がこちらをジッと見つめる。


 凍るように冷たい視線だった。


「昔話は後にしようか。まず、こいつを片付ける」


 右手を前に突き出すと、まばゆい光があふれた。


「っ……!」


 信じられないほどの圧倒的な魔力だった。


「やはり、お前は――」


 ごうっ!


 閃光が、放たれる。


 たったの一撃――。


 彼が放った攻撃魔法は、高位魔族を一瞬で消し去ってしまったのだ。


「ば、馬鹿な……強すぎる……!」


 魔王を殺した男。


 かつて『漆黒のガリアード』と呼ばれた男。


「マリク……!」


 魔法封じの呪いをかけ、世界から追放された彼は、その後消息を絶っていた。


 てっきり野垂れ死んだものかとばかり思っていたが……。


「生きていたのか……」

「もう一回、魔王討伐をやろうと思ってな」


 振り返ったマリクの顔は、五十年前と同じく闘志にあふれていた。




 これは――すべての始まり。


 冤罪によって世界から追放された『魔王殺し』が、今度こそ世界を救う英雄となる物語。


 そして、真の英雄を追放した『汚れた英雄』が世界に断罪される物語だ――。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 今回悪くない、人間らしいの感情あります、ストーリー性もあり。 [気になる点] >「お前こそ――人間を舐めるな!」   このセリフの後 > そう、俺は異世界の魔王五体と契約している。 …
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