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第6話 全部、夢か

「ん……」


 目覚めるリョウ。視界が開ける。

 リョウの部屋。朝。


「あれ、俺なにか……」


 布団から上体を起こす。手で顔を軽く拭う。その左手を覗く。


「うん……シュワ?」


 と、何かを探すように、ぼんやりとした手つきで傍らのスクールバッグを引っ張る。キーホルダーは付いていない。


「……ああ、そっか」


 俯いて低い声で言う。自嘲の口角が上がり、そこから覗く八重歯。


「全部、夢か」



 ■



 学校。登校したリョウ。空は灰色。

 キョロキョロと辺りを見渡す。が、誰も寄ってこない。

 と、グラウンドに例のリョウの取り巻き女子発見。近づくリョウ。


 ザッと足音。振り向く女子。

 リョウはその表情にたじろぐ。まるで知らない人を見るような目つき。

 リョウが近づいたのを怪しむ女子たち。


「お、おはよう……」


 挨拶するリョウ。が、皆『誰こいつ?』みたいに顔を合わせる。


「えっと、そのー……すみません」


 静寂と、その部外者の雰囲気に耐えきれず、去るリョウ。変に会釈した顔のまま、早歩きで下駄箱へ直行。俯く。



 ■



 階段を上がるリョウ。指を顎に当て、考えつつ歩く。

 と、人とぶつかる。踊り場。二人の係り男子生徒。


「す、すみません……!」


 謝るリョウ。しかし、相手の男子生徒の持っていた書類を散りばめてしまった。慌てて拾っていくリョウ。


 が、その書類の一枚を自分で踏んでいたことに気づかず、そのまま拾う。と、ビリッと破ける。


「あっ……!」


 猛烈にお辞儀し、謝るリョウ。

 男子はため息を吐いたように肩を竦め、自力で拾う。もう一人の男子もリョウを無視して書類を拾う。


「あの、本当にごめんなさ、」


 と、リョウが顔をあげる。

 が、二人はすでに書類を持って廊下の先だった。リョウのことを無視して。


 置いてけぼりリョウ。表情は固まっている。

 その前を通り過ぎる女子生徒複数。廊下はリョウを取り残すように。


 やがて誰もいなくなる。灰色の空間。無音。



 ■



 唐突に画面が切り替わる。数学のノート。

 ペンを持っているのはリョウ。


 教室。授業中。


「……?」


 問題が解けないリョウ。机に肘をつき、その手で頭を押さえている。ペンを一切走らせない。眉をひそめる。


 と、隣の生徒がトントンと机を叩く。気がつくリョウ、顔をあげる。

 先生がこちらを見ていた。リョウを指していることに気づき、にわかに起立する。


「あ、はいっ。すみません!」


 自分が指名されていることにずっと気づかなかったリョウ。すぐに慌てて前に出る。

 教壇に立つ。ホワイトボードに書かれた数式を眺める。が、解けない。


「えっと……わかりません……」


 俯き、白状するリョウ。

 教師は席を指差し、戻るように促す。

 自席にトボトボと戻るリョウ。視野に、周りの生徒が嗤っているような絵が映る。

 にわかに赤くなり、歩調を速めるリョウ。と、他の人の席にぶつかってしまう。


「あ、すみませんっ」


 足を退けるリョウ。ぶつけられた生徒はリョウを無視。

 恥ずかしさで赤いままなリョウ。逃げるように席に戻る。椅子をひく。



 ■



 校庭。体育の授業、サッカー試合。灰色の風景。

 転がってきたボールを受けるリョウ。が、それに足を変に乗っけて転ぶ。


「うわっ」


 盛大に背中から転んだリョウ。試合は一時中断の様相。

 周りを見る。嗤う者、蔑む者、無関心な者。

 審判らしき生徒が、リョウへと試合を続行するか尋ねる。


「えっと。わたし……は、」


 リョウは不安な表情。呼吸が速くなる。一人称が変わっている。


 広がる校舎。転び、座ったままのリョウ。生徒たちの影が伸びる。

 灰色の世界、過呼吸気味なリョウ。声を漏らす。


「シュワ……ホロ……」


 リョウ以外の声はない。音もない。


「カオル……」



 ■



 廊下を歩くリョウ。誰もいない。


「カオルはここだったっけ……?」


 『二年A組』教室の前。探すリョウ。が、カオルはいない。


「あの、カオルさんはいますか?」


 尋ねる。しかし教室は誰も相手しない。白像のような生徒たち。


「あの!」


 大声を出すリョウ。振り返る生徒。お面を被ったような彼らの視線。リョウは縮こまる。


「あ……」


 視線に怯み、逃げ去るリョウ。鞄を持って帰宅。空は灰色で、時間帯が読めない。

 学校から出る。街の風景も灰色。走っていく。不安なリョウ。



 ■



 リョウの部屋。鞄を置き、横になっているリョウ。

 学校のことを思い出す。自分の無能さ。周りの目。


「……ッ」


 泣きそうになるリョウ。顔を歪め、頭を覆い、堪える。また過呼吸気味になる。

 フーフーと獣のように深呼吸。身体を畳に横たわらせながら、うずくまる。

 やがてその息も鎮まっていく。意識が薄まるリョウ。寝息、眠る。



 ■



 温泉旅館。夜。リョウの部屋。

 現実世界。リョウがいるのはゴチャマゼーが張った結界世界。

 女将が言う。


「リョウ……どこ行ってんのかしら、あの子。夜になっても帰ってこないなんて」


「えっと……」


 応対するのはカオル。女将は心顔で言う。


「カオルちゃんもごめんなさいね? あの子、本当一人で突っ走っちゃう子だから。でもこんな夜遅くまで帰ってこないなんて、ちょっとちゃんと言っとかなきゃ。というか、事故にでも遭っているんじゃないでしょうね……」


「あ、あの。大丈夫ですよ……野戸さんが今迎えに行ってるので」


 確信のない笑顔をするカオル。とりあえず女将をなだめる方向。

 チラと目を移す。うさぎの時計は八時半過ぎを指している。窓の外は真っ暗。


「野戸さん……あの方が行ってるなら、まだ安心できるわ。それにしても、本当にどこ行ってんのかしら、リョウ? 平日だから、お客様少なくて良かったけど」


 口調が早くなる女将。相当心配しているらしい。

 ちなみに下の階では従業員たちが接客をしている。女将は旅館に来たリョウの同級生に応対するために、休憩をとった感じだ。

 気まずい感じのカオル。回想。



 ■



「え……リョウさんが、結界に飲み込まれた?」


「シュワ……」


 学校。体育館裏。シュワと会話するカオル。例のゴチャマゼー一件の後。


「その、結界ってなんなの、シュワちゃん?」


「シュワ。結界はスパークルエナジーを利用した最新型兵器の一種シュワ。一方的に相手を任意概念空間に閉じ込め、形式的な現実世界であるこちら側から特定パターンの言語入力をしない限り、サイダーは半永久的にエナジーの影響を受け続け結界の記号係数として多次元複素数層域にて同時間軸遷延形而上該当方式へと従い結界作動観測箇所へ方位転換されその存在と感傷をリフレインさせるシュワ」


「要はこっちから鍵を開けないと出られないってことね? リョウさんは」


「そういうことシュワ」


 神妙に頷くシュワ。

 その妖精の小さな身長に合わせて屈み、視線をちゃんと合わせるカオル。怒涛の勢いで質問攻め。


「リョウさんは今、どうなっているの? ひどい目に遭ったりしてないよね? いつ帰ってこれるの?」


「シュワ……落ち着くシュワ、エスプレッソ」


 少し気圧されるシュワ。カオルのリョウを心配する覇気にやられる。そして説明。


「今先にホロが追ってるシュワ。今夜中に見つかると思うシュワが……いかんせん、構造が複雑で位相解析に時間が掛かってるシュワ」


「じゃあ、今夜リョウさんのことはどうしよう……? 私の家に泊まるってことに……でも、それはリョウさんの口から言わないとお家の方にも伝わりにくいだろうし……」


「そうなんだシュワ。シュワたちはサイダーを探さなきゃいけないシュワ。だからエスプレッソ、チミにサイダーのこれからの言い訳を考えてほしいシュワ」


 シュワがビシッとカオルを指す。戸惑い、辟易するカオル。


「ええー……」



 ■



 回想終了。リョウの部屋、カオルの表情。


「リョウさん……痛い目に遭ってないといいけど」


 小さな声で独り言ちるカオル。

 と、女将が喋る。にわかに自分に振られるが、対応するカオル。


「カオルちゃんも大丈夫? こんな真っ暗になっちゃって、親御さん平気?」


「え、あ、はい。私は大丈夫です。ちょっとサイダーに会いたくて来ただけで……」


「サイダー?」


「あ、いえ! リョウさん! です!」


「はあ……」


 言い間違えを勢いよく立ち上がり、訂正。急に態度が変わったようなカオルに、少し圧倒される女将。

 ハッと気づき、縮こまるカオル。着席。


 ちゃぶ台を挟んで二人は正座。シーンと、気まずい静寂。

 と、女将が口を開く。ぽそ、と独り言みたいに。


「あの子はなまじ何でもできちゃうから。万能過ぎるのも、この場合あまりよくないのかもしれないわね……」


「え」


 突然の会話の糸に声を漏らすカオル。

 女将は紡ぎ続ける。


「リョウ。あの子、学校でどんな感じ? ちょっと周りと違うでしょ。適応できてるかな?」


「えっと、そんなことないですっ。あれ? 逆かな? えっと、周りと違うってのは……まあ、まあ。て、適応はできてます……? よ! って、私が言うのもなんですけど……」


 回答が不安定なカオル。

 しかし、一生懸命さは伝わったらしく、静かに微笑む女将。会釈し、カオルの緊張をほぐす。


「ありがと、一生懸命答えてくれて。もうちょっとリラックスしていいわよ? 別に面接じゃないんだから」


「あ、はいそうですね。あはは……」


「ふふっ」


 笑い合う二人。ちゃぶ台を挟んでいる。その上に乗る湯呑みを一口飲んだ女将。続ける。


「……リョウはね、何でもできる子なの。要領よくって、運動神経あって、ちょっと私には出来すぎた子だわ。って、これじゃ自慢になっちゃうかしら?」


「いえ、私もそう思います。リョウさんはカッコいい人です。学校でもすごいんですよ? この前なんて、一人で授業を進めちゃったって言うし……」


「あらそうなの? 全く、自分勝手なんだから。ご迷惑おかけしたわね」


「いえいえ、全然! リョウさんは私のことも助けてくれましたし、本当、スーパーヒーローみたいな人なんです」


「あはは、そこまで? まあ、迷惑かけてないってならよかったけれど……でも、少し不安ね」


「不安……?」


 首を傾げるカオル。女将の言葉を繰り返す。

 女将は口調も砕けてきて、ゆったりしている。その顔は少し憂いているように、指で湯呑みの縁を撫でている。目を伏せる。


「一人でなんでもできちゃうの。でもそれって、その万能性って、あの子の──リョウの心の脆さなんじゃないかな? って、まあ親の不安よね」


「心の脆さ?」


 また繰り返すカオル。が、今度は否定する。

 悩むような表情の女将。


「リョウさんは強い人だと思いますよ。脆さ……なんて、そんなのがあるんですか?」


「うーん。まあ本人じゃないしわからないけれど。小学五年生の時ね。パパがいなくなっちゃった頃からかな。リョウがすごく反発するようになったのは」


「はい……」


 相槌を打つカオル。「パパがいなくなった」のところで、少し硬直。しかし、真剣に聞く。


「その時ね、私あの子といっぱい喧嘩しちゃったのよ。パパの色々とかで私も疲労してたし、旅館も経営を続けるかどうかみたいな問題もあったし。

 でも、こんなの言い訳よね。私は親として、ちゃんとあの子に向き合えなかったのだから」


「……」


「自分のこと「俺」とか言って、動作も乱暴になって。それで、私もイライラした。厳しいこと言っちゃったり、あの子が突っかかってくるのを無視したり。お客様の対応で忙しかったのもあるわ。

 で、一時期絶縁状態みたいなことにもなっちゃってね。全く会話せずに、ご飯すら一緒に食べずに。家に帰ってくるなり、部屋に閉じこもっていたわ、リョウ。ずっと粗暴な態度で、私のこともすごく怖い目つきで睨むようになって。少しぞっとした……」


「……」


「それからね。リョウが学校で活躍するようになったのは。成績がぐんと上がったわ。通知表は見せてくれなかったけど、でもママ友の噂とかでわかったわ。部屋に閉じこもっていたのは、たぶん勉強してたのね。一人で……。

 それと、運動もし始めたみたい。今でもそうだけど、毎朝ランニングしているの。色々な部活に手を出して、なんでもやるようになった。

 要領がよくなったのも、それからね。努力の仕方も、自分一人で学んだみたい」


「だから、万能……」


 カオルが呟いた。女将は静かに頷く。会釈をしているが、少し寂しい、悲しい面持ち。


「あの子は一人でなんでもやったわ。全部一人で。だから私も少し誇らしくなって、嬉しくなって。舞い上がったの、これは親の悪い習性ね。いや、親だからとかじゃなくて、私の性格か。

 リョウに優しく話しかけた。今思うとこれ、最低な対応ね。すごく反省してる。できるからあの子、じゃなくて、できるとかできないとか関係なく、リョウはリョウなのにね……」


「リョウさんは、リョウさん……」


 カオルは女将の話に聞き入っている。女将は俯いて、自分を罰するように、少し強く手の甲を握る。


 女将のフラッシュバック。

 リョウが階段で振り向いている。下から、話しかけるポーズの女将。リョウは自室へと向かう途中だろう。

 その獣のような燃える青い目が、女将に向けられる。八重歯が牙みたいに光って。


「『また捨てるんだろ!?』って言ったの……あの子」


 女将は言った。ちゃぶ台の上、手が震えている。表情は優しい会釈を保っている。


「私がリョウに、優しくしたり、突き放したりしたからね、極端に。もう完全に信用を失ってたわ。

 だからあの子は、能力の世界に行ってしまった。条件さえ満たせば賞賛される世界に」


「……そうなんですか」


「あ、ごめんなさいね。こんな話、カオルちゃんに言うことじゃなかったわね? 私ったら、いい大人なのに女の子に話を聞いてもらうなんて。本当、ご迷惑をおかけしました」


「いえいえっ。話してもらえて嬉しいです。私もサイダーのこと知りたかったし」


「サイダー?」


「じゃないっ。リョウ! リョウさん!」


 また言い間違えたカオル。猛然、立ち上がって叫ぶ。


「ふふっ。カオルちゃんは一生懸命な子なのね。リョウに似てるかしら?」


 笑って和ませる女将。再び着席カオル。若干顔が赤い。好きな人の親御さんの前で、粗相をした恋人みたいに。


「今でもあの子と会話するのは難しいの」


 と、女将が自分が情けなさそうな笑顔で言う。しかし明るく爽やかに表情を作り直す。


「でも、カオルちゃんみたいなお友達がいてくれてよかったわ」


「お、お友達……!?」


 顔がもっと紅潮するカオル。リョウからは友達判定を得ていなかったから。

 女将は続ける。優しい笑顔。


「リョウのこと……よろしくね」



 ■



「ん……」


 目覚めたリョウ。灰色の自室、結界内。


「あ」


 と、自分の目尻に涙がついていることに気がつく。ゴシゴシと拭うリョウ。起き上がる。


「痛ッ」


 畳に直で寝ていたから、節々が痛い。ぼんやりした頭で窓の外を見る。

 空は未だ灰色。昼か夜かもわからない。


「……カオル」


 呟くリョウ。と、ハッとする。なぜ自分でもこんなことを呟いたかわからないみたいに。

 フラッシュバック。カオルのいた日々。


 購買で絡まれているのを見たところ。

 ショッピングモールの一件。初回から一撃で倒した衝撃。

 シズルランドでの活躍。王女に突っかかるリョウを羽交い締めにして止めたカオル。後方から援護射撃で戦ったカオル。

 屋上でのお昼。変身させて疲労したカオルの姿。

 リョウの部屋に陣取るカオル。ちゃぶ台の前に座ってこちらに気づく。


 と、リョウがひとりごつ。


「なんであいつ、不良に絡んでたんだろ? 自分の能力ちゃんと見極めないで突っかかりやがって……いや、そういうやつか」


 リョウはあぐらをかきながら窓の外を見ている。


「ん……でも、全部夢だったんだよな、夢。俺の夢。俺の……」


 と、ハッと何かに気づくリョウ。すぐに部屋の押し入れを開け、中からプラモの箱を引っ張る。


「……!」


 箱の蓋を開ける。紺色のリボンがあった。



 ■



 リョウの部屋、現実世界。


「……」


 絶句するカオル。目の前には女将がすやすや寝ている。ちゃぶ台に突っ伏し、とても気持ちよさそうな寝息。


「はっ。ホロ!」


「ホロ!」


 ホロを呼んだカオル。窓から飛び込んだホロ、応じる。


「敵が来たホロ! 行くホロ!」


「うん!」


 変身バンク。


「ホロッと蕩けてくゆる情熱

 プリティエスプレッソ け、見参っ」


 口上、決めポーズ。


 エスプは黙って女将を見やる。その瞳には決意の色。と、窓を向き直り、夜の空へ飛び立つ。



 ■



 街。前回のポイステーと戦うエスプ。


「へっへっへ。今回は充電満タンだぜ。お前はさっきの戦闘の疲労が目立っているな。ここでひねり潰してやる」


「クッ」


 まだ完全回復していないエスプ。矢を節約して戦ううちに逃げばかりになってしまう。


「サイダーは!?」


「今シュワが絶賛捜索中だぜ、お嬢。もうそろそろで解析できるらしいから、ちと持たせてくれホロ!」


 エスプがホロに尋ねる。変身して人格が変わった方のホロ、答える。


「もうそろそろって……あと何分くらい!?」


「あと二時間ホロ」


「二時間!? ……きゃあッ」


 そんな会話をしているうちに敵の攻撃を食らう。ホロの情報に驚愕したエスプ、吹っ飛ばされる。瓦礫から起き上がりつつ会話。


「なんでそんなに遅いの……?」


「どうやら、結界内の本人のエナジーが弱いみてえだなホロ」


「エナジー? それって、リョウさんの意思のこと?」


「そうともいうホロ」


 エスプは避けつつ尋ねる。矢を撃って牽制。

 ホロの会話は続く。


「スパークルエナジーは底なしの欲望……つまり、自身が欲する意識を具現化したってのがあの力なんだホロ。サイダーの嬢ちゃんは、今それが極端に乏しい状態だホロな。それじゃあ、こっちからドアをノックしても開けらんねえぜホロ。向こうから閉ざしてんじゃあなホロ」


「そのホロホロ言うの面倒くさくない?」


「今それは関係ねえホロ……ホロッ」


 と、攻撃の破片が当たるホロ。エスプの腰元。叫ぶエスプ。


「ホロ!」


「いてて……いや、俺は大丈夫だホロ。それより、やべえぜこの状況。圧倒的にこちらが不利ホロ」


「……それならっ」


 必殺、エスプレッソスチー厶。が、外れる。


「どこ狙ってんだあ、プリティエスプレッソ? 全然当たらねえぜ? もう降参か?」


 煽るゴチャマゼー。割と影が薄い。


「いいえ、これでいいんです!」


 と、放った矢から蒸気が現れる。途端に視界が曇る街。「うお!?」と驚愕ゴチャマゼー。


 その隙を見て、靄の中から攻撃を放つエスプ。エナジーがほぼ切れたから、パンチやキックなどの格闘技に移った。


「なるほど、こういう使い方もあるってわけか……しゃらくせえッ」


 が、エスプの打撃はあまり入らず、そのまま空気ごと扇いで、蒸気を雲散霧消させるポイステー。中で操縦するゴチャマゼーが笑う。


「ハッハッハ。これで終わりだ!」


 吹っ飛ばされ、地面へと倒れたエスプ。変身が解けそう。

 そこへ、トドメの一撃を繰り出したポイステー。その全体重がエスプへと落下する。

 目を瞑るエスプ。



 ■



「紺の……リボン」


 リョウは呟く。結界内、例のリボンを見つけた。

 と、にわかにフラッシュバックする灰色の学校での出来事。無能な自分。

 対応し、現実世界の万能な自分も思い出される。

 そして悟ったように言う。


「俺は……浸っていた? 優越感に……」


 つらつらと自己分析。瞳の色が鮮やかになっていく。


「何でもできる自分に……何でもできる自分を、求めていたのは誰? 俺? 認められたかったのは、俺……?」


 リボンが輝く。思い出される記憶。カオルがリョウの髪をくくろうとし、それを拒んだ。

 ぐ、とそのリボンを握りしめ、リョウは叫ぶ。


「見捨てられるのが怖い? そんなもんじゃ、俺の人生はゴミ箱に捨てられたも同然だ。不安なんてクソみてぇな感情、全部捨てて、俺は自分を作り直す。俺の人生、リサイクルだ!」


 リボンを中心にして、世界に光が広がる。灰色の世界が、みるみるとライトブルーの光に包まれる。

 リョウの身体が泡に変化していく。やがて消え、結界が割れた音。



 ■



 エスプの視界。目を開けると、そこにはサイダーが。


「……サイダー!」


「何!?」


 驚愕するゴチャマゼー。そのポイステーを受け止めたサイダーは、すぐにそいつをぶん投げる。吹っ飛ぶポイステー。


 街、夜。現実世界に戻ったリョウ。サイダーへと変身している。


 と、サイダーはくるっと振り返る。少し寂しそうな顔で、ボロボロになったエスプを無言で見る。言葉を出したいけど、見当たらない表情。


「……」


 エスプもサイダーを見る。言葉を交わさない二人。

 と、迷ったように手を差しのべるサイダー。掴まるエスプ。


 腰のシュワとホロが共鳴するように光る。ライトブルーとブラウンの色がミックスするように混ざり合い、白い光に変貌。


 合体技。『マテリアル・エンフォース』。


 共鳴した二人が放つ衝撃波。うねり、敵ポイステーへと振動。


「んだよそれ……」


 絶望するゴチャマゼー。そのままポイステーとともに仲良く消滅。散り散りになる。

 白い浄化の光は街全体を包み込む。



 ■



 その上空、街。

 二人の様子を見ていた例の甲冑人物。

 紫色の装備、その腕を組みながら、頭部を頷かせる。

 空中で直立していた姿、消失。



 ■



 旅館。夜二十二時。帰宅リョウ。

 玄関で女将が待ち構えている。野戸(シュワ人間態)とともに坂を上がってきたリョウを発見し、その頬を叩く。


 無言で叩かれるリョウ。うつむき、歯を食いしばる。

 と、その身体を抱きしめた女将。彼女も何も言わない。


 傍観する野戸。その目には、母娘二人の姿。リョウの手が、女将の背中に少し触れた。



 ■



 学校、昼休み。『二年A組』教室。

 カオルの席は窓際の一番後ろ。その前の空いている席に、無言で腕を組み陣取るリョウ。


「……なんですか」


 その横暴で図々しい態度に、顔を上げるカオル。本を読んでいた。


「……」


 と、さらに無骨にリボンを差し出すリョウ。


「だから、なんなんですか? 言葉にしないとわかりませんよ」


 しかしリョウは駄々っ子の如くリボンをずいずい差し出すだけ。その顔すらカオルから背けられている。

 カオルはむっとして席を立ち上がる。


「リョウさん、」


 と言いかけた時、リョウの、肘をついて椅子に横向きに座り脚を組む、そのうつむく顔が泣いていることを知る。


 正確には、泣きそうなのを堪えている表情。必死に背けた顔を、手で顎を支える顔を平静に保っている。


 それを認めるカオル。ため息を吐き、もう何も言えなくなったみたいに。


「はあ……ったく。櫛用意してませんよ?」


 パシッとリョウの手からリボンを取るカオル。手櫛でリョウの髪を漉き、その髪をヘアゴムで結び始める。


 二人を照らす窓の外は、ライトブルーに輝く空。

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