第5話 やっぱ俺必要ないじゃん
ウェイスト王国、暗室。
男ゴチャマゼーが言う。
「まさかシズルランドが防衛にプリティシリーズを雇用するなんて……」
「人間を雇用するのはご法度じゃないのん?」
アレーモ=コレーモマダムが応じた。すると、紳士エゴダスターも髭をさする。
双子のツクルーノ&ツカイーノもいる。
「人間による内政干渉……これは、さらなる仕打ちを考えなければなりませんね」
「でもでもー、最初に僕らが手を出したんだよね。人間界にポイステーを投入したよー」
「したよー」
と、エゴダスターが反論。
「いいえ。やつらはそれさえも見越していましたよ。じゃなければ、プリティシリーズがあんなに早く完成したとは思えません。おそらく、未来視の力を持つ人材が向こうにはいるのです」
少し間。全員が考える雰囲気。
と、ゴチャマゼーの発言。
「『流転システム』……着服したやつがいるということですか」
しかしエゴダスターはその可能性を否定。
「いえ、それはないでしょう。あの破壊力は向こうも弁えています。それに、使用すれば我々にも認知できたはずです」
「《底無しの欲望》の鼓動、てやつー?」
「てやつー?」
「まあツクルーノちゃんツカイーノちゃん、賢いわねー。ぶちゅー」
「おえー」
「おえー」
ぶちゅーするマダム、おえーする双子。その三人のやり取りに辟易するゴチャマゼー。
エゴダスターが独りごちるように言う。
「あのシステムは、はやく取り戻さねばなるまい。となれば、いずれにせよ……」
「プリティシリーズが、邪魔になるわねえん」
と、続けてマダムが言う。ニヤリと口角を上げるエゴダスター。
その言葉にハッとするゴチャマゼー。エゴダスターにひれ伏し、提案。
「エゴダスター様! どうかわたくしめに最後のチャンスをお与えください!」
「……」
黙るエゴダスター。緊迫した雰囲気。
「最後のチャンス……ですか。もし失敗すれば、今度こそ本当のゴミですよ」
『ゴミ』という単語でビクッとするゴチャマゼー。しかし腹を括ったように顔を上げる。
「Я!」
■
学校。校庭、サッカー部試合、出場リョウ。
華麗なドリブルで敵を躱し、シュートを放つリョウ。めちゃ活躍している。
それを木の影から覗き見るカオル。見惚れている。
■
同。音楽室、軽音部の手伝いリョウ。
ベースを担当、さらに他の部員女子へとアドバイス。
廊下から覗くカオル、同。
■
同。体育館、卓球部試合リョウ。
鋭いスマッシュを打つ、圧倒される敵。
外野のゴツい女子軍(一話目のリョウの取り巻き)に紛れるカオル、同。
■
同。美術室、モデルになるリョウ。
といってもただ睡眠してるだけ。美術部員男子たちが、そのスカートの内側を覗かんと、スケッチせんとギラギラ。
窓から、カオル同。
■
同。屋上、昼休み、ご飯を食べるリョウカオル。
今度は二人一緒で、普通にシーンが進む。
「すごいねリョウさん完璧超人だね」
お弁当をちょこちょこと突っつき、カオルが一口に言う。
屋上には二人だけ、他に誰もいない。
なぜならリョウがドアに『立ち入り禁止』の看板を置いたから。
広々とした屋上空間に、しかし端っこの方に腰を据える女子二人。背後に柵、高所、柔らかく風が吹いている。
「まあ俺なんて、ちょっと合法的に暴れたいだけのただのガキだよ」
少し考えるふうにして、リョウが言った。例のイカそうめんパンを頬張る。視線は空を向いて。その視線が、呆れて睨むようにカオルへと移動。
「というかカオル、いちいち矢文で知らせないでくれ。昼飯食べるくらいなら、口頭で言えばいいじゃねか」
回想シーン。矢文をポンポン放つカオル。授業を受けるリョウの机に、教室移動をする時にはスレスレで壁に、体育では体育着のリョウの頭にぶっ刺さる。
ちなみにカオルの姿は全て見えない。ただ、そのオレンジ色の矢からは確実に犯人がわかる。
回想終。
後頭部からポンッと矢を抜くリョウ。なにげにずっとぶっ刺さったままだったみたいだ。矢はリョウの手のひらの上で、そのまま蒸発する。
「だって……リョウさん人気あるから。いっつも、周りに人がいっぱい……」
しょぼくれるカオル。うんざりした顔リョウ。
「んなもん無視すりゃいいじゃねーか。あいつらただの野次馬だ、人気とかじゃねえ。俺に友達なんざ一人もいねえよ」
「一人も……」
ハッとするカオル。自分が友達と思われていないことに気づく。悲しそうな表情。
しかし、リョウは気づかない。カオルの心情はスルーしつつ、そのまま話題を転換する。
「つーかそれより、お前なんでそんなちょこちょこ変身できんだよ。あの弓矢、エスプレッソのだろ?」
「え……あ、はい。リョウさんも変身するでしょ?」
話題についていくカオル。でもやっぱテンションが低い。
「いやするけど、こまめには出来ねえって」
「え? そうなの?」
「……カオルちょっと今変身してみろ」
「え!?」
「はよしろ」
「え、えっと……」
促され、変身カオル。
いつの間にか飛び出したホロ。会話の必要がないから隠れていた。
ついでにシュワも屋上にいたりする。
二匹はなにげに学校に付いていき、つい今まで屋上で日向ぼっこして寝ていた。
「ホロッと蕩けてくゆる情熱
プリティエスプレッソ け、見参っ」
口上、決めポーズ。
「変身解け」
「へええ!?」
リョウに言われるがままに、速攻バシュウッと変身を解くカオル。なんだかわからない、といった表情。
「もっかい変身しろ」
「ええ……?」
またもや催促リョウ。表情がわりと冷たい。
変身カオル。さっきと全く同じ映像。ただし二倍速。
「ホロッと蕩けてくゆる情熱
プリティエスプレッソ け、見参っ」
口上、決めポーズ。
「解け」
「へええ!?」
バシュウッ、と変身解くカオル。
促すリョウ、感情のこもってない冷酷な声。
「変身」
「……」
もう何も言わずに従うことにしたカオル。四倍速。
「ホロッと蕩けてくゆる情熱
プリティエスプレッソ け、見参っ」
口上、決めポーズ。
「解け」
「……」
バシュウッ。
「変しn」
「もうイヤです!」
ついに叫んだカオル。言いかけたリョウを遮る。ぜえぜえと息継ぎしている。
傍らには巻き添え食らったホロ。こちらも若干ゼエゼエハアハア。
「おらおらサイダーよう、うちのお嬢にいじわるすんじゃねえや。ったく、これもシュワ、お前の監督不行き届きじゃねえか、ああん!?」
「しゅ、シュワ〜〜」
胸ぐらを掴まれ、半泣きで困るシュワ。二匹はもちろん妖精態。屋上の地面に小さくいる。
それを見下ろすリョウ、発言。
「シュワ、そのカオルが変身する前後にホロが人格豹変するのなんなんだ? お前毎度とばっちり食らってるだろう」
「こ、これは変身する際にスパークルエナジーが上昇する副作用シュワッ。ホロはまだフェアリードリンクとして半人前だから、影響されやすいんだシュワッ」
「ああんテメエ誰が半人前だってホロ!?」
「シュワ〜〜ッ」
泣きながらホロに攻められるシュワ。地面の上で一方的な攻防が始まる。
が、視点は上へ移動。人間二人の会話に集中。
「な、何なんですかリョウさん! 私もそんな何回も、変身するの疲れるんですよっ」
息を整えつつ訴えるカオル。平然としているリョウ。
「いやー、俺はそもそも何回も変身できないって。なんでお前はそんなジャンジャン変身できる感じなんだよ。出血大量大サービスかよ」
「うちのお嬢は素質があんだな! スパークルエナジーとの融合度が高いんだホロ。全く、最高のパートナーだぜホロ。ハッハッハ!」
と、ノックアウトで泡吹いてるシュワを放り投げ、言うホロ。
その言葉の意味を咀嚼するリョウ。
「要は、カオルの方が強いんだな? まあそういや、最初の時だって一撃で倒してたもんなあ」
フラッシュバック。三話、ぬいぐるみポイステーに単身アタック、弓矢で即蒸発させエスプ。
現実に戻る、屋上の絵。
と、リョウが提案。
「じゃあ、全部カオルが戦えばいいじゃん」
「え!?」
「ホロ」
「……」
驚愕カオル、そんなに反応しないホロ、気絶シュワ。
「ちょっとちょっと何言ってんのリョウさん、そんな私全部なんて──」
「まあたしかに、プリティシリーズが全員で倒せなんて約束もないしなホロ。いいんじゃねえかホロ」
「うええ!? ホロちゃんまで!」
「な? やっぱ俺必要ないじゃん。カオル、任せた」
ポンとカオルの肩を叩くリョウ。パンは既に食べ終わっている。爽やかな笑顔。
一瞬、その笑顔に見惚れるカオル。が、我に返り、反論。
今度はカオルがリョウの肩をガシッと掴む。しかし悪びれもしないリョウ。
「でもそれって業務怠慢じゃないですかリョウさんっ」
「いやそもそも俺、プリティサイダー了承したわけじゃねえから」
「まだ言ってるの……?」
呆れるカオル。と、その表情を見て、言葉を聞いて、むっとするリョウ。
「ああ、何度でも言ってやるぜ? 俺はそんなフザけたおままごとをやるつもりはねえんだよ。もちろん、お前にだってそんな義務はないんだぜ、カオル」
「で、でも、それじゃリョウさんと……」
なにか言いたげなカオル。説得の言葉を考えているらしい。
が、発言が早いのはリョウ。
「そんなにやりたきゃてめえ一人でやりゃいいや。うん、それがいい」
言い捨て、肩のカオルの手を払うリョウ。さっさと屋上を後にする。
置いていたパンの袋のゴミは、ちゃんとポケットにクシャッとしまいこんで。
両手をスカートのポケットに入れてるからまあまあ行儀が悪い。ヤンキーのよう。
と、止めるように叫ぶカオル。去るリョウの背中へと。
「ちょ、ちょっとリョウちゃん!」
いつの間にかちゃん呼びになっている。二人の間に、風が吹く。
静寂。祈るように見つめるカオル、冷徹に振り返るリョウ。
と、その顔が皮肉るみたいにふっと微笑み、口を開く。
「チャイム」
「……あ」
リョウの言う通り、校舎では鐘が鳴っている。昼休み終了の予鈴だ。高所の屋上にも遠く、弱々しく響く。
と、バタンと音。リョウがドアを出て、先に行った。
ノックダウンのシュワに椅子みたいに乗っかったホロは、冷静に状況を傍観している。
取り残されたカオル。立ったまま、屋上に一人。風が吹いている。
暗転。
■
夕方、放課後。
取り巻きの女子に囲まれリョウ。アメフト部の格好女子が、猛烈にリョウへとお辞儀。
「リョウさん、ありがとやっした!」
「また明日も、よろしく頼んまっす!」
「いいや、明日は是非うちの将棋部に!」
「は!? 違うだろ、明日は私たちの吹奏楽部だろッ」
「も、もっかい、おいの相撲部に……」
もめる女子たち。リョウは頼られることが嬉しいみたいに、けど皆が争うから困る、むず痒いみたいに、苦笑い。手を前に押すような仕草で牽制する。
「わーかったわかった。全部やる全部やるって」
「「ウオオオ、リョウさん太っ腹ーッ」」
盛り上がる女子たち。夕陽をバックに青春の肩組みをする。
その勢いに若干圧倒されるリョウ。が、呆れ笑いで歩み出す。
「つーかお前ら、少しくらいローテーションとか計画しとけって──うおお!?」
と、突如として現れた弓矢に頭をぶっ刺されるリョウ。スコーンといい音が鳴る。
「ああッ。大丈夫ですかリョウさん!」
「だ、大丈夫……」
真っ青になりつつも、慣れたものみたいに引っこ抜くリョウ。その矢を見て怒る、取り巻き女子たち。
「くっそー。誰だ、リョウさんにこんなことする輩は!?」
「狙撃ッ。狙撃されたッ」
「対象、四時の方向から飛来! 入射角を照らし合わせます……屋上です!」
「皆、追え追えー!」
「引っ捕らえろー!」
取り巻き大群消失。全員、大挙して屋上へ向かった。
一人グラウンドに取り残されるリョウ。手のひらの矢文を読む。
『さきにいえかえるね』
なぜか忍者文字で書いてあったり。そしてなぜかこちらも解読できた様子のリョウ。その文字を音読する。
「『先に家帰るね』……?」
と、にわかに青ざめる。矢を片手で握りしめ、バキッと折る。
「まさか……あいつ!?」
■
旅館。リョウの自宅。玄関。
女将再登場。
全力ダッシュして帰って来たらしい、ゼエゼエハアハアのリョウ。ちなみに自転車はまだ新しいのを買ってないので、徒歩通学だったりする。
と、女将、そのリョウへと会話。
「おかえりなさいリョウ。友達が来てるわよ。この前来た、かわいい子ね。たぶんもう温泉から出た頃だと思うけど」
「ふざけんなクソババア、なんで家に上げた……」
「まあ! またそんな言い方して……はあ」
ため息ママン。追い打ちしない、仕事の方が忙しいらしいから。チャッチャと切り上げるように、持っていた片付けのお盆運びの作業に戻る。
と、そこで思い出したように振り返る。リョウへと尋ねる女将。
「ところでリョウ……野戸さんとは、もう別れたの?」
「は!? 元々付き合ってねーよあいつとなんか!」
「そう。まあ、また連れてきなさいな」
「はあ!?」
ギョッとするリョウ。母親がシュワ(人間態)を気に入ったことに愕然。
全力で否定するように叫ぶ。
「もう二度と連れて来るかッ。あいつは死んだッ」
■
「へっきゅシュワッ」
くしゃみするシュワ。旅館の遠く、屋上でまだ気絶していたらしい。
そのくしゃみで目覚めた。「?」みたいな顔で、鼻をすする。
■
「ふっざけんなカオル、勝手に人んち上がって風呂にまで入りやがって、どういう了見だ、ええ!?」
まくしたてるリョウ、ドアを片手で開けているポーズ。
同、リョウの部屋。ちゃぶ台の前には正座カオル。温泉あがりたてらしく、館内着でホカホカしている。
「あ、リョウさんおかえりなさい」
「『あ、リョウさんおかえりなさい』じゃねーんだよ! ンで、人の部屋でちゃっかりしっぽり茶なんか飲んでんだッ? こらそこ、くつろぐんじゃねえッ」
「ホロ?」
毎度カオルの声真似がめちゃ上手いリョウ。と、ちゃぶ台の上で寝転がるホロを指摘。
くつろぎつつエロ本(『緊縛三十路爆乳教師〜ボクと先生の蜂蜜八日間〜』)を読書しているホロ。リョウの声に振り返る。
と、スタスタと歩み寄り、ホロの手からエロ本を奪うリョウ。押入れを開け、プラモデルの箱の中に、丁重に丁重に仕舞う。
ちなみに今のホロは大人しい方の人格。
「プラモデルの箱の中ってベタ過ぎるよリョウさん……」
「ホロ、ホロ」
「うっせ! 黙れ!」
指摘カオル、頷いて同意ホロ、真っ赤で振り返り、怒鳴るリョウ。
「で、何しに来やがったカオル」
むっつりしながらどかっと座るリョウ。ちゃぶ台、カオルの対面に。
その口のきき方、不機嫌な表情に、ぶすっとするカオル。『そんな言い方しなくてもいいじゃない』みたいな顔。ぶーたれる。
「別に……」
「イラッ」
そのカオルの様子に、またイラッとするリョウ。
ホロは無関係を貫く。本棚の裏をゴソゴソとあさり、さらにエロ本二冊目(『ケモ耳肉穴調教・地獄篇〜イヌもネコもウサギも、み~んなメス豚です!〜』)をゲット。
ブラインド回収するリョウ。背後に手を回し、カオルを睨んだ視線のまま、ホロの手に取ったエロ本を奪い取る。
「用がないなら、お前ら帰れよ。さっさと元の服に着替えて、とっとと失せな。そして二度と、俺の視界に入るんじゃねえ」
『視界に入るんじゃねえ』と、リョウの口アップ。それでハッとなるカオル。
言い返そうと上体を前に進めるが、歯を食いしばるように俯く。
と、スックと立ち上がって部屋を出ようとする。
「ホロ、行くよ」
「ホロ?」
声かけカオル、振り向くホロ。
ホロはちゃぶ台に潜り、天板の下に貼られたエロ本を探った体勢から、その起立したカオルを見る。
と、カオルが歩んだその風圧で、開けていた押入れの二階部分からリボンが落ちる。例の王女にもらった、紺色のリボン。
気づくカオル。
「あれ、これって……」
「あ……」
目を見開くリョウ。『やべ、見つかった』みたいに。エロ本の時より焦る。
しゃがみ、リボンを拾うカオル。手にとって、そのサラサラな感触を確かめるように眺める。
「綺麗。……そうだ、これリョウさんの髪に結んだらどうかな? きっと可愛いよ、ほらほら!」
「な、やめろ!?」
おしゃれセンサーが反応したらしきカオル。目をキラキラ輝かせ、グイグイとリョウに詰め寄る。背後に回り、試しに髪を括ろうとする。
「や──めろってッ」
バッと奪い取るリョウ。カオルの手から、強引にリボンを回収し、燃えるような目で睨む。剥き出しにされる八重歯。
と、リボンを取り上げられたカオル、一瞬真っ白。「……」で、自分を威嚇するようなリョウを見ている。
静寂。二人の空気。
と、こちらも、ついに堪忍袋の緒が切れるカオル。リョウを冷たい眼差しで睨み返し、スタスタと部屋を去る。
バタン、とドアが鳴る。残された、ちゃぶ台の前にあぐらのままリョウ。再び訪れた静寂。
「うちのカオルが、すみませんホロ」
と、丁寧にお辞儀するホロ。なにげにまだ部屋にいた。
畳の上で、ちゃぶ台の下から採取したエロ本(『ボンテージと母乳美女〜ぼぼんぼん煩悩を焼き祓え! ドスケベ露出巫女の必殺悪霊退散浄化母乳ビーム!〜』)を置いた横に正座している。
と、そのホロも部屋から退出。二度目のバタン。
今度こそ静寂になったリョウ部屋。
一人、腕を組んであぐらをかいて、口を真一文字に閉ざして、野生動物の眼のままなリョウ。
部屋の一部みたいなリョウ。窓の外は夕暮れ。
暗転。
■
夜、街中。
ゴチャマゼー空中浮遊。路上植木の中に捨てられた軍手へと、ポイステー銃。
と、今回は気迫が違う。念入りに練ったエナジーを込めるゴチャマゼー。
「今度こそ……プリティシリーズめ……」
低く唸る。背後の満月は美しく輝いている。その中央に浮いているような彼、またテレポート消失。
暗転。
■
翌日、学校。鳴り響くチャイム。
廊下ですれ違う二人。頭の後ろで腕を組んでいるリョウ、教科書ノート筆箱を持って歩くカオル。しかし、
「ヘッ」
「ふんっ」
リョウ、カオル、どちらも顔をぷいと背ける。
前者はひねくれて反抗した感じ、後者はすねてもう口をききたくない面倒くさい彼女みたいな感じ。
二人、接触せず通り過ぎる。
と、それぞれの視線の先、廊下で寝ている生徒の姿。
バッと振り返る二人。同時だった。
すれ違い、後ろに行った一方を、もう一方が見る。逆も然り。
バッタリ、目が合った二人。が、気付き、すぐまた逸らす。
俯き、ふうとため息を吐いたカオル。教材を床の端っこに置き、駆け出す。
薄暗い廊下。無音。
天井を仰ぐリョウ。考え込むように、端っこで壁に背中を付け、座り込む。
廊下には、カオルの教材と、リョウ。表情は見えない。
■
街。戦っているエスプレッソ。
ポイステーは軍手。しかし、普段と違うことに、そこにはゴチャマゼーが搭乗している。
「おら、プリティサイダーはどうした? ん? 今回は一人なのか、エスプレッソ。ハハハハハッ」
「あなた……誰なんですかッ」
「おっと言ってなかったな。そうか、お前らにとっちゃ初見か」
苦戦するエスプ。今回は強い敵。ゴチャマゼーが操縦してパワーアップしている。
「俺の名前はゴチャマゼー。見ての通り、ウェイスト王国の三幹部、3Яが一人だ」
「知りませんよ、そんなの……きゃあ!」
地面にうずくまっていた隙を取られ、遥か上空へと掬い上げられ投げられたエスプ。
そのまま、空中で殴られる。まともに喰らい、ビルへと激突。窓が一斉に割れる勢い。
窓枠にも当たったらしく、その背中を、建物にしたたかに打ち付けたエスプ。
激しくむせびながら、しかし追い討ちの攻撃を避けるエスプ。地面へとゴロゴロ転がり、なんとか着地。
そのまま片膝立ちし、弓を三本まとめて射撃。親指以外の指の間に矢を挟んで的確に射撃という離れ業を見せる。
が、跳ね返すポイステー、追撃。また瞬時に避けるエスプ。走りつつ横から敵を包囲するように矢を放ちまくる。
矢は自動的に手に出現し、補填されている。
が、それすら全て薙ぎ払うポイステー。
「ふっ!」
限界までスピードアップするエスプ。その身体が景色から消滅した瞬間、ポイステーの周囲に同時に出現する百本の矢。
円形に敵の巨体を囲み、収縮する。しかし、残念ながら二次元的だった。
いとも簡単にジャンプし、避けるポイステー。にやりとゴチャマゼー。
ハッと、己の攻撃の不備に気付いたエスプ。今の攻撃でかなり体力を消耗したらしく、絶望の表情。
「エスプレッソ! 一旦退くホロ! サイダーに助力を仰ぐんだホロ!」
と、要請するホロ、エスプの腰元。
ギリッと切歯エスプ。単身で貫くらしい、特攻。
「ホロ!」
心配と制止の声を上げるホロ。その声も、今のやみくもなエスプには届かない。
弓を捨て、拳で殴りかかるエスプ。同じく拳で応じるポイステー。
二つの拳が宙で激しく衝突する。一瞬の静止。
が、もちろん力負けするエスプ。
そのまま身体ごと拳を受け、吹っ飛ばされる。建物を何十軒も貫通しても、その水平に飛ぶ勢いは止まりそうもない。エスプの身体の形にくり抜かれる建造物たち。
やがて、学校に衝突するエスプ。校舎のコンクリートで、ようやくその身体が止まる。
ドオオオオン、と揺れる校舎。エスプは地面へと、受け身も取らずにべしゃっと落ちる。ボロボロの満身、失神。
■
学校、校舎内。
まだ座り込んでいたリョウ。体育座りの膝の間に、その顔を突っ込んでいる。
傍にはいつの間にかシュワ。心配そうに、パートナーを見上げる。
と、轟音。エスプがぶつかった音だ。
揺れる校舎、リョウとシュワの身体も、その体勢のまま、荷物みたいに跳ね上がる。カオルの教材と一緒な感じ。
「シュワぁ……行かなくて、いいのかシュワ?」
声をかけるシュワ。沈黙リョウ。
と、にわかに立ち上がり、歩き出す。ふらふらとした足取り、頼りない。
いつでも支えられるように、隣を付くシュワ。進む方向をサポートしている。
進むリョウの背中。薄暗い廊下は、永遠と続くように。
■
同、校庭。
たどり着いたリョウ。その目に映る景色、地面に雑巾みたいになったカオル。
変身が解けている。ホロも気絶、キーホルダー状態に戻っている(フェアリードリンクはエナジーが切れると物質形態に戻る)。
絶句し、駆け寄るリョウ。その少女の生身を抱き上げ、息を確かめる。
生きてはいる。が、満身創痍だ。もうしばらく目覚めないだろう。スパークルエナジーを使い過ぎ、消耗した者の末路。
すぐに変身しようとするリョウ。が、リボンを家に置いてきた(例のプラモの箱に入れた)ことを思い出し、一瞬静止。
胸をさらけ出すことに、まだ躊躇している自分がいることに、情けなくなる。
色々ショックが積み重なり、動けないリョウ。
「あー? もう一匹いたのか。プリティサイダー、だっけ? こっちはソイツより手応えなさそうだなあ」
ゴチャマゼーがリョウ、カオルを見下す。操縦するポイステーごと、校舎を背にする二人へ歩み寄ってくる。
と、突然ポイステーが停止。
「ぐあ、止まりやがった。エナジー切れか、こんな時に! クソッ」
バンッと操縦盤を叩くゴチャマゼー。機関内画面には『《底無しの欲望》切れ』との文字が。
どうやら、エスプの攻撃は無駄じゃなかったらしい。敵をバッテリー切れにした。
「まあいい。お前一人くらい、ポイステー無しでも充分だ。今すぐ葬ってやるよ」
笑うゴチャマゼー、ポイステーから降り、地面へと着地。その手のポイステー銃を、カオルを抱くリョウへと差し向ける。
狙う銃口。微動だにしない、できないリョウ。カオルを見つめたまま俯いている。ゴチャマゼーにも、先ほどから反応していないようだった。
と、リョウの前に立ちはだかるシュワ。主人を身を挺して守る覚悟。
ゴチャマゼーの銃身が定まる。その引き金に指をかけて。
と、銃が吹っ飛ぶ。「?」なゴチャマゼー、気がつき前方を見る。
砂塵が起こっていた。竜巻が、旋回するように、撹拌するように、少女二人と異形の男一人の間を妨げる。
「な、何!?」
突然の出来事に驚愕するゴチャマゼー。と、グラウンドの砂塵の中から、一人の影。
その影は、眩いパープルの光をあげる。
察するゴチャマゼー。
「クソ、三人目か!? チッ、分が悪い」
と、その視界にわずかにリョウの姿。ニヤリと笑うゴチャマゼー。
「一時退却……が、残りっ屁よォ!」
バババッと手で魔法陣を描き、リョウへと投げる。その結界に包みこまれる、放心状態のリョウの身体。
命中したことを確認、テレポート消失ゴチャマゼー。
と、竜巻が消える。中心にいた人物が、その姿を現す。
西洋騎士の甲冑のような衣装をまとった人物。甲冑は紫色。異様な雰囲気を放っている。
「お、お前は……!」
気がつくシュワ。リョウの前に立ち塞がったままの姿勢。
甲冑の人物はシュワへとくるりと振り向き、その背後を無言で指さす。
「シュワッ!?」
指の方向、背後を振り向く。リョウが消失したことにやっと気づいたシュワ。
カオルとホロは存在。リョウだけが忽然といなくなった。
「……!」
と、再びバッと甲冑を向いたシュワ。
もうその人物は去っていた。辺りに、一陣のつむじ風を残したまま。
■
謎の空間。
暗い穴を落ちていくリョウ。放心状態のまま、頭から真っ逆さまに、底なしの闇へと。
ものすごいスピードで、下に進むリョウの身体。
墜ちる、堕ちる。その闇へ、永遠に落ちていくリョウ。