第2話 月下の攻防
賢者ラヴィーネ
長い黒髪に漆黒の瞳を持つ美女
その美貌以上に彼女は知謀が有名であり、若き賢者として名が知られていた。
私は、大賢者ラヴィーネ=イスマイル
今年で公称28歳。とは言っても何度目の28歳だったかしら?
私が大賢者の血筋であるイスマイル家の隠し子として表舞台に出たのは今から8年前
私の容姿は8年前と全く変わらない、だから表舞台に立てるのもあと何年もない。
私は、ここ500年こんな生活を続けている。
宰相サイロスから、国王の勅命の命令書を示された。
「私に、王子と結婚しろですって?」
サイロスの言葉に私は呆れた。
命令書はうまく作っているけど、宰相サイロスが自身の野望を達成するには、一つ大きなミスを犯した。
ここに私の名前を入れたのは失態ね。
私はサイロスに確認した。
「王の勅命には従うわ。でも、一応確認するけど、これは本当に王の勅命よね?」
「何をバカなことを。
疑うならこの命令書を王室公認の鑑定士に確認させても良いのだぞ。
真正だったらどう責任をとる?宮廷魔術師といえども王への無礼は許されんよ。」
「だから、確認って言ったでしょ。
王命に背くつもりはないわ。
王が本当にそう命ずるなら王子の妻でも、貴方の妻にでもなってあげるわよ。」
私がムスッとして言うと、サイロスはいやらしい笑いを浮かべた。
「それは残念ですね。命令書には王子にと書かれていますから。」
私が魔王討伐で王都を離れていた間に、国王は宰相の傀儡となってしまったのかしら....。
私が、大賢者として国王の力になってあげられるのは一世代10年が限界。
これは王家との契約で、このことを知っているのは当代の国王の他数人だけ、王弟のサイロスすら知らない秘密だった。
だから国王が王子の妃として私を指名することはありえない。
フリューは、ここ何十年、いや何百年で、久々に興味が湧いた男。
彼には勇者アイリス以上に英雄の気質がある。
私が表舞台から降りた後、彼の一生を見守ってあげてもいい、私はそう考えていた。
だから、彼には私を信じるように言ったのだけどうまく伝わらなかったみたいね。
この宰相の『謀略』が、私の思惑を超えてくるとは迂闊だった。
彼が旅立ったのも、きっと宰相サイロスが裏で糸を引いている。
そう考えると、このサイロスという男はここで消し炭にした方がいいかと思えてきたわ。
まさか… この時、私はある不安を感じて、サイロスに聞いた。
「あなた、まさかフリューを消そうと追手を差し向けたりしてないわよね?」
私の問いかけに対し、サイロスは慌てた。
「何を言ってるんだ。彼奴は、自ら進んでこの王都を出て行ったんだぞ! 私も奴の活躍は評価している、だから私の庇護の元で王子を支えてほしいと、そう引き留めに行ったんだ。
しかし、それを奴は、自分の存在が王子たちの《《障害》》になるからと、そう言って出て行った。
これ以上私を疑うような発言は王に報告するぞ!」
こいつ、やったわね?
私はサイロスの発言で確信した。
こいつが自分自身が言った、フリューの存在が障害になると。
最悪だわ!
表向きには正規の兵は使えない。
となると追手は宰相直下の暗部機関か?
暗部機関ごときに今のフリューを相手にできる訳がないだろう?
この旅でのフリューの成長を見誤ったな。
フリューの命には心配していない。
それよりも、王国から追手が差し向けられたことが悪手だ。
フリューを敵に回すことは私でさえ想像したくない。
魔王の方がまだマシだ。
「王宮魔導師長として急ぎの要件ができた、大賢者ラヴィーネが出る!
王国の危機だ。宰相からも異議の申し立ては受け付けん。
王には大賢者の要件だと伝えろ!
私はここで失礼する。」
そういうと、宰相が止めるのを聞かずに、私はフリューを追いかけるため王城を後にした。
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「なんだあの女は、賢者と言えども国王の謁見を前に勝手なまねをするなど許されんぞ!」
残された宰相は憤慨した。
アーサー王子は宰相に言った。
「賢者ラヴィーネは、魔王討伐の旅の間、私に心を開くことはありませんでした。
それはアイリスやエレナにもです。
ただ一人、フリューにだけは実の弟の様に接し、楽しそうに話しかけていました。
きっと弟の様に可愛がっていたフリューを追いかけたのでしょう。」
宰相はイライラしながら言った。
「余計な真似を!」
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王の間にて国王フリードリヒとの謁見の開始前に宰相サイロスから謁見の段取りについて説明が行われた。
国王は、横に立つ宰相サイロスに問いかけた。
「サイロスよ。確かに賢者ラヴィーネは、大賢者の要件だとそう言ったのだな?」
「はい陛下。やつは確かに大賢者と言いました。そのことは王子たちも聞いています。
賢者といえども大賢者を名乗るなど無礼が過ぎますぞ。
その上国王の謁見を反故にするなど重罪です。
魔王討伐の功績をもってしても罰を与えないなどいかがなものかと。」
「いや、これ以上賢者のやる事に口を出すな。
私はお前の報告を聞いて王子との結婚を許可したんだぞ。
それを賢者が納得できないというのであれば、お前の報告自体に疑問を持たねばならん。」
「賢者も王子との結婚については反対されてはおりませんでした。
ただ先に王都を立った斥候の行方を案じたのだと思われます。彼女は斥候を弟のように可愛がっていたと聞いておりますから。
されども国王、この国の未来の為には、王子と三人の娘たちとの婚姻は必要。
次世代の王が勇者、聖女、賢者を妃とすれば我が国の発言力も増えます。
それについては納得いただいたではありませぬか」
「確かにそう言った。
だがな、それは勇者ら3人がアーサーとの結婚を望んでいればこそだ。
この王国のために尽力をつくした彼女らに報いずになんとする」
「王妃の座を望まない女などいましょうや?」
「お前の報告を聞くまで、勇者や聖女はともかく、あの賢者が王子との婚姻を望んでいるとは思わなんだのだがな。」
王は勇者一行の活躍は、実の弟である宰相サイロスからの報告として聞いていた。
サイロスは、自らの野心を感じさせることもなく兄である王を立てて仕えてきてくれていた。それだけにサイロスのことを信用していた。
サイロスには国王になることが出来ない決定的な秘密があった。
『謀略家』のジョブをもち、偽装など、犯罪系スキルを持つこと
これは、宰相としての長所であるが、この王国の法律では犯罪系スキルを持つものは国の要職につくことは禁じられている。
他人のジョブは、ジョブを鑑定可能な、上級神官スキルを持つものだけが判別することができることから、宰相サイロスのジョブについてはこの国の重要な秘密となっていた。
サイロスは自身のもつスキルが王国の足枷になっていることに悩みながらも、それだけに王国のことを考え献身的にその任に務めていた。
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フリューが王都を出たのが、太陽が真上に登っていたころ、その日の日暮には、王都の北に広がる大森林に差し掛かっていた。
王都を出てからずっと、何者かに追けられている気配が続いていた。
僕が本当に王国を出るのかを確認するまで安心できないのか?
追手を巻くことも、返り討ちにすることも出来るが、僕にはそこまでする気はなかった。
もうどうでもいい。
僕は、自暴自棄になっていた。
夜通し歩いて次の街まで行くことも出来たが、人と合うことが躊躇われたことから、その日の夜は大森林の中で休むことにした。
大木の麓で一晩明かすことに決めた。
そこの地べたに座り焚き火を眺めていると嫌なことを思い出した。
僕は信じていた王子と彼女たちに追放された。
あとは王子と彼女たち四人で家庭を築くから僕はいらないそうだ。
一人ぼうっと焚き火を見ていると、次第に見られている気配が増えていることを感じた。
『気配感知』
僕のこのスキルは、半径百メートルほどの気配を感じることが出来た。
魔獣ではない、殺気立った人の気配が、1つ2つ...ざっと20人ってところか?
盗賊の類ではないな、盗賊にしては巧みに気配を消している。
3人一組のチームを作って正確に間を詰めてきている。
僕はこの殺気を知っている。
旅立つ前の僕の気配に似ている。
・・・追手は暗部機関
僕が3年前に所属していた暗殺部隊だ。
僕は、王国が僕を消し去ろうとしている明確な意思を感じた。
僕は心では悲しみと怒りを感じながらも、逆に頭は冷静に冷めていった。
「やあ暗部組織の兄弟たち!率いているのはスネークヘッド、隊長自らかい?」
僕は追手全員に聞こえる声で話し始めた。
「会うのは3年ぶりかな?みんなが僕を鍛えてくれたことには感謝しているよ。
それがなければ勇者たちと出会えなかったからね。
王国の英雄たる僕を殺すような任務を与えられた君たちには同情するよ。」
僕の独り言に付近の殺気が強くなるのを感じた。
「でも、僕が君たちを殺せないと思っているなら大間違いだよ。
もう、王国のことはうんざりしているんだ。
さあ、始めようか?」
僕はそう言うと、その場から気配を消した,,,
「奴の気配が消えたぞ、どうなっているんだ」
「八方に警戒しろ!注意するんだ!」
囲んでいた暗部機関全員は焦っていた。
暗殺者らは、全身黒ずくめの装備に、黒の仮面をかぶっている。
対して、フリューはカーキ色の軽装の旅装束であり、月明かりの中で動けば20人の目からは誤魔化せない。
そう思っていたが、、、
「こっちで副隊長が死んでいるぞ!近くにやつがいる」
「こっちに部隊長が死んでいる!!みんな複数集まって多対1で当たれ!」
一人また一人と音もなく暗部機関の構成員が死んでいった。
暗部機関隊長のスネークヘッドは焦っていた。「どうなってやがる?ナンバー2、3と上位から順番に殺されているだと?
奴はどこに誰が隠れているか分かって確実に仕留めている。
俺が知っているシャドウエッジとは違う」
数分のうちに暗部機関の暗殺者の気配が消えた。
しかも誰も悲鳴を上げずに音もなくだ。
死体は、死んだことを意識していない様だった。
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そして僕は、スネークヘッドの背後から声がかけた。
「やあ隊長、いやスネークヘッド。ちょっと話をしようか?」
スネークヘッドがゆっくりと振り向くと、その顔は恐怖に怯えていた。
僕は、スネークヘッドから10歩ほど離れたところで、ナイフを持ち返り血を浴びた姿で立っていた。
「シャドウエッジ!貴様どうやって仲間を殺った?貴様にそんなスキルはなかったはずだ。」
スネークヘッドの問いかけに対して、僕は答えた。
「そのコードネームで呼ばれるのは嫌いだな?僕には勇者がくれたフリューという名前がある。フリューって勇者の生まれた故郷で風って意味だって。
あと、僕は特別なスキルは使っていないよ。
気配を消して、、、近づいて、、、殺しただけ。
それって君が教えてくれたでしょ?」
「そんな馬鹿な!」
とスネークヘッドは驚愕していた。
「僕も3年でいろいろあったんだよ。
勇者から気の使い方、賢者からは体内魔力の練り方を習ってね。
それに元々3年前でさえ君より強かったから僕が選ばれたの忘れたの?」
その瞬間、
スネークヘッドの小剣を持った右腕が切り落とされた。
「、、、そんな、、速すぎる、、、」
僕はスネークヘッドの背後にいた。
スネークヘッドの首にナイフをあてて聞いた。
「僕を殺すよう指示したのは誰?」
右足にナイフを突き刺しスネークヘッドは膝をついた。
「もう一度聞くよ。僕を殺すよう指示したのは宰相サイロスだね。」
僕はスネークヘッドの目を見て質問したが、顔を歪めながら沈黙をしていた。
「ありがとう。僕は瞳を見れば答えが分かるんだよ。これは賢者直伝でね。」
そういうと左足にナイフを突き刺した。
「答えはわかったけどこれは黙秘の罰だよ。
次、指示したのはアーサー王子だね?」
「い、いや待ってくれ、それを言ったら俺は殺されちまう!」
「その答えは自ら自白したようなもんだよ。自覚ある?まあいいだろ...
次だ、僕を殺すよう指示したのは勇者だね?」
スネークヘッドは、目を閉じて僕の視線を避け、汗を垂らしながら震えていた。
そして一瞬苦しんだ顔を浮かべた後、そのまま前屈みに倒れスネークヘッドは絶命した。
奥歯に仕込んだ毒薬を噛み砕いたか...