中1の冬~決意
翔×マリア
この名前、なんだかボクには秘密基地のような感じだった。
ボクたちだけの暗号。
ネットで
#翔×マリア、とググってみた。
何件か引っかかる。
ひとつはたぶん、まいかのSNS、覗き見してやろうとしたけど、
非公開になっていた。
あとひとつ、これはあすかのだ。
画像をたくさん投稿している。
ボクたちのことを書いているわけじゃないけど、
あの名前を付けた日から必ず、#翔×マリア のタグが付いていた。
ボクはあすかのSNSを眺める。
女の子らしく、スイーツの写真が多い。
あすか、こんな女の子っぽかったっけ。
この中でのあすかは、ボクの知ってるあすかとは別人のように感じた。
投稿をさかのぼって読み続ける。
ボクの事とはわからないようになっていたけど、学園祭の日の画像もあった。
「歌えて最高!」と書いてあった。
「伴奏のサックスが最悪」と書かれていなくてホッとした。
だいぶ戻っていったところに、病院の病室らしき所で撮られた画像があった。
「早く治ってね」
とある。
タグには 「お母さん」「ママの病気」とつけてあった。
あすかのお母さん、病気になったんだ。
もう治ってるといいけど。
それまでの投稿に「退院」というのがなかったのがひっかかっていた。
それからしばらくして、我が家では家族会議がひらかれた。
議題はまいかの進路、である。
まいかは通っている中間一貫校の高校へは進まず、べつの高校を受験する。
舞踊が学べる高校だ。
それについて、両親は当初かなり反対をしていた。
ダンスで生きていくなんて、夢物語。
ほんの一握りだけの世界。
普通に学校に行っても、ダンスは出来るはず。
もっと現実を見て選択肢を広げたほうがいい。
どこの親でもそういうだろう。
うちでもそうだった。
それでもまいかは諦めない。
ダンスを職業にする。
成功するのは一握りかもしれないけど、
その人たちも同じ人間、異星人じゃない。
人に出来る事なら、私にも可能性はある。
そのために、できることはすべてやりたい。
そういって譲らない。
そういった話が延々と続き、ついに両親が折れた感じとなったのだ。
その日の家族会議で、改めてまいかに気持ちにブレがないか、と父と母が尋ねた。
まいかは自分の想いを語った。
父も母もまいかの熱意を受け入れた。
頭ごなしに「そんなもん、ばかげている」と言わなかったのは、
まいかにダンスの才能を感じていたからだったのかもしれない。
小さな頃から、運動神経は抜群。
リズム感も良く、身体能力には恵まれていた。
そして何より努力家だった。
中学受験の時でさえ、時間を作ってレッスンを続けていたし、
学校でみんなから遊びに誘われても、ダンスを優先して断っていた。
ボクはある意味、まいかが羨ましかった。
ここまで夢中になれるものがある。
ボクは、サックスだって趣味程度で中途半端。
将来なりたいものも、やりたいこともまだわからない。
ボクはこのまま、なんとなく大学に行くんだろうな。
そう思うと、自分の決めた道をまっすぐに進んでいこうとしている
まいかと比べて、すごく自分が小さな存在に感じた。
「今日は家族全員で、まいかの決意を聞きたかった。思う道を進みなさい」
父がそう言った。
「でもね、帰ってくるところはここだからね」
と母。
ダメだと思ったら、すぐに帰っておいでって言いたかったみたいだけど、
いまから諦めることを言うのもね、ということで少しぼやかして言ったようだった。
今日のまいかはすごく大人に見えた。
それから数日たって、駅からの帰り道で偶然あすかと会った。
少しだけ同じ道を通るから一緒に歩いた。
あすかにまいかのことを伝えると、たぶんもう知っていたんだろうけど、
「まいか、すごいね。私も頑張らないと」
と言った。
「あすか、大学生になって、歌やるの?」
ボクは聞いてみた。
「そのつもり」
あすかはポツリと答えた。
まいかのダンスを語るときとあすかが歌に関して語るとき、
微妙に何かが違うのを感じた。
あとひとつ、聞いてみたかったことを思い切って聞いてみた。
「あすか、医学部にいかなくてよかったの?」
前に、親の言う通りにはしない、って言ってたけど本心なんだろうか。
あすかはすこし考えて、
「医学部に行くにはそれなりに覚悟が必要なんだよ。
勉強もそうだけど、経済的にも。まあ、国立大って言うのもあるけど」
「うちさ、母が病気になってずっと療養中なの。
父も関わっていた事業が失敗して負債をかかえてしまって。
私大の医学部に行ける余裕はなくなって。
国立大に受かる自信ないし、浪人もしたくない。
そう思ったら、医学部はもういいかなって。」
「大学、先行入試なら受けるのは1校で済むから受験料も負担少ないでしょ。
うまい具合に、許容範囲の大学に受かったからこれでいいんだ」
普通に大学入試をすると、何校も受けるのが普通だから受験料だけでも
かなりな金額になる。
あすかはそこまで気を使わないといけない程だったんだ。
「じゃ、大学の学費はどうするの?」
あすかが進学するのは私立の大学だ。
「奨学金、フルマックスで借りたよ」
あすかは成績がいいので、利子の付かない奨学金が借りられるそうだ。
「卒業したら延々と働いで返すんだけどね。高校の学費を払ってもらえてるだけ
ありがたいよ」
あすかが少し寂しそうな表情をしながら言った。
その横顔を見て、古い記憶を思い出した。
ずっと前、ボクが小学1年生の時、運動会のお昼休み、
一人でおにぎりを食べていた時の顔だ。
「なんか困ったことがあったら、ボクに言うといいよ」
ボクはあすかの力になりたい一心で言っていた。
あ、ボクまたあすかを守らなきゃ、そう思ってる。
小さい頃のボクがよみがえる。
ボクはあすかを守る。
そう決意した。
子供が希望したことをできるか、続けられるか、それは親にも関わってきますね。
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