「さよなら」に代えて
あすかの路上ライブ当日。
それ以前から翔×マリアのみんなで、
と言っても、あすかと海は出演者、まいかはカンパニーの仕事の為不在、
なのでボクとるるちゃん、として陸の3人で、
一緒に見に行こう、と提案があった。
るるちゃんも陸も同意して、集合場所など決めていたけど、
ボクはスルーした。
みんなボクのスルーを放置してくれた。
ライブが始まるかなり前から、会場、とある駅近くのコンコース付近には
人が集まり始めていた。
ボクが着いた時には、かなりの人だかりができていた。
人込みに紛れて、るるちゃんたちに見つからないように、
こっそりあすかたちを見つめた。
ライブが始まった。
海、そして何人かのメンバーの演奏であすかが歌う。
こうやってあすかの歌を正面から聞くのは、
小学生の頃の音楽会以来かもしれない。
あすかの歌声は、ボクの卑屈になっている心に響いた。
なんで、こんなに意固地になって尖っているんだろう。
何を、あせっているんだろう。
何を、怖がっているんだろう。
何を、怒っているんだろう。
憂鬱にとりこまれ、真っ黒になっているボクの身体を
通り抜けていくあすかの声。
ライブが始まって1時間ほど経った頃、
あすかが大勢の観客に向かって話し始めた。
「今日はここに来てくれて本当にありがとうございます。
今日で、ライブ最後にします。
私も、ここのみんなも春から社会人。
私たちがメジャーになったりすることは、なかったけど、
今までやってこられて悔いはありません。
春からは、しっかり働きます!」
と。
観客からは、
「やめちゃうのー」とか
「社会人バンド、やればいいじゃん」
とか声がかかったけど、
「けじめだから、いったんここで終わりにするね」
と、はっきり言い切った。
最後の曲として、あすかが大好きだという一曲をうたった。
ボクもあすかが鼻歌で歌っているのをよく聞いたことがあった。
大勢の観客から大きな拍手と歓声がおこった。
あすかも他のメンバーも何度も何度も頭を下げてそれにこたえる。
あすかは何度も「ありがとう」と繰り返していた。
ライブが終わっても、かなりの間大勢の人があすかたちを取り囲んでいた。
その中に、るるちゃんと陸がいるのが見えた。
ボクは遠巻きにそれを見ていた。
かなり時間が経ち、あすかたちがやっと機材の片づけなどを始めた。
あすかも何やら荷物をまとめていた。
そこに、ボクはそっと近づいた。
「けいた、来てくれないかと思った」
あすかはボクを見もせずに、言った。
そして、
「でも、来てくれると思ってた」
とも言った。
ボクが何も言えずに立っていると、
あすかは石段の上に座って、ボクを見た。
「今日のライブ、すごくよかった。でももうやめるんだ」
ボクはやっと話すことができた。
「そうだね、
プロになったり、メジャーになったりしたい、って思ったときもあったけど、
もう潮時かな。さっきも言ったけど悔いはないの。
こういう事、歌とかダンスとかでね、秀でるには
まず才能があること、そしてなによりも好きであること、続けられる環境に恵まれている事。
全てを兼ね備えていることが必要なんだよ。
このすべてを持っている人のなかで運にも恵まれた人だけが
浮き上がっていく世界だと思う。
これって、奇跡に近いと思う。
でもそう人もいるんだよね。私ではなかったけど。」
あすかは続ける、
「でもさ、歌で成功しなかったとしても人生でそうだったわけじゃない。
これから地道に働いて地に足を付けて生きていく。
それができるのも、幸せなことだよ。
小さな幸せに、感謝しないと」
「ボクは、このところずっと自分に自信がなくて、みんな自分の道を見つけて進んでいるのに
ボクだけ、目標もなにもない。
あすかや、みんなが羨ましかった」
「けいた、自分の道なんてまだ見つかんなくてもいいじゃん。高校生でしょ。
その時がきたら、進みたい道なんて勝手に現れるよ。
それが、壮大な目標に向かう道じゃないかもしれないけど、
大きな目標を持つことだけがいいんじゃないよ。
ささいなことでも、けいたがこれだ、と思ったことは
けいたにとってかけがえのない目標だよ」
あすかはそう言うと、
「けいたはけいたらしく生きて」
と続けた。
「でも、なんかとんがってるけいたより、前みたいにのんびりしてて、
優しくて強いけいたのほうがいいけどね」
優しくて強い子。そう。おばあちゃんに言われた言葉だ。
ボクはどこかでそういう人になろうと思ってきたはずだった。
あすかがそれを思い出させてくれた。
それからしばらくして、あすかの父が失踪し、長期療養中だった母親が他界した、
と風のうわさで聞いた。
グループメールへの反応もなくなった。
それ以降、あすかと街で会うことはなかった。
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