中1の春~ 新しい生活に
ボク、渡辺けいた。
この春、中学1年生になった。
ボクはその日、新しい中学の制服を着て、この3月に卒業したばかりの小学校の校門にいた。
他にも元同級生がたくさん来ていた。
卒業してまだ1か月もたっていないのに、ここに来るのはとても久しぶりな気がした。
そしてこの前まで毎日くぐっていたこの校門、それから続く下駄箱や廊下、
そのすべてがなんだか小さく見えた。
元同級生たちと話しながら、ボクは1か月前の6年生最後の1か月の頃を思い出していた。
3月になると急に卒業が目前に迫っていると感じた。
卒業式の練習とか、他の学年とのお別れ会などが目白押しだった。
保護者も参加してのお別れ会もあった。
先生やボクたち6年生、ときには保護者も加わって
今まで思い出をたどるいろいろと凝った出し物が続いた。
その時、先生が1年生の時の作文を読み上げた。
「ボクは、おっきいさんが卒業するのがさびしいです。たくさん泣いてしまいました。
ボクはおっきいさんを守って、おっきいさんが夢をかなえられるようにします」
そんな作文だった。
これ、ボクが書いたやつだ。
1年生の時、6年生のお別れ会のために書いた、6年生への感謝の手紙、だ。
「1ねん1くみ わたなべけいた」
先生は作文の作者の名前まで、しっかり読み上げてくれた。
同級生がくすくす笑っていた。
だれを守るんだよ、と言ってる声も聞こえた。
ボクは1年生の頃の自分を思った。
そして、あすかのことを思った。
6年生になってもあすかのことは忘れていなかった。
ただ、何から守りたかったのか、覚えていなかった。
あすかの夢がなんだったのかも覚えていなかった。
そもそも、6年生が卒業するから泣いたりしたっけ。
それすらも記憶にはなかった。
ボクの作文を読み上げた後先生が、
「1年生の頃は6年生にお世話になりましたね、そんな君たちもいまでは6年生。
1年生から受け取って君たちへの作文を紹介します」
と言い、1年生のお別れのお手紙を読み始めた。
寂しいとか卒業しないで、とかいう内容が多くて、
涙ぐんでいる保護者もいた。
1年生の感動的な作文のおかげで、読み上げられたボクの作文のことは
みんなの記憶から、いなくなってくれたようだった。
その日、家に帰ってから母に
「あの頃のけいたは、誰かを守る、って口癖だったわよね」
と言われた。
ボクはあすかを守る、と口に出して言ったことはない、はずだ。
誰の事守りたかったんだろう。
それも覚えていなかった。
この小学校の校門で、あすかに
「どうせ私のことは忘れちゃうでしょ」
と言われたのは覚えている。
あすかのことは忘れていないが、あすかへの色々な思いは忘れてしまっていた。
あすかの言っていたことは正しかった。
ボクはもう2度と小学生としてくぐることのない、この校門の前に立ち
そんなことを思い出していた。
毎年、春のこのころになると漂い始める新緑のにおいと、
さくらの花びらがまう、はるの風にふかれながら。
ボクはこの校門や校舎、運動場のあちこちに
ちいさかった自分の姿をみつけ、
それがとてつもなくいとおしかった。
ボクはもうここには戻らない、
ボクは中学生になったんだから。