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前編

「夢の島」

この場所が、そう呼ばれるようになったのはいつからだろうか。

人間たちが都合のいいようにつけた名前だ。

未来を感じさせる言葉に置き換え、自分たちの業をごまかしたのかは定かではない。


毎日、休む暇もなく大都会から集められてくるゴミたち。

人間たちにとって不必要な物がゴミとして捨てられているのだが、オレ達はただのゴミじゃない。

リサイクルをして元の姿に戻れるゴミ、別のものに生まれ変わるゴミ、部品から金が採れるゴミもあるのだ。


オレ達ゴミの世界では、リサイクルできるゴミはエリートと呼ばれ地位が高い。

その一方で埋め立てゴミや焼却ゴミは再生できないので地位が低い。

ゴミの世界にも階級があるのだ。


「オレの名は、フラッグ」


得意気に鼻をこすると、オレはゴミの山の山頂にたった。

はるか遠くを見ると、たくさんのゴミの山が目に飛び込んでくる。

埋め立てゴミの山、焼却ゴミの山、家電のゴミの山、リサイクルゴミの山と。

色々分かれているが、所々で他のゴミも混じっている。

いかに人間が怠惰な生き物だということをゴミの山が現しているのだ。


「おーい、フラッグ。そんな所で何カッコつけているんだ」


ゴミの山の麓から叫んできたのは、お調子者のサイモン。

針金のハンガーのゴミで、オレと同じくリサイクルできる。

サイモンもエリートなのだが、人前で偉ぶった様子は見せない。

気さくな性格なので他のゴミたちからも気にいられている。


「相変わらずだなサイモン。何かうまい話でもあるのかい」

「そんな話、オレが聞きたいくらいだよ。それより、みんなお待ちかねだよ」


サイモンの言葉に、オレは大事なことを忘れていたことに気づいた。

大事なこととは朝の集会だ。

毎朝、今日一日のやることを決める。

もちろんリーダーはオレ。

メンバーは、サイモンと穴の空いた長靴のボブと壊れた傘のエカテリーナの4人だ。


「リーダー遅いよ。待ちくたびれちゃったよ」


体をしわくちゃにしながら、ボブがぼやいた。

メンバーの中で一番の臆病者。

捨てられた時のことがトラウマになっているようだが。

すぐに用済みにされるオレと比べればまだマシな方だ。


「私も疲れたわ。フラッグ、もっと早く来てよ」


猫撫で声でフラッグに流し目を送るエカテリーナ。

見た目が派手な小悪魔系女子。

メンバーの紅一点だ。


「悪い悪い。少し物思いに更けていたら、すっかり忘れていてね。けれど、そのおかげで今日のテーマを思いついたよ。それは……」


ゴミの山の山頂に立ちオレが演説をはじめようとすると、突然、辺りが暗くなった。

空を見上げると空を覆い尽くすほどの大きなカラスが着陸態勢に入っていたのだ。

オレ達はとっさに逃げ出したが、サイモンがカラスに捉えられてしまった。


「離せコノヤロー。オレは食い物じゃない!」


サイモンは手足をバタつかせ必死に振りほどこうと叫ぶけれど、カラスは素知らぬ顔。

うまい具合にサイモンを咥えなおすと、大きな翼を羽ばたかせ、大空へと飛び立って行く。

あっという間の出来事に、オレ達は唖然とその場にただ立ちつくした。

すると、臆病者のボブが騒ぎ出した。


「サイモンがカラスに連れ去られちゃったよ。バリバリって食べられちゃうのかな」

「そんなことあるわけないでしょ。サイモンは針金よ。きっと、カラスの巣にされるのよ」


エカテリーナの言う通り、サイモンはハンガーだから巣の材料にされるのがオチだ。

けれど、このままほっておくわけには行かない。

大切な仲間が連れ去られたのだ。

リーダーのオレは一大決意をする。


「みんなでサイモンを助けに行くぞ!」


高らかに宣言する俺の言葉に、ボブは不安げな表情を浮かべる。

そして、


「助けに行くってあてはあるの。大きなカラスだったよ。もう、遠くへ飛んで行ったんじゃない」


ひとり諦めムードを漂わせた。

その心配はヒシヒシと伝わって来たが、カラスのことをまったく知らない訳ではない。

カラスの習性ぐらい心得ている。

まず、カラスは光る物が好きで、巣の材料に使えそうな物を巣に持ち帰る。

だから、カラスの巣はゴミでできていることが多いのだ。


それにカラスは他の鳥と同じで高い場所に巣を作る。

ビルの屋上や木の上など、外敵が来ない場所が狙い目だ。


「カラスは海を渡らない。だから、この街のどこかに巣があるはずだ」

「もしかして、ここを出るつもり?私は賛成しないわ」


自信たっぷりで言うオレに、エカテリーナは腕組みをして難しそうな顔をした。


「私は私を捨てた街に、これっぽっちも未練はないけれど、こっそりおめおめと戻るなんて私のプライドが許さないわ」

「戻るって……。ただサイモンを探しに行くだけだよ。長居はしないさ。それともエカテリーナはサイモンを見捨てようってのかい」


少し興奮しているエカテリーナに、オレは正論をぶつけた。

普段はクールなエカテリーナだが、街へ行くことにためらうなんて、過去に何かあったのだろうか。

少し気になったが、オレは何も聞かないことに決めた。


「それじゃあ決まりだ。サイモンを探しに街へ行くぞ!」


気を取り直して、オレが宣言と共に拳を掲げると、他の2人もオーと叫びながら答えた。



夢の島の出入り口はゲートが設けられている。

誰かが勝手に入ってゴミを捨てないように見張っているのだ。

オレ達は監守に見つからないように柵の間を通り抜けて外に出た。


目の前には二車線の大きな道路が走っている。

街へ繋がっている道路だが、街ははるか彼方。


「この道路をまっすぐ進めば街に着く」


オレが道の真ん中を堂々と歩いていると、ボブが歩道の脇に身を隠しながら、小声で呟いた。


「そんな目立つことしたら、すぐに捕まっちゃうよ。もっと、目立たないようにしないと」

「誰が捕まえるっていうんだよ。オレ達はただのゴミだぞ。人間に見つかっても捕まることはないさ」


人間は落ちているゴミなど気にも留めない。

ここは夢の島だからゴミはそこら中に散乱としているのだ。


「それより歩いて街まで行くの。少し遠くない。ボブは長靴だからいいとして、私は傘よ。歩きづらくて仕方ないわ。なんとかしてよ、フラッグ」


エカテリーナは足をめると、その場に立ち尽くしてぼやいた。

確かにエカテリーナの言う通りだ。

オレはただの空缶だから、転がって行けば難なく街までたどり着ける。

長靴のボブは、そもそも問題はない。

けれど、傘のエカテリーナはどうしようもない。

雨には強いが、歩くとなると急に難しくなるのだ。


オレは何か良いアイデアがないかと頭を捻った。

すると、ボブが道路を走っていた車を見て、思いもよらぬことを口走った。


「車に乗って行けば、簡単に着くのに……」

「そうだ、それだよ!車に乗って行けばいいんだよ。生憎、この道路にはゴミ収集車が定期的に走っている。その車に乗って行けば街まで辿り着ける」


オレがボブのアイデアをまとめると、水を差すようにエカテリーナが言った。


「けれど、どうやって走っている車に乗るの?飛び乗ったとしても、吹き飛ばされるだけだわ」

「そんなの簡単さ。ゴミで道を塞いで車を止める。その隙に車に乗り込むんだ」


我ながら良いアイデアを思いついたと自負し、得意気になって見せるオレ。

ボブも「さずが、リーダー。」と賛同しながら目を輝かせて話を聞いていた。


さっそくオレ達は作戦を決行することにした。

そこら辺に落ちているゴミをかき集め、道路にバリゲートを作った。

後はゴミ収集車がやって来るのを待つだけ。


「人間達に見つからないように、物陰に隠れるんだ」


ゴミ収集車は5分もしないうちにやって来た。

そしてオレ達の読み通りバリゲートの前で車を停車させた。


「誰だ、こんな所にゴミを捨てた奴は」


ゴミ収集車の運転手と助手が不機嫌そうに車から降りて来た。

そして、ブツクサぼやきながら目の前のゴミをかたずけはじめた。


「よし、今のうちに車に乗り込むぞ。ボブ、遅れるなよ」


オレ達は運転手達に見つからないように車に近づくと、車の後ろに飛び乗った。

ゴミ収集車にゴミがあっても誰も不思議に思わない。

背景に順応するカメレオンのように、その場に溶け込めるのだ。


「余計な仕事を増やしやがって」


道路のゴミを片づけた運転手たちは、パンパンと手を叩くと、車に乗り込んだ。

そしてエンジンをかけ、フラッグ達を乗せたまま街へと走り去って行った。



「うまく行ったな。人間達はオレ達に気づいていないようだ」


オレは両手両足を投げ出して、ゴミの上に寝っ転がった。

すると、外を眺めていたエカテリーナがふいに尋ねて来た。


「それより、どこまで乗って行くつもり?このまま乗り続けていても、ゴミ会社に辿り着くだけよ」


ゴミ収集車は夢の島に掛かる大きな橋を渡り終え、街の入口までやって来ていた。


「そうだな。とりあえず、次の信号で車が止まったら降りよう。街中を探した方がサイモンの手がかりがつかめるかもしれないからな」


刑事ドラマではないが、捜査は足で稼ぐものだ。

一つ一つ事実を積み上げて、犯人を追い詰めて行く。

そんな展開をオレは予想していた。


頭の中で思いを巡らせているうちにゴミ収集車が赤信号で止まった。

さっそくオレ達は車から飛び降り、急いで物陰に身を隠した。

そして、青信号に変わるとゴミ収集車は何事もなかったかのように走り去って行った。


「ふぅー、危ない危ない。ここで運転手達に見つかったら、また、夢の島へ逆戻りだ」


オレは大きく息を吐いて、滴る汗を拭った。

さて、これからどうするかだ。

刑事ドラマなら何かしらの手がかりが見つかるものなのだが、そうはうまく行かない。


「これからどうするの?」

「まずはカラスが集まりそうな場所を探そう」


不安げに質問してくるボブに、オレは刑事のような口調で言い放った。



さっそくオレ達は街の繁華街へと足を向けた。

さすがに表通りは人が多いため、人気のない裏路地を進んで行く。


ここは夢の島と同じであちらこちらにゴミが散らばっている。

人の目が届かないから、街の清掃活動の手を抜いているのだろう。

あちこちで生ごみを漁るドブネズミ達が群れを成していた。


「ずいぶん辺鄙なところね。これじゃあ夢の島と何ら変わりないじゃない」

「そうだね。ゴミが分別されている分、夢の島の方がマシかも」


エカテリーナは汚い物を見るような目でドブネズミを見やると、ボブも同調して同じ仕草をした。

思わず目を塞ぎたくなるような光景があちこちに見られた。

ドブネズミ達はエサを食べているのだろうけど、傍から見ると気分が悪くなる。

夢の島にも生ゴミの山があるが、ほとんど近寄ったことはない。

強烈な悪臭でまったく近づけないのだ。


「こういう所にこそカラスが集まると言うものだ。きっと、サイモンの手がかりも見つかるはずさ」


オレは捥げそうな鼻をつまみながら、煩くまとわりつくハエを追い払った。

予想通りカラスはドブネズミ達に交じりながらエサを探している。

ドブネズミ達と違う所は、エサをえり好みしていることだろうか。


カラスはドブネズミより賢い。

エサの入っている小瓶を見つけたら、嘴でうまくフタを外して中身だけ食べる。

頭の良いカラスにとっては何の造作もないことなのだ。


「カラスは見つけたけれど、サイモンをさらったカラスはいないようね」

「そうだな。あんなに大きなカラスは、そうそう見たことがない。おそらく、大きな群れのリーダーだろう」


カラスの集団を見ながらガックリと肩を落とすエカテリーナを慰めるように、オレは予想を立てた。

普通のカラスの3倍はある大きさのカラスだから、従えている群れも相当な数だろう。

それに、リーダーともなると背後でドーンと構えているのが世の常だ。

おそらく、サイモンをさらったカラスは高い所から様子を伺っているのかもしれない。


「よし、ここの調査は終わりだ。次は、ビルの屋上に行って上から調査するぞ」

「ビルの屋上って……もちろんエレベーターを使うのよね?」


オレの顔色を窺うようにエカテリーナが不安げな顔で尋ねて来た。

しかし、オレはエカテリーナにとって酷な事を告げた。


「エレベータは目立つから階段を使う」



オレ達はとあるビルの非常階段の前にいた。


「本当にこれを登るつもり?どう見たって10階分はあるわよ」

「仕方ないだろ。この道しか安全に辿り着ける方法はないんだ。オレだって階段を登るのは一苦労なんだ。たっぱがないから一段一段よじ登って行かなきゃならない」


階段のはるか上を見上げて根を上げるエカテリーナを横目に、オレは最もな理由を後付けして同情を引いた。


「そんなに大変なら多少危険を犯してもエレベーターを使うべきよ。ボブもそう思うでしょ?」

「ボクは……」


エカテリーナの唐突なフリに、ボブはオレの様子を見て言葉を詰まらせる。


「何だよ、そのだんまりは。ボブもエレベーターで行こうってのかい」

「そ、そんなこと言っていないよ。ただ……」


オレが強い口調で問いただすとボブは怯えたようすで否定した。

ただでさえ臆病なボブは、意見がぶつかり合うと尻込みをする。

そんな性格を逆手にとって強く出たのだ。


「もう、いいわよ。階段で行けばいいんでしょ。ボブ、さっさと行きましょう」


小さく縮こまっていたボブの様子を見て、エカテリーナは感情的に言い放った。

ハッキリしないボブにシビレを切らせたのではない。

意見を曲げないオレへの当てつけだった。


しかし、予想してた以上に階段はキツイ。

登りはじめは勢いで登れたけれど、中間まで来ると手足が突っ張って上がらない。

これならエカテリーナの言う通り、エレベーターを使えば良かったか。


「ふぅー」

「どうしたの、そんな顔して。まさか、根を上げた訳じゃないわよね。あれだけ強気だったくせに」


顔を真っ赤にさせゼエゼエ息を切らしているオレを冷やかすように、エカテリーナが言ってきた。

さっきの仕返しのつもりか、やたらと嫌味ったらしい仕草で詰め寄る。

オレはとっさに強がって見せた。


「何を言っているんだよ。景色が良いから立ち止まっただけさ」


遠くを見やると街の全景がハッキリと見渡せた。

海の方で煙が上がっている場所は、夢の島だろうか。

はるばる遠くまで来たものだと、改めて思った。


「何ひとりで黄昏ているのよ。屋上は、まだまだ先よ」

「わかってる。これからが本番だ」


そう言ってオレは、また、一段一段階段を登りはじめた。

すると、ボブがひょいとオレを持ち上げて提案してきた。


「ボクの上に乗って行きなよ。フラッグは軽いし、そんなに苦にならないし」

「オレをバカにしているのか。このくらいひとりで大丈夫だ」

「フラッグ、ボブの提案に乗ってみたら?その方が早く着くわよ」


ここぞとばかりにエカテリーナがクスクスと笑って見せる。

母親に抱きかかえられた赤ん坊のように思っているのだろうか。

オレは、無性に腹が立って来た。


「二人でオレをバカにしやがって。オレは、オマエ達と違ってエリートなんだぞ」


ボブの手を振りほどくと、オレは、また、階段を登りはじめた。



エレベータを使えば5分で着くところを、オレ達は1時間半かけて階段を登って来た。


「ゼエゼエ……」

「さすがに私も疲れたわ。ダイエットにはちょうど良いけどね」


オレは激しく息を切らせながら、大の字に寝ころんだ。

エカテリーナとボブも、その横で寝ころんでいる。


空は雲一つなく澄み渡り、青さがいっそう深い。

まるで、海底に沈み込んで、海面を見上げているかのようだ。

時折、吹く風は火照った体を心地よくさせる。

このまま昼寝をしたい気分だ。


「さあ、カラスの調査をはじめるぞ」


オレはひとり飛び起きると、屋上の上を探しはじめた。


「フラッグ、何を探しているのよ」

「何って、カラスの巣に決まってるじゃないか。カラスは高い所に巣を作る。だから、ココにもあるかもしれない」


きょとんとした顔をしているエカテリーナに、オレは真面目に答えた。

ココへ来た目的は、街の全景を把握することと、カラスの巣探し。

街の構造はだいたいわかった。


夢の島のある海は南の方角で、その反対の北側には小高い丘がある。

東側は住宅地で、西側は商店街だ。

夢の島の何十倍の広さだけれど、見当をつけて探せば問題ない。

すると、反対側を探していたボブが大きな声で叫んだ。


「みんな、こっちに来て。何かの巣があるよ」


オレとエカテリーナは駆け寄って巣の中を覗いて見る。

中には小さな白い卵が数個あった。


「カラスの卵かな?」

「カラスにしては小さすぎる。おそらく、スズメか何かの小鳥だろう。見てみろ、看板の上から鋭い目つきで睨みつけている小鳥がいる」


卵を手に取ろうとするボブの腕を掴んで、オレは静かにその場を離れた。

小鳥だからと言ってバカにできない。

我が子を守るためならば、命がけで攻撃してくるだろう。


「カラスはいなかったわね。これからどうするの」

「東側の住宅地の方に大きな公園があった。次はそこへ行ってみよう」


少し疲れた様子を見せるエカテリーナのことは気になったが、オレは次の目的地を告げた。



住宅地に通じる道路沿いのコンビニの前で、オレは足を止めた。


「どうしたのフラッグ?急に立ち止まったりして。何か見つけたの?」


エカテリーナの声も聞こえないほど、オレはコンビニの冷蔵庫に鋭い視線を向けていた。

冷蔵庫の中には、澄ました顔でせいせいと並んでいる缶ジュースがおいたからだ。

オレに気づくと、舌を出してバカにして来た。


「ちっくしょー。アイツら、オレを見下しやがって。オマエらだってすぐに用済みになるんだよ」


以前のフラッグもコンビニの冷蔵庫で並んでいる缶ジュースと同じだった。

しかし、運悪く人間に買われ、すぐにゴミ箱行きになった。

缶ジュースは中身がなくなれば用済みになるのだ。


まだ、ゴミ箱に捨てられればマシなのだが、別の用途にも使われることがある。

熱いタバコの灰を入れられたり、時にはおしっこを入れられることもある。

おまけに道に転がっていれば、百発百中で蹴飛ばされるのだ。

そんな人間達の扱いにオレは心底嫌気がさしていた。


「フラッグ、思い詰めた顔をしてどうしたの?」

「いや、何でもない。ちょっと考え事をしていただけだ」


ただ一点を見つめて微動だにしないオレの様子を見て、エカテリーナは心配そうに言ってきた。


「それなら良いんだけど」


横で見ていたボブも顔色を曇らせる。

すると、通りの角から小学生がおしゃべりをしながらやって来た。


「マズイ、人間だ。みんな隠れろ!」


エカテリーナは柱の陰に、ボブはゴミ箱の後ろに、オレはと言うと石畳の溝に足を引っかけて転んでしまった。


カラカラカラ……。


大きな音を立てオレは歩道に転がった。

案の定、小学生がオレに気がつき、近づいてくる。

そして、右足を大きく振り上げると勢いよくオレを蹴飛ばした。


カン、カラッ、カラカラ……。


オレは車道の真ん中まで吹き飛ばされてしまう。


「痛てて……いつもこれだ。オレはボールじゃないんだよ」


道路でうずくまって愚痴をこぼしていると、エカテリーナ達が何かジェスチャーをして来る。

その方向を見ると目の前に大型のトラックが姿を現した。


「あっ……」


次の瞬間、目の前が真っ暗になる。

世界が押しつぶされたように歪み、何も見えなくなった。


「フラッグが死んじゃった……どうしよう」

「ただ、つぶされただけよ。死んだりなんかしないわよ……たぶん」


ボブは半泣き顔で、エカテリーナは血相を変えて、駆け寄って来た。


「フラッグ、死んだりなんかしないわよね?」

「……」

「ちょっと、何か言ってよ」


エカテリーナは確かめるように強い口調で言うと、そっとオレを抱き寄せた。

そして目に涙を浮かべて本気で心配する。

そんなエカテリーナの姿を、オレはこっそり伺っていた。

そして、


「二人とも、何しんみりしてやがるんだよ。オレはこのくらいでくたばるほど、柔じゃないぞ」


言うと、エカテリーナの腕から飛び降りて、大きく息を吸い込み、体を伸ばし元の姿に戻った。


「フラッグ!心配させないでよ。本当に死んじゃったかと思ったじゃない」

「フラッグー。無事てよかった」


二人は急に泣き顔を笑顔に変えると、オレに抱き着いてきた。

しばらくの間、オレはその余韻に浸っていた。



住宅地にある公園までやって来たオレ達は、中央にある噴水に腰を下ろした。


「ずいぶん広い公園ね。ジャングルジムやブランコはもちろんのこと、サッカーのできそうな広場まであるわ」

「ここは新興住宅地だから人が集まりやすいんだろ」


今日は平日のせいか公園に来ている人はまばら。

ベンチに腰を下ろして本を読んでいる人、犬を連れて散歩している人、子供は遊具に夢中になっている。

人目の少ない今は調査するのに絶好の機会だ。


「フラッグ、どこから調べるの?」


柄にもなくひとり張り切っているボブに、応えるようにオレは考えを伝えた。


「まず、木の上からだ。公園のような広い場所では、たいていカラスは木の上にいるものだ。この公園には大小様々な木があるから、一つ一つ調べるんだ」

「何?また、そんな面倒なことをするの」


エカテリーナはかったるそうに愚痴をこぼし、オレを睨んだ。

なかなか進まない調査に苛立っているのだろう。

ここまで来てサイモンに繋がる手がかりは一つもないのだ。


オレだって正直焦っている。

二人の期待に答えられないばかりか、肝心の手がかりすら見つけられない。

けれど、リーダーたるものここでくじける訳にはいかない。


「サイモンはオレ達が助けに来るのを待っているんだ。だから調査はこのまま続ける。文句のあるやつはいるか」


オレは強引に、それらしい理由を突きつけて二人を黙らせる。


「わかったわよ」


エカテリーナはふてくされたように呟いて、それ以上何も言わなかった。

すると、噴水の反対側から誰かが声をかけて来た。


「もめ事かい?せっかく、一緒にいるんだから仲良くしなくちゃ」


姿を現したのはペットボトルのゴミ。

澄ました顔でこちらにやって来た。


「あら、イイ男。私好みだわ」


さっきまでふてくされていたことを忘れて、エカテリーナは頬を赤らめる。

切り替えの早い奴だとオレは思った。


「誰だよ、オマエは?」

「ボクかい?ボクはマーカス」


マーカスはオレを素通りしてエカテリーナに近づいて行く。

そして、エカテリーナの手を取ると。


「よろしく、ミス……」

「エカテリーナよ」

「よろしく、ミス、エカテリーナ」


紳士的な挨拶をした。

エカテリーナは目をハートにさせ、マーカスにメロメロだ。

そんな事くらいオレだってできるけど・・・普段はしないだけ。


「チッ、新参者が」


悔しそうに舌打ちするオレにエカテリーナが冷やかして来る。


「あら、フラッグ妬いているの?カワイイ。そんな所もあるのね」

「別に妬いてなんかいないよ。ただ、ペットボトルは昔から嫌いなだけだ」


オレは全力で否定した。


「お二人は仲が良いんだね。安心したよ」

「私が仲良くしたいのは、あなただけよ」


紳士的な態度をしているマーカスに、猫撫で声を出してエカテリーナはすり寄る。

体を密着させて腰をくねくねしている。

初対面のゴミにそこまでできるのはエカテリーナぐらいだとオレは思った。


「それよりキミ達は、こんな所で何をやっているんだい?」

「ボク達は、仲間のサイモンを探しに来たの」


顔色も変えず平然と質問してくるマーカスに、ボブが答えた。


「そうなのかい。それでサイモンはどこかにいったのかい?」

「サイモンはカラスに連れ去られたんだ。とても大きなカラスで……」


オレはボブの腕を掴むと、強引にマーカスから引き離した。


「ボブ、余計なことを言うな。コイツが何者かは、まだわからないんだぞ」


エカテリーナは変わらずマーカスにすり寄っている。

まるで、恋人にでもなったつもりか。


「エカテリーナもこっちに来い」

「ちょっと、何するのよフラッグ」


オレはエカテリーナの腕を掴み、マーカスから引き離した。

エカテリーナはビックリした様子だったが、まんざらでもない顔を浮かべた。


「ずいぶん嫌われたもんだな。キミの過去に何かあったのかは知らないが、そんなにも怪訝にすることもないだろ。ボクはただキミ達の役に立てればと思って声をかけたんだ」

「傍にいてくれるだけで十分よ」

「エカテリーナはちょっと黙ってろ」


話を腰を折るエカテリーナをボブに預けると、オレはマーカスを向き合う。

新参者にはいつもこんな態度をしている訳ではない。

ペットボトルとは昔から反りが合わないのだ。


「どうしたらボクを信用してくれるんだい?」

「信用するも何も、オマエを仲間にするつもりはない。これはオレ達の問題だ」


眉毛をハチの字にさせすっかり困り果てるマーカスに同情することもなく、オレはきっぱり言った。

すると、エカテリーナが正気に戻り言って来た。


「フラッグ、いつまで強がっているのよ。力を貸してくれるって言うんだから、素直に受けなさいよ。まだ、サイモンの手がかりも見つかっていないのよ」


オレは返す言葉が見つからなかった。

悔しいけれど、エカテリーナの言ったことは事実だ。

少しでも人手が欲しいのが正直なところ。

けれど……。


「わかったよ。けれど仲間にする前に、オマエの考えを聞かせておくれよ」


マーカスは少しうつむき腕を組むと、静かに語り出した。


「サイモンをさらったカラスは大きな群れのリーダーだ。この辺で一番大きな群れのカラスは、北の丘にある大きな木を根城にしている。おそらく、サイモンもそこにいるはずだ」

「さすがマーカス。これでフラッグも満足したでしょ。これからよろしくね、マーカス」


エカテリーナはひとり満足してマーカスの手を取った。

ボブもそれに加わる。

オレ以外、みんな納得しているようだった。


「これで仲間にしてくれるかい?」

「……もちろんだ。男に二言はない」


オレは片手で拳を握りしめながら、首を縦に振った。

これでメンバーはオレを入れて4人になった。

マーカスがどこまで使えるかはわからないが、助かったことは確かだ。

この先、どんな事が待ち構えているのかはわからない。


「サイモン待ってろ。すぐ、助け出してやるからな」


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