最後の蠱毒
第9話 「最後の蠱毒」
「それじゃあ行ってくる」
クロスは家族に見送られながら仲間達と森へ向かっていった。
昨日の探索では大して強くもない魔物ばかりだったが、この村の周りには〔フォレストウルフ〕が生息している。
アイツらは群れで行動して獲物を追い詰めてくるから厄介だ。
出くわしたなら多数の戦いを強いられる。
もちろん今回は総勢30人を超える小隊編成だ。
しかも全員が魔法適性者。
特に問題が起きなければ命の危険は無い。
ここに居る皆がその思いで動いている。
時折見せる兵士の笑顔はそういった警戒心の無さを露骨に表している。
しかし、隊長のレイン・カーサだけは常時警戒を怠っていない。
この差が一般兵と騎士との違いなのだろう。
兵士の安堵の表情はレイン・カーサへの信頼の現れなのかもしれない。
クロスはレイン・カーサの近くへと歩み寄り声をかけた。
「レイン・カーサ様」
「どうされたクロス殿。あと私に様は不要です。レインと呼んでください」
「かしこまりました。それではレイン殿。昨日から拝見していましたが、常に緊張感を持たれていられるご様子」
「なるほど。クロス殿はやはり良い目をしていらっしゃる。騎士団にスカウトしたいほどです」
「いやいや、私なんぞ戦場に赴いたなら生きては戻れません。それで、追っていらっしゃったスパイドですが、レイン殿がそれ程までに警戒する相手なのでしょうか? 」
レインは少し考えた後、重たい口を開いた。
「奴は異常なんです。この件は王都でも一部の者しか知らない事です。ご内密にお願い致します。 本来スパイドは群れで行動をなす魔物で、サイズも手に乗る程の小型なものばかりで」
クロスは相槌を打つ。自分の知っているスパイドそのままの説明だからだ。
「しかし、我々が確認したスパイドは牛くらいのサイズがあったのです。それに伴ってかは分かりませんが、魔力量が明らかに桁違いでした」
クロスは驚きつつも話の続きに耳を傾ける。
「更に確認した限りで、奴は噛み付く事で他の生き物を操る事ができるようでした」
「なんですと!? そのような魔法をスパイドが使用するなど聞いた事がありません。何か条件など詳細はわかるのでしょうか」
「申し訳ないですが、現在では多生物操作・通常個体よりも巨大・知能が高い。この三点のみが把握できている事実です」
「それは、人間に対しても有効であると……」
「憶測の域は出ませんがおそらくは……」
現在、散歩気分で歩いていた村人や兵士たちはこの事実を知らない。
仮にクロスが村人に伝えれば、この捜索に加わるものがいなくなるだろう。
それは結果的に村人に被害が及ぶ確率が上がる。
もちろん最愛の家族も。
トロッコ問題に近い難題をクロスは突きつけられてしまった。
「心中お察ししますが、クロス殿を村一番の猛者とお見受けいたしてお話しさせて頂きました。もちろん村人皆様で逃げていただいても罪には問いません。ですが、不躾を承知でお願いするのであれば、この未曾有の危機を共に解決に導いて頂きたく」
レインは立ち止まりクロスに向き直すと、真剣な眼差しを向けてきた。
頭を下げようとする動きをすぐさま静止したクロスは。
一言伝えた。
「必ず討伐してくださいレイン殿」
「命に変えても必ず」
その時、クロスは一つの事を思い出した。
「そういえばレイン殿。関係性は分かりませんが、近辺にフォレストウルフが出るのですが、以前村の近くにでた個体が変わっていまして」
「それはどのように? 」
「本来群れで行動するはずのフォレストウルフですが単独だったのです。更に他の個体よりも明らかにサイズが大きく。今回伺ったスパイドに似ていると思い」
レインは目を閉じて顎に手を当て、思慮を巡らせた。
種族は違えど同じような現象が各地で起こっている可能性も否めない。
シンクロニシティとは人の想像できる事象の外で起こりえる。
人為的か偶発的かそれも分からないが、全くの無関係とも結論図けるのは早慶であると判断した。
「貴重な意見感謝する。もしかするとそのフォレストウルフとスパイドが相対した場合、想像を超える被害が生まれるかも知れません。その個体の根城は把握されていますか?」
村は念の為、その個体を確認した後数年かけて根城を把握していた。いつか自分たちの脅威になるかも知れないと村長が判断したのだ。その後は幾人の犠牲を経て根城をつかめていた。もし今回根城を教えて討伐に失敗してしまった場合、村人たちの命が無駄になる可能性もある。
クロスは過去の経緯も含めて簡潔に話し、村長の許可がいる旨を伝えた。
レインは即座に村への帰還を指示してその日の捜索は終了した。
村に戻るとその足で、クロスとレインは村長の元へと向かった。