【門】
30mが果てしなく遠い。
リゼが向かったのは、一部の遺跡研究者の間で【門】と呼ばれている台座だ。
それは、古代に於いては【転移】、つまり空間跳躍での移動手段として使用されたのではないか、と言われている。
古代遺跡の各所に存在するが、物理的な損傷により、使用出来るものは現在まで一つも見つかっていない。
だが、リズが見つけた門は、これまで見てきた物とは比べ物にならない程に、状態が良さそうに見えた。無傷と言っても良さそうである。
もしも稼働させることが出来るならば、逃げ切れるかも知れない。
もしもこれが本当に転移の為の物であれば。
もしも転移先から門を破壊する事が出来るのであれば。
もしもリズが過去に立てた仮説通り、魔力により起動するのであれば。
期待と言うには確率が低すぎる。
希望と言うには小さすぎる。
願望と言うのも愚かしい。
だが、今は奇跡に縋るしかないのだ。
そもそも、後方の男がそれを許すとは思えない。起動するにも、稼働するにも時間が足りない。
ヴィスを引き摺りながら、リズは思考を加速させる。
時間が足りない。僅かで良い。敵を足止めする手段が欲しい。
ヤツはこの状況を楽しんでいる。いつでもこちらに追いつけるのだから。
いや、あの連中の中に、そんな事に快楽を見出す者が居るだろうか?そうだ、違う。ここは古代遺跡。何があるか解らない。一応の警戒をしているからこそ、素早く動くのを避けているのだ。
遺跡にはゴレムと呼ばれる機械人形、外部から侵入した小動物、場合によっては魔物が潜んでいる事もある。小動物?
リズは上を仰ぎ見る。天井の暗がりに、生物の気配を感じる。ああ、蝙蝠か。遺跡調査の時には散々困らされたものだ。野営中に歯磨き粉が蝙蝠よけに使えるって発見したんだったな。嗅覚が鋭敏な蝙蝠は、薬草系の香りを嫌んだっけな、確か。そうだ、お泊まりセットに入っているな。だから何だ。いや、そうか。使える…のか?
リズは白衣のポケットに片手を突っ込み、ポーチの中身を探る。
あった。ガラスの容器を地面に叩きつける。音を立てて容器が割れ、清涼感のある香りが広がる。
「ああああああっ‼︎」
渾身の力を込めて、天井へと叫ぶ。
蝙蝠達は驚き、移動を開始する。辺り一面、蝙蝠だらけだ。が、リズとヴィスの周りには寄ってこない。
リズは地面に落ちた歯磨き粉を靴に擦り付ける様に踏みつけながら、歩みを進める。
2人を追う男は、蝙蝠に驚き"土のドーム"を展開させる。
台座に辿り着いた。それは人が4〜5人乗れる程の円形の台座になっており、床には古代の文字が並び、陣を描いている。
リズはヴィスを台座に乗せて、自らも登りながら、床の文字の内容を必死で読み解く。
ヴィスの血が床を流れていく。台座に刻まれた文字を赤く染めていく。
背後で敵のドームが崩れ去る音が聞こえた。蝙蝠の気配も既に無い。敵を足止めする物は、もう無い。
だが、リズは笑みを浮かべた。
口から自然と言葉が漏れる。
「リーゼロッテ、やっぱりあんたは天才だよ。こんな真似、私にしか出来っこない。さあ、古代の奇跡を見せてみろ」
魔力を陣へと流し込む。
台座から光が溢れる。
「無駄な足掻きをっ‼︎」
光に気付いた男が叫び、こちらへ石の槍を放つ。
リズは片手を上げて男を見遣り、呟いた。
「バイバイ」
2人は光と共に消え、男だけが取り残された。
男の放った石槍は2人には当たらず、その先の巨大な柱を破壊する。
遺跡の天井が崩れ、男の頭上に降り注ぐ。
男は瓦礫の下へと消えた。
ーーーーーー
2人の体は浮遊感の中、固まった様に動かなかった。
陣から立ち昇る多くの線状の光と共に、周囲の景色が薄くなり、消える。入れ替わりで、違う景色が現れた。
光が収まると、2人は薄暗い場所の台座の上に居た。
リズがヴィスを台座から下ろし、即座にポーチから黒い粉を取り出して台座に撒き魔力を流すと、小さな破裂音と共に床に罅が入った。
虫除けの薬だが、魔力を流すと弱い火薬になるのだ。
うっかり者の所長には言いたい事が山ほどあるが、ポーチの中身には助けられてばかりだとリズは思った。
これで万が一文字を解読されても敵は追っては来れず、そして後戻りも出来ない筈だ。
ヴィスは気絶する様に眠ってしまった。
リズは白衣を脱ぎヴィスにかけると、辺りを見回す。
やはり遺跡の様ではあるが、朽ち方が王都よりも酷い。床には所々、砂が降り積もっている。この状態の悪さで、よく転移出来たものだ。
薄っすらと光のある方へと歩くと、熱気を帯びた風が顔に当たった。
崩れた遺跡の隙間から、外に出たリズは呟いた。
「あ〜、あまり良い展開じゃあないなぁ」
辺り一面、熱で歪む砂丘ばかり。
空には照り付ける太陽。
2人が転移した遺跡は、砂漠に埋もれる形で辛うじて残っているのだった。




