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【狂】


「いやはや。今のを避けてしまうとは。申し訳ありません。私の技量不足で痛みだけを与えてしまった」


深紅の仮面を外し、被っていたローブを外す。

30歳前後の黒髪。無造作に生えた髪が些か不潔な感じではある。目の下のクマが酷い。


ずりずりと足を擦りながら気だるそうに前に出てくる。自分が殺した仲間の元まで進み、転がった遺体を眺める。


「そうですか。あなた方は救済されたのですね。素晴らしい。あぁ真父様。貴方の忠実なる下僕に祝福を」


両手の指を絡め合わせ、天を仰いで祈りを捧げる。


「自分で殺しておいて祈るな!! 」


ヴィスは理不尽なその光景に怒声を放つ。

男はヴィスに視線をやると、困惑した表情を浮かべ、ヴィスに問う。


「はて? 何を言ってるのですかこのゴミは。やはり女神の洗脳を受けた憐れな者共には救済しか手がないのですね。これも我が宿命なのですね真父様。今から女神の洗脳を受けし穢れた魂を貴方の元へ」


ヴィスは嫌悪するというのはまさにこの状況にあると考えた。会話が成立しないのだ。言葉は同じ。なのに思想の違いがここまで価値観を変えるとは信じ難い。


相手からしてもヴィスの反応は信じ難いのだろう。

思想の違いは昔から解決方法は戦争と相場が決まっている。


自分の思想を通すなら勝てばいいのだ。

その理屈に当てはめるになら、正しいのはこの不気味な男だ。ヴィスは確実に死ぬ。数分後。いや、数秒後には確実な死が訪れる。


ヴィスの目から涙が零れる。溢れ出て止まらない涙はヴィスの顔に川を作り上げた。

死ぬ事が怖いんじゃない。だが涙の理由はすぐにわかった。リゼの存在だ。


「泣くことはありません。あちらの女性もすぐに真父様の元へ送ります。浄化されて再び戻るのです。さぁ、祈りなさい」


男の魔力が動きを見せた。

自分が死ねば次はリゼだ。絶対に死なせたくない。護れるのは自分だけだ。1分でもこの場を抑えることが出来たら強者が来てくれるかもしれない。少なくとも直感でわかる。この男はグレイン所長より弱い。だが自分とリゼを合わせたよりも強い。


勝つ必要はない。時間を繋ぐんだ。

ヴィスは既に魔力を枯渇させていた。しかしそれでも魔力操作を行ってみた。

魔力とは生命の源でもある。枯渇したと言っても正しくは攻撃に使える分だ。厳密に言うなら生命維持に必要な魔力は残っている。


「命を賭けて守るんだァァァァァァァ」


生命維持を捨てて魔力を絞り出す。魔力酔いに似た症状が出る。意識が混濁していく。


「絶対、絶対、守るんだあァァァ」


身体能力が明らかに上昇していく。枯渇した魔力が急に復活したように溢れてくる。しかし、視界は赤く染まり、意識の混濁は加速する


「ヴァゲナイドヴォボボボ」


ヴィスの姿を見た男は咄嗟に距離をとる。


「これがこそ女神の呪いです。子供に"狂化"が起こるとは嘆かわしい。ですが無意味。見ていて気持ちが悪いですしさっさと逝かせましょう。死になさい"石槍・廻"」


先程とは変わって石の槍が1本だけ現れたが、先端は高速回転をしていた。先程より貫通力が高いのは間違いない。だがヴィスにそれを判断できる理性は無かった。


ヴィスは地面を蹴りこみ一瞬で姿を消す。

蹴られた地面は爆発が起きたかのように抉られた。


「小賢しいですねぇ"ストーンドーム"」


大量の土が男を覆い隠した。

ヴィスは手足を使った打撃を無数に叩き込む。魔力で強化しているとはいえ生身の肉体で土を殴れば無事で済むはずもない。肉は剥がれ落ち骨が見えてきた。


ついに石に壁を破り、ドームの中へ侵入すると男は既に中にはいない。


「狂化した者など行動が読みやすい分楽ですよ。"石槍・廻乱"」


ストーンドームは術者を護る盾にもなるし捕らえる檻にもなる。そこに逃げ道が無い程の回転した槍を叩き込めばコンボの完成だ。


魔法効果が切れて全てが砂に戻る。そこにはヴィスの死体がある。それは遠くから絶句しているだけのリゼにも分かっていた。


しかしあるはずの死体は無く、地面に穴が空いているだけだった。穴を男が認識した刹那、地下からヴィスが飛び出て男の顎に一撃を加えた。


先程のヴィスと同じだ。男も勝利を確信していた為に気を抜いたのだ。形勢は瞬時に入れ替わり、ヴィスは無数の拳を男に叩き込んだ。


男の激昂は当然だ。


「糞ガキが!! 黙って死ねばいいんだ。 重力で潰されて死ね!! "グラビティプレス」


凄まじい重力がヴィスに襲いかかる。とても立っていられない。見えない重しと地面でヴィスの身体は潰されていく。

だが先に限界を迎えたのは地面だった。


ヴィスたちが戦っていた場所の地下には空洞が合ったらしく、崩れ落ちた地面と共にヴィスも落ちていった。


「ヴィス君!! 」


リゼは咄嗟にヴィスが落ちた大穴へ飛び込んだ。

ぽっかりと空いた穴は直径50m以上はある。距離を取っていたリゼの前まで崩れ落ちていたのだ。

飛び込むリゼを無視して男は思考を巡らす。


「まさかこんな所まで遺跡が来ているとは。建国王グランデルグは古代遺跡の上に城を築いたと言うが、伝承以上に広範囲なのですね。全く忌々しい。さて、この深さなら死んだとは思うが、さっきの小娘が何かするかもしれない。早々に追いかけて真父様の元へお送り致しましょう」


ゆっくりと男の体は浮き上がり穴の中へ静かに降下していった。


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