004
「これで言葉が分かるだろう」
「あ。はい」
首に分厚い鉄の塊のようなペンダントをつけられた途端、相手の話している言葉が分かるようになった。といっても、耳から聞こえてくる言葉は異世界語だ。なぜだか言葉の意味が分かるようになった。
「あの。助けていただいて、ありがとうございま……す?」
連れて来られたのは、薄暗いランプの光が灯された酒場と称して良い場所。その片隅はさらに薄暗く、周りの喧騒が遥か遠くに思える。
私を取り囲むのは大蛇の首を一太刀で切り飛ばした金髪の大男と、上半身裸の禿げたおっさんだ。おかしいな。異世界に来たら美少女と接触するはずだが……。やはりあのネット小説は多分にフェイクが盛り込まれていたのだろうか。
「例には及ばない。俺たちはバニバニ族の儀式を中断させるという依頼をこなしただけだ。お前はついででしかない」
「ま、こいつの剣で真っ二つにならなかったってことは、運が良かったんだろう」
禿げたおっさんが親指で金髪大男を指差し、金髪大男が鼻で返事をした。
金髪大男は木製のデカいジョッキを煽り、中身を飲み干すと私に顔を近づけてくる。
「名前は。どこの村の女だ。何故生贄になった」
有無を言わさぬ、ドスの利いた声。両の目が「冗談言ったら殺す」と脅してくる。
「わ、わたしは、その、えっと、旅行者で」
異世界旅行の規則に、現代知識について、教えてはならないという決まりはない。どうせ話しても信じてもらえないことと、人一人が語ったところでその世界の文化というのは変えられないし、変えた所で自分達に影響がないからだ。
「旅行者? あの森を一人で? お前のような女が? 冗談を言うと殺すぞ?」
「ひぃっ!?」
突然機嫌を悪くするはげ男は腰からナイフを取り出す。思わず女のような悲鳴を上げてしまった。いや怖すぎるわ。ヤクザでもおしっこ漏らして逃げるって。実際私は漏らした。
「……っち」
「酒で誤魔化そうぜ。マスターに見つかると面倒だ」
金髪大男が舌打ちをし、ハゲ男が自分の酒を私の頭の上からぶちまける。
私のお漏らしは水で薄めた赤ワインと共に床に滴り落ち、水たまりを作った。
「もう一度、一つずつ確認する。冗談ではなく、本気で答えろ。さもなくば」
殺す、と二人の男から放たれた言葉。目の前の強面の男達から同時に飛んでくる殺気。
これが殺気か、などと思うことは出来ない。死んだら元の世界に戻れる、という意識すらその時の私には無かった。
私は兎に角、怖くて怖くて仕方がなくて、震える声で言われた質問に答えることしか出来なかった。
自分が男であることも、異世界から来たことも、どうすれば戻れるかも、すべて洗いざらい話した。
二人の男はしばらく考えてから互いに目配せし、それから一人の男を手招きして呼び寄せた。
「こいつと契約する」
「まいど。基本5枚になりますがいいですね?」
呼ばれてきた男は普通の男に見えたが、その手には革のベルトのようなものを持っていた。そのベルトを机に置くと、腰にぶら下げた袋から真っ赤な彫刻刀のような道具を取り出す。
「名前は?」
「カトレアにする。真名はエギシミツグだ」
「ほいほい。ステージは?」
「3。自殺・自傷不可だ」
「了解」
真っ赤な彫刻でベルトに刻まれているのが、自分の名前であることは何となく分かった。だが、これから何が行われるのかは分からなかった。
あまり良くない事である事は何となく感じられたが……。
「あ、あの。出来れば今すぐ殺して欲しいんですが」
「残念だったな。美少女になっちまったエギシミツグ君」
ハゲ男がにやりと悪い笑みを浮かべた。
「これから君は、死ぬまで俺たちの奴隷だ」
「はい。ステージ3奴隷紋出来ましたよ。自殺・自傷不可。料金13枚になります」
金髪大男から銀色の硬貨を受け取って、男が「まいど」と笑顔で去っていく。
残ったのは怪しい皮ベルトを持った金髪大男と、禿げた男の二人だけ。
私は顔面蒼白。
椅子に縛り付けられたまま、酒にずぶ濡れた格好で二人の男を見上げる。
「「さよならエギシミツグ君。そしてようこそ。カトレア君」」
私の抵抗も空しく、あっさりと首にベルトが巻かれた。
その瞬間、私の意識もあっさりと堕ちたのだった。