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設定が増えてきて、最初のころと矛盾が出て来そうなので、一度見直しが入るかもしれません。
仲間を失う損失感に慣れることは無い。
王都の一等地の一画になる墓地に二つの墓が作られた。
フタバとユウキのものだ。
花を添え、手を合わせ祈る。
復讐は何も生まない。憎しみの連鎖が引き起こされるだけ。
そんなことはクズとツルツルの時に理解していた。だが、カトレアは再びその愚を犯そうとしている。自分に出来ることがそれくらいしか無い気がしたからだ。
芋虫のような謎生物はフタバとユウキを殺した後、町を4つ滅ぼした。最後はスペースエルフの母艦が空から姿を見せ、謎生物を回収していき、そのついでとばかりに王国へ脅しのような要求をしていった。王国はこれを飲むしかなかった。金一等級冒険者が束になってかかっても倒せなかった謎生物の前に屈するしかなかった。無条件降伏に近い状態だ。
スペースエルフの要求にはカトレアの身柄引き渡しも入っている。そのため、カトレアは王都の町中を歩く事が出来ない。こうしてボロキレを纏い、フードを被って姿を隠している。幸いなことにカトレアは特段目立つ容姿をしている訳ではない。そこらの町娘と間違えられる程度に凡庸だ。ただ、念には念を入れて行動をしていた。
追われる立場になったカトレアは、フタバとユウキの葬儀に出席出来なかった。遠目に見ても、かなりの人数が集まっていたため、大勢の人に大切に思われていたことは分かった。
「スペースエルフは私が滅ぼすからね」
小さく言葉を紡ぎ、カトレアは立ち上がる。
未だにスペースエルフを滅ぼす方法は思いついていない。水魔法では攻撃力に欠けるし、いくら怪力が在ろうと謎生物のように転移されたりすれば追いかけられない。また気配も察知できない為、いつ攻撃が来るかも、どこから来るかも分からない。
ただ単に水が出せて、ちょっと力の強いだけのカトレアでは、スペースエルフを滅ぼすのは不可能だと考えている。敵にあの謎生物がいる限りは特にだ。もちろん、謎生物の被害を無視し、ただただスペースエルフを殺して回るだけなら、出来ないことは無いだろう。だが、それでは意味がない。
カトレアはユウキから貰った失敗作のマジックバックから魔ホウキを取り出す。そして王都から飛び出した。
目指す場所は無い。ただ、今よりも強くならなければいけない。
カトレアは自由に動ける町で、自分自身を強くするために、知識と経験を積むことにした。そしてもう一つ、カトレアの能力の根源にある神様とも言える存在を呼び出す方法も知りたいと考えていた。となれば、目指す場所は自ずと決まってくる。
カトレアは自分がこの世界に初めてやってきた場所。バニバニ族がいる場所の近くの街に向かった。
クズとツルツルとそれなりの距離を旅してきたが、魔ホウキで飛んでいけばあっと言う間にたどり着く距離であった。あの時の野宿の苦労はなんだったのか。文明の利器の素晴らしさをひしひしと感じる。
カトレアは町から少し離れた場所に降り立ち、魔ホウキをアイテム袋に仕舞う。それから旅人を装って歩いて町に入った。日もかなり陰ってきており、町の外で作業していた人々と同じように門から入っていく。誰にも止められることなく中に入ると、今日の宿を探して歩き、それなりに値段のする宿に宿泊した。
このクラスの宿屋にも浴場というものは設置されていない。カトレアは自室で服を脱ぎ、部屋の中央に温めた水球を浮かべる。彼女はその水球の中に飛び込んだ。それから水流を生み出し、流れに身を任せる。まるで洗濯機の中の衣類のように水球のなかをクルクルと回転した。
呼吸の必要も無く、平衡感覚を失うことも無い。生物としておかしな存在であるカトレアの利点はたくさんある。だが、それゆえに、普通の生活や普通のやり取りが困難な場面が多数あった。
カトレアは異世界の冒険譚を物語として書きたい。だが、今のカトレアでは冒険の難易度が格段に下がってしまう。怪我はせず、毒ガスも効かず、大抵の事は力でごり押し出来る。だからと言って仲間を守り切れるほどの力があるかと言えば、そうではない。現に今まで旅をした4人を亡くしてしまった。守り切れなかった。
最強。無敵。チート。
自分は確かにそんな存在に類するものだろう。だが、万能ではない。欠陥品だ。
「中途半端なんだよなぁ」
水球から飛び出し、部屋に着地すると、カトレアは水球と自分にまとわりつく水滴を瞬時に消す。あっと言う間に乾燥した体はホカホカに温まっており、このままベッドに飛び込んだらすぐ寝られそうだった。
カトレアは下着だけ手早く着用し、ベッドに飛び込み天井を見上げる。
カトレアは自分が中途半端な存在だと感じた。
本物のチート主人公には索敵チートや鑑定チートがあり、敵の存在を即座に発見し弱点を暴くことができる。また戦闘能力は並居る敵を全く苦労することなく倒せる。そして仲間に恵まれ、彼ら彼女らは途中で死ぬことは無い。最後まで主人公の隣を歩き続ける。なぜならば、主人公に彼ら彼女らを守る力があるからだ。
カトレアは確かに強い。動体視力も並みの人間よりは格段にある。魔力切れを起こすことも無い。高温水蒸気で包み込むという必勝必殺の技もある。だが、それが効かない敵が現れた時、負けはしないものの、勝つことも出来なくなってしまう。この前の謎生物のように、捕まえられなければ、いくら攻撃力が高くてもその能力を生かしきれない。
「……もう帰ろっかな」
小さく呟き、目を閉じる。
カトレアがこの異世界から帰還する方法は一つだけだ。この世界と現実世界を繋げる為の装置を手に入れる事。これに関しては冒険者組合に依頼を出すことによって、時間は掛かるが可能であると思っている。何故ならば、異世界旅行先はどれほど不人気な場所であろうと、最低限の情報収取とサポートが旅行会社に義務付けられているからだ。
カトレアがこの世界にやってきてから二年以上が経過している。カトレア以外の異世界旅行者も間違いなくこの世界にやってきているであろう。であれば、各国それぞれで独自の組合が作られているとはいえ、良くある冒険者ギルドのような存在は必ず旅行会社の目に留まるし、これを利用して異世界旅行者への連絡ないしは救助要請を把握する手法は非常にポピュラーなものになっている。
カトレアが各町を回り、それぞれの組合で救助依頼を出せば、遅かれ早かれ帰還することは出来るだろう。
だからこそ、カトレアはこの世界を本気で生きている気分になれなかった。
助けを呼べば何とかなってしまうことが分かっている。一種の保険が適用されている状態だ。特に普通に生活するどころか、ダンジョンに全裸で挑んでも怪我をしないカトレアはそう感じる事が顕著だった。
仲間を失った哀しみ。
自分の力不足を自覚した悔しさ。
スペースエルフに復讐を誓ってみたものの、本気でそれを達成しようとする気力もなかなか涌いてこない。
カトレアは大きくため息をつき、それから目を閉じた。ほどなくして、スースーと小さな寝息が聞こえ、彼女はゆっくりと眠りについた。




