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町は一時的にパニック状態になった。
空から謎の人食い芋虫が降ってきて、何人もの市民が犠牲になった。
金一等級冒険者でなくても、それなりの等級を持つ冒険者達ならば倒せる相手であることが幸いし、対処が出来ると知れ渡れば魔物狩りと同様に一匹ずつ処理されていった。
町の防衛は他の者に任せて、カトレアは空に浮かび続けているスペースエルフの宇宙船に金一等級冒険者を運ぶ仕事を手伝った。
空を飛べるアーティファクトは数が少ない為、カトレアの魔ホウキも希少な移動手段として活用したわけだ。
通常の人食い芋虫は大型犬サイズで動きは素早い。だが、金一等級冒険者であれば、余裕をもって対処出来る程度のモンスターだ。船内の人食い芋虫たちは次々と倒され、魔法使いによって燃やされていった。乗組員のエルフ達は多くは脱出できたようだが、かなりの数が人食い芋虫のエサになっていたようで、通路のところどころに腹を食い破られた死体が落ちている。
そんな中をフタバとユウキとカトレアは歩いている。目指しているのは船の制御室か操舵室だ。無人のままプラプラ空を飛ばれても困るし、何かの拍子に落ちてきてもらっても困る。それに、宇宙にいる母艦とやらに操られて町にでも落とされたらそれこそ大惨事だ。
さらに言えば母艦に攻め込むにしろ、この世界で宇宙船はスペースエルフの代物しかない。これを拿捕出来るなら、スペースエルフの根城へ攻める足がかりにできる。
「でも、スペースエルフの宇宙船が私達に動かせるのかな?」
「スペースエルフしか動かせない特殊な船って訳じゃないと思うから、いけるじゃないかな」
時折現れる人食い芋虫も、護衛についている金一等級冒険者にサクサクと倒されていく。道中はなんの危険性も無く、また閉じた隔壁もカトレアの前では紙のようなものであり、程なくして目的の制御室を発見した。こちらの中も食い破られたスペースエルフの死体が散乱しており、酷い有様だった。
「うえー。コンソールが血だらけだよ」
ユウキがコンソールに倒れ込んで死んでいるスペースエルフの死体を足蹴にして退かした。どさり、と音を立てて床に転がる死体。その腹には拳大程の穴が開いており、何かに食い破られた跡のようであった。
次の瞬間、フタバが床を蹴ってユウキを突き飛ばした。
「ぎゃぁ!」
吹き飛ばされたユウキは死体が散乱する床をゴロゴロと転がり、壁に強く頭をぶつけて悶絶する。
カトレアは突然の動きについていけず、慌ててフタバの様子をみた。その時、カトレアの視界の端で何かが動いた。
「ぐぇ」
「あっ」
「ぶぐ」
瞬く間に、護衛に付いてきていた金一等級の冒険者が地面に崩れ落ちた。
「カトレア! 気を付けて! 何か居るわ!」
フタバは片手で剣を抜き、片方の手でお腹を押さえている。そこから尋常ではない量の血が流れていた。
「フタバ!」
「カトレア! ユウキを守って!」
カトレアはフタバの声に従い、ユウキの周囲を分厚い水の膜で覆った。それと同時にフタバや他の冒険者達の周囲にも水の膜を張る。ただし、自分だけには膜を張らずにおいた。
「ユウキさん! ゆっくりフタバさんに近づいてください。膜も連動して動かします」
ユウキはゆっくりとフタバの方へ向かい、水の膜同士を接触させる。カトレアは二つの水の膜を一つにし、フタバとユウキを強固に囲んだ。
ユウキは即座に時空魔法でポーションを取り出し、フタバに飲ませたり傷口に掛けたりしている。
水の膜で包まれて慌てている冒険者に動かないよう伝え、カトレアは室内をゆっくりと歩いて回った。
スペースエルフのどの死体にも、拳大ほどの穴が開いているのを確認し、これを仕出かした何かがこの部屋に居ると判断する。
カトレアは、まずこの部屋全体を指定し、高温の水蒸気を発生させた。通常の生物であればこれで殺せるはずだ。
水の膜で包まれていなければ、誰しもが助からないほどの高温水蒸気が部屋に満たされる。しかし、敵は普通では無かった。
カトレアの背後から飛びかかってきたソレは、カトレアの背中にぶつかる。
「いっ!?」
カトレアが久しぶりに痛みを感じ、慌てて背中に手を回してソレを捕まえた。
「ひぃっ!?」
そしてその感触に思わず手を放してしまう。
赤黒い肉塊に脈動する血管。クロワッサンかチョココロネのような形をしていて、手のひら大の大きさの謎生物が床を這っていた。
カトレアは即座に水弾をぶち当てようと発射するが、謎生物はそれを機敏な動きで回避し、カトレアの死角から噛みつき攻撃を仕掛けてくる。
「あいたっ!」
今度は太ももに噛みつかれ、ちくりとした痛みを感じる。食い破られることもないし、血が出る訳でもないが、爪楊枝でチクチクされたような痛みが一瞬走る。
「なんだこいつ! 動きが速すぎる!」
カトレアの極まっている動体視力でさえ捉えられない速度と動きで部屋を飛び回る謎生物。そして在ろうことか、水の膜で包んでいた冒険者の一人が謎生物に喰われて死んだ。
「はぁっ!? 水の膜を貫通した!? いや、そんな感じはしなかったけど」
「カトレア! あいつは転移している!」
フタバの叫びが聞こえると同時に、冒険者達が次々とやられていった。
カトレアは水の膜が謎生物に対して全く役に立たないことを察し、フタバとユウキを包む膜を解除した。
ポーションにより復活したフタバが油断なく周囲を警戒し、ユウキはその後ろにピタリとくっ付く。
「一旦逃げるわよ!」
フタバの言葉にカトレアは大きく頷く。そして部屋から足早に廊下へ出て、一目散に逃げだした。だが、謎生物からの攻撃は苛烈を極めた。
「うぐっ」
常に最上級のポーションにより傷を治してはいるものの、フタバが幾度となく怪我を負う。フタバの持つスキルでしか、謎生物の攻撃を察知できないためだ。
フタバは自分と、そしてユウキを守る事だけを考えて行動する。カトレアは何とか出来ないものかと水で通路を満たしたり試したが、いまいち効果を得られない。
「とにかく、この狭い場所じゃ敵に有利だ!」
何度目かの謎生物からの攻撃をフタバが剣で弾き返す。
ぼてぼて、と地面に転がる謎生物に、カトレアが水弾を打ち込み、逃げた個所へ鋭く掌底を打ち込む。
通路の壁にクレーターが出来るほどの威力を発するが、謎生物を潰した手ごたえはない。
カトレア達はボロボロになりながらも、漸く出口にたどり着く。
フタバの体は至る所に直りかけの傷があり、出血もかなり酷い。呼吸も荒く、辛そうだった。
カトレアは魔ホウキを取り出し、即座に宇宙船から脱出する。狭い船内から大空へと飛び立ち、宇宙船から大きく距離を取った。
カトレア達はそこで気を許した。
狭い船内では敵の位置が分からず、またどこに転移して現れるかも分からないかった。だが、生物として壁や床、天井に張り付いて移動してると考えていた。そしてこちらからは見えない位置に潜み、転移してくると思っていたので、兎に角全方位が見渡せる場所に逃げたかった。
フタバが全周を警戒する。
カトレアは宇宙船から何かが飛んでこないか警戒する。
ユウキはやっと外に出られたことにほっと息を吐く。
「っ!? ユウキ!!」
フタバの剣が瞬く。
謎生物と剣が交錯した。だが、空中という不安定な足場。そして宇宙船内からの連戦。さらには安全地帯に出たかもしれないという安心感が災いした。
精彩を欠いた剣筋は謎生物を捕えきれない。
フタバの剣を掻い潜った謎生物が、三人の中で最も弱く見えるユウキに襲い掛かり、その首をもぎ取っていった。
空から落ちてくユウキの頭部。血を噴き出す千切れた首。ぐらりと揺れて箒から落ちていく体。
フタバの絶叫が響き渡る。
カトレアが魔ホウキを操り、落ちるユウキの体を受け止めようとする。
だが、その視界の端で再び何かが動き、そして背後からくぐもった声が聞こえた。
慌てて振り向いた先に、ユウキと同じように首を飛ばされたフタバの姿が見えた。
その表情は絶望に染まっていた。




