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003


 目が覚めたら、摩訶不思議な言葉に満たされる空間だった。

 言葉が通じないという事が、これほど不便だとは思わなかった。いや、少し考えればわかる事だったが、何とかなるだろうと高を括っていたのだろう。


「はっはっは。全然わかんねぇや」


 もう笑うしかない。

 頭から兎耳を生やした者達が呪文のような言葉を夜空に捧げている。

 時刻は夜。

 私は木組みの祭壇に簀巻きに縛られて転がされている。祭壇の周囲には大きなかがり火がいくつも焚かれ、バチバチと火の粉を夜空へと舞い上がらせていた。

 地表にも赤やオレンジで紋様が描かれ、うさぎ耳の老若男女が朗々と歌のような呪文を唱える。まさに幻想的と言える光景であった。これで縛られてなければ、見惚れてため息をついたことだろう。タイやインドネシア辺りのお祭りのような雰囲気がある。


「やはり、言葉というのは非常に大切だな。痛感したよ。うん。この世界が終わったら、30万払って、翻訳済みの世界へいくことにするか」

 

 私は切に願った。

 捕まった際にポケットに入れていた帰還装置も盗られてしまったのか無くなっている。こうなると、元の世界に変えるには死ぬしか方法がない。

 この様子からおそらく私は生贄か何かだろう。であるならば、「命をささげよー」という感じで殺されるのだろう。


「頼むから、痛くしないでくれ。殺すなら綺麗すっぱり、痛みも無く殺してくれよ」


 私は半ばやけくそ気味に喚き散らした。


「呪文なんて唱えてないで、さっさと殺せこの野郎! 早く帰ってやり直しするんだぁ!」


 私の叫びに呼応するかのように、呪文の抑揚も激しく波打つ。

 すると、どこからともなく、何やら生臭い匂いが漂い始めた。

 私は簀巻き状態のままじたばたと体を動かし首を巡らせる。

 そして、そいつと目があった。


 夜空に瞬く星かと思ったら、それは黄金色に輝く双眸であった。口元からチロチロと覗く真っ赤な舌の先端は二つに裂けている。上あごから下向きに生えた鋭い牙は、かがり火の光を反射させヌラリと鈍く輝く。そいつの体表は光を反射させ、七色に輝く鱗に覆われていた。

 蛇だ。

 それも、特大の。余裕で人を丸のみ出来るほどの大蛇であった。


「ぎゃああああああああ!!!」


 辺りには私だけの悲鳴が響いた。うさぎ耳の彼らは蛇が現れた瞬間、一瞬で森へと走って行ってしまった。

 ちゅるん、と蛇の舌が私の体を巻き取る。

 

「丸のみは嫌だ! せめて、せめて一撃で殺してお願いしますやだぁぁぁああ!!」


 生きたまま溶かされるのだけは勘弁してほしい。そんなことになれば、私のSAN値は削りに削られ、目覚めた時にはPTSDを発症していることだろう。

 私は痛みを感じないターミネータではない。このままでは、お家から出れなくなってしまうくらいのトラウマを得てしまう。

 だが、簀巻き状態の私が抵抗したところで、状況が変わるわけではない。

 空しく、私の体は蛇の口に飲まれる。べっとりと、顔面に生臭い粘液が付着した。もう、この時点で失神できればどれほど幸せだったことだろう。

 私の体が重力と食道の脈動に伴いドンドン蛇の体の奥へと運ばれていく。どくん、どくん、と蛇の血が流れる音が耳障りなほど大きく聞こえた。皮膚がビリビリと痛みを感じはじめる。

 シュウシュウ、ジュウジュウ、と見ざわりな音が聞こえる。私は迫りくる死の恐怖に、体を震わせ、尿を垂れ流し、喉が裂けんばかりに絶叫した。


「ぬぅんっ!」


 その願いが通じたのだろうか。

 私は溶かされ、大蛇の栄養分となり、尻からひり出される展開を避けられた。

 突然、蛇の体内で感じていた生暖かな環境を奪われ、冷たい外気に触れることになる。体表に絡みついた粘液が外気に触れ、体温を急速に奪ったからだ。

 目を開けると、剣を持った一人の男が夜空を駆けていた。

 白銀色のプレートアーマー。金髪の短髪。無精ひげ。鋭い双眸と頬の傷。地表からのかがり火に照らされ、男の堀の深い顔に影が堕ちる。


 宙を舞うのは男と女。そして先ほど私を一飲みにした大蛇の首だった。

 

「~~! ~~~~~!?」


 体が空中から地表へと落下を始め、地面に叩きつけられる前に、金髪の男から別の男に受け渡された。

 そいつは上半身裸のムキムキマッチョなおっさんだった。私はそのおっさんに、まるで荷物のように肩に抱えられて連れ去られた。

 猛烈な勢いで祭壇から離れていくマッチョなおっさん。


「~~! ~~~~! ~~~~~~~~~! はっはっはっは!」


 私を抱えたおっさんが何かを言って笑った。

 おっさんは私を抱えたままジャンプし、ひとっ跳びで樹高10m以上はある木々を飛び越える。

 視界が開け、私の眼前に一面の熱帯雨林が広がった。一切の明かりの無い、闇のカーペットのような深い森だ。

 夜空には巨大な青い月が光り輝く。

 空からは、先ほどの祭壇があった場所が良く見え、真っ暗な闇の中、その場所だけが煌々と輝き、赤く染められていた。


 その場所が唐突に爆ぜた。


「おわぁぁぁぁ!?」


 巨大な熱量を顔面に受け、私は思わず顔を背ける。

 火柱が先ほどの祭壇があったであろう場所から立ち上り、夜空へと駆け上る。そして、ゆっくりと光の筋を残して吸い込まれるようにして消え失せていった。


「~~~? ~~~? ~~~! はっはっは!」

「はは……あははははは!! あはははははははは!!」


 笑うしかない。もう笑うしかない。私は異世界転生したら、こうしよう。いやいや、ああしよう、と結構色々考えていた。それなのに、その計画は全くの無駄になってしまった。


 異世界にたどり着く。

 女になっている。

 うさぎ耳の蛮族に襲撃される。

 生贄にされて蛇に飲まれる。

 マッチョなおっさん達に拉致される。


 もうこれだけで、良いネタが出来た。


「はははぁーあーあーあー。もう、マジで、どうにでもなれって感じだ」


 さっきからマッチョマンがしきりに話しかけてくるが、言葉が全く分からないため、イエスイエース、と適当に相槌を打つくらいしかやることが無い。

 そして驚いたことに、おっさんは本当に足が速く、まるでバイクに乗っているかのような速度で走っている。風圧が凄まじく、轟々と耳元で風きり音がするのだ。

 私を左肩に担ぎ、右手で片刃の剣を振り回し、進路上にある枝や木々を切り裂いて道を作っていくおっさん。人の胴体くらいある木が、まな板の上の食材みたいにスパスパ切れていく様子は、下手なCG動画でも見ている気分になる。

 

「~~!? ~~~!!はっはっはっは!」

「っはっはっは。そうそう面白いね面白いね。はっはっは」


 私はそれから随分と森を連れまわされ、とある町へと連れてこられた。

 そして、一軒の酒場っぽい店に連れ込まれ、木製の椅子に座らせられると、手首と足首を椅子の背もたれと足に縛られた。


 今日は一日中、どこかしらに縛られている気がする。私が緊縛プレイに目覚めてしまったらどうしてくれようか。……いや、それも話のネタ的にはありだろうか?

 これはリアルに戻ったら、面白い話が書けそうだ。

 だがどちらにしても、一つだけ言っておきたいことがある。


「殺すなら、痛くしないでくれよ……」


 それだけを、切に願う私であった。


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