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 カトレアは手に入れた魔ホウキに乗って、通常ならば徒歩で数カ月かかる距離を二日間で走破した。

 魔ホウキというものの存在は、徒歩や馬車の移動が主流の時代に新幹線や飛行機を持ち出すようなものだ。これがあのマホー帝国のあの町にしか存在しないというのは研究員や教授から聞いている。こんなものをカトレアが持っていると知れれば、出所はどこだと問い詰められそうなものだが、ダンジョンから空飛ぶ絨毯や転移出来る扉がアイテムとして取得できたり、古い遺跡からはアーティファクトと呼ばれるアイテムが出土することもある。言い訳はなんとでもなりそうだと、カトレアは思っていた。

 教授からも「絡まれたら遺跡から出土したアーティファクトだとでも言えばよい」と言われていたので、カトレアも何か聞かれたらそれで通すつもりだ。

 何はともあれ、一週間と少し振りにフタバとユウキの元にたどり着くことが出来た。

 スマホも無い状況であったが、ギルドに赴いて冒険者証を見せれば、伝言と待ち合わせ場所を受け取ることが出来たので、全く問題はない。


「それはまた、とんでもないところに飛ばされてたわね。よくこんな短時間に戻ってこれたわね」

「それもこれも、このアイテムのおかげだよ」


 紆余曲折会って手に入れた空飛ぶ箒としてフタバとユウキには説明した。フタバは「へー、ほー、ふーん」と興味津々であったが、ユウキはこれがなんなのか何となく察したのか「あっ(察し)」みたいな顔をしていた。

 

「それで、こっちのほうはどうだったの? スペースエルフは」

「それが大問題が発生中で、私たちが国を代表して交渉にいくことになっちゃってねー」


 フタバが不満そうな表情をした。

 カトレアと一緒に転移して、高高度から落下死したあのエルフはどちらかといえば平和主義者の派閥だったそうだ。対して、今現在スペースエルフを動かしているのは強硬派と呼ばれる集団だそうで、国に対して強気で様々な要求を繰り出してるらしい。

 スペースエルフと喧嘩して勝てるとも思えないのだが、国のスタンスは「あまりに横暴ならぶっ殺すぞ」らしく、今はこの町に金等級の冒険者などが続々と集まっているとか。

 金等級の冒険者達が物々しい雰囲気で集まってくるので、市民達は争いごとを避けるために避難を始めているらしく、街中にはピリピリとした空気が広がっている。


「とりあえず、私は接近戦ならほぼ負けないと思っているから、宇宙船みたいな密閉空間での戦闘は得意なのよね。だから私が護衛。ユウキが交渉担当で乗り込むつもり。カトレアはどうする?」

「もちろんついていきます。私の通訳が必要ですよね?」


 上手くいっても、交渉が決裂しても、スペースエルフの宇宙船に乗り込めるのだから行くしかない。

 異世界冒険譚のネタ探しをしていて、異星人の宇宙船に乗り込むことになるのは少々ばかしおかしな話だ。しかし、宇宙船と聞いて心躍らない男の子は居ない!

 スペースエルフのスペースシップに乗り込むの準備は出来ていたらしいが、カトレアが魔ホウキなんていうものを持ってきたおかげで、面倒な手順を踏む必要がなくなったらしく、いつでも乗り込めるらしい。どうやらスペースエルフ側に主導権を握られたくないらしく、アポなし突撃をするそうだ。


「それって攻撃してきたとか思われません?」

「そう捉えられても良いって上は考えているらしいよ」

「……宇宙を旅する相手に、本気で勝てると思っているんですかね?」

「まー、私もレーザー銃程度でやられるとは思っていないし、一般人は危ないにしろ、金等級の冒険者を遠距離の銃で倒すのは不可能だと思うから、肉薄すれば勝てるかな」


 思ったのだが、フタバは「物理で殴って解決!」という思考が標準っぽい。見た目華奢な女の子なのだが、頭の中は筋肉と性欲くらいしかないのではないか。そんなフタバの手綱を握るのがユウキなので、彼は苦労人ポジションだ。当の本人たちは凸凹コンビのように意気投合しているから部外者が何かいうこともないけれど。


 とにもかくにも、3人はスペースエルフのスペースシップにアポなし突撃することになった。とりあえずフタバとユウキを魔ホウキに乗せて宇宙船の上空にたどり着く。それから入り口を探すのだが、なかなかそれらしい場所が見つからない。


「常に開いてるわけないか。どっかにインターホンとか無いかな」

「宇宙船だから操舵室がガラス張りとかもあり得ないだろうし。適当に飛び回って扉を開けてもらうか、無理やり開けるか。どっちでいく?」


 フタバとユウキから扉っぽい場所を指さされ、カトレアは「無理やりいきましょう」と答えた。場所は宇宙船の側面下部にあった白い数字のような文字が書かれた場所だ。これが船の前方から後方に掛けて一定の間隔で並んでいるので、おそらく何かしら開く機構が備わっていると考えたからだ。

 まずフタバが扉の隙間に剣を突き刺してみるが、さすがは宇宙船。完璧に密閉されており開けるのは無理そうであった。だがしかし、こちらにはマホー帝国の教授から人外認定。スペースエルフのマリクから宇宙怪獣扱いされているカトレアがいる。

 カトレアは扉と扉の隙間に指を差し込むと、ぐぐぐ、と力を込めた。すると、鈍い金属の擦れる音と共に扉がゆっくりと開き、最後にはロック機構が破損したのか、大きな金属音がする。空いた扉から中に入ると、そこには宇宙船と地上とを行き来するために使うと思われる小型の乗り物が詰め込まれていた。

 三人は魔ホウキから降りて、手すりが備わった通路を歩き始める。


「その乗り物、大きすぎて持ち運び大変でしょ。このアイテム袋貸してあげるよ」


 カトレアは魔ホウキを片時も手放したくないため、大きいながらも持ち歩いていた。それを見かねたユウキが魔法袋を貸してくれた。

 魔法袋の口の中に魔ホウキの先端を突っ込むと、全体がしゅるん、と袋の中に吸い込まれる様に収まってしまう。


「ただし、それ、入れた物の重量は軽くならないから気を付けてね。入れすぎると肩ひもが千切れるよ」


 なんでもユウキが時空魔法で作った最初の魔法袋の失敗品らしい。カトレアは失敗品だとしても非常にありがたい代物だと感じ、ユウキに感謝した。

 通路を進んでいくと、再び扉が現れる。こちらもカトレアが無理やりこじ開けた。

 そしてフタバの先導で進んでいくと、前から3人のスペースエルフが銃を持って駆けてくる。その表情は強張っており、かなり緊張している様子だった。


「と、とまれ! 何用だ!」


 ギリギリ銃をこちらに向けはしないものの、相手はこちらにかなりの敵意を持っている。フタバの重心がすっ、と落ち、カトレアは水魔法を即座に発動できるよう準備した。

 カトレアが兵士たちの言葉を翻訳し、彼女のうしろからユウキが言葉を紡ぐ。


「そちらとの交渉に来ました。こちらからの要請になかなかご返答いただけないので、少々無理やりですがご訪問させていただいております。お話合いの席を設けて頂けるよう、お取り計らいください」

「それに関しては追って連絡するとお伝えしたはずだ。今日の所はお帰りいただきたい」

「それは出来ない」


 ユウキがぴしゃりと否定の言葉を放つ。カトレアもユウキの言葉の強さを真似して、威圧感を込めて告げた。


「あなた方が交渉の内容をどの程度理解しているか知らないが、到底受け入れられる内容ではないことはご存知か? アレは我々に戦争を嗾けるための挑発なのかと問いたくなるものだ。早く案内しろ」


 いつもとは全く別物の雰囲気を出しユウキが兵士たちを脅す。すると兵士たちは挙動不審になりながら、一歩後ずさった。

 フタバが頷き、カトレアを先頭にして兵士に向かって歩き始める。


「うごくな!」

「銃をこちらに向けたら斬ります。良いですね?」


 フタバがカトレアの後ろから半身を出してニッコリ笑う。兵士たちはカトレア達が進む分、同じように後ろへ下がっていった。

 そうこうしているうちに兵士の中でも立場がある者がどこかからの連絡を受けたのか、道を開けるよう指示を始める。そして通路の奥を指さした。


「この先をまっすぐ進んで、突き当りを右だ」

「どうも。ご苦労様」


 ユウキが笑顔で返礼し、カトレアとフタバは今度は後方を警戒しながら進んでいく。指示通りの通路を進み、現れた扉はカトレアが無理やり開いた。どうも時間稼ぎをしているようで、通路上の扉は一切開く気配を見せないが、カトレアたちには関係なかった。

 そして漸く、大きな部屋にたどり着いた。そこではスペースエルフ達が忙しなく動いており、非常に焦っている様子であった。とても交渉が出来る様子ではない。


「この中の責任者はだれだ!」


 ユウキが叫ぶと、こちらを怯えた様子で見てくるスペースエルフの内の一人がゆっくりと歩みを進めてくる。その表情はかなり悪い。


「わ、私です」

「貴様は我が国に対して要望した内容を理解しているか」

「は、はい。伝え聞いてはいます」

「伝え聞いている? 貴様に交渉権はあるか?」

「あ、ありま……せん」

「話にならん。交渉できる担当者を呼べ。今すぐ。ここに」

 

 ユウキとおどおどした男が話している間に、フタバとカトレアは周囲の状況を確認していく。大きな青色の水が入った円柱型の水槽が数多く並び、その中を時折こぽこぽと気泡が昇っていく。まるでアニメか漫画でよく見る生物実験室のように思えた。


「私はこのままユウキの隣にいる」

「了解。ちょっと歩きます」


 カトレアは水槽の一つに近づいていく。何か言いたそうな顔をしているスペースエルフ達だが、止められないのでカトレアはそのまま容赦なく水槽を覗き込んだ。


「うげぇ」


 青い水が満たされた水槽の中には蛆虫のような何かが無数に蠢いており、それらが肉塊を喰らっていた。その肉塊には微かに人間の手足のようなものがあり、カトレアの眉間にしわが寄る。

 フタバに近づいてそのことを報告すると、彼女は小さく頷いた。


「やっぱりね。数年前からスペースエルフが関わっていると思われる行方不明事件が頻発していたみたいなのよ。ここで何かの実験の材料にされていたわけね」

「どうしますか?」

「ユウキに任せます。交渉は全委任しているからね。ただ――」


 フタバは腰の剣をそっと触る。


「おそらく決裂する。なにか嫌な予感がしてきた」


 カトレアもその言葉に警戒心を強める。しばらく、ユウキと男が言い争う言葉が続き、続いてどこかで別の悲鳴が上がった。それと同時に部屋の中で赤色灯が点灯する。


『上位権限により隔離カプセル特4号を解放します』

『特1級災害発生。隔壁を降ろします。特1級災害発生。隔壁を降ろします』

『上位権限により隔壁を解放します』

『上位権限により――』


 カトレアは室内に流れる放送をフタバとユウキに向けて翻訳する。

 警報を聞いたスペースエルフ達は絶叫しながら部屋から我先にと飛び出していく。ユウキと交渉していた男も即座に逃げ出そうとしたが、フタバに首根っこを掴まれた。


「放せ! お前たちも早く逃げろ!」

「何が起きているかお聞かせいただけますか?」


 ユウキは足を部屋の出口に向けて足早に歩きながら、フタバに捕まった男に問いかける。だが男が答えるよりも早く、フタバは男を部屋の外に放り投げ、剣を引き抜き飛んできた何かを切り裂いた。

 遅れてカトレアも振り返り、水球を浮かべて直に出射できるようにする。

 フタバに斬られてビチビチと床を跳ねまわるのは、大型犬程の大きさがある芋虫のような何かであった。顔には目も鼻も耳もなく、ただ鋭い歯が無数に映えた口だけがある異形の生物であった。

 

「……ヤバいわね。逃げるわよ」


 カトレアの目にも、部屋の床が見えなくなるほどの個体数が確認できた。ユウキは既に逃亡を計っており、カトレアとフタバもその後に続く。

 カトレアは部屋の入口で腰を抜かしている男を引っ掴み、問い掛けながら走った。


『素直に答えなければ、ここで手放すわよ。アレはなに?』

『宇宙生物の幼体だ! 』

『何を目的にこんなことを?』

『地上侵攻用の生物兵器の開発!』

『なんで出て来ちゃったの?』

『おそらく母艦からの指示だ! 私にも何が起こっているのか分からん!』

『これからどうなるの?』

『勝手に出てきてしまったんだ! 指示も出来ん! 逃げるしかない!』

 

 カトレアは通路の後方へ水弾を無数に発射しながら走る。フタバもあの数を相手にするのは早々に諦め、ユウキと並走してカトレアの前を走る。

 カトレアは男の言葉を翻訳して伝え、ユウキはその言葉に顔を顰めた。


「これはもう、全面戦争かな。ようするにこの船は斬り捨てられたって事だよね。交渉出来るような人材は、もう軌道上の母艦か何かにいるってことか」

「この宇宙船をパクっちゃう?」

「こんな芋虫だらけの宇宙船なんていらないでしょ。入り口にあった小型の船で宇宙に行けないかな」

「宇宙に行ったとして、母艦から撃墜されるんじゃないですか?」


 三人はあーだこーだと話しながら出口を目指して走る。途中、スペースエルフの集団が開かない扉に絶望していたので、カトレアが殴りつけて開けた。非常用の脱出ポッドの部屋らしい。


『ありがとう! 恩に着る!』


 ついでに抱えていた男も他のエルフ達と一緒に部屋に放り込んだら感謝された。

 カトレアとフタバ、ユウキは宇宙船から飛び出し、魔ホウキで直に町に戻った。そして冒険者ギルドで状況を報告。スペースエルフとの戦闘が発生し、謎の生物兵器がばら撒かれたために金一等級冒険者に出動を命じた。


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