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 カトレアの視界に地平線が見える。いや、地平線どころではない。この星が球体を描いているのがはっきりと見て取れる。それほどの高高度にカトレアは転移で飛ばされていた。生身の人間であれば即座に酸素が足りず意識を失うはずだが、カトレアの意識ははっきりしている。毒ガスを吸っても平気なカトレアなので、今更多少酸素が薄い程度では問題にもならない。

 遠くの山脈に夕日が沈みこむ様子。そして自分の眼下、遥か彼方に地表が見える。轟々と風を切る音が耳元で響いた。そして寒い。スペースエルフのレーザー銃により穴だらけにされた衣服は至る所が破れており、冷たい空気にお肌がさらされていた。

 カトレアはマリクが転移弾と言った謎兵器により、宇宙空間と言ってよい程の高高度に転移させられ、カトレアに手を握られていたマリクも同じ環境に転移させられていた。彼女の視界の隅っこに、マリクが真っ逆さまに落ちていく様子が見える。

 カトレアは両手と両足を広げて空気抵抗を大きくする。それからしっかりとマリクの位置を確認し、そちらに向かって落下を始めた。助けられるものならば助けようとしたのだ。

 スカイダイビングはユーチューブでしか見たことが無かったが、見よう見まねで空中で姿勢を制御し、意識を失った状態で落下するマリクをなんとか捕まえようとする。だが、動画で見るのと実際に経験するのでは全く要領が違う。ある程度は近づけるものの、気絶して弾丸のような勢いで真っ逆さまに落下するマリクを捕まえる事は難しかった。

 カトレアは気絶から目覚めないマリクを早々に諦め、自分の落下する先に巨大な水の塊を生み出した。その中に自分を突っ込ませることで落下速度を無理やり減速させる。彼女は何度か水の層を突き破ることで速度を落とすことに成功したが、それでも常人ならば即死は免れない程の速度で地上に激突した。固い地面に腰ほどまで埋まり、数メートルのクレーターが出来上がる。

 カトレアは「よいしょ」と埋まった体を地面から引き抜き、ボロボロになった服についた砂を手で払い落とした。

 流石に女性の体で数年間生活をしていたので、素肌が晒されている状態は良くないと考え、着替えをしようと思ったが、そこで殆どの荷物をユウキに預けていたことに気が付く。収納魔法が便利過ぎて、何でもかんでも預けてしまったのが仇となった。

 カトレアは服を折り曲げたり、縛ったりしてどうにか放送禁止になる様な危ない箇所だけはしっかりと隠し、はてさて、と呟く。


「どこまで飛ばされたのか全然分からないし、ここが何処かも分からないし、どうしたもんか」


 先ほど上空から見た感じ、近くに町が見えたので、とりあえずはそこを目指すしか手は無さそうだ。

 カトレアは着地の際に衝撃で靴底が破け去り、靴としての機能を失ったブーツを脱ぎ捨て、裸足で町があると思われる方向に歩き出す。

 それなりに距離があるから、走っていくならいざしらず、歩けば時間がかかるだろうと考え始めた頃、遠くの方から何かがこちらに向かって飛んでくるのを視認した。カトレアの超視力はそれが箒に跨ったムサイ男達であるように見せた。

 結構な速度でグングン近づいてくる箒に跨る男達。魔法少女ではなく、間違いなく筋肉だるまと呼ばれるような男達だ。

 

「とまれ! 何者だ!」


 紺色のローブを着用し、帽子は三角に尖り先端が少し折れた帽子。片手に握り、カトレアに向けられるのは先端に大き目の赤い宝石が付いた杖。跨るのは箒……と呼ぶには少々メカメカしい機械。

 無精ひげを生やし、逆三角形の体躯に薄いインナー。大胸筋の盛り上がりがはっきりと見て取れる無骨な兵士が、こてこての魔女装備でこちらを睨み付けてくる。その数三名。全員がカトレアを取り囲むようにして配置されていた。

 カトレアは大人しく手を上げる。


「冒険者銀三等級。カトレアと言います。スペースエルフとの交戦中に転移弾と呼ばれるものでこの地に飛ばされました」


 カトレアの言葉に兵士の男が片手を耳に当てる。どこかと交信をしているのか、小さく口が動いていた。それから最初に誰何してきた兵士に向かって小さく頷く。


「スペースエルフの死体が近くで発見された。その関係者か」

「おそらく、私と一緒に転移させられた者です。仲間ではありません。どちらかと言えば敵です」

「ふむ。敵対する意思は無いか?」


 マッチョな男が少しだけ表情を緩めて問いかけてくる。カトレアは大きく頷いた。


「もちろん。私は早く現在地を確認し、仲間の元へ戻りたいと思います。むしろこうして私を見つけてくれたことに感謝したいです。町まで連れて行ってくれるんですよね?」

「連行という名目になるが、そちらの目的は叶うだろう」


 男は腰にぶら下げていた鞄から手錠のようなものを取り出し、カトレアに放り投げた。カトレアはそれを受け取る。それなりに重量があり、無骨で丈夫そうな手錠だ。


「一応規則だ。それをつけてくれ。手荒な真似はしない」

「分かりました」


 カトレアは指示に従い、その手錠を自ら取り付ける。三人の兵士は箒からロープと簡易的なゴンドラのような物を用意し、カトレアはそのゴンドラに乗せられた。それから三本の箒にゴンドラは吊るされ、カトレアはしばしの間空の旅を楽しんだ。

 マッチョな兵士に連れられてやってきた町は、カトレアが今まで見た中では最も発展しているように見えた。カトレアが覚えている限り、イチバンキタ町よりも洗練され、また人口も多いように見える。

 目をキラキラさせて興奮しているカトレアを見て、マッチョな兵士は毒気を抜かれながらも警戒は続けていた。大変優秀な事である。

 カトレアはゴンドラに乗せられたまま門を潜り、そのまま人通りでにぎわう通りをの上空を通過し、整然と連なった建物の内の一つに連れていかれた。そこはお役所のような雰囲気を醸し出す場所で在り、何となく警察署かな、とカトレアは当たりを付けた。


「ここは俺たち町の防衛隊の本署だ。ちょっとした取り調べをする。まぁ飯は出すし、睡眠も出来るように手配する。悪いようにはしない」

「いえ。お手数おかけします。正直助かります。仲間に荷物を全部預けてしまっていて、着替えもありませんし、一文無しなので」

「……そうか。着替えは何か適当に用意させよう。風呂は我慢してくれ」

「ありがとうございます」


 それからカトレアは鉄格子の嵌められた部屋に連れていかれた。人生で初めての取調室にちょっとワクワクしてしまったカトレアであった。


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