021
カトレアの復讐により生じた諸々の事務処理と旅に備えた買い物に数日を要し、カトレア、フタバ、ユウキの三人はマッシロケーの町を出立した。
出立に先立ち、フタバとユウキからの推薦によりカトレアの等級が銀3等級に上がっている。これは金1等級のパーティーに同行できる推奨メンバーが銀等級となっており、銅等級のカトレアが同行すると他の冒険者達から面倒な絡まれ方をする可能性があることを懸念したユウキの提案によるものだ。
カトレアとしては物語のネタのためにそういった絡まれイベントは積極的にこなしていきたいと感じていたが、ユウキはカトレアとは真逆に、不安要素は先に潰す派であった。
フタバとユウキに与えられた任務は主要な町を巡り、その町の冒険者、探査者、探索者等では達成困難な依頼の遂行、及びその他懸案事項の解決というものだった。依頼の発出元は言葉を濁して答えなかったが、国内全域の無条件通行許可や、各領主への強制命令権などが付帯されている時点でカトレアは察した。おそらく国のトップ。王に類する者からの依頼なのだろう。彼女達がどういう経緯でその依頼を受けるに至ったかはまだ聞けていないが、カトレアとしてはそこまで興味がなかった。
色々な町で色々な任務をこなすと言うことで、話のネタになりそうな面白い出来事がおきないかな、という期待を胸にカトレア達は今日もせっせと歩く。
「やっぱり移動手段が徒歩か馬車しかないのは間違ってる。飛竜便とか有るべきじゃない?」
「ムリムリ。飛竜とか絶対飼いならせないから。馬車を改良する方がよっぽど現実的だよ」
「二人はドラゴン退治はもうしたんですか?」
カトレアの質問にフタバとユウキは首を振る。
「カトレアさん。この世界のドラゴンは討伐できるようなものじゃない。戦車が空飛んでるようなものだから、近づけもしないのよ」
「魔法もほぼ効かない。遠距離攻撃しかしてこない。たとえ運よく接近できたとしても鱗が固すぎて攻撃が通らないっていう無敵生物だからね」
「そうなんですか……」
カトレアは首を垂れる。定番のドラゴン討伐がほぼ不可能なことがここで確定してしまった。では、もしドラゴンが出てしまった時はどうするのかと聞いたら「臭い匂いで追い払う」ということだった。どうやらドラゴンが物凄く嫌がる匂いがあるらしく、もしドラゴンが町の近くに現れたりしたら、その臭いの基を町全体で毎日燃やし、燻して追い払うそうだ。なんとも夢の無い討伐方法だった。だが非常に現実的だと思った。
三人の旅で初めての野営。
ユウキの収納魔法からテントや寝袋、食料などが次々と現れる。フタバが料理の準備をし、カトレアはテントの設営などを行った。水と調理用の火力はカトレア担当だ。フタバが高温水蒸気で焼けていく野菜などをみて「火力調整しなくて良いからすごく楽」と嬉しそうだった。
そしてお風呂だ。カトレアの魔法制御であるため、お風呂自体をテント内で行うことが可能であった。大き目のテント内にお湯の塊を浮かべて設置。中に水流を発生させることで、まるで洗濯機の中に体を入れたかのように丸洗いが可能だ。さらにお湯は使い放題なので、フタバは久しぶりに冷めないお湯にゆっくり浸かり、髪の毛を何度も洗う事が出来た。
「カトレア。私と結婚して」
「考えておきますね」
風呂上がりのフタバがマジな目をしてカトレアに迫っていた。敬称も飛んでいくほどの衝撃を受け、感動したらしい。
カトレアも本気にはしていないが、こんな可愛い娘に迫られたら二つ返事でうなづくなぁ、などと考えていた。
その様子をやっぱりユウキは何かを察したような顔で眺めていた。
なお、お湯はカトレアが近くに居なくても設置可能であるため、フタバもユウキも裸を見られることはない。
「同性に見られるのなんて気にしてられないわよ。王宮のお風呂なんて、侍女が十人くらいついてくるのよ」
「そうそう。僕なんて女性陣に全身もみくちゃにされながら洗濯されるんだからね」
高貴な方のお風呂は大変なんだなぁ、という感想を覚えたカトレアであった。そして、いつ自分が元の世界では男であることを伝えようか迷うのであった。
夜の見張りは魔法具が行ってくれる。この魔法具。目が飛び出る程高い。普通は一人ずつ交代で夜番を立てるが、カトレア達は夜にぐっすり眠ることができる。
普通は火もたかず、グースカ寝ているような旅人は盗人の餌食なのだが、そうならない理由がもう一つあった。それは大きなテントの上に掲げられた2つの旗だ。
一つにはこの国の王家の紋章が入っており、もう一つには探索者ギルドの紋章が入り、それが金の刺繍で囲われていた。
一度も田舎の村から出たことのない者ならば分からないかもしれないが、旅をして野営をするものならば、絶対に意味の分かる印だった。
『国家の重要人物』
『金一等級』
分かりやすく言えば『手を出した時点で死刑確定』と言えばいいだろうか。そのくらい近寄りがたいテントなのだ。
にも関わらず「おバカさんは意外と多い」というフタバの言葉のとおり、絶対に襲われないかと言われるとそうでも無いらしい。
カトレアは襲ってこないかなー、と不謹慎な事を思いながら数日の野営をこなし、そしてマッシロケーの町から一週間ほど離れた町にたどり着いた。
ここは近場の森から木を伐り出し、川に流してマッシロケーの街に木材を供給する町であった。なんでも、この付近の森には異常な勢いで成長をする木があるらしく、それを育てては伐採してを繰り返しているらしい。
「魔法の木。通称マギっていうんだけど、10mくらいに成長するのに一カ月かからない」
「えぇ。凄すぎる」
そしてこのマギを燃やすことで、ドラゴンの嫌いな臭いが発生する。そのせいで、冬場になるとこの匂いを巡ったご近所トラブルが頻発するらしい。
「マギはいっぱい採れるから安いんだよね。だから、暖房用の木を買えない家だとマギを燃やすから、煙突からくっさい煙がモクモク」
ユウキの説明にカトレアは「なるほどー」と感心した。異世界には異世界の面白い生活があるんだなぁ。
それからカトレアは森の奥の方をみる。奥にいけばいくほど、どんどん緑が濃くなり、巨大な山脈が広がっていた。山々は緑が生い茂ったまま雲を突き抜けている。この世界に植物の高度制限はないようだ。
「あの山を越えるのは難しそうですね」
カトレアが遠くの緑の山をみて答えると、フタバとユウキはくすりと笑った。
「実は、アレは全部大きくなりすぎたマギなのよ」
「直径が1kmくらいあるマギが雲より高く伸びてて、そのマギの中を刳り貫いて町がつくられてたりするよ」
「何それめっちゃ行きたい!!」
世界樹じゃん。世界樹乱立してるじゃん。
カトレアは天高く伸びるマギを見上げ、ワクワクとした顔を浮かべる。彼女が目をむける巨大マギのさらに上空をまっ黒の四角い変な飛行物体が飛んでいた。
「あの黒い飛んでるのはなに?」
「あー。あれはスペースエルフの宇宙船」
「宇宙船!? スペースエルフ!?」
カトレアはここにきて衝撃の話題が飛び出したことに驚きを隠せない。
転生者であり、今世界で赤ちゃんから育ってきたフタバとユウキには常識でも、異世界旅行者であるカトレアには非常識な内容であった。
「そっか。カトレアは知らないことの方が多いもんね。じゃあ、ご飯を食べながら色々教えてあげるよ」
フタバは少年のように目を輝かせるカトレアをみて微笑みながら、町で一番良い宿へ足を進めた。




