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017

 旅の様相にしては軽装に見える、背丈の低い二人の探索者がマッシロケーの町を目指して歩いていた。どちらも相当に若く見え、人によっては幼いとすら思う容姿の持ち主だ。片方が少年。片方は少女だった。二人とも腰に剣を刺しており、少女の方は防具もそれなりに年季の入ったものだった。対して少年の方は剣も新品。防具も新品と着こなしも初心者のように見える。

 少女が町を見ながら大きく伸びをした。

 

「はぁー、やっと町が見えたよ。車があれば数時間でたどり着ける距離なのに、ほんと、この世界は不便だよ」

「お尻が痛くなるから馬車は嫌だって君が言うから、歩きにしたんじゃないか」

「なんでこんなに大勢日本人が召喚されているのに、誰も馬車を改造しないの? それかチート能力を使って車を作って欲しいわ」

「なんか、学生ばっかり召喚されるよね。年齢制限でも掛けてるんじゃない。ほら、若い子の方が良いスキルが手に入るとか、適性があるとかさ」

「異世界召喚物に良くありそうな設定よね。クラス召喚とかね」

「正直、まだ夢でも見てるんじゃないかって思う時があるよ」

「私は生理が来た時に、これは現実だって認めたわ」

「……ねぇ、そういう返事に困る返しは止めて欲しいなぁ? 僕、一応男だしね?」


 困り顔の少年に対し、少女はふん、と鼻を鳴らして黒い髪を手で払いのけた。それから顔を顰めて、髪の毛を鼻先でスンスンと嗅ぐ。


「あーあ。シャンプーとコンディショナーが欲しい。リンスも欲しい。誰か作ってー」

「僕もそれは思うなー。お風呂もお湯を貯めるのに半日とか掛かるし。お風呂に入れるのが一カ月に一回とか困るよね」

「男はいいじゃない。全裸で川にでも入れば洗えるでしょ?」

「王都に流れる川を見ても、まだそんなことがいえる?」

「……ごめんなさい。流石にあの川は不味いわね」

「でしょ? 逆に病気になりそうだよね」


 二人は死体がぷかぷか流れていく川を思い浮かべ、大きなため息をついた。


「それにしても、セイジやミサキたちは何をしているのかしらね。あのパーティーは割とまともな組み合わせだと思っていたんだけど」

「ちょっと強引な所もあるけれど、日本人を助けるために精力的に動いてくれてるからね」

「きっとそれ関係で何かあったんでしょうけど、誰かに倒されちゃうとは考えにくいのよね。戦闘力だけなら普通に魔物討伐チームに入ってもおかしくないくらい強いし」

「それにミサキちゃんが鑑定持ちだから、罠の類に引っかかるとは思えないし、ダンジョンの深層からも余裕で戻ってこれるくらい経験豊富だしねー」


 二人は訝しがりながらマッシロケーの町を目指し歩く。しばらくすれば、ちょうど丘陵地帯の頂上に二人はたどり着いた。ここから三十分も道なりに下って行けば、町の上端部の入り口にたどり着けるだろう。


「今日はちょっと良い宿に止って、いっぱいのお湯で体を流したいわ」

「僕は柔らかい布団で寝たいよ。もう寝袋で野宿はやだ」


 今日の宿と夕飯について喋りながら丘を下る。そんな二人の正面から人が登ってくるのが見えた。何か大きな荷物を抱えているようだった。

 少女がピタリと足を止めて、隣の少年の行く手を遮った。


「……ヤバイ奴よ。それとスキルは使わないで。スキルを使ったら、あなた死ぬわよ」

「えぇー? そんなヤバイ未来見えちゃった? 僕、戦闘力皆無だからよろしく頼むよ」

「後衛ヒーラーに戦闘力は期待してないわ。兎に角、絶対に鑑定とかスキルは一切使わないで。良く分からないけど、私の見た光景だと一瞬であなたが死んでるから」

「おおこわい。僕は君の後ろに隠れているよ」


 二人の目線の先に、大男を肩に担いで登ってくる女が写る。彼女は自分の体よりも大きい大男を二人も担いで歩いていた。よくよく見ればその大男達の首から上が無い。その首は女が手に粗雑に持っていた。

 女の全身はどす黒く染まり、それが乾いた血であることは一瞬で分かる。さらに異常なのが、歩いてくる女に悲壮感はなく、逆に口の端を上げ、楽しそうな様子であった。


「やっばぁ……流石にこれは死ぬかも」


 金1等級探索者である少女、フタバは目の前から歩いてくるカトレアに剣を振り下ろす意識を向けた瞬間、未来予知のスキルが自分の無残な死体を映し出す。その他、いくつかのパターンで女に攻撃を仕掛ける意志を剥けたが、悉く未来予知で自分が死ぬ運命であると伝えられた。


「あ。無理。何やっても勝てない。むりむり」

「ちょ。逃げよう! それはもうダメな奴だよ」

「あ。ごめん。逃げても死ぬって見えちゃった」

「ひぇぇぇ」


 フタバはその場にペタリと座り込み、その背中に縋りつくようにヒーラーの少年、ユウキがガタガタと震える。


 土を踏みしめる音を立てながら、カトレアは二人の前にやってくる。口元ににっこりと笑みを浮かべたまま、フタバとユウキをそれぞれ一瞥し、口を開いた。


「へー。時と力を授かった子と、英知を授かった子だ。君たちは召喚者と呼ばれる者かな?」


 フタバは背筋にゾワゾワとする寒気を感じる。会話しなかったら死ぬという未来予知が見えたため、振り絞って声を上げた。


「いいえ! 私達は転生者と呼ばれています。時と力を授かった子というのは、もしかして神様からいただいたスキル……祝福のことですか?」

「そうそう。時の神は無精ひげ生やしたおじさんで、力の神は上半身裸のムキムキマンだったでしょ」

「ええ。そうです。私の出会った神様はそのお二人でした。……あなたもご関係者ですか?」


 フタバはカトレアの姿を頭の先からつま先まで確認する。その姿からは神々しさというものを感じない。普通にそこらの町娘にしか見えなかった。だが、纏う雰囲気だけは異様で、フタバの戦闘スキルがバリバリと反応していた。未来予知もおかしな行動をとった瞬間に自分が死体になる運命を送り続けてくる。


「んー。そうね。私も神の一柱であるけど、あまりメジャーではないかな。ごく一部の地域で信仰されている弱小勢力といえばいいかも。今は色々あってこの子の体を少し借りてるわ」

「そ、そうなんですね。……ちなみにですけれど、そちらのお二人はどういうお方ですか?」


 今のところ会話を続ければ、フタバの未来予知は彼女も、そしてユウキも生存する未来を映し出している。このやり取りは正解だと、フタバはカトレアとの会話を継続することにした。そんな彼女の背後でユウキは邪魔をしないよう、黙って大人しくしていた。


「ああ。この死体はこの体の子と仲の良かった……そう。パーティーメンバーね。なんか殺されちゃってねー、この体の子がとっても怒ってしまって、そしたら私に人格が切り替わっちゃったわ」

「えっと、そ、そうなんですねー。……ユウキ、今の言葉の意味わかる?」

「ぶぇっ!? ぼ、僕に振らないでよ」


 カトレアはフタバの背後にいるユウキを見て「あ。そうだ」と声を掛けた。


「そこの少年。英知を授かってるなら、死者蘇生は出来るかい?」

「っ!? す、すみません! 死者蘇生は無理だと、このスキルを頂いた時に神様から言われました!」

「あー。そっか。ごめんごめん。死者蘇生は英知じゃなくて、死神管轄か」


 カトレアは残念そうに苦笑いして辺りをぐるりと見渡す。ちょうど丘の上に何本か木が植えられているのを見つけると、そちらに歩き出した。

 その背中をフタバは少し見てから、カトレアの後についていく。


「ちょっ!? フタバちゃん! 今のうちに逃げようよ!」

「たぶんもう殺されたりしないから大丈夫」


 ユウキの手を振りほどき、フタバはカトレアの背を負う。

 カトレアは木の近くにしゃがみ込み、手で土を掘り始めた。


「埋葬するつもりですか?」

「うん。この子が目覚めた時に、また仲間の死体が目に入ったら可哀想だからね。体を借りている身だし、動けるうちにそのくらいはしてあげようかなって」

「手伝います。ユウキ! ショベル出して!」


 ビクビクしながら近づいてきたユウキが収納魔法の中にしまってあったショベルを数本取り出す。フタバが受け取り、一本をカトレアに渡した。

 カトレアは「お。便利そうな道具。いいわねー」とショベルを受け取り、フタバと共に穴を掘る。

 大男を埋葬する為の穴であるため、かなり大きく、深く掘る必要があったが、常人の筋力とは比較にならない程の剛力であるカトレアとフタバの前ではあまりにも簡単な作業だった。

 あっという間に大きな穴が二つ出来上がり、カトレアがクズとツルツルの死体をそれぞれの穴に横たえる。途中「どっちの体の頭だったっけ?」と首をもって怖い事を言っていたが、間違えずに埋められたのかフタバは少し心配した。最後にゆっくりと土を埋め、木の枝を手折り、墓標のように地面に突き刺した。

 カトレアは片膝をつき、両手を握って祈りをささげた。フタバとユウキもそれにならい、同じように祈りを捧げる。

 しばらくじっと動かずにいたカトレアが、すくっと立ち上がり、フタバとユウキをそれぞれ見る。


「ありがとう」

「いえ。どういたしまして」


 カトレアとフタバの間に少しの間沈黙が降りた。何やらカトレアが少し悩ましそうに視線をキョロキョロと彷徨わせていた。


「どうかしましたか?」

「んー。そうね。あなた達にお願いをしたいのだけれど良いかしら?」


 フタバははい、と即答しようとしてユウキに口を塞がれた。


「あははは、ちょ、ちょっとお待ちくださいね」


 ユウキはフタバの耳元で小さく呟く。


「神の願いは呪いみたいなものだ。守れなかった時にどうなるか分からない。迂闊に返事しないで」

「……ありがとう」


 フタバはもう一度カトレアに向き直り、ふぅ、と一呼吸置く。


「あなたのお願いは私が一人で引き受けます。どういった事でしょうか」


 フタバの背後でユウキが手で顔を覆って盛大にため息をついた。

 その様子をカトレアはニコニコとした笑みを浮かべて見ている。


「大丈夫よ。その少年が懸念しているようなことにはならないわ。これは本当に何も制約のないお願いだよ。この子としばらく一緒にいてあげて」

「この子、というのは、その体の子ですか?」

「そう。名前はカトレアっていうんだけれど、多分仲間が死んじゃって悲しんじゃうから、落ち着くまで一緒にいてあげてほしいなって」

「もちろん。私で良ければ一緒に居ます」


 フタバはほっと息を吐いてカトレアのお願いを聞き入れた。


「そう。じゃあお願いね。この子は水魔法が得意だから、仲間にすると毎日温かいお風呂に入れるわよ」

「任せてください! 全部まるっと私が面倒見ます!!」


 フタバはこの瞬間、カトレアを仲間に引き入れる事に決めた。


「あ。それと、たぶんこの子が起きたら、あの町の奴隷商人……お墓の中の二人を殺した犯人を殺しにいくだろうから、頑張って説得するか手伝ってあげてね。じゃ、よろしくー」


 それだけ言うとカトレアは地面にペタンと座って、そのままくてんと横になり目を閉じた。だが、次の瞬間、目をぱちりと開けると慌てた様子で立ち上がり、それから辺りを見渡して二つのお墓を見つけよろよろと歩いてお墓の前にへたり込んだ。


「……ごめん……間に合わなくてごめん」


 ぽたぽたと涙をこぼして泣き始めたカトレアをフタバは背後からそっと抱きしめた。


「ゆっくりで良いから、落ち着いたら私に話を聞かせて頂戴。何か力になれるかもしれないわ」


 よしよし、とカトレアの背中をフタバが擦っている様子を見ていたユウキは、カトレアの様子が普通の町娘に戻ったのを確認し、こっそりと鑑定スキルを発動させた。

 フタバにはダメだと言われていたが、今のカトレアからは先ほどのようなヤバイ気配を感じなかったからだ。

 鑑定を発動すると同時に、ユウキの前に半透明のステータスボードが現れる。本来なら、ここに人種や性別。本名などが表示されるのだが、ユウキの目の前に現れたステータスボードには、一行だけ文章が記載されていた。


『悪い子ね。お手伝いしてくれたから、一回だけなら許してあげるわ』


 次の瞬間、ユウキは盛大に鼻血を吹き出して膝から崩れ落ちた。

 フタバは慌ててユウキに駆け寄り、息をしていることを確認して安堵のため息をついた。そして、白目を剥いて気絶していたユウキの頬を数度張り、無理やりたたき起こす。


「っ! っいたい! いたいいたい!」

「馬鹿ユウキ! 死にたいの!? 私、使うなって言ったわよね!?」

「い、いたいっ! ご、ごめんね! いけると思ったんだよ!」

「何をもっていけると思ったの!? 体の中に居るって本人が言っているのに、鑑定なんてかけたらバレるに決まってるでしょ! どうしてそう、最後の最後でいつもいつもポカをやらかすのよあなたは!!」

「いたい! 背中を叩かないで!」

「どうせすぐに回復するから多少折れてもいいでしょ!」

「やめて! 折らないで! ごめんなさい!」

 

 騒々しいフタバとユウキを怪訝な表情でカトレアは見ていた。若干「うるさいなぁ」とも思っていた。

 何となく、先ほどまでの出来事は覚えている。言葉で言い表すのは難しいが、ゲームに例えると、スキップ出来ない強制ムービーを見せられているような感覚だった。自分の体であるのに全く自由が利かず、話が進んでいく状態だ。

 ただ、これによって自分の中にクズとツルツルが言っていた邪神と言われる存在が有ることに確信がもてた。どういう条件で邪神と人格が入れ替わるのかは分からないし、邪神と会話をすることが可能なのかも分からないが、存在することが確認できたことは大きな出来事だと思っている。それに、邪神といいつつも私の体を気遣ってくれたり優しい神様のようであるし、この身体強化魔法や水魔法も神様の能力の一部だと考えれば、感謝すれども恨んだり嫌うようなものではない。

 日本人的な思考でいうと、別に神様に引っ付かれたところで何とも思わないというのが正直なところだ。貧乏神に取り付かれたりするのは勘弁だが、実害がなければ邪神がくっ付こうが貧乏神がくっ付こうが大して気にはならない。

 

 カトレアは神様が祈ってくれてはいたが、もう一度、自分のやり方でクズとツルツルに向かって手を合わせ、別れを告げる。

 3人で過ごした2年間程の時間は非常に楽しいモノであった。カトレアの異世界で生きていくための知識はクズとツルツルから得たものばかりだ。何も知らない初心者を銅等級の冒険者まで育ててくれたのは、自分の能力などではなく、間違いなく二人から得られた知識のおかげである。

 

 随分長いこと集中してお祈りを捧げていたのか、フタバとユウキは静かになっていた。

 カトレアはゆっくりと目を開き、二人に向き直ると改めて礼を言った。


「なんとなく、先ほどのやり取りは覚えています。手伝っていただき、ありがとうございます」

「いいえ。どういたしまして。色々話を聞きたいから、まずは町に行きましょう。あの町を拠点にしていたなら、着替えとかもあるでしょ?」


 フタバは血みどろのカトレアの姿を指さす。カトレアも肌にぱりぱりに張り付いている服を見て苦笑いを浮かべ、とりあえずある程度血を落そうと水魔法を発動させた。

 地面スレスレから自分の首下までの四角いお湯の層を作り、そこにじゃぽん、と入る。立ったままお風呂に入る様な感じだ。その後、水流を作り、服を着たまま血をある程度落とす。

 真っ赤に染まったお湯を捨てることを数度繰り返し、最後はそのまま体表と服の水分を蒸発させれば、さっぱりとした気分になった。

 この間、十数秒の出来事である。

 ぽかん、と口を開けた状態で固まるフタバとユウキを前に、カトレアはもう一度頭を下げた。


「ご面倒をお掛けしますが、少しの間、宜しくお願いいたします」

「こ、こちらこそ!」


 フタバが猛烈な勢いで食いつき、カトレアが少し後ろに引き気味だった。

 ユウキはそれをみて「風呂目当てだ」と小さく呟いたのだった。


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