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014

「ビックリし、うぇ、ぺ、ぺぺっ」

 カトレアはパチクリと目を開け、砂が目に入ってきてすぐに目を閉じた。痛い。

 開けた口にも砂が入ってきて慌てて吐き出そうとするが、上手くいかない。うっすらと目を開けたが、暗闇しか写らない。体は動かせるが、まるでねっとりとした泥の中を動いているような感覚だ。それでも無理やり動かしてもがくと、メリメリと何かを壊す音が聞こえる。

 泥をかき出すように、水の中を藻掻くように動いていくと、なんとか体を前に進めることが出来た。真っ暗闇の中、自分の状態もクズとツルツルの状態も分からない。あのミサキと呼ばれた聖職者が突然発光し、自爆した。大爆発というスキルでも持っていたのだろうか。味方の中心で使うとはたまげたなぁ。

 これは面白いネタになるな、とカトレアは記憶しつつ、さらに手を動かし、体を前へ前へと推し進める。

 しばらくすると、ズズズ、と地震のような揺れを感じた。その揺れは徐々に大きくなり、最後にはまるで筒の中でシェイクされているのではないかと思う程、縦横にブンブン揺り動かされた。

 なんだなんだ!? とカトレアが半ばパニックになっていると、当然の浮遊感を経て、尻から地面に落とされた。


「あだっ!?」


 痛くは無いが、思わず声が漏れた。

 天井を見ると、今自分が落ちてきたと思われる穴がみるみるうちにふさがった。カトレアがいる場所は見慣れたダンジョンの通路だ。床も壁もいつもどおり。聖職者の自爆により出来たはずの崩落後が無い。砕けた岩や落ちてきた土などはどこにも見当たらない。

 カトレアは自分の体を見下ろす。ズタボロに破れ、焦げ、灰になったそれなりに頑丈な冒険者服。カトレアの柔肌が盛大に露出しており、大変煽情的な姿になっていた。


「クズとツルツルはどうなった!」


 カトレアは地上へ向かう方向に走り出す。ダンジョンが復旧した現象や、自分が落ちてきた穴など謎は多いが、今はクズとツルツルの安否が心配だ。

 あの爆発とその後の崩落に巻き込まれたとしたら、カトレアのような特殊体質でない限り生存は厳しいかもしれない。しかもクズとツルツルは拘束魔法を受けていた。

 だがカトレアはクズとツルツルが死ぬというビジョンが浮かばなかった。ダンジョンの深層に潜っている時も、危機が迫ってきたときも、なんやかんやと対処して生き延びてきた。今回も無事に「つぁー、痛かったぜ」と軽口叩きながらひょっこり現れるような気がしていた。

 だが、カトレアがそのまま地上に向けて走り、ダンジョンの出口にたどり着いても、クズとツルツルはいなかった。


「クズ!! ツルツル! どこ!?」


 大声で叫んでも、その言葉に答えてくれる二人はいなかった。

 カトレアはすぐさま、もう一度ダンジョン中に戻ろうとする。だが、カトレアを静止する大勢の冒険者がいたため、彼らを拳で黙らせて再びダンジョンに突入した。今度は下層を目指して走る。

 時折現れる魔物は拳で叩き潰し、地面が削れるような速度で走り回った。

 だが階層10番に来ても二人は居ない。20番まで降りてきても二人は居ない。30番に来ても二人は見つからない。階層40番を超えて、辺り一面が灼熱のマグマになった中を、腰までマグマに浸かりながら一通り探し、そこで漸く「普通の人間は溶岩の中を進めない」事に思い至った。カトレアはぼんやりした思考のまま、マグマの池から上がり、地上へと向けて引き返した。

 服は全てマグマで焼け落ち、カトレアは全裸のままであったが、自分の姿を気にする余裕はない。カトレアは下を向いてトボトボと歩き続ける。

 きっとどこかの安全地帯で怪我の治療をしているはずだ。

 カトレアはそこから一階層ずつ、マッピングしながら全ての通路、部屋、小部屋、隠し部屋を探して回った。現れる魔物はすべて撃滅した。その間もずっと、どこか思考に霞が掛かったような状態であった。

 一切の怪我を負わず、飲み食いもせず、睡眠もせず、カトレアは二人を探し続けた。

 そしてカトレアの認識上は数時間。実際には2か月後、カトレアは二人を見つけることが出来ず、地上に戻って来てしまった。

 突然、全裸の少女がダンジョンから出てきたことに、周りにいた冒険者が驚いた様子だった。だが、彼女の全身から漂う得体のしれないオーラを察し、誰も近づけず声もかけれなかった。

 カトレアはそのままの姿で組合に顔を出す。突然全裸で入ってきたカトレアにぎょっとした受付嬢がバタバタと動き、毛布を持ってきてカトレアに被せた。そして、手を引いてカウンターに案内する。受付嬢はカトレアの異様な雰囲気に飲まれそうになりながらも、事情を察して優しく椅子を勧めた。


「……カトレア、さん? ですよね?」

「……はい。そうです」


 カトレアの頭の中は、クズとツルツルを見つけられなかった後悔でいっぱいだった。どこかで見落としていないか、頭の中に作り上げたダンジョンの3Dマップをもう一度見直していた。

 中空に視線を定めたまま動かないカトレアを見つめ、受付嬢はカウンターの下からいくつかのファイルを取り出す。

 

「カトレアさん。パーティーメンバーのクズさんとツルツルさんですが、現在町の病院で入院中です。二人とも『あいつは絶対死んでないから大丈夫』と言っていましたけど、二カ月もお戻りにならないので、流石に心配していましたよ。ダンジョンで迷子になっていたのですか?」


 その受付嬢の言葉がカトレアの頭で理解できるのに、しばらく時間を要した。


「……え?」

「えっと……クズさんとツルツルさんは大怪我を負いましたが、命に別状はなく、町の病院に入院中です。お見舞いにいってあげてください。あと服をお貸ししますので着替えてください」

「……えぇー」


 カトレアは漸く事態を理解し、ショックのあまりカウンターに突っ伏した。あの必死に駆けずり回った自分は何だったのか。割と必死だったため、自分が何をしていたのかも余り覚えていないが、随分と頑張った気はしていた。それが全部徒労に終わった。

 そんなカトレアに苦笑いを浮かべる受付嬢は、同僚から受け取った着替えをカトレアに渡し、更衣室に案内する。

 カトレアは「私の苦労は……」としょんぼりしながら、借りた下着と作業服を着用し、「後で新品をお返しします」と受付嬢に告げて組合を出た。そして足早にクズとツルツルが入院しているという病院へ向かった。


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