013
美しき町マッシロケーには徒歩圏内にダンジョンがある。そのうちの一つにロックゴーレムや体表が鉱石類で覆われた、所謂「動きは遅いけど滅茶苦茶固くて刃物が効きにくい魔物」ばかりが出てくるダンジョンがあった。
カトレア達はこのダンジョンに好んで潜る。なぜならば、カトレアの怪力によりこのダンジョンの魔物は鈍器で殴って倒せるからだ。動きも遅いので、何かあっても走って逃げられるというのもある。
通常の冒険者からすれば、剣が使えないダンジョンというのは非常に不人気だ。魔物から得られる物が鉱石であるため、持ち運びの重量がどうしても増える。となると、長期間の滞在が難しくなる。当然ながら利益率が落ちるため不人気になるという理由だ。
カトレアはこのダンジョンで、まず最初に一匹魔物を素手で倒し、その魔物を武器にして戦うスタイルを得た。とてつもなく固い鉱石を身に纏わせた魔物を振り回せば、それだけで驚異的な武器となる。クズとツルツルはカトレアの後ろで倒された魔物からせっせと高価な鉱石や宝石だけを剥ぎ取る作業に勤しんでいた。
ゴイン。ガキン。ゴシャァ。といった魔物討伐とは似ても似つかない、プレス機でも動いているのかというような音を立ててカトレアが魔物を駆逐していると、ツルツルとクズが駆け寄ってきた。
「スキルが発動した。逃げるぞ」
「っ! 分かった!」
カトレアはボロボロになった武器(魔物)を手放し、今しがた倒したばかりの新しい魔物(武器)を手にし、掛けていくクズとツルツルを追う。
クズとツルツルが持つ直感スキルは自分達に良くないことが起ころうとすると発動するらしく、これが発動したら即時退却が3人の約束になっていた。
3人は素早くダンジョンから出ようと、階層を地上へと向けて駆け出した。
「……よくねぇな。階層を登っているのにスキルが警告してきやがる」
「俺もだ。なんなら強くなってる」
クズとツルツルは一度足を止める。カトレアも周囲を警戒したまま、持ってきた魔物(武器)の上に腰を下ろした。大きな蜥蜴の背中は色とりどりの鉱石がゴツゴツと生えており、座り心地はよろしくない。
「こりゃ、上からこっちに向かってきてるのか?」
「なら魔物じゃなくて、人か」
「人? 私達と敵対している?」
ツルツルは眉間にしわを寄せて自分の武器を確認し始めた。クズも装備を整えたり、靴の紐を結びなおしたりと、戦闘に入る事を前提として準備を始める。
「人は人でも、ただの人じゃない。自慢じゃないが、銀等級の冒険者なら俺たちの敵じゃない。スキルも警告をしてこない」
「そのスキルが発動して、人の可能性があるってことは、金等級ってこと?」
金等級の冒険者や探査者等には召喚者が多い。つまり、いまカトレア達は召喚者達から狙われているという事になる。
カトレアのような異世界旅行者は変なスキルを持っていないと思われるので、この場合は異世界転移か異世界転生したチート能力もちの面々が敵になるだろう。
「召喚者にもピンからキリまであるが、戦闘力だけなら俺たちより上だろう。真正面からぶち当たろうと思うな。基本的に逃げを最優先にする」
「分かった」
ツルツルの言葉にカトレアもクズも大きく頷く。
「相手が召喚者の場合、先手は打てない。召喚者殺しは国から追われることになる。最悪はぶち殺すが、そうなると人間の国では住みづらくなるからちとばかし移動が面倒だ。カトレアの水魔法が頼りになりそうだぜ」
「任せて! 全員溺れさせてやるから」
私の射程は20mある。範囲に入っていれば複数名でも問題なく無力化可能だ。
クズ、ツルツル、カトレアの三人は準備が整い次第、先ほどよりもゆっくりとしたペースで地上へ向けて歩き始める。
「心当たりといえば、カトレアの奴隷解放くらいか。所有者が死ねばカトレアは奴隷から解放される。それを捕まえるつもりなのかもしれん」
「力技で私を手に入れるつもりなの? そんなことして、解放された私が従う訳ないのにね」
「さてな。どうやってやるつもりなのか知らんが、解放と同時に奴隷契約を結ぶとかするかもしれん。俺も奴隷契約については詳しくないから、可能かどうかも分からない」
奴隷解放されると、基本的に今付けている首輪は一度外れるそうだ。だが、所有者が同意した場合で、その場で奴隷の移譲が行われることもある。首輪が消えることなく、権利だけが動く可能性もあるようだ。
この奴隷の首輪というか奴隷契約自体がかなり複雑なもので、首輪には真名が掘って有ったりと、契約者と奴隷には双方に強い繋がりがある。それを簡易的な方法で破棄させる方法はあまり無いと思われるのだが、相手が強硬手段に出ている以上、安易な予想は危険だった。
ツルツルは苦虫を噛みつぶしたように顔を歪めた。
「しまったな。奴隷契約についてもうちょい調べとくべきだった。もし相手が召喚者で、そこに奴隷商が混じっていたら、何かしらヤバイ手を使ってくる可能性がある」
「……たぶん大丈夫だと思うけれど」
カトレアは自分自身に奴隷契約が適用されているのか疑義があった。なぜなら、自傷や自殺不可という制限が適用されていない気がしていたからだ。本来ならば所有権を持つクズからの命令拒否などに対しても、かなり強い痛みや締め付けなどが行われるはずであるのだが、カトレアはそれらを一切感じたことが無い。
自傷についてはカトレアの身体強化が強すぎて、そもそも出来ないというのもあるが、命令拒否については頻繁に行っていた。例えばクズが「早く起きろ」とモーニングコールをしてくれても「無理。眠い」と寝続けたりだ。普通の奴隷ならば、この瞬間に痛みで飛び起きるはずだ。
つまり、新しい奴隷契約をしたところで、首輪が付くだけであり、命令の拒否も出来るし、なんならその新所有者を亡き者にすることも可能だとカトレアは思っていた。
そんなことを話しながら上がる事さらに10階層。地上まであと少しというところで、5人の冒険者が進行方向から歩いてきた。
先頭を歩いていたツルツルが足を止め、カトレアは対象を視界にいれて魔法が発動できるよう待機。クズが最後尾でいつでも動けるよう、体の重心を落とした。
相手もこちらに気が付いたようで、気さくな表情で手をあげ近づいてくる。だが、カトレアの有効射程の20mに入る直前で、後ろから魔法使いと思われる女性に止められた。それを察し、冒険者の男は苦笑いを浮かべてその場所から声を掛けてくる。
何かしらの技能でカトレアの射程を見抜いたようであり、カトレアは内心で舌打ちをする。クズとツルツルは相手にこちらの意図が読まれても、ピクリとも表情を動かさなかった。
「我々は金1等級冒険者。召喚者救助隊の南方面担当セイジと言う。単刀直入にお願いしたい。そちらのカトレアという女性は我々と同じ日本という国から来た召喚者と思われる。それ相応の金は支払う。彼女を解放してやってほしい」
「こいつはバニバニ族の生贄にされかけたところを俺たちが救助し、報酬として貰った奴隷だ。どこぞの王宮から攫ってきたわけじゃない。こいつが召喚者だという証拠はあるか?」
「こちらの彼女が”鑑定スキル”を持っている。彼女を見させてもらいたい。鑑定スキルが掛けられる距離まで、もう少しだけ近づいてもいいだろうか」
セイジと名乗った男が一歩だけこちらに近づく。
ツルツルは背中に隠したカトレアをチラリとみて、「どうする?」と小さく声を掛けてきた。
カトレアは戦うにしろ、逃げるにしろ、正面からは厳しいため、とりあえず相手の話に乗っておくのが得策だと判断した。小さく頷き、ツルツルの背中をぽん、と叩いて前に出る。
「私は召喚者じゃありません。それに彼らの奴隷であることに不満もありません」
「ん? そうなのかい? マッシロケーの商業組合から召喚者の奴隷がいると報告を受けてきたのだけれど……どうだい?」
セイジは後ろにいた魔法使いの少女に声を掛けた。
その少女は真っ白な聖職者の法衣をきており、手に大きな十字状の杖を持っていた。彼女はセイジ達と同じ異世界からの召喚者であり、回復魔法と多少の攻撃魔法。そして鑑定のスキルを持っていた。
少女はカトレアの全身を視野にいれ、小さく口を動かす。彼女の目が一瞬、エメラルド色にキラリと光った。
「っ!」
カトレアの全身に、ゾワゾワっとした寒気が走る。今のが鑑定スキルを使用された感じなのだろうかと、カトレアは不快感を露わに眉根を寄せた。
対して、カトレアに対して鑑定を使った少女はいつも通り目の前に現れたステータスボードを見て全身が金縛りにあったかのように動けなくなった。
皮膚がひっくり返り、毛穴の全てから内臓が飛び出し、頭の中を直接かき混ぜられるような不快感と激痛。網膜に焼き付けられるのは、ステータスボード上の溶けだした文字列。それらが血が滴るようにドロドロと動き、辛うじて読めるような文字を作り出した。
【覗きはいけないよ】
一瞬だけ現れた何者かによる意思表示。それだけを映し出し、ステータスボード状にあった文字はすべて消えうせた。
中空に映し出された少女にしか見えない半透明のステータスボード。それを通して見えたカトレアの姿は、とても言葉に表せない、名状しがたいものだった。
敢えてソレを例えるならば――
”邪神”
そう称してよいものが、人の形を纏って存在していた。
ミサキの意識は、カトレアを見て、認識して、その瞬間に爆ぜて消し飛んだ。
「ぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああ!!」
「!? どうした! どうしたんだミサキ!! ミサキ!?」
突如頭を振り乱し、叫びながら発狂したミサキという名の聖職者と慌てるセイジ。そして何かしらの攻撃を受けたと判断したのか、他の召喚者達が戦闘態勢を取った。
もう一人の黒いとんがり帽子を被った如何にも魔法使いな少女が、短縮詠唱で束縛の魔法を発動する。ツルツルとクズは抵抗する術もなくこれに捕まった。
カトレアにも不可視の何かが纏わりつくが、カトレアはこれをパワーで押し切った。
「うえぇぇ!?」
魔法使いの少女が驚いて口をあんぐり開けている。
カトレアはそのままクズとツルツルの盾になるように前に飛び、全員を射程圏内に納めると同時に、水魔法を発動させようとした。
「――――――!!!」
だが、カトレアが水魔法を発動する前に、発狂した聖職者の少女が突如光り輝いた。セイジ達召喚者パーティーの面々が何かを叫び、彼女を止めようと殺到する。だが、発狂した彼女を止める事は誰にも出来なかった。
ひと際大きく光り輝く聖職者の少女にカトレアの体が吸い寄せられる。体がふわっと宙に浮いた。
次の瞬間、強大な光の爆発が起き、カトレアは吹き飛ばされた。頑丈であるダンジョンの天井や壁に亀裂が走ると同時に崩落が始まり、土砂が降り注ぐ。
カトレア、クズ、ツルツルは爆風で吹き飛ばされ、崩落に巻き込まれ生き埋めとなった。召喚者パーティーは至近距離での爆発を受け、文字通り、塵も残さず吹き飛んだ。
そして坑道内での爆発はかなり離れた場所でも被害を拡大させた。
地上に近い位置であったため、坑道内を駆け巡った衝撃波は、初心者冒険者にかなりの被害を与えた。
大勢のケガ人がダンジョンから逃げ出すように飛び出し、ダンジョンはしばしの間、立ち入りを禁じられる措置が取られることになる。




