010
ミナミノトチ国の最北端イチバンキタ町を出立し、3人はそのまま南下を始めた。カトレアが「お肉食べ飽きた」と言い始めたことが、行先を南にした理由だ。
「あの馬鹿聖職者が存外金を持ってて、しばらくは遊んでられるぞ」
「いいねー。南国のビーチで優雅な休暇だ! 海産物いっぱい食べるぞ!」
「休暇って、俺たちまだ何も仕事してないぞ」
「ダンジョンで一年近く無休で動いてたんだから良いじゃん!」
「お前は喰っちゃ寝してただけだろ」
「そんなことない。ちゃんと魔法の練習もしてたし、言葉も覚えたし」
「なら翻訳機を外したらどうだ?」
ニヤニヤ笑うクズとツルツル。それに対してカトレアは首から下がる翻訳機を手で弄り、苦笑いを浮かべた。
イチバンキタ町を出立し4日目。順調に南下を続ける三人が歩く道の先から、砂ぼこりを上げて疾走する馬車が現れた。その馬車の後方には4頭の馬が見える。馬車に座る御者は必死の形相でこちらへ大きく手を振っていた。
「訳アリだな」
「手出しは?」
「通り過ぎるならそのまま見過ごす」
カトレア達は馬車に轢かれないよう道から離れる。馬車に乗る御者が残念そうな表情を見せたが、彼は勢いよく通り過ぎる間際に「盗賊だ!」と叫んでいった。
4頭の馬はそのまま馬車を追いかけていく。だが、そのうちの一頭がゆっくりと戻ってきた。
「まだ?」
「まだだ」
「おまえ、殺意高すぎるぞ」
「先手必勝って私に教えたのは二人でしょ!?」
カトレアが早速魔法で攻撃しようとするのを、クズとツルツルが押さえる。だが、クズとツルツルも剣の柄に手を置いて、いつでも戦える体勢を整えていた。
盗賊は少し離れた場所でこちらの様子を伺っている。馬車が押さえられなかったらこちらに標的を変えようとしているようだ。ちらちらと気にしている様子が伺える。
「あ。二人は馬って乗れる?」
「……なんだ、馬に乗りたいのか?」
「乗馬やったことないから、やってみたいなぁっと」
「良いじゃないか? 馬がへばったら放しちまえば良いんだし」
クズが頷いたのを見て、カトレアは腕をスイーと盗賊に向けてあげた。そして水魔法を発動する。盗賊が頭部を水で覆われ、溺れ始めると同時に、ツルツルとクズが足早に駆け抜ける。そして暴れる馬の手綱を取り、盗賊を地面に引きずり落とすと同時に、その心臓に短剣を突き立てた。
ビクビクと痙攣を始めた盗賊をクズが持ち上げ、道端に投げ捨てる。ツルツルは軽々と馬にまたがると、手際よく制御してカトレアの元に戻ってきた。
「カトレア。水を出してやってくれ」
「ほい」
カトレアが水球を空中に出すと、馬は少し戸惑いながらもそこから水を飲み始める。馬は随分と走らされたのか、体から汗が吹き出している。その汗もカトレアがお湯でさっぱり洗い流してやると、馬は幾分か気持ちよさそうに落ち着いたようであった。
「よし。戻ってくる前に行くぞ。カトレア、乗るか?」
「曳いてくれるなら乗るけど、一人じゃ乗れない」
ツルツルが先導し、カトレアはクズの言われる通りの姿勢を取り、生まれて初めての乗馬を楽しんだ。つい先ほど人を殺して奪った馬に乗っているのだが、カトレアは既にこの世界の常識に染まっており、良心の呵責を覚える事もなかった。
盗賊は殺しても良い。怪しい奴には先手を打て。他人の助力を当てにするな。
ダンジョン内でクズとツルツルから英才教育を受けたカトレアは、この異世界の常識に照らし合わせても、かなり探査者、冒険者よりの考え方に染まっている。それはこの厳しい異世界で生きていく上では非常に大切な心得でもあった。
「他の盗賊も戻ってくるかな。荷物用にもう一頭馬が欲しいよね」
「そうだな。水はカトレアがいるから増えても大丈夫だし、エサはそこらの草でも食ませておけばいいし、……いけるな?」
「一応死体は見えないように捨てたから、運が良ければ戻ってくるだろ。それに道の先から盗賊が走ってきたんだから、他の仲間が待ち伏せするならこの先だろうな」
そこから暫く歩くと、右手にちょっとした森林が広がっていた。ツルツルが「たぶんここだろうな」と盗賊の待ち伏せポイントを見抜く。3人は待ち伏せが無いか注意をしながら森の横を通過する。ツルツルとクズの直感スキルとやらにも反応が無い事から、おそらく既に移動済みだと判断された。ただ、今夜野営するならそれなりに注意を要するとのことだ。
ツルツルはリュックから地図を取り出し、少しだけ思案する。
「多少道を外れるが、今から近場の村に行くか? 野営するよりは寝れるぞ」
「金はあるし、いいんじゃないか? 馬もそこで売れるだろ」
「ええー。もう売っちゃうの? 便利だからこのまま使おうよ」
カトレアは一人で馬をぽくぽくと歩ませながら進路を変えた。クズとツルツルがその後ろから荷物を持って付いてくる。まるで良いところのお嬢様に付き合う従者のようだと思った。
それなりの時間を歩き、日が傾き辺りが薄暗くなるころ、どうにか村にたどり着けた。門番なども居ない、簡易的な木製の柵で敷地が区切られただけの小さな村だ。辺りが暗くなっているため、誰も家から出てはいない。だが、煙突からは炊事の煙が出ており人の営みが行われていることは分かった。
ツルツルが適当な家の扉を叩き、宿屋をやっている家は有るかと聞くと、対応した村人は一軒の家を指差して教えてくれた。
ツルツルは対応したその男といくつかやり取りをして、それからクズとカトレアの元に戻ってくる。非常にめんどくさそうな表情をして。
「ツルツル、なんかあった?」
「あー。やっぱり面倒ごとか?」
「たぶんそうだ。直感も気を付けろって感じに警告してくる」
カトレアが首を傾げる。クズとツルツルは理由までははっきりしないものの、この村での滞在は良くないという結論に至っている様子だった。
しかし、辺りはすっかりと闇が支配する夜になっている。ランタンを頼りに移動するのは非常に厳しい。カトレアが光魔法などを使えれば話は別だが、そういう万能性が彼女には無い。
「これじゃ野宿より気を使う事になりそうだ」
ツルツルがため息交じりに言葉を吐き出すと同時に、顔を村の外に向けた。同時にクズも村の外に目を向ける。遅れてカトレアもガラガラという音に気が付き、同じように首を巡らした。
暗闇の中、3頭の馬に乗った男達。それと馬車が一台やってくる。馬車の上に大きなランタンをもった御者がおり、その御者台がまっ黒に染まっているのが見える。
流石のカトレアも「あっ」と何かを察した。それと同時に、盗賊達もこちらに気が付いた。
お互いに何かを察してしまい、気まずい空気が流れる。そしてピリピリとした気配が漂い始めた頃、ツルツルが手を上げて声を上げた。
「俺たちはココを去る。何も知らないし何も聞いていないし何もしない」
一方的にそう告げ、ツルツルはカトレアの乗る馬の手綱を引っ張りそそくさと村を出る。クズは最後尾を警戒しながら付いてくる。しばらく歩くが、村から人が出てくる気配はない。
カトレアはクズとツルツルから持たされたランタンを二つ、両手に持っている。太ももの力だけで体をがっちり馬に固定している様は、カトレアの身体強化によるものだ。初心者ではとてもではないが出来るようなものではない。
遠くから見れば、光源に最も近いカトレアは遠くからでもよく見える事だろう。そして陰になるクズとツルツルはこの暗闇の中ではどこにいるかも判別が出来ない。カトレアは囮になっている自覚はあった。ただ、この中で自分が最も頑丈であることも理解していたため、この扱いにも特に何も思っていない。
そのまま暗闇の中を一時間ほど歩き、唐突にカトレアはランタンの光を消した。それと同時にカトレアは馬から降り、荷物を持って走り出す。ツルツルとクズも同じように走り出す。突然真っ暗闇にほっぽり出されたお馬さんには申し訳ないが元気に生きて欲しい。
「やっぱり追っ手が掛かったな」
「めんどくさ……」
三人は地面に伏せるようにして身を潜める。しばらくすると周囲から男達のヒソヒソとした話し声が聞こえてきた。月……ではないが、この異世界にも月に相当する惑星があり、その光が降り注いでいるため、暗闇に目が慣れてくると、何となく人影が見える。人数はパット見ただけでも十人以上はいる。
「こりゃ村ぐるみで盗賊だな」
「そんなのあるの?」
「特に特色も無く、土が良くない村だとそういうところも珍しくない。旅人を襲ったり、今回みたいに馬車を襲撃したりな」
かなりの人数が周りをガサガサと動き回っており、見つかるのも時間の問題だ。
「はっきり位置を特定できないから、水球で溺死は難しい」
「カトレアは正面に見える敵に水弾でいい。人陰に適当にぶち当てろ。それで十分だ」
「俺は右に行く」
クズが音もたてずに離れていった。ツルツルも同時に離れていく。カトレアは意識を集中し、合図を待つ。
しばらくして、どこからか悲鳴が聞こえた。それと同時に、カトレアは視線を少し上げ、空中に水球をいつもよりも多めに作り出す。そして時速換算で200kmほどの速さでその水球を月明かりの下で蠢く人陰に向けて出射した。
およそ5kg程度の質量をもつ水の塊が、猛烈な勢いで人体にぶつかる。その衝撃は想像以上に大きい。ぶつけられた人体の足が地面から離れ、吹き飛ばされる程度には激しい。運悪く頭部に直撃した人体は、そのまま頸椎をへし折られ、地面に倒れるとピクリとも動かなくなった。胴体や足にぶつけられた人物も、あまりの痛みに悲鳴を上げてのたうち回った。
あっという間に立っている人間は居なくなり、時折くぐもった悲鳴と、命乞いの言葉が聞こえるが、それも直に静かになった。
カトレアがもういいかな、とランタンに火をともし、暇そうに座って待っているとクズとツルツルも集まってくる。その手元には多少ながらもジャラジャラと音を立てる革袋が握られていた。
「どっちが盗賊か分からないね」
「俺は何もしないってちゃんと宣告したのにな。全く、悪い奴らだ」
「さっさと引き上げるぞ。これだけ派手にぶちまけたら、結構な数が集まるはずだからな」
ツルツルがそう言って笑いながら荷物を担ぐ。クズもため息をつきながら荷物を持ち上げた。カトレアも荷物を持ち、足早に駆け出す。
そよそよと流れる風には血臭が混じる。その香りに誘われて魔物や肉食の獣たちが集まり始めた。村から徒歩で一時間。それほど距離も離れていない。大勢の魔物は十数人の新鮮な死肉をあっと言う間に喰いつくす。そして足りない分を補おうと、生活臭が漂う村へとその足を進めた。
この日、魔物に襲われて全滅した村が一つ増えるのだった。




