5.幼女、配信に出る
ちょっと期間空いたなー
「へえ、フーリちゃんの苗字ってエレメンタラーって言うんだね」
「はい。ボクの祖国では、四元素とか、そういう意味を持つ言葉なんですよ」
『ほうほう』
『祖国ってことは、名前と見た目でなんとなくそうじゃないかとは思ったけどフーリちゃんって外国の子なんだね』
『顔立ちは日本人っぽいし、名前もそこはかとない和風さがあるからハーフか、両親のどちらかにルーツが日本にあるのかもしれんぞ』
『てか、何気なくスルーしちゃってたけどボクっ娘なんだよな。まさか、リアルで本当に存在していたとは』
僕が向こうの世界でユウトにつけてもらった苗字の説明をしていると、コメント欄では僕の出身についての議論がなされているが、流石に異世界出身だと分かった人は一人も居ないようだ。まあ、そんなの普通は分かるわけもないし、もし分かったとしたら僕と同じ異世界人か、ユウトのような転移者で間違いないと思う。
……そういえば、僕とユウト以外に異世界帰還者とか異世界人って居ないのかな? 世界中で僕とユウトしか居ないったいうのは流石に考えにくいと思うんだけど。ちょっとだけ、試してみようかな?
ああ、そうそう。今僕が着ている服はいつものローブじゃなく、何故かこの家に置いてある凜音お姉ちゃんの妹さんの服だったりする。流石にちょっと、あれは日本だとコスプレっぽすぎるからね。
「そういえば、 フーリちゃんの出身地って私も知らないなぁ」
「言ってないもんね」
凛音お姉ちゃんよ、許しておくれ。流石にこの世界にない国の名前を出すと間違いなくややこしいことになるから言えないんだ。
「言わないからね?」
「だよねぇ」
『大人よりも個人情報保護がしっかりしている幼女』
『自分の半分くらいの幼女から個人情報を抜こうとするとか、大人として恥ずかしくないんか?』
『そもそも、配信中に聞くことではない』
「う、うっさいわ! そんなこと分かってたし! 冗談だから!」
ここぞとばかりに凜音お姉ちゃんを責め立てるコメント欄に、凜音お姉ちゃんも慌てて反論を返すが、如何せん多勢に無勢。
とはいえ、コメント欄の視聴者さん達も本気で言っているわけではないこともよく分かるし、凜音お姉ちゃんも理解しているようなので、激しい舌戦の割には和やかな空気感である。
「ぷっ」
『お、フーリちゃんがやっと笑ったぞ』
『やったなAmaneよ。俺たちの勝ちよ』
『にしても、いい笑顔や』
『ずっと緊張してたのか、引きつった顔だったもんな』
「え?」
コメント欄とのやり取りについ少し吹き出していると、何故かコメント欄も凜音お姉ちゃんも揃って幼稚な口論を辞めて、僕の方を見ている。いや、視聴者さんが本当に僕を見てるかどうかなんて知らないけど、少なくともコメント欄では僕について言及するようなもので溢れかえっていた。
「ごめんな、フーリちゃん。初めてこんなことやったから、多分緊張してたんだよね。さっきからずっと無理してるように見えたから」
そう言われると、確かに緊張はしてる、か?
いや、始まる前はちゃんと自覚してたことじゃないか。いざ始まって緊張がおさまるなんて、僕はそんなに本番で強い性格じゃない。
笑顔だって、途中から意識して出来ていたかも分からない。そのことを、凜音お姉ちゃんと視聴者さん達は見抜いていたんだ。
「だから、私は考えました。コメント欄と結託して、フーリちゃんの緊張をほぐしてあげようと!」
「……お姉ちゃん、いつそんなことやってたの?」
元気よく話すお姉ちゃんの発言に、僕は驚きを隠せなかった。なにせ、僕も配信が始まってから一度たりとてパソコンの画面から目を離していなかったんだ。それなのに、お姉ちゃんはコメント欄の視聴者さん達と示し合わせていたという。僕が見ていた限りでは、そんな素振りはなかったというのに。
もしかして、僕がお姉ちゃんの方を見ていない隙をついてケータイ端末を使って何かしたとか? いや、そんなことが出来るほど僕は目を離していたわけではない。常に魔力を放出して警戒する癖のある僕が、異世界のとんでもない実力者ならともかく、地球の一般人相手にそんなのを見逃すわけがない。
じゃあ、一体どうやって……。
「そんなの、決まってるじゃない。以心伝心よ!」
「はい?」
得意げにそう言い放つお姉ちゃんに、僕は呆然とする。
「だって、私のリスナーよ? そんなの、言わなくたって心と心で通じあってるんだから分かるに決まってるじゃない。ね? 皆?」
『おい』
『無茶ぶりすんな』
『うおぇぇぇぇ!!』
『(見た目は良くてもものぐさでいつもぶっ飛んでるAmaneの考えてることなんて知ら)ないです』
「よし分かった、皆今から屋上集合ね?」
辛辣なコメント欄に、再び先程の焼き直しのようなやり取りが始まる。ずっと見ているとなんとなく、これが日常風景なんだろうと分かってくる。
でも僕は、こんな空気が嫌いではなかった。
「お姉ちゃん、それに視聴者さん」
「どうしたの? ユーリちゃん」
凜音お姉ちゃんは、不思議そうな顔で座ったまま僕の顔を見上げる。コメント欄も、クエスチョンマークで埋まるようになった。
僕はその様子を見て、深く息を吸って──。
「ありがとう」
ただ、心の底からの本心だけを述べた。
「……へ?」
『お、おう』
『もしかして今、俺たちは夢でも見ているのではないだろうか』
『アッ、やばい浄化される……』
『フーリちゃんってもしかして天使か聖女様なのでは?』
ぽかん、と口を空けたまま呆然するお姉ちゃんに対し、爆発的なスピードで流れていくコメント欄。ただ、そのほとんどが照れている様子であったり、僕のことを「天使」だとか「聖女」だと持ち上げるコメントが散見される。
残念ながら僕は天使なんてそんなたいしれた種族ではないです。あと、聖女様ではなく宮廷魔導師です。異世界に居た頃、聖女様は仲間だったけどさ……全ての戦いが終わった後、僕の祖国でありユウトが召喚された国の第一王子、つまり、次期国王最有力候補のお方と結ばれてそのまま仲睦まじくされていたから、今頃は幸せな結婚生活を送っているんじゃないかな。
というか、凜音お姉ちゃんはいつまで固まってるんだろう。
「凜音お姉ちゃん?」
「……フーリちゃん、やっぱり私と養子縁組してうちの子にならない?」
「嫌だけど?」
「即答!?」
『草』
『草』
『今の絶対ガチだったろ』
『預かってる身で何を言ってんだこいつ』
その後、緊張のなくなった僕は、視聴者さんからの質問を拾い上げた凜音お姉ちゃんを経由して返事しつつ、何事もなく2時間の配信を終えることが出来た。