2.幼女、拾われてしまう
本日2話目。
残り1話は夜に投稿します。
「まじですか」
つい声が出てしまうのも無理はないと思う。なにしろ、気が付けば見知らぬ家に連れ込まれていたんだから。
身なりが身なりだから異世界ではよくカモだと思われ誘拐されかけては撃退してたけどさあ。でもまさか、日本で拉致に巻き込まれるとは流石に思わなかった。日本だからと流石に油断しすぎたか……猛省しないと。
それよりも、今は家主にバレないようにこの家を脱出するのが先決だろう。幸いにも、一晩ぐっすり眠れたおかげで魔力は回復している。それなら、隠形の魔法でこっそりと……。
なんて逃げ方を画策していると、不意にこの部屋の唯一の出口であるドアが開かれてしまった。そして、開かれたドアの向こうから現れた女性と目が合う。
「「あっ」」
少しの間、漂う沈黙。もしかして、というか間違いなく僕を拉致した本人なんだろうけど……まさか、女の人だったなんて。見た目では普通の人のように見えるけど、何の目的かは知らないけど、寝ている間に勝手に家に連れ込んだ張本人であるのなら、警戒するほどでなくとも注意はしておくべきだろう。
物音もなく静寂の空間なのもあってか、互いに気まずさから何も口に出せないでいたが、先に口を開いたのは向こうの女性だった。
「えっと、体調は大丈夫? どこか、気持ち悪いところとか、痛いところはない?」
「えっ? あ、はい。大丈夫です、けど」
……まさかの、一言目から身体の心配である。流石の僕も、うっかり面食らって反射的に答えてしまった。本当に僕のことを心配している? それとも、今は外面だけ善人ぶって、言葉巧みに洗脳でもしようとしているのか?
「あ、あの君が着てた変な服? なんだけど、汚れと……その、血がついてたから、洗濯に出しておいたからね」
「……あっ!」
そう言われて、今更ながらに気が付いた。今の僕の服装は、異世界から地球に戻ってきた時に着ていた僕の身体に合わせた特注の宮廷魔導師のローブではなく、明らかに地球でよくある幼児用のワンピースへと変わっていることに。
あまりにも迂闊だった、と今更ながらに後悔する。なにせ、あのローブは僕にとっては本当に、命と同じくらいに大事なものだ。異世界での生活は辛かったけど、ユウトやその仲間たち、それに同じ宮廷魔導師の人たちとはそれなり以上に仲は良かったと自負している。
それに、あのローブはユウトがわざわざ自分で素材を取ってきてくれて、師匠である宮廷魔導師団長が自ら魔力を込めて用意してくれたものだ。例え命の危険性があったとしても、ローブを放棄してまで逃げ出すつもりは一ミリたりとてない。
つまり、あのローブがちゃんとこの手に戻ってくるまで、僕は逃げられない。
「……何が、目的なんですか」
「へ?」
「ボクを家に連れ込んで、何がしたいんですか。裏の仕事のお手伝いですか。それとも、身売りですか」
「ちょ、ちょっと待って!? 何の話!? それに、そんなことさせる訳ないじゃん!」
いきなり顔を青くして、慌てて両手を振って否定する女性。一瞬あれ? と思ったが、それならそれで家に連れて帰った理由が分からない。だって、警察に僕を引渡せばいい話なんだし。
「だったら、わざわざ家じゃなくても良かったんじゃないですか。警察に連れて行けば……」
「う……まあ、それも考えたんだけどね? でも君、見た目からしてかなり複雑な事情がありそうだし、なんとなく君から話を聞いてから警察に連れて行くか判断した方がいいと思って」
それを言われると、弱い。なにしろ僕自身が、国籍ねェ、戸籍もねェ、おまけに血縁関係ねェ、と出所皆無の何処からどう見ても怪しい幼女でしかないからだ。
見た目のことを示唆したのは、多分日本人らしくない顔立ちと服装からだろうか。顔立ちは割と日本人っぽさはあるが、薄い栗毛の髪に栗色の目、それに色素の薄い肌は、確かに日本人らしくはない。
ちなみに、西洋人とかは日本人よりスリムで長身なイメージがあるだろうが、僕はどうやらこっちの同年代の女の子とはそう変わりないようだった。むしろ、日本人の女の子が早熟で栄養事情も満足な分、平均よりすこーしだけ低い、のかもしれない……涙が出そうだ。
「それに君、あんなところで苦しそうに寝てるの見ちゃったら、私じゃなくても警察に連れて行くか、少なからずどうにかして助けようとはしたと思うよ?」
……そういえば、昨日は魔力が切れてたから魔法を使わずに寝てたんだっけか。地球に戻ってきてから、昨日の朝までずっと【姿くらませ】という、迷彩を応用して姿を見えなくする魔法を使ってたけど、昨日はそれがなかったから寝られてるのを見られたのか。人目がない公園で見えにくい場所を選んだとはいえ、見えないわけじゃないから絶対じゃないし。
公園で夜一人眠る幼女の図。うん、異世界ではあまりにも普通のことだったからすっかり忘れてたけど、日本で客観的に見ると確かに事案だわこれ。
もしや、日本だから日本だからって言ってた割に僕自身まだ日本に馴染めていなかったのではないだろうか……まあ、向こうで過ごした10年はめちゃくちゃ濃かったからな。下手したら、向こうで僕自身がスラムの浮浪児になってた可能性もそれなりにあったわけだし。
拾ってくれたユウト、それに寛容な心で面倒を見てくれた王族の方々や師匠には本当に感謝しかないよ。
「そう……」
女性の言葉を聞いて、正直ホッとした。なにせ、折角戻ってきた僕の故郷なのに、帰ってきて早々誘拐なんて憂き目にあっていたら、間違いなくこの国に対して失望していた。
わざわざかなり周りに苦労をかけてでも、日本に帰りたかった。それに、会いたかった人だってかなり居る。今はまだ心の整理がついていなくても、そのためだけに帰ってきたんだ。
だというのに、やることをやる前に帰ってきたことを後悔するなんて状況になった、きっと僕は絶望していた。
「ねえ……あんまりその、聞かない方が良いんだろうけど、その……お母さんやお父さんとかは、居ないのかな?」
おずおずと、申し訳なさそうな顔で尋ねる女性。確かに普通なら、かなり繊細で聞きにくい話題だとは思う。
だけど、生憎僕は気付いた時には既に親からは捨てられて孤児院に居たから、別に向こうの両親のことについては全く思うところはない。だから気にしなくてもいいんだけど……まあ、流石に言っても気にしないのは無理だろうから仕方ない。
「ボクに両親は居ません。顔も知りません。保護者になってくれた人なら居ます。でも、この国に来た時にはぐれてしまって……何処に居るか、分からなくて」
今更ながら、ユウトと離れ離れになってしまった不安が込み上げてくるようだった。じんわり歪む視界。どうやら、涙が流れているようだ。
思えば、異世界でもユウトと離れることはそうなかった。僕はいつの間にか、こんなに寂しがり屋になるくらいにはユウトに甘えてしまっていたらしい。
元々は僕の方が歳上で、大人だったのに。なんか、情けないなぁ……なんて、思っていた時。
不意に、頭を撫でる感触がした。驚いて見上げてみると、優しい微笑みを浮かべて僕の頭を撫でる女性が。
「私がその人、探してあげるよ」
「え?」
「だから、暫くここに居なよ。大丈夫、人探しなら、私に考えがあるから! 流石に、行く宛てがない子を放り出せる程非情になれないしね」
確かに、今放り出されたところでまた同じ生活を繰り返すだけになるとは思う。でも、例え今が子供だったとしても流石に抵抗はある。
なにせ僕は元々男だったわけで、女の子としての生活には慣れたものの、性自認としては今でもそっち寄りと言ってもいいだろう。そんな僕が、女の人とひとつ屋根の下を過ごすというのは心臓に悪い。間違っても、何かことを起こすなんてことはまずないけど……。
それに、これって……いわゆるヒモってやつになるってことじゃないか? そこまで甘んじたら、なけなしのプライドが消滅してしまいそうだ。
「ああ、もしかして迷惑がかかるんじゃないかって心配してるのかな? それなら心配しなくても大丈夫だよ。これでも、そこそこ稼ぎはあるんだからね。それに、人探しと並行して私の仕事も手伝って貰おうと思ってるからね!」
「仕事?」
僕の見る目が間違っていなければ、まだ大学生かそこらの年齢に見えるけど、どうやらその歳で既に自分で仕事をしていて、しかも割と裕福であるらしい。ユウトといい、前の僕とそんなに変わらない年齢でしっかりしてる人が多すぎじゃないか? 特に志もなく大学生活を過ごした僕とは大違いだよ……。
「そ! あ、もちろんちゃんとした仕事だからね? さっき言った通り、決していかがわしいことや、後ろめたい仕事じゃないから安心して。それで、どうする? むしろ、私としては残って欲しいんだけどなぁ」
……ま、まあ、そこまで言うならいいか。何かあっても、魔法で対処すれば問題ないだろうし。
「分かりました。しばらくお世話になります。お姉さん」
「硬っ苦しい! まだ子供なんだから、敬語で喋らなくていいんだからね? 後、私のことはお姉ちゃんって呼んで!」
「ええ……?」
なんというか、居候させてもらうのが決まった瞬間、めっちゃ押しが強くなったな。気のせいか、目もキラキラしてるように見えるし。むしろ、ギラギラか?
とはいえ、年齢10歳程度の幼女が敬語なんて使ってたら確かに変だな。僕の場合は常に目上の人しか居なかったから敬語を学ばざるをえなかったけど。
でも、お姉ちゃん呼びはどうなんだ……?
「お、お姉ちゃん……?」
「おお……なんか、感動かも」
な、なんか喜んでるのかな? まあ、それならいいか。
「妹が出来た記念に、今日の晩御飯は美味しいのを作ろう! これからよろしくね……えっと。うっかりしてたな。そういえばまだ名前聞いてなかったっけ」
……忘れてた。
「……フーリ。苗字もあるけど、こっちじゃ馴染みがないと思うから、フーリで呼んで」
「フーリちゃんね! 私は雨宮凜音! フーリちゃんも、雨宮って名乗って良いからね!」
名乗りません。
……でも、お姉ちゃん呼びくらいなら許しましょう。
「こちらこそ、よろしく。凜音お姉ちゃん」
こうして僕は、凜音お姉ちゃんの元で居候することになった。
……このお姉ちゃん呼び、やっぱり恥ずかしいんだけど。どうにかならないかなぁ?
次話は凜音視点です。
基本的に、一定話ごとに主人公視点とその他登場人物視点を切り替えていく形で話を進めていくつもりです。
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