モモイロワークス
桟橋コルクはため息をついた。
コルクは現在授業を受けている。一時間目、歴史だ。
歴史はコルクの最も苦手な教科である。一番の原因は、一昨年、去年、そして今年の歴史の授業がずっと退屈であること。面白くなくて退屈だと聞く気にもなれない――というのがコルクの意見。当然、テストの点数はひどい。前回のテストは16点だった。すべて『ア』にしておいた選択問題が40問中16問当たったのである。
それにしても、この暇さはどうしようかな、と机にひじをつき、教科書をパラパラとめくりながらコルクは空を仰いだ。
「よー、コルク。勉強してるか?」
休み時間が始まってすぐにコルクの席へやって来たのは、ふたつ斜め後ろの席の麻次京谷だ。小学一年生の時からずっと同じクラスの、コルクの大親友である。
黒い髪にくりくりした目。童顔だ。身長も低いので、とても高校生には見えない。不思議と制服は似合っている。左耳には小さなサイコロのピアスを着けており、本人曰く大事な人からもらった、とのこと。
「してるわけないよ。社会つまんないし」
「だよなー。俺もしてない」
京谷はいわゆる天才型。授業を一度受ければ忘れない、素晴らしい頭脳の持ち主である。コルクのように社会を一切勉強しなくても、学年順位は必ず一位という強者。抜かれたことはない。まるでコルクとは反対だ。
コルクが次の授業へ向けて化学の教科書を取り出すと、そこに何か挟まっているのに気付いた。
「ん、これ……手紙かな?」
「おっ、おめでとう! ラブレターだろそれ。うらやましいぜ」
コルクは京谷を軽くにらみ、お前が言うな、と吐き捨てた。京谷には彼女がいるからだ。コルクは会ったことはないが、そんな感じの人がいると聞いている。
京谷にせかされ封筒を開く。中には二枚の紙が入っていた。
『お買い上げありがとうございました。ここに領収書と商品を同封します』
商品、というのはどうやら小さな半透明の歯車のことのようだ。封筒の中にはほとんど白に近い桃色の歯車が入っていた。
しかしコルクには身に覚えがない。もう一度二枚の紙を見たが、連絡先はおろか販売人の名前さえもどこにも記されていなかった。
「きれいだなそれ。いつ買ったんだ?」
「こんなの買ってないよ。誰かが間違って入れたのかなあ……?」
「へー。でもまあいいじゃんか、無料でゲットできるし、もらっとこうぜ。いらないなら俺がもらうけど」
買っていないのは確かだが、よく見ると封筒には『桟橋様』と記されているので、ありがたく貰うことにした。とりあえずポケットに突っ込んでおく。
「それじゃあ俺はなんかジュース買いに行くけど、一緒来るか?」
「うん。奢ってくれると助かる」
「うーん、二十円までならいいぜ」
昼休み。
コルクは大木の陰に腰を下ろし、とても重い瞼を閉じた。
いくら寝ても寝足りないコルクは、基本的に昼休みは昼寝の時間としている。昼寝は脳をシャキッとさせる効果もあるので、他の人たちも昼寝をするべきだとコルクは考えている。中学生の時の英語のプレゼンもそれにした。
いつも通りに何も考えずじっとし、自然の奏でる静かな音色に耳を傾けていると、すぐに意識が飛びかけて……いきなり、すぐそばから声が聞こえた。
「こんにちはー」
「!?」
コルクは飛び起きた。そして声の正体を探そうと視線をさまよわせると、すぐに人らしき生物が目に入った。
身長二十センチくらいの少女……というか小人だ。薄桃色の髪に黄緑色と白のメッシュが一筋ずつ入った、だいぶ目立つ髪の色をしている。目の色は髪と同じく薄桃色で、服装は桃色のパーカーとだぼだぼのジーンズに、マフラー。この真夏にそんな服装で暑くないのかな、というのがコルクの感想だった。
「どうもー。私は歯車に宿る妖精のような存在のー、クラリネット・ヤクメ『ジャンク・ジャンク』バッテリー・メガロフォレスト、ですー」
「あ……ああ、どうも。コルクと言います」
覚えきれない、とコルクは思った。コルクの脳も記憶を完全に放棄した。
クラリネットは深々とお辞儀すると、背負っているリュックサックから小さなノートを取り出した。
「えー、歯車の所有者として確認されたのでー、私が事情を説明しますねー。実はですねー、あの歯車は持ってると魔法使いになれるすばらしい歯車なんですよー」
「ふうん」
コルクはあっさりその事実を受け入れた。小人だか妖精だか、そういったものを見てしまった時点で何でも受け入れる心構えが完成していたのだ。思考放棄とも言う。
「薄桃色の歯車の能力は『物質転換』ですねー。見えてる非生物ならー、だいたいのものは別物にできます、例えばこんな感じですー」
クラリネットが地面から石を拾い、すぐに放り捨てる。するとそれは小さな花火となって一メートルほど上った後、小さな可愛らしい破裂音と桃色の『きょうは はれ』の文字を残して消えた。今は曇りのはずだが。
「っていう感じでー、まあ今は石を花火にしちゃったんですけどー、想像できるものなら大体できますよー。ほら、やってみてくださいー」
言われるままに石を拾い上げ、ぽいっと捨てると、それは頼りない変な音を立てながらふらふらっと上った後、キーンという嫌な音を出し歪な円の形に散った。何か文字を入れようとしたらしいが、『も』と『け』を混ぜたような謎の記号が出てきただけだった。
それをクラリネットがぽかんとした顔で見つめる。花火がすべて消えると、すぐにはっとして話し出した。
「……普通の人ならー、どんな形にも自由自在なはずなんですけどー……わざとやってますかー?」
「いや……」
「なら、絶望的に才能がないですねー……。ま、まあ、練習すれば、うまくなりますよー……たぶん……」
コルクは少し悲しくなりながら、何回か石を花火に変えた。全部変な花火になった。
「あ、そうだ。歯車の所有者には、いろいろと説明しなくちゃいけないんですよー。じゃあしばらく聞いてくださいねー」
教室に戻ると、コルクの目に入ったのは、教卓に座ってひとりでチェスをする同級生の姿だ。名前は菱暮慧と言う。良いところも悪いところも特にないごくごく平凡な少年だが、妙に人気がある。なんだかいつも気だるげ。
「みんなは?」
コルクが問うと、慧は眠そうな目をこすりながら小さな声で答えた。
「サッカーしに行った。流星が『サッカーやろうぜ!』って」
輝神坂流星の声真似がだいぶうまかったので、コルクは少し噴き出してしまった。
「ああー……コーラうめえ……」
帰り道。
京谷は学校から歩いて一分ほどの自販機で売っている、とても炭酸が強いと評判のコーラを、半分ほど一気に飲み干して言った。
「よくそんな飲めるね……ん?」
「おーっと、雨降ってきたな。めんどいぜ……」
コーラをかばんに雑にしまうと、折り畳み傘を二つ取り出し、片方をコルクに渡して、もう一つを自分で差した。雨が自分にかからないことを確認すると、京谷はハムと卵の挟まった分厚いサンドイッチも取り出し、むしゃむしゃと食べ始めた。小さい体のわりによく食べる。
「そういえばさ、京谷のお母さんってどんな感じの人?」
「うーん……」京谷は少し考えこんだ。「だいぶぶっきらぼうで、身長は俺より低くて、だいたい百三十センチ。あとめっちゃ金持ち」
「ふうん」
「あ。今日ちょっと俺用事があるからさ、そこの角曲がるわ。傘は明日返せよ」
「オッケー」
京谷は曲がり角を曲がると、少し歩いて足を止めた。後ろの方で妙な違和感を感じたからだ。
振り向くが、もうコルクの背は見えない。
京谷は違和感を頭から振り払うと、用事のある人物の事務所へと向かった。
* * *
コルクは歩く途中、この静けさが不気味に思えた。
普段ならちょくちょく、雨でも近くの大通りを走る車の音や、少し先にあるカフェでの話し声が聞こえる。だが、今は雨の音しか聞こえない。
(おばけが出そうだなあ……)
少し怖かったので、ポケットから歯車を取り出してクラリネットに呼び掛けた。
「怖がりですねー。おばけなんていませ――」
背後から、音が聞こえた。
小さな足音。跳ねる水の音。そして、さびた金属をこすり合わせるような音。
コルクとクラリネットがゆっくりと振り返ると、そこには真っ白な服を着た人間が立っていた。ぼさぼさの髪は地面につくほど伸びており、目は見えない。顔には白いマスクを着けている。そして両手には、さびてボロボロになったはさみが握られていた。
「わたし、きれい?」
「……は、はい……たぶん……」
クラリネットは怖すぎて意識を手放し、歯車の中に戻った。
物理的な体があるコルクとその人――声からして女性だろう――だけが取り残される。
「……これでも?」
女性がゆっくりと、耳にかけてあるマスクを外す。そこに現れたのは、耳まで裂けた大きな口だった。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああー!?」
コルクはじたばたと動いてなんとか逃れようとするが、怖くてうまく足が動かない。
コルクの顔も自らと同じように切り裂くべく、口裂け女はゆっくりとコルクに迫る。
その手がコルクの顔面を押さえようとしたところで――
パアアアアン!
「!?」
薄桃色の花火が数発、口裂け女の顔の前で炸裂する。それに驚きのけぞった隙に、いつの間にか復活したクラリネットがコルクを引きずって逃げようとする。
しかし、逃げられなかった。
この周囲には口裂け女があらかじめ張っておいた、結界が存在していたのだ。コルクとクラリネットはそれに阻まれ、逃げることができなかった。
ふたたび迫ってくる口裂け女。
「な……なんでこんなことするんですか!」
「私と同じ苦しみを味わわせるため……」
「なんで味わわせるんですか! そうしてどうなるんですか!?」
クラリネットが恐怖をこらえながら必死に叫ぶ。
「……」
それに言葉がつまったのか、あるいは答える必要がないと思ったのか。口裂け女は無言で返した。
「無関係の人間に八つ当たりしたところで何の解決にもならないでしょうが! 復讐されてもっとひどい目に合うかもしれないんですよ!? そんなことも分からないんですか! 口が裂けたのぐらい病院に行けばいいじゃないですか! 手術すれば治りますよ多分! それなら私が治してあげましょうか!」
口裂け女はぴたりと足を止めた。
「……治る?」
「ええ治りますとも! そういうのには信頼と実績のあるクラリネット・ヤクメ『ジャンク・ジャンク』バッテリー・メガロフォレストさんですからねっ! ちょっとじっとしててくださいね! よいしょ!」
なんだか話が変な方向に流れて言っているなあ……と少し落ち着いたコルクがそれを眺める。
クラリネットは服の裾を二回、少しちぎると口裂け女の口の端に当てて、物質転換の能力を発動させた。
すうっと顔に溶け込むように、服は彼女の皮膚と同化する。
「ほら、治りましたよ……ふう……」
クラリネットがポケットから手鏡を取り出すと、それをひったくるように奪った元口裂け女は、鏡を見て崩れ落ちた。
「私の口が……治った……」
「お名前はなんていうんですか」
なるべく人通りの少ない道を通って、少し離れた公園の屋根付きベンチに座ったコルクは、未だバクバクしている胸をさすりながら聞いた。
「……和歌子」
「和歌子さんですか。あ、そうだ。ちょっとはさみかしてください」
コルクがはさみをひったくると、和歌子の前髪を少し切った。さび切っているはずのはさみは、意外なことにとても切れ味が良かった。
人の髪を切ったことのないコルクがとりあえず前髪をまっすぐ切ってみると、現れたのはわずかに赤みのかかった目だ。目尻が下がっているので少し困っているようにも、優しそうにも見える。
口数が少ないので会話だけではよく分からないが、コルクには和歌子が少しうれしそうに見えた。
「ちょっと気分を悪くしちゃったら申し訳ないですが、なんで口があんなふうになっちゃったんですか?」
「……」
和歌子は目を閉じて、昔の記憶を探ろうと試みた。だが、うまくいかなかった。
「わからない……人間だったころの記憶は、ほとんどないから……」
「『人間だったころ』?」今度はクラリネットが問う。「やっぱり、今は人間じゃないんですかー?」
「そう……今から、二百年くらい前……自殺した……」
クラリネットは「へえー、妖怪ってホントにいたんですねえ。驚きました」と呟く。コルクは少し突っ込みたかったがぐっとこらえた。
「和歌子さん、これからはどうするんですか」
「……」和歌子は少し考えこんだ。「今まで通り……」
「そうですか。ちなみに何をしてたんですか? あ、人の口を切っちゃダメですよ」
和歌子はひとつ頷いてから続けた。コルクの頭に座ったクラリネットが、少し眠たそうに目をこする。
「アパートで、一日中音ゲーを……」
「……まったく妖怪っぽさがない……」
聞くと和歌子は、大人気の音楽ゲームのイベントで、獲得ポイント数一位をここ数回とり続けているらしい。さすが。
クラリネットが、意外過ぎて変な顔をしている。驚きと呆れと、その他いろいろを混ぜ合わせた感じだ。
「質問ばかりで申し訳ないですが、お金はどうやって?」
「……念じたら、出てきた……」
「まじで?」
思わず素が出たコルク。和歌子は小さく頷いて返す。
うらやましいなあ、すごいなあと呟くコルクの頭を、クラリネットがぽんぽんとたたいた。
「ん?」
「私だってできますよー。ほらー」
「いたっ!?」
クラリネットがむりやりコルクの髪を一本引きちぎると、それを諭吉に物質転換した。
「おおー! やったあ! おこづか――」
「だめでーす。これは私が魔法を使ったんですからねー」
「元は僕の髪!」
「知りませーん、そんなことー」
ひょいひょい空中を飛び回るクラリネットと一万円札。コルクが何とか捕まえようとしても、全て余裕でかわされた。
* * *
京谷は傘をたたむと、『事務所』とだけ小さく書かれたマンションの一室のドアを、思いっきり開いた。
「よー、お嬢! お邪魔するぜー!」
「邪魔と自覚しているのならとっとと帰れ。あと一キルで一位なんだから邪魔するな」
京谷が事務所の扉を開くと、まず辛辣な言葉が返ってきた。いつものことなので、もちろん帰らずに狭い事務所へと入る。
かばんを適当に床に置き、事務所の主の前の机に座る。
ちょうど試合が終了したため、その人物はノートパソコンの画面を閉じた。
その少女の名前はサク。偽名だと京谷は聞いている。
赤茶色の髪を後ろに束ね、前髪は赤くて細い目にかかっているほど長い。黒くてもこもこした服を上下着ている。そして頭には一対の猫耳。髪の色と同じそれは、どう見ても本物にしか見えなかった。
「……今日は何の用だ。金ならやらんぞ、次の小遣い日まで待っていろ。そして今すぐに帰れ」
「ちがうちがう。重要な報告だぜ? 聞いて驚けよ……」京谷は一拍ここで区切った。「なんと、コルクが歯車を手に入れたんだ」
だるそうな目をしていたサクが、姿勢を直した。すぐに京谷に食い入るように尋ねる。
「何色だ?」
「俺には桃色に見えたな」
「桃色……『空間干渉』か? それとも『物質転換』か?」
京谷は、さてね、と肩をすくめた。
「ふん、役に立たんやつだ」
「あいにく俺は目が悪いからな」京谷は小さく笑った。「それと、あと一つ相談があるんだ」
「なんだ、言ってみろ」
京谷がにやりと笑う。サクはそれを見て何を言い出すか察した。
「ちょっと小遣いを――」
「馬鹿を言うな。両親がどっか行ってぼっちだった貴様をここまで育ててやったのは誰だと思っている。そのうえ小遣いを増やせだと? 思い上がるな。決めた、次月からは無しだ」
「ええー!? お嬢、そりゃないぜ……」
こうは言ったものの、態度こそそっけないサクは意外にも面倒見がよく、「小遣いをなくす」と言ったとしても実際は減らないことを知っている京谷は、特に反論もしなかった。
「用は済んだだろう、出ていけ。私には仕事が残っている」
「いいじゃん、一緒にゲームやろうぜ!」
「邪魔だ」
サクは京谷に鞄を持たせ、無理矢理外に放り出した。
「……なんであんな奴を拾ってしまったんだ……。くうう、私の馬鹿が……」
* * *
コルクは家に着くと、テレビをつけた。
「へえー、なんか面白い事件がやってますねー」
テレビを見たクラリネットが呟く。
「どんなの?」
「この県のいろんなところで、ほぼ同時に、同じ外見の人物が三十八件ものひったくりを起こしていますねー」
確かに、テレビの画面に映し出されている県地図のあらゆる所に赤い点がつけられていた。
続いて視聴者提供の動画がいくつか流れる。青い帽子をかぶった茶髪の男――名前は明石一翔というらしい――が、通りすがりにいきなりかばんを奪って走り去ってゆく。
「三十八つ子供なのでしょうかー」クラリネットがコルクのポテチを勝手に食べながら呟く。
「さすがにそれはないと思うけど……あ、そうだ。分身できる歯車ってないの?」
はっとした表情のクラリネットが手をたたく。
「ありますあります。歯車の人が目が細くてイケメンのですね。色は橙色、でしたっけ」
「じゃあ……」
「そうですねー。この一翔って人は歯車の所有者の可能性が高いです」
クラリネットはポテチを半分ほど食べ終えると、満腹になったらしい。ストレッチを始めた。
「……僕のポテチ……」
翌日。
「おはよう」
「ようコルク。今日は早いな!」
まずコルクの元へやってきたのは、いつも通り京谷だ。
「ほんとだ」
コルクが教室の時計をちらっと見ると、表示は七時半だった。いつも学校に着く時間より三十分も早い。たぶん、ポテチをたくさん食べるくせに健康志向の強いクラリネットにたたき起こされたからだろう。
「一時間目はサッカーだぜ。体操服持ってきたか?」
「もちろん」
コルクは鞄から体操服の袋を出して見せた。
それからしばらくたわいもない話をしていると、ふと、外が騒がしいのに気が付いた。
「行ってみようぜ。喧嘩かもしれねえ」
「けんかは楽しんで観戦するものじゃないよ……?」
校舎から出ると、もう騒がしい声は聞こえなかった。かわりに、流星がひとりで草相撲をしていた。いろいろと悲しい、哀愁漂う雰囲気である。
「何があったんだ? おい」
「スクールバッグ取られたんだよ……。困った……今日の食費が……」
泣きまねをする流星。それほど困っているようには見えない。それはきっと、彼の心はポジティブ思考が強いからだろう。
「どっちに行ったんだ?」
「あっち」
流星が指さした場所は、ほとんど人の通らない小さな路地だった。コルクにはこの道の用途がかくれんぼくらいしか思いつかない。
京谷が無言で駆けだす。面倒ごとに巻き込まれたくないコルクは、流星をとりあえず慰めながら教室に連れ帰った。
* * *
「おい、お前。何やってる?」
京谷はスクールバッグを抱えた男の肩に手を置くと、全力で睨んだ。
その男は、京谷を見るといきなり駆けだした。京谷も全力で走る。
「人の物は盗むもんじゃねえぜ。っていうかそのかばんの持ち主貧乏だからたいして金は入ってねえよ。止まれ!」
京谷が男の足元をにらみ左手を握りしめる。すると、小さな爆発音を立てて地面が抉れ、男が倒れた。
「次盗んだら、お前が爆ぜる番だからな」
かばんを置いたまま逃げ去る男。
京谷は男には目もくれず、鞄を拾うと学校へと帰っていった。
「よう。ただいま」
京谷が流星の机に、乱暴に鞄を置く。
「え! マジで? うわー、ありがとう! よし、今度ジュース奢る!」
笑顔の流星に向けて、京谷も笑顔で親指を立てた。
「どうやって取り返したの?」
とりあえず自分も親指を立てたコルクが尋ねる。
京谷はそれに向け、いい笑顔で言い放った。
「企業秘密だぜ!」
* * *
とりあえず、午前中はほとんどいつもと変わりなく終わった。
コルクはこれから昼寝するのである。
「というわけでー、じゃじゃーん!」
「うるさい……」
「おっとすいません。これは素晴らしくリラックスできるオルゴール! でーす!」
クラリネットがゼンマイを数回回すと、オルゴールから静かなメロディーが流れてきた。確かに言った通りリラックスできる。コルクはすぐに眠りに落ちてしまった。
コルクが木にもたれかかって眠る間、クラリネットは少し離れた場所で何かを作っていた。
クラリネットはぶつぶつと何かをつぶやきながら、せわしなく手を動かしている。その目はらんらんと輝き、すこし不気味な笑みを浮かべていた。
「ふっふっふ……これで射程が十二キロくらいですかねー……最近作ってなかったけど、なかなかのでき。ふっふっふっふ……」
彼女は石をうまくそれぞれのパーツに変化させ、銃を作っていた。実弾が発砲できる。
その銃は一応、クラリネットが好きなスナイパーライフルだ。身長が二十センチほどしかないクラリネットでも手軽に操れるよう、サイズは十センチと少しとなっている。
「あ、そうだ。ここをこうすればもっとかっこいいですねー……」
クラリネットがあまりにも多機能を追求するため、それはもはや銃と呼べる外見ではなくなっていた。もっとも見た目が近いのはおはぎだろうか。黒く丸いその物体は、どう見てもあんこの塊にしか見えない。
製作に一段落着いたクラリネットは試し打ちをするべく、いい的になるような小さい物体を探し始め、すぐに校舎の外にある空き缶を見つけた。
「えいっ」
よく耳を澄ませなければ聞こえないほど小さく乾いた音がした後、空き缶がひしゃげ、ただの鉄塊へと変わった。
「うむうむ。威力も十分ですねー!」
性能に満足したクラリネットは、再び銃の制作に取り掛かる。
その銃には、小さく『REMEMBER:THE LAST HOURS』と刻まれていた。
* * *
明石一翔はため息をついた。
昨日と今日、彼は歯車の能力『分身』を用いてひったくりを計45件起こした。生きるために仕方がなかったとはいえ、罪を犯した自分が許せなかったのだ。
一翔は今、とある船着き場に来ている。夜はほとんど人がいないここは、朝まで静かに休めるだろうと考えたためである。
「明日、出頭しようか……」
人に見つかりにくそうな、たくさんのドラム缶が並べられている場所へ入り、腰を下ろす。体操座りのまま一翔はゆっくりと眠りに落ちた。
そこへ、一人の女が足音を立てずにゆっくりと近づく。
その手には小さな拳銃が握られていた。
「明石一翔さん。さようなら」
パンッと乾いた音が響く。
一翔が顔から血を流しながらゆっくりと崩れ落ちる。
女は一翔の握っていたうっすらと輝く橙色の歯車を、自分のポケットにそっと入れるとすぐに、足音を一切立てずその場から立ち去った。
静かな波の音だけが聞こえる――。
* * *
「大変ですよー。犯人、殺されたみたいです!」
コルクはやかましいクラリネットにたたき起こされた。
「えー? ほんとに?」
「ホントですー。眉間を銃で一発! 即死だったみたいですねー」
コルクがテレビを見ると、ここからそう遠くない小さな漁村の写真が映し出されていた。すぐに画面が切り替わり、現地にいるリポーターの中継が始まる。コルクは眉間を銃で打ち抜かれるのを想像して、そっと額を抑えた。
「歯車を持っている人が死ぬとどうなるの?」
「次、最初に手にした人に所有権が移り――」クラリネットは一瞬はっとした顔になったが、すぐに元に戻った。「あ、何でもないですー……お腹がすきました!」
コルクは小さく頷き、冷蔵庫を開けた。いつも朝はぐっすり眠っているので総菜パンひとつで済ませているが、まだ四時にもなっていないので、目玉焼きでも作ることにしたのだ。
クラリネットは勝手に食パンをかじっているので、目玉焼きは一人分だけでよさそうだ。コルクはキッチンのガス栓を開き、フライパンを取り出すと、卵を割ってそこに出した。
「わあ、珍しいですねー」
「そうだね……初めて見た」
なんと、卵には黄身が入っていなかった。
* * *
「さて……次はどうしようかしらね……」
伊藤文は小さな声でつぶやいた。
彼女の首には、ふたつの歯車がかかっている。
一つは、明石一翔から奪った『分身』の歯車。
もう一つは、血のように赤く輝く「分解」の歯車だ。これは、あらゆる物体を『機能を保ったまま』二つに分けることができる。たとえば、スマートフォンに対して使えば、全く問題なく使えるままに上と下半分に分けることができる能力なのである。
「次は……薄桃色にしようかしら……」
文はポケットから懐中時計を取り出した。この時計は、絶対に融けない氷でできており、歯車のように持ち主に魔法を与えてくれる。この懐中時計の能力は『隕石』。好きなところに隕石を落とせる魔法だ。
「ふふ……そうね。確か、『物質転換』だったわよね……」
文は小さく笑う。次に手に入れる歯車を思い浮かべて。
その首には、『THE LAST HOURS』という文字と、小さな懐中時計のタトゥーが入っていた。
* * *
黄身がないため味のしない目玉焼きを食べた後、コルクは二度寝した。
今日は土曜日なので、昼間でぐっすり眠ることができる。クラリネットはさすがに家の中では銃の試射はできないので、音量を下げてテレビを眺めることにした。
『明石一翔殺害に使用された弾丸は、おそらく自作のものとみられます。大きさは三ミリほどで、成分は銀が大半を占め、残りは銅などがわずかに配合されているようです』
クラリネットはすぐに思い至った。
十二年前に、薄桃色の歯車の所有者だった古賀七海を殺害した『THE LAST HOURS』というグループの一員、伊藤文。十二年前も文は七海を自作の弾丸を用いて射殺した。
クラリネットは七海の復讐のために文を追っていた。これまでいっさいの足取りをつかめずにいた文だが――
「ついに、動き出しましたね……」
クラリネットの目には、ただただ純粋な復讐の炎が宿っていた。
午後二時過ぎ。
コルクは起床した後、特にやることもなかったので散歩をしている。クラリネットも一緒だ。
行先は近所の神社。コルクは時々お賽銭を入れに来る。
「なんだか目つきが悪くなった気がするんだけど気のせい?」
「き、気のせいですよー……たぶん……」
意外とコルクは細かいところにも気づくので、クラリネットの雰囲気の変化も敏感に察知した。したが、本人が否定しているのでこれ以上余計な詮索はしないでおく。
「おーコルク! 奇遇だなー」
いきなり話しかけてきたのはもちろん京谷だ。今はなぜか、ハイビスカスがたくさん描かれた半袖半ズボンに麦わら帽子、サングラスをしている。クラリネットは慌てて姿を消したが、気づかれなかったらしい。
「おはよう」
「どこに行ってるんだ? 今」
「神社に参拝しに行ってるんだ」
「へえ。暇だし俺もついてくぜ」
京谷は、どこからか取り出したお手玉をみっつ、器用にひょいひょいと回しながら神社へ向かった。
そして、神社のすぐ近くの細い路地に差し掛かった時――
「おはよう、桟橋コルクさん」
いきなり、乾いた音が響く。
「ひゃ!?」
コルクと京谷が飛びのく。コルクの頭のすぐそばを、銀の弾丸が飛んで行った。建物のガラスが甲高い音を立てて割れる。
「あら……狙いがそれちゃったわ。拳銃はやっぱり苦手ね」
「……誰?」
そこに立っていたのは、金髪をツインテールにし、黒を基調とした軍服のようなものを着た背丈の高い女性が立っていた。目も黒ではなく茶色で、日本人離れした風貌をしている。伊藤文だ。
文は次こそコルクを仕留めるべく、拳銃をコルクの額に向ける。が――
「おい、きれいなお姉さんよ。俺は無視か?」
いきなり、拳銃が爆ぜた。
京谷は耳に着けてあるピアスの小さなサイコロを片手でくるくる回し取り外すと、それを強く握りしめる。
「平和なジャパンで人に銃なんて向けるもんじゃねえぜ。アメリカに行ってろ」
「あいにく、私は日本が大好きなの。歯車持ちが二人もいるなんて、ラッキー」
コルクは少し固まっていたが、すぐに意識が戻ってきた。
「あれ? 京谷も歯車持ってるの? 爆発できるの?」
「いや。俺のはお嬢から誕生日プレゼントにもらったサイコロだな。何でも爆発させるぜ、はっはっは!」
京谷が右手を握りしめる。文は瞬時に飛びのき、先ほどまでいた場所が大きな音を立てて爆発した。
コルクも、ぼけっとしてる場合ではないと、歯車の能力を発動させる。地面がなんかぶにぶにした謎の紫の物体に変わった。文の左足が見事にはまる。
「へえ……なかなかやるのね。認めてあげるわ……でも、経験の差は覆せないの!」
文が別の小さな拳銃を二丁取り出し、コルクたちへ乱射する。コルクはとっさに空気を鉄板に変え、シェルターにした。鉄板が鈍い音を立ててへこむ。
鉄板のせいで視界がふさがれているにもかかわらず、京谷はなぜか正確に文の位置を狙って爆発させてゆく。
「ふう……拳銃なんかじゃダメみたいね。じゃあこれは耐えきれるかしら?」
文が半透明の懐中時計を取り出し、『隕石』の能力を発動させる。空から鉄のシェルターめがけて一直線に隕石が降り注ぐ。
「おい、なんか隕石降ってきたぞ。とりあえず爆発させるから、何とかしてくれ!」
「何とかって……」
京谷が次々と隕石を破壊する。しかしながら、隕石の量が多すぎるのと、直接見ているわけではないのが相まって集中力が落ちていく。コルクは鉄板を分厚いガラスに変えた。耐久力は落ちるが、視界は確保できる。
直接見えるようになった京谷は無言で親指を立て、これまでより正確に隕石を破壊していく。視界を得たコルクも隕石を空気へと変換して消し去ってゆく。
それをみた文は、無言でガラスにロケットランチャーをぶっ放した。どこにそんなものを隠し持っているんだろう。
「ぎゃー!?」
「いっ!」
コルクたちの反応が遅れたために京谷の右腕がガラスに切り裂かれ、血が噴き出す。それでも痛みをこらえ、爆発と変換によってガラスを防いだのでこれ以上怪我はしなかったが、京谷の右腕が使い物にならなくなってしまった。
「大丈夫?」
「やべー……右腕、全く動かねえ」
コルクは、以前クラリネットがしたように自分の服の右袖をちぎって傷口に当て、一応止血をした。だが、右腕は動きそうになかった。
「俺のことよりも、おい! 撃たれるぞ!」
銃を構える文を視界の端にとらえた京谷は、文のいる場所を爆発させていく。しかし全く余裕を崩さない文にはすべて避けられてしまった。
「今降参したら、楽に殺してあげるわよ?」
「するもんかバーカ! 少なくともお前の右腕をぶっ飛ばしてやるぜ!」
いきなり、京谷が空に浮かび上がった。足元を爆発させ、その威力で自らを吹き飛ばしたのだ。
そのまますごいスピードで文のいる、建物の屋上へ飛んでゆく。
「あら、近づくと撃ちやすいのよ?」
「へっ、やってみろや! 俺は頭脳派だからなっ!」
近づくことによってさらなる正確さを得た京谷が、的確に文の首と頭を狙って爆発させてゆく。一方の文は京谷の言葉を警戒し銃を使わず、とりあえずよけるに徹した。京谷のセリフははったりだったのだが……まあ、目論見成功だ。
「よーっと僕もいますよー!」
自分の足元だけを足場に変え、すぐに空気に戻すということで疑似空飛ぶじゅうたんを実現したコルクが文にむけて鉄塊を蹴り飛ばす。
文は少し不利だと判断し、いったん飛びのいた。
「逃がすかコノヤロー!」
殺気立った京谷が、確実に文を爆発させるために追いかけて――
「言ったでしょう? 経験の差は、覆せないの」
眉間を三発、正確に撃ち抜かれた。
* * *
サクは読みかけの小説にしおりを挟み、丁寧に閉じた。机に置いてあるティーカップを上品な仕草で手に持ち、中の紅茶を静かに一口飲む。
「面倒なことに巻き込まれたな……世話をかけさせて、まったく」
ソファから立ち上がり、ストレッチをする。サクの腰からすごく痛そうな音がして、サクは崩れ落ちた。苦しそうなうめき声が事務所内に響く。
十秒ほどうずくまっているとようやく痛みが治まったらしく、ゆっくりと立ち上がり腰をさすった。
「やれやれ……本来なら直接の干渉は避けたいところだが、やむを得んな。気に入った町な上に、せっかく事務所まで手に入れたというのに荒らされてはたまらん」
サクはそう呟くと、一度、指をパチンと軽く鳴らし、魔法を発動させる。
「ふん、世話の焼ける奴だ」
今度はゆっくりと、腰を痛めないように体操を再開した。
* * *
「「……あれ?」」
京谷とコルクは同時にあっけにとられた。
正確に撃ったはずの文も一瞬だけあっけにとられた。それが、致命的だった。
「死ねえー! ですー!」
いつの間にか、少し離れたビルにいるトランペットが銃の準備を完了し、今度は文が撃たれる。
かろうじて致命傷は避けたが、左足に二発、両腕に一発ずつだ。
「おらぁ! なんかよく分からねーけどくらえっ! くたばれ!」
京谷が文に殴りかかる。痛みでうまく体が動かせない文は、爆発によって特段に威力の増した京谷のストレートをみぞおちにまともに受けてしまった。
吹き飛ぶ文。
「クソ……もういいわ! この町ごと、全員死んでしまえ!」
やけくそになった文が、やたらめったらに『隕石』を発動させた。
「は……ははは! どうよ!? もう逃げられないでしょう!?」
文は『分身』を発動し、遠方に分身を出現させる。そしてその分身を本体とすることで、事実上のテレポートを行った。
「逃げるなー! なんてことをしてくれたんだ! 家でやりかけのゲームが――」
「ふふふ……もう無駄よ! じゃあね、全員まとめて死になさい!」
文の体が霧散する。
コルクはパニックになって頭が変になり、自分や家族や友達のことよりもゲーム機のことを心配しだした。普段はそんな人じゃないはずだ。たぶん。
そこへあわあわした様子のクラリネットも戻ってきた。
「どうしましょうか! 私は生き残れますけど、みんな死んじゃいます!」
そんな中で、京谷だけが冷静だった。
彼は、信じている。
* * *
「こ、こは……!?」
文はあたりを見回した。東京の外れに転移するはずが、どこかの家の中にいたからだ。
まあ少しの誤差ぐらい問題ないだろうと、警戒しつつ銃を構える。
そこには、ソファにふんぞり返ったサクがいた。
「あんまり動かないで欲しい。部屋が血で汚れる。血は落ちにくいからな」
銃を向けられても平然とスケッチブックに絵を描いているサクめがけて、文は問答無用で撃つ。
「無駄だ」サクは二発の銃弾を握りつぶした。「そこらの人間が神に敵うわけがなかろう? いくらか魔法が使えるからと言って調子に乗るなよ」
文は気が付くと命乞いをしていた。どう運命が味方しようと、自分では目の前の少女に絶対に勝てないことを理解したからだ。
「命だけは助け――」
「ダメだ。この町に隕石を降らせた罪は重いぞ。私が気に入った町を破壊しようとした罪でポイント二倍、私の事務所を破壊しようとした罪でポイント三倍だ。死刑だな。魂ごと破壊する」
この世界では、生物が死ぬとその魂は記憶や技術その他をほぼすべて失い、転生する。だが魂を破壊されると――当然、転生できない。
サクが、魔法で漆黒の鎌を実体化しながら、一歩一歩、わざと大きな足音を立ててゆっくりと近づく。
「た、助けてください! お願いし――」
「死ね。人を山のように殺した人間に、命乞いの資格なぞない」
サクが鎌を振り下ろす。まるで豆腐を切るように、文の首と胴は切断された。そしてそのまま、ゆっくりと灰になり、すぐに何も残らなくなる。
神の怒りに触れた者、佐藤文の、末路だ。
* * *
「よう! お嬢、元気してるか!」
翌日。
京谷が思いっきり事務所の扉を開く。
雑巾で床の血を落とそうと頑張っているサクが、あからさまに嫌そうな顔をする。
「貴様のせいで今元気ではなくなった。帰れ――ん?」
「あ、お邪魔しまーす。京谷のお母さんですか?」
京谷に遊びに誘われたコルクが、丁寧にお辞儀をする。
「戸籍上は養子だな。もう育児放棄したい」
道理で面影が全くないわけだとコルクは納得した。
「船頭クルミ……だったか?」
「桟橋コルクです」
「ああ、すまん」
記憶力に乏しいサクは、京谷に対する態度とはまるで正反対で、素直に謝罪した。京谷が不満顔になる。
「隕石をいろいろしてくれたって聞きました。ありがとうございます」
「礼を言われる筋合いはないな。私はこの素晴らしい町を守っただけだ。私のためにやったことだからな……それに、私だけじゃない。誰かは知らないが、他の奴がいくつか隕石を消し去ったようでな」
コルクはそれでもお礼を言う。サクは今度は素直に礼を受け入れた。
いつの間にかコーヒーを入れていたサクが、コルクのためにカフェオレを作り、テーブルに乗せる。京谷は自分で勝手にブラックコーヒーを飲んだ。
「まあ、そんなことより! あれやろうぜ! 最近出たやつ!」
「おい、ふざけるなよ? あれは私が今やっているんだ、少しでも進めたら二十回殺す。ネタバレをしたら二百回殺す。いいな?」
コルクは物騒な人だなあと心の中で思った。もちろん口には出さない。
「これ、ゲームのデータはゲーム機本体に保存されてんだぜ。というわけで! やろうぜコルク!」
横目でサクに最終確認をすると、しぶしぶと言った様子でうなずいた。
もう既にカセットを抜いていた京谷が自分のゲーム機に差し込み、カセットひとつでマルチプレイできる通信機能を立ち上げる。コルクは受信側のアプリを立ち上げて、正常にデータを受け取った。
「そういえばここって何の事務所なの?」
「何でも屋だ」サクがコーヒーのおかわりを注ぎ、ひとくち飲む。「だいぶぼったくるが、たいていのことならできる。実績もある安心と信頼のサクさんだ」
「いやー、マジですごいんだぜ。前、もう何十年も前に絶版になった参考書を新品で持ってきたりしたんだ。うん、二十万くらい取ってたけどな」
京谷が付け足す。
コルクはサクを尊敬のまなざしで見た。サクは少し照れて頭をかいた。
インターホンが鳴り、ドアが開く。
「ん」
「どうも……」
現れたのは美人さん。和歌子だ。和歌子は手にいくつかの大きな紙袋を持っていた。中には何に使うのかわからない機械がゴロゴロと入っている。
「おお」
「頼まれたもの、持ってきた……あれ、コルクくん……」
「和歌子さんだ! 知り合いだったんですか」
「ああ、最近知り合った」
和歌子は紙袋をサクに渡すと、コルクたちに寄ってゲームを眺めた。
サクはもくもくと機械の点検をしている。実はこの機械は、サクがこれから組み立てる町防衛装置である。わざわざ毎回隕石を消すのは面倒なので、機械に全部やってもらおうというわけだ。そうそう隕石が降ってくるとは思えないが、あった方がいいのは間違いない。
わいわい騒ぐ方を横目で見て、小さくため息。
(しばらくは平和でいてくれるとありがたいな。あいつらのためにも……)
二作目です。「作」という数え方をしていいのかわかりませんが。
今回の主人公は前作の主人公、慧さんのクラスメートですね。しれっと一シーンだけ登場しております。
お楽しみいただけたらハッピーハッピー。お楽しみいただけなくても見てくれただけでハッピー。見られなくても別に悲しくはない。
というわけで次回もお楽しみに……はしないと思いますね。まあ、ありがとうございました。
その他、物語中では出てこなかった設定集(一部)
・京谷のピアスは実はサクのお手製。プラスチックの塊を自分で削り、絵の具で色を付け、魔法を付与しました。ふたつあるので、もう片方はサクが持ってます。つけてはいませんが。
・サクは悪人を殺す際にどうすれば恐怖を演出できるか、ホラー映画やゲームを何回もやって学習しました。文はきっと怖かったと思います。
文「なんでこんなに美人な私がラスボスで、殺される羽目になったのかしら? おかしい……」
サク「まあ確かに美人ではあるが……見た目的に、悪の組織の女幹部にぴったりだと思うぞ。一番高いコーヒー奢ってやるから愚痴をヤメロ。うるさい」