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涙が溢れ出てきた。肩を震わせて泣いた。朝陽はそんな私を優しく抱きしめて慰めてくれたけど、彼の記憶から大事な親友の裕人と小春は消えてしまっている事が悲しくて堪らなかった。
ダンス教室のあった場所に行ってみた。しかし、そこにダンス教室は無かった。あの洋館に続く小道すら見当たらない。朝陽と私、裕人と小春、四人で過ごしたあの楽しかった日々は、お医者さんの言うように私の妄想で、本当は無かったことなのかもしれない。
この世界で、朝陽と、クラスメートたちと、日々を過ごしていくうちに、あの時の記憶は急速に消えていった。それは私の意思とは別に、何か抗えないような、惑星と惑星が周期を全うするために離れて行くかのように…。
そして一年が経ち、私は全てを忘れてしまった。
文化祭の準備で帰りが遅くなったある日、私は朝陽と一緒に帰っていた。
「見て! 月がめちゃくちゃ大きい!」
朝陽が空を指さした。
「…すごい…」
そこには見たことも無いような大きな月が、何かを訴えるように異様な輝きを見せていた。
その時、急に激しい眩暈に襲われた。
「お腹いっぱいだからって、寝すぎなんだよ花音は。」
朝陽はケラケラわらっている。
「これからさ、みんなでカラオケ行かない?」
小春が言った。
「いいね~! 試験も終わったことだし、盛り上がるか!」
裕人が言った。
アハハハハハハハ
「朝陽…やっぱり私たち…四人だよ。」
「え?」
急に脳裏に現れた残像は、紛れもなく私たちの確かな記憶だ!
「裕人と小春は確かに私たちと一緒にいた。あの時、あのダンスを踊った時に、私たちの世界は別れちゃったんだよ!」
「…裕人…小春…」
朝陽は二人の名前を呟いた。彼の頬に一筋の涙が伝った。
「あれ? 俺…何で泣いてんだ?」
―間違いない! ここは二人のいない世界だけど、たとえ記憶が無くなっても、朝陽の魂の中には、二人の存在がある!
その時、私たちの前に霧が立ち込めた。目の前が真っ白になるくらい深く立ち込めた霧は、やがてゆっくりと引いて行き、気が付くと私たちの前に、あの洋館へと続く小道が現れた。
イアンの声が…月の光に響いた。
よかったら、あなたもここで踊りますか?
Will you dance?
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。^^