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警察はあらゆる可能性を疑い調べたが、二人が電車に乗った後の行方は不明だった。駅の監視カメラも、乗車駅から二人が電車に乗り込む姿は写っていたが、降車駅では写っていなかった。
あれから一年…事件の記憶も人々の心から消えようとしていた。私と裕人だけは、今でも二人を探している。
ある日、裕人が変な事を言いだした。
「俺さ、社交ダンスを習いに行くことにした。」
「社交ダンス? 裕人が?」
「花音も一緒に行くんだ。」
「何それ? 私の意思は関係なく決定事項なの?」
彼と社交ダンスなんて全く繋がらないが、彼の目は真剣だった。一体どうして…?
その教室は私たちの通う高校のすぐ近くにあった。
背の高い白壁には蔦がびっしりと絡まって、壁に沿って歩いて行くと、重厚感のある鉄柱の門の前に来た。中には車寄せがあって、真ん中に大きな樹が植えられている。チャイムを鳴らすと門はギィギィと音を立てて自動で開いた。
私と裕人は中へ入った。手前に円形の塔があってそこが入口になっている。玄関扉は真っ黒で、金の心中のドアノブが付いていた。
明らかに最近建った建物では無い。かなりの歴史を感じさせる建築物だ。きっとずっと昔からここに佇んでいたのだろう。
でも…こんな立派な洋館…
今まであった?
「ようこそ。講師の谷原イアンです。」
中に入ると、講師らしき女性が微笑みながらそう言った。40代? 50代? その女性は年齢もよく分からないが、顔つきも日本人離れしているというか、少し外国の雰囲気も醸し出していた。
「…あの…本当に朝陽、いえ、いなくなった人と会えるんですか?」
私はイアンさんに聞いた。イアンさんはピタっと立ち止まり、一瞬ハッとした顔をして私を見た。
「…ここでは…」
イアンさんは込み上げる物を押えているかのように、少し苦しそうに見えた。
「…言葉は…あまり意味をなさないのです…」
―え? どういう意味?
「…確かに…その日が来れば…私たちはきっと不思議な体験をするでしょう…。」
イアンさんはそう言うと、これ以上聞くなとでも言うかのように、スッと先の方へ向かって行った。
私たちは練習場になっている大広間へ行った。そこには既に多くの人が集まっていた。私は妙な違和感を感じた。なんだろう? 社交ダンスは習ったこと無いけど、普通ダンスって楽しそうな雰囲気じゃないの? しかしそこに漂っているのは、淋しさ…悲しさ…、そういった類の想いが満ち溢れていた。
「みなさん、ではレッスンを始めます。」
イアンさんは最初にホワイトボードに注意事項を書き始めた。
1.途中退場は許されない。
2.間違えてはいけない。
3.今ここに集中しなければならない。
「この三つは必ず守ってください。」
イアンさんは厳しい口調で言った。
その教室でのダンスは変わっていた。社交ダンスって普通、カップルになって二人一組で踊る物だと思うのに、ここでは一人で踊るのだ。
「皆さん、ステップを絶対に間違えないで下さい。必ずです!」
イアンさんは皆に声をかけた。
ステップは簡単なものだったが、しかしその意味は強い。
絶対に間違えないように? たかだか趣味のダンスで少しの間違いもダメだなんて…おかしくない?