神様の忘れ物
ぼくには懐かしく思う故郷をゴブリンに襲われて忘れてしまったので、お二人の気持ちを察することもできないのですが、どう考えてもハルトムートさんの態度はヒドイと思います。
「嘘つけっ」
ハルトムートさんは二人の話を一言で切り捨て、ドガッとダンジョン帰りで汚れ……てはないですね、ちゃんと【清潔】でキレイになった元泥だらけの靴をテーブルの上に乗せました。
とってもお行儀が悪いです。
ぼくの前にいるミアさんのこめかみがピクピクしています。
「お前はドラゴニュートでこっちの嬢ちゃんはどう見てもエルフだろうが? 種族的にあり得ねぇ組み合わせだし、その二人が同じモン食って故郷の味を思い出して号泣するわけねぇだろう」
ハルトムートさんは腕まで組んでフンッと鼻息を荒くしています。
実力が格段上の二人にも喧嘩腰のハルトムートさんに、ぼくは内心あわあわしてました。
「確かにね、ハルトムートの言う通りだわ」
ビアンカさんが胡乱な視線を二人に投げつけます。
「ドラゴニュートもエルフも森なんかの自然の地を好むけど、どちらかといえばドラゴニュートは山、峻厳な山々を好み、エルフは森、木々深い森の奥を好むわね。それぞれ同族のみが住む里があって他種族との交渉は乏しい。二人が同じ里出身の可能性は皆無だわ」
「でも、同じモン食べて故郷を思い出したんやろ? クルトの料理ってそんなあちこちで食べれるんかいな?」
ビアンカさんの説明にミアさんは首を傾げているし、ぼくも自分の作った料理がとても珍しい物だという自覚はある。
「でもさぁ、そんなウソ吐いて二人に何のメリットがあるのかな?」
ぼくたちは、ハルトムートさんからの追及も構わず、モグモグと口を動かしている二人を引き続き盗み見てみる。
「だあーっ! お前ら、少しは食うのを止めろ。そんなに食うと後で腹が痛くなるぞ」
「「むぐぐっ。すいま、せん、んんぐっ」」
二人はハルトムートさんに怒鳴られて、素直に口の中のものを嚥下してお茶を啜った。
今度のお茶は普通の……オスカーさんの実家から届いたちょっとお高い紅茶なので、二人の琴線に触れることはない、ハズ。
「で、二人の故郷はどこだ。どこの出身なんだ?」
オスカーさんもやや目を鋭くして詰問します。
二人は一度お互いの顔を見合わせた後、少し逡巡してから話始めました。
「ちょっと信じてはもらえないかもしれないかもしれないが、俺たちはこの世界では別々のところで生まれ育った。閉塞した里という共通点はあるが、思い出して泣くほどの郷愁はない」
「そうね。里帰りしたいとも思わないわ。辛気臭いもの。だからと言ってこういうフラフラした生活もいい加減疲れたのだけど」
むむむ? 生まれ育ったところは別のところで故郷への思いもクールというか、まったく懐かしさとか感じていないようですけど?
「あぁ? 俺だって一つのところで腰を落ち着けたいさ。いっつもいつもお前がトラブルを招いているんだろうが?」
「はあああっ? なによ、アンタだっていつもいつも女の子を巡ってギルド内で決闘騒ぎ起こしてるじゃないの!」
なんだ? なんだ? 二人が急に言い合いを始めましたよ?
しかも、その内容が……不穏だ。
「なんか、あの二人。あちこちで揉め事を起こしているトラブルメイカーみたいだけど?」
「……うち、なんかわかった気がするわ。あの二人の外見と強さじゃ、引き抜きも多いだろうし、色恋沙汰もねぇ」
ビアンカさんとミアさんがコソコソと話しているけど、バッチリぼくにも聞こえています。
希少種族で強さも段違いの二人なら、所属しているギルド以外からの誘いも多そうだし、男の人のカッコよさは目立つから女の人も寄ってきそうだ。
当然エルフのお姉さんも男性陣からは人気の高い種族である。
「その問題は後で二人で話し合ってくれ。今は料理を食って号泣していた理由だ!」
ドンッとテーブルを拳で強く叩いて、ジロリとハルトムートさんが二人を睨みつけた。
「すまん。あの料理は確かに俺たち二人の故郷の味なんだ。ただ、その故郷は……前の世界。いわゆる前世の記憶だ」
「前世……、あんたら、もしかして神様の忘れものか?」
神様の忘れもの? んん? ぼくはその言葉、知らないですよ?
「神様の忘れものか……アタシ、初めて会ったわ」
「うちも。前に父ちゃんから話だけは聞いたことがあったけど。あれ、クルトは知らんの?」
「はい。なんですか、その神様の忘れものって?」
昔、ハルトムートさんが冒険者として飛び回っていた頃のギルドメンバーの一人が、前世の記憶を持っていた「神様の忘れもの」の被害者だったらしい。
ぼくたちは、死んで生まれ変わるときに神様が命をキレイにしてくれる……はずなんだけど、ついうっかり前の生の記憶やら罪やら徳やらを残してしまうときがある。
それが「神様の忘れもの」だ。
大抵は、生まれつき才能がある者とか幼い頃から悪いことばかりする悪童とかに使われる言葉だが、稀に前世の記憶という本当に神様が消し忘れたものを持って生まれる人がいるのだ。
断片的に覚えている人もいれば、前世の自分の名前、住んでいた所、両親の名前までハッキリ憶えている人もいる。
だから、この人たちは前世住んでいた所の料理を、今世で口にできたことに喜び大号泣していたんだね。
そりゃ、泣くよ。
だって、ぼくが作った料理は、異世界の食材で作った異世界の料理なんだもの!
「……故郷の味が、クルトが作った料理ってことは……」
ハルトムートさんが呆然と呟いて、ぼくへと視線を移すと、二人もハルトムートさんの目の動きを追ってパチリとぼくへ焦点を合わしてしまう。
「あの子が……」
「じゃあ、あの子も」
ガタッと二人が立ち上がり、ダダダッとぼくへと走り寄って来る。
ちょっ、ちょっと鬼気迫る顔でこ、怖いですよ?
「「君!」」
「うわっ、は、はい」
ガタンとぼくまで勢いに負けて立ち上がってしまった。
「君も」
ガシッと肩を掴まれて、もう逃げられません。
「あなたも」
エルフのお姉さんがギュッとぼくの手を握ります。
「「転生者なんでしょ?」」
…………え? なんですか、それ?




