古傷は痛むもの
ぼくはタラリと背中に汗が垂れるのを感じています。
新しい能力が増えました! わーい、やったね!
……喜べません。
なんですか? 「家庭の医学」って。
医学……? お医者さんみたいなことができるようになるのでしょうか?
でもオスカーさんがいるから治癒士は間に合ってますし、治癒魔法スキルのないぼくが、ハルトムートさんが言っていたみたいに色々な属性魔法、治癒魔法とかが使えるのか未知数ですし……。
どうやって「家庭の医学」を使いこなせばいいのでしょう?
しかも、レベルアップ特典で体に異常のある人を治してくれるのではなくて、教えるだけって。
それは特典なんですか?
しかも、ハルトムートさんが足を怪我していたって知っていますよ? ハルトムートさんが足に違和感を持っているってことも。
でも、完治しているんですよね?
「どうした、クルト。そんな百面相して」
オスカーさんが心配そうにぼくの顔を覗きこみますが、なんて説明したらいいのか。
「う、うーんと、そのぅ。『異世界レシピ』のレベルが上がったんです」
「レベル?」
「それって、何か美味しい料理が作れるようになったとか?」
ぼくとオスカーさんの会話に、ビアンカさんがグイグイと割り込んできました。
「いいえ。そのぅ、医学関係らしいです」
ぼくの言葉に「なぁんだ」と瞬時に興味を失ったビアンカさんは、お酒をグビリと飲み直します。
「医学か……」
「でも、使い方がよくわかりません」
特典でハルトムートさんの異常を教えてくれたんだから、治し方も教えてくれないのかな?
ぼくは半透明な画面に書かれた「該当者 ハルトムート」の部分をちょんと触ってみる。
「うわっ!」
シュンと軽い音がして別の半透明の画面が現れました。
その画面には、ハルトムートさんだと思われる、頭の上にケモミミの尻尾がある人型が映っていて、怪我をしていただろう足が赤く塗り潰されています。
思わず、画面の人型のハルトムートさんと実際のハルトムートさんを見比べてしまいました。
「なんだ? クルト」
ハルトムートさんに不思議そうに首を傾げられましたが、今は何も話せません。
黙ってフルフルと頭を左右に振ります。
そして、画面の中のハルトムートさんの赤く塗り潰された足の部分をちょんと指で触れてみました。
その画面にズラズラと文字が書かれていきます。
「なになに……。ハルトムートさんの足は……うん? 神経の異常……?」
昔、商会の馬車というか、商会の会頭のバカ息子を助けたときに負った足の怪我、剣で斬り裂かれた怪我はポーションと治癒魔法で完治しているとのことだったが、実は神経? という箇所に少し異常があるみたいだった。
「クルト。医学のことなら手助けができるかもしれない。どんなことがわかったんだ?」
ぼくの肩にポンッと手を乗せて、視線が合うように背を屈めたオスカーさんへ、思わず縋るように視線を向ける。
ううっ、神経が傷ついているとかわかっても、ぼくにはその神経がなんだかわからないから、どうにもできませんっ。
『異世界レシピ』もそこまで教えてくれるなら治し方も教えてよねっ。
ムカッと腹が立ったので、目の前の半透明の画面をバシッと叩く……いや、実態がないから手がスカッとなると思ってたのに、意外と手に感触がありました。
半透明の画面は衝撃でビョョョンと揺らいで、ビュンッと形を元に戻して……あれ? 何か追記があるな?
「ふむふむ。なんじゃこりゃ」
ハルトムートさんだと思われる人型の足部分に<サービス>と書かれた一文が。
<サービス>
上級治癒スキル又は特上ポーションで完治。
もしくは人体組織を勉強したうえで治癒魔法で治る可能性あり。
今なら人体組織図をプレゼント。
「プレゼント……貰えるなら欲しいけど」
そう呟いたぼくの頭の上にかなり分厚い本がドサッと落とされた。
「い、いたぁーいっ」
上からものが落ちてきたら、頭を押さえてしゃがみ込むよね? 痛いよーっ。
「大丈夫か? なんだこの本は。とりあえず、ヒール」
オスカーさんの手が撫でてくれる場所から痛みがすうーっと引いていく。
「それ、人体組織図だそうです」
涙目で頭を摩りながら、オスカーさんが拾い上げた本を恨めしくに睨む。
「こ、これは、人の体のあらゆる箇所が鮮明に描かれている」
オスカーさんが目を剥いて本の中を凝視しているけど、人の体の中が詳しく描いてあるなんて想像したくないです。
「その本を読んで治癒魔法を使うと、ハルトムートさんの足の怪我が本当に治るらしいですよ」
「なに? 俺の足が治るだと?」
はわわわっ、うっかり口を滑らせてしまった。
むぐぐと自分の両手で口を押さえてみたけれど、ハルトムートさんとオスカーさんにぐわっと迫られる。
「どういうことだ? 本を読んだら治癒スキルのレベルが上がるということなのかい?」
「坊主。俺の足が治っていないってどういう意味だ? 俺の足はちゃんと治っていなかったのか?」
そんなグイグイ来られても、ぼくにだってわかりませーんっ。
えーん、誰か助けてくださーい。
その後、オスカーさんたちに囲まれたぼくは、ぎゅっとレオの体を抱きしめてなんとか『異世界レシピ』の「家庭の医学」が教えてくれたことを、すべてぶちまけたのでした。




