ウォーターボール
初めて見る魔物、ホーンラビットはレオよりやや大きい体をしていて、ぼくたちを見つけると太い足で地面を蹴り、額の角を突き出すようにして突っ込んできました!
赤い眼を逆三角形にしてギロリと睨まれたぼくは、足がガクガクです。
「まかせろっ」
恐怖で動けなくなったぼくの前に立ち広い背中で庇ってくれたのは、ディーターさん。
大きな盾をホーンラビットに向けて構え、やや右肩を前にしてディーターさんは踏ん張ります。
ドゴォンッ! とホーンラビットが盾にぶつかる鈍い音が響きました。
「今だっ、クルト!」
オスカーさんの声に、ぼくは反射的にディーターさんの背中から飛びだして、杖を前に出し叫びます。
「ウ、【ウォーターボール】」
ギュッと両目を瞑って詠唱したぼくには、何が起きたのか確認することはできませんでした。
ただ……ビュッという空気を裂く鋭い音がしたかと思うと、ブツッという肉の潰れるような音? が聞こえ、ポトリと何かが落ちる音で終わりました。
「え? ど、どうなりました?」
薄っすらと片目だけ開けて状況を見ようとしたぼくに、オスカーさんたちが驚いた真ん丸目でぼくを見ていました?
「あれ? 失敗しました?」
眼を瞑って慣れない魔法を使ったから外しちゃったかな?
ホーンラビットは逃げてしまったのか、姿が見えないし……。
「クルト……。今のは……なんだ?」
オスカーさんが引き攣った顔で問いかけてきましたけど、なんだ? と言われても、初級の水魔法【ウォーターボール】ですよ?
昨日、ギルドハウスの地下魔法訓練場で披露しましたよね?
「嘘よっ! あ、あんなに速く飛ぶ【ウォーターボール】なんて見たことないわよ?」
ビアンカさんがアンビリバボーとばかりに両手で両頬を押さえます。
「【ウォーターボール】ってあんなに小さかったか?」
ディーターさんが不思議そうに頭を捻ってます。
「「「クルト?」」」
あれ? ちょっと【ウォーターボール】を工夫しただけなのに、そんなに驚きました?
通常の【ウォーターボール】は大きな水の塊で敵を打撃する魔法なのですが、ぼくの魔法は魔法スキルで使える類ではなくて、『異世界レシピ』と同期した『器用貧乏』スキルで使えるようになった魔法なのです。
そんなに大きな水の塊は作れないし、中途半端な水の塊での攻撃では一撃必殺ができません。
ぼくは剣術もできない弱弱の冒険者もどきですから、一撃必殺できないと魔物の反撃に抵抗できずに、この世からさようならとなってしまいます。
いや、初級ダンジョンで死ぬ冒険者って、よっぽど運がない人だと思いますけどね。
でも、みんなの足手まといになってはいけないと思ったぼくは、自分の魔法を強化することにしました。
「つまり、小さな水の塊でも魔物を倒せるように、飛ばす速度を早くしたのか?」
「はい。水を凄い勢いで当てると頑固な汚れも吹き飛ばすことができるんですよ!」
ほら、レオが外壁の汚れ落としに大量の水を勢いよくぶつけて洗った、あの方法の応用です。
大きな水の塊は無理だったけど、水の塊を拳大より小さく小石大にすることができました。
後は、その水の塊を早く飛ばすだけです。
「それで、【ウォーターボール】が当たったホーンラビットの胸がぽっかりと空いたのね……。一撃必殺だし瞬殺だわよ」
ビアンカさんがぼくの頭をなでなでしながら、ちゃんと魔法でホーンラビットを倒せたことを教えてくれました。
「ほら。初めて倒した魔物の、ドロップアイテムだ」
ディーターさんがポトリとぼくの手の平に落としたのは、人差し指大の角だった。
あれ? これって……。
「ホーンラビットの角だ。ダンジョン内で倒した魔物はその姿を消し、代わりにアイテムを落とす。ただ、初級ダンジョンの低層階のドロップアイテムは大したモノはない。それは、クルトが初めて倒した魔物の記念として持っているといい」
冒険者さんたちは、みんな初めて倒した魔物のアイテムや素材は記念に持っているらしい。
オスカーさんは、お兄さんに連れられて行った魔物討伐で倒したウルフの爪、ディーターさんとビアンカさんは孤児院時代に一緒に倒したハニービーの針を持っているんだって。
ふむ、ダンジョン内で倒せば魔物は勝手にアイテムになってくれるのはいいですね!
正直、解体作業とかは苦手だしスプラッタでグロイ経験がないのは、ぼくはとっても嬉しいです。
渡されたホーンラビットの角をレオが入っている肩掛けカバンの中にそっと押し込みます。
「レオ。これは消化しちゃダメだよ? 後でレオが倒した魔物のアイテムと一緒に部屋に飾ろうね」
こそっと鞄の中へ囁けば、レオの触手がみょんと伸びてきてぼくの手に触れた。
うんうん。
冒険者さんたちがいない所でレオも魔法をビュンビュン撃って、魔物をいっぱい倒そうね!
「クルト。次も頼むぞ」
「はいっ!」
うーん、次は怖がらずに目をしっかり開けて魔法を使わないと。
杖をしっかりと握って、頼もしいディーターさんの背中に隠れながら、慎重にダンジョンを進むのだった。
ホーンラビットを三体倒しました。
ドロップアイテムは、ギルドの素材屋さんに売っても飴一つ買えない値段だそうです。
ぼくばかりに魔物と戦わせるのも気がひけるとビアンカさんたちも魔物と対峙して、バッタバッタと倒しました。
みんな余裕で一撃必殺です。
オスカーさんは四体倒して、角が三にお肉が一。
ディーターさんは盾でのアタックでホーンラビット二体にスライムを四体、クレイジーラットを二体で、ドロップアイテムはホーンラビットのお肉が二個だけ。
ビアンカさんはマッドドッグを一体倒して、ドロップアイテムは牙でした。
「そろそろ、四階も終わりだな」
魔物討伐をしつつ移動して地下三階を過ぎ四階もそろそろ階段が見える場所まで来ました。
「クルト。五階の広さは待機場所とボス部屋だけだ。次はボス部屋にアタックすることになるが……大丈夫か?」
「えっと……ぼくは大丈夫ですけど……。そのぅ……」
レオがね、すっごく鞄の中で主張をしているんですよ。
戦いたーい! 魔法を撃ちたーい! クルトばっかりズルーい! って。
「いいんじゃない? ボス部屋は人が入ったら扉が自動的に閉じるのよ。ボスを倒すか全滅するまで扉は開かないわ。つまりメンバーだけで戦闘するし、他の奴らの目もないし、レオが出てきて非常識なことをしても大丈夫よ」
いい笑顔でサムズアップしているビアンカさん……レオが非常識なことをするって失礼ですよ?
「じゃあ、ボス部屋はレオにも参加してもらおうか」
オスカーさんが優しい笑顔で、そっとぼくの鞄を撫でました。
よしっ! ボス部屋攻略、頑張るぞーっ!
鞄の中から、にゅっと触手が出てきて、オーッ! と突き上げられた。




