スライムを追加する
元男爵邸はドワーフ大工たちの鮮やかな手腕により、あっという間に立派なギルドハウスへと変貌を遂げそうです。
今日の朝、風のようにやって来た「ドワーフの金槌」ギルドは、お屋敷全体を確認してぼくたちが考えたリフォーム案を吟味し、朝食を食べた後、とりあえずと言って一階エントランスの大階段を素早く解体してしまった。
「ゲレオン。この廃材はどうするんだ?」
オスカーさんもそのスピードにびっくりしたのか、口をあんぐり開けてゲレオンさんに話しかける。
「こいつは再利用しますわ。ギルド側とプライベートスペース側の階段がこいつで賄えますんで」
ゲレオンさんはオスカーさんの問に答えながらも、手にした鋸でギコギコと階段を解体していく。
ぴょんぴょんと軽やかに板を持って飛び回っているのは、猿の獣人の大工さんだ。
吹き抜けになっていた一階と二階の間に梁と板で天井と床を作っている。
ぼくは猿の獣人さんが縦横無尽に動く様を、顔に上に向けてずーっと目で追っていた。
「……ルト。クルト」
がくがくと肩を揺さぶられて、そちらに意識を向けるとちょっと困った顔のオスカーさん。
「ここにいても邪魔になりそうだ。キッチンへ戻っていよう」
「……ああ、そうですね。じゃあ」
ゲレオンさんたちは今日は資材を用意していないから、大階段の解体と吹き抜けを塞ぐ工事を終えたら、宿に戻るそうだ。
いや、それだけでも何日もかかる工程ですよね?
ゲレオンさんたちは「こんなの朝飯前だぜっ!」と軽いかんじでトテカントテカンやってますけど?
ポテポテとオスカーさんと並んで歩きながら、ぼくはさっきまで見ていた工事の感想を伝える。
「スキルがあるとあんな大きな工事も簡単にやってしまうんですね。それも短時間で」
オスカーさんは苦笑して、ぼくの頭をポンポンと軽く二度叩いた。
「いや、スキルもそうだが、ゲレオンのところには魔法を得意とする大工が何人もいるんだ。空間魔法使いが多い、重力を変えられる者もいるから重い資材も軽々動かせるし、あの猿の獣人のように身軽な者も多い」
「魔法かぁ……」
そういえば、二階と切り離した大階段がプカプカ浮いて庭まで移動していたし、二階の床板は一階から猿の獣人の大工さんの手までビューンって飛んでいったもんなー。
「いやいや、クルトの魔法もたいしたものだぞ? 掃除もそうだが料理だって素晴らしい!」
「えっ! そ、そうですか? えへへ」
オスカーさんの急な賛辞にちょっと照れてしまうぼくでした。
てへっ。
キッチンに戻るとディーターさんとビアンカさんが、ボーっとお茶を飲んでいます。
どうやら、ゲレオンさんたちに朝早く起こされたせいで、頭が回っていないよう。
「大丈夫ですか?」
ひらひらと手を二人の目の前で振ると、ビアンカさんがパチパチと瞬きをする。
「あ、ああ……大丈夫。ふわわわっ、ちょっと眠いけど。ねぇ、オスカー。何かやることはない?」
本格的なギルドの活動スタートは明日からで、今日一日はのんびりしようと話していましたが、どうやらビアンカさんたちは暇を持て余しているよう。
ディーターさんも肩を回してコキコキと音を鳴らしている。
「うーん、特にはないかなぁ。ゲレオンたちもすぐ作業終えて今日は帰ってしまうし。他には……」
受付のミアさんの初出勤も明日ですし、明日からのギルドの活動といってもダンジョン許可証を得るために町のお手伝い依頼をこなしていくだけで、荒事ではないし。
「あっ!」
そのとき、ぼくの頭にピコンと大事なことが閃いた!
「どうした、クルト」
「はい。このお屋敷をリフォームしたら水回りが増えますよね? トイレとかお風呂とか」
今はキッチンとお風呂が一か所ずつでトイレは二か所使用しているが、リフォームをすればお風呂は男女で分かれるので二か所に、トイレも複数に増える。
「ああ、スライムが足りないのか」
「水スライムだけじゃくて、工事が本格的に始まれば茶色スライムも必要です」
ゲレオンさんたち一級の大工さんはなるべく廃材も利用してくれるでしょうが、やっぱり木片とかのゴミは大量に出ますよね?
このギルドハウスにいる茶色スライムは裏庭の雑草処理で限界なので、二~三匹捕獲してきたい。
「じゃあ、あたしたちはスライム捕獲に行ってこようか?」
ビアンカさんの目が爛々と輝き始めました。
「あっ! あと、お茶菓子を作る材料の買い出しもしておきたいです」
ぼくが右手をハイハイと高く上げる。
ぼく一人での市場への買い出し許可がオスカーさんから出ないのだ。
毎日、朝に市場へ店を出している所から新鮮なお野菜とかお肉とかパンとかは届くように手配してもらっていて、他に必要な物はオスカーさんが買って帰ってきてくれるんだけど……ぼくだって買い物がしたいです。
「ふむ。二手に分かれるか……。スライム捕獲と買い出しと。クルトは買い出しだな」
オスカーさんがちょっと困ったように笑って「私には菓子の材料はわからない」と呟いた。
「…………俺がクルトに付き合う」
「「ええっ!」」
意外な人の同行の申し出に、ぼくとオスカーさんは驚きの声を上げた。
「ディーターさん。いいんですか?」
ぼくの問いにコクリと黙って頷くが、甘い物好きなディーターさんの表情が心なしか、これからぼくが作るお菓子に期待して輝いている。
「じゃ、じゃあ、私とビアンカでスライムの捕獲だな」
オスカーさんが支度をしてこようと椅子から立ち上がると、その足元でレオがぴょんぴょんと必死に何か訴える。
「……クルト。スラ……レオは何が言いたいんだ?」
「もしかして……。スライム捕獲に連れて行ってほしいのでは?」
レオは、ぼくに向かって大きくジャンプしてきた。
「おっとと」
慌ててレオのプルンとした体を抱きとめる。
「スライムがスライムを捕獲するの?」
ビアンカさんが疑わしい目つきでレオを見ているけど、レオを連れていけばいいスライムと出会えると思います!




