裏切りの幼馴染
今後のギルドについて話し合っていたら、すっかり晩ご飯を作りそこなってしまった。
今日はオスカーさんが収納していた屋台のご飯で軽く済ませて、ディーターさんたちはお風呂に入って早々に休んでもらうことにしました。
お部屋は二つキレイに掃除していたので間に合いましたが、そのう……家具はないので二人もテント生活で寝袋で寝てもらいます。
ギルドハウスをリフォームしてもらったら、それぞれの家具も購入して搬入してもらいましょうね。
ぼくは、今日もレオと一緒にオスカーさんのテントで寝ます。
しかし、もぞもぞと寝支度をしているぼくにオスカーさんが声をかけてきたので、まだ眠れそうにありません。
「クルト……」
「はい? どうしました?」
いつものように返事をした後、ハッと気づきました。
そうだ! オスカーさんは幼馴染に今日裏切られたんだった……。
ぼくはどうオスカーさんを慰めようかと、レオを抱いたままキョトリキョトリと視線を彷徨わせた。
「そんなに気にしなくてもいい。さっきも言ったがあいつらが私を利用しているのには薄々気づいていた。それに私にとっても都合がよかったんだ。いわゆるお互い様で裏切られたとは思ってないよ」
オスカーさんは静かに微笑んでみせたけど、ギルドハウスとしては無駄なお屋敷を買わせたり、ギリギリになってギルド脱退を申し出るなんて立派な裏切り行為です!
むむっと不機嫌に眉を寄せたぼくの頭を大きな手で撫でまわして、オスカーさんはぽつりぽつりと昔話をしてくれた。
自分が侯爵家で微妙な立場になっているのに気づいたのは、クルトぐらいの歳だったかもしれないな。
バルツァー公爵家派閥の侯爵として近辺の下位貴族をまとめる立場にあった父と、嫡男として優秀な異母兄とその補佐として評価されている次兄。
私は庶子だったが、家族は仲が良く使用人たちもよく仕えてくれていた。
領民も私と他の家族を隔てて考えることもなく慕ってくれていた。
ただ、他の貴族……下位貴族たちの態度が母と私を憂鬱にさせることがあった。
バルツァー公爵家や他の高位貴族たちは受け入れていてくれたのに、侯爵より身分の低い者たちが私たちを排斥したがっていた。
母は自分が平民だからと覚悟があったようにも思えるが、そんな態度に腹を立てたのは父や兄たちだった。
私がなぜ父や兄にあれほど溺愛されたのかはわからないが、私にぞんざいな態度を取った家には厳しい対応をしたんだ。
そのことで私は貴族の子供社会からやや孤立した存在となってしまった。
確かに、私の機嫌を損ねたら家に処罰が下ると思えば、遠巻きにするのが正解だろうしね。
そんな中、私に話しかけてきたのが子爵家の三男エッカルトと男爵家次女のカトリナだった。
子供心に友達がいなくて寂しかったんだろうね、私はすぐにエッカルトたちと仲良くなってしまった。
兄たちはエッカルトたちを警戒していたけど、自分たちの行いのせいで私に寂しい思いをさせていたことを憂えていたので黙認していたと思う。
今思えば、エッカルトたちが私に近づいてきたのは、私の友人ということで本来彼らの実家立場では参加ができない茶会や夜会に招待されることだった。
実際、エッカルトの兄とカトリナの姉は侯爵家から招待されたことがないからね。
後継ぎでもなく実家での立場が弱い彼らにとって私の友人であるというカードは自尊心を満たすもの、それ以上でもそれ以下でもない。
私も寂しさから彼らの本心を見ないフリをしていたので、何も文句は言えない。
そんな関係が変わったのは、やはり成人し家を出る頃かな?
エッカルトは子爵家を出なくてはいけないのに、王都の騎士試験に落ち他の目ぼしい貴族の私兵募集にも合格しなかった。
カトリナは姉と違って持参金が十分に用意ができず、貴族へ嫁ぐことが難しい状態だった。
彼女は平民の母を持つ私の前で「平民に落ちるのはイヤだ」と言っていたからね。
彼らの中では、自分たちの自尊心を満足させるだけの私の存在が、自分たちより恵まれた将来があることに妬むようになった。
私は父から兄の補佐をするでもいいし、男爵位を賜って領地を持ってもいいと言われていた。
その話をうっかりエッカルトたちにしてしまったあと、しばらくして誘われたのさ、「一緒にギルドを立ち上げないか?」とね。
ふーっと息をゆっくり吐いて、オスカーさんは笑った。
でも、泣きそうに苦し気に顔を歪めていた。
「……嫌がらせでギルドハウスを買わせて、ギルドに参加しなかった……てことですか?」
「ああ。まさか私が侯爵家に助力を求めるとは思っていなかったろう。ふふふ、私は父たちに遠慮しているところがあったからね。それなのに、ギルド立ち上げに失敗したと侯爵家に泣く泣く戻る私の姿でも想像していたのだろう」
そんなことはしないけど、とオスカーさんは強い光を目に輝かせる。
「そうですよね。オスカーさんは回復師なんですもの。いざとなったら教会に勤められるしギルト支部でも働けるじゃないですか」
「うん。でもあの二人は回復師を軽く見ていた。冒険者ギルドを立ち上げるなら攻撃手が花形だと思い込んでいたし」
そりゃ、ぼくだって剣士でズババッと魔物を倒したり、魔法を使ってドラゴン倒したりとか夢は見ますよ?
でも、ギルドという組織なら他の役割の人だって、とっても大事な人材です!
ディーターさんは盾役、強い相手や格上の相手と対峙するときに攻撃手のサポートとして必要だ。
ビアンカさん斥侯だって、ダンジョン攻略には必須な役割だし、彼女は器用で罠解除もできる。
しかも、オスカーさんの回復師は必ずギルドに一人は必要と願われる、垂涎の的のジョブなのだ。
ぼくが鼻息荒く訴えると、オスカーさんは目を大きく見開いた。
「ああ。そして、そんなギルドを補佐してくれるクルトも必要な人材だし、受付の彼女もいなくてはならない人だ」
うんうんと二人で頷いた。
「もう、あの二人のことは考えない。私はギルドマスターとしてみんなを守る責任がある。そして私は必ずこのギルドを守ってみせる」
「はい! でもオスカーさん一人で背負わなくてもいいんですよ? だってみんな仲間じゃないですか! ぼくはオスカーさんにギルドに誘われて救われました。レオとも友達になれたし、少しでもみんなの役に立てたら嬉しいし。だから、オスカーさん。一人じゃなくてみんなで少しずつギルドを作り上げていきましょうよ」
ぐっと両拳を強く握って熱弁したぼくの周りを同意するかのようにレオがぴょんぴょん跳ねている。
「……。ああ、そうだな。仲間と一緒にひとずつ……。ああ、そうしていこう。ありがとう、クルト」
ぼくこそ、このギルドの一員にしてもらって、ありがとうです!




