やりすぎた?
屋台で買ってきてもらったご飯を、二人無言で食べました。
あ、オスカーさんはブツブツと小声で「酒を……エールを買ってくればよかった……」と悔やんでいました。
そのあと、びゃーぁっと抱え込まれてお風呂に連れて行かれ、ガシガシと髪と体を洗ってもらい湯舟に浸かって百まで数えました。
【生活魔法・乾燥】で二人まとめて乾かしてもらって、そのまま寝室にあるテントの中へ。
いや、ぼくも【生活魔法】使えるのに、使わしてもらえないんですけど?
なんでだか「クルトの魔法は危険だから」って忌避されました。
あとは寝るだけの状態で、オスカーさんと膝を突き合わしてにらめっこが続いています、狭いテントの中で。
「……」
「……」
口を一文字に結んでギンッと睨んでくるオスカーさんに、ちょっと居心地悪くレオを膝に抱いてナデナデして心を落ち着けましょう。
今日はレオもオスカーさんの許しを得て室内で過ごせることになりました!
「……はあーっ」
ビクン! オスカーさんの深い深ーいため息につい体が反応しちゃった。
「クルト……。何をどうやったら屋敷ごとキレイにすることができるんだ?」
「さ……さあ?」
ヒクヒクと片方の口角を引き攣らせて愛想笑いをしてみたけど、誤魔化せないかな?
「本当に、【生活魔法】で掃除したのか? 『器用貧乏』スキル以外使っていないのか? そ、そして、そのスライムは何なんだ?」
「し、質問が多いですぅ」
ぼくは首をひょいと引っ込めて、オスカーさんの顔の前にレオを差し出し、彼の圧から逃げようとした。
レオがぼくの手の中で、オスカーさんへの拒否反応でウゴウゴと激しく動く。
「……このスライムは、ただの水色スライムじゃない」
「ああっ」
オスカーさんがぼくからレオを奪い取って、疑わしい目でジロジロと観察し始めた。
レオは最初はただの水色スライムだったかもしれないけど、今は違うとぼくにだってわかっている。
水色スライムの能力は汚水を水に変えることぐらいで、水魔法は使えない。
そもそも、レオはスライムにしては頭がいいと思うんだよなぁ。
「クルト。このスライムはレアスライムの可能性がある。このテントの中では見えにくいが陽光に当てると体の周りが輝くことがあるだろう?」
そういえば、レオの体の縁が金色にキラキラしているのを何度か見たことがあるな。
しかも、体自体がしっかりと雫型で動くときの弾みもいいし。
「クルトにテイマースキルがないのに、このスライムが反応しているのは、もともとこのスライムがレア種で知能特化型だからかもしれない」
オスカーさんが寄り目になるほど顔を近づけてレオを凝視するけど、止めてあげてください。
レオの体がうにょんうにょんと変形するほど嫌がってます。
「……このスライムのスキルが『掃除』に特化したものだったら、昨日今日の屋敷の変化も受け止められるし」
「オスカーさん……」
自分の心の平穏を得るために事実を曲げるのは良いことではありません。
「このお屋敷のお掃除をしているのは、ぼくです! レオにも手伝ってもらっていますけど!」
主張はしておくよ! 本当にぼくがぼくのスキルを使ってお掃除しているか確証はないけど……。
「じゃあ、クルト。正直に話してくれ。本当は『器用貧乏』スキルじゃないとか。それ以外にもスキルがあるとか。昨日の掃除はともかく今日の掃除の成果は『器用貧乏』では無理だろう……」
あ、オスカーさんがレオを両手に握ったまま、がくんと項垂れてしまった。
「え……えっとぉ」
ぼくは、覚悟を決めてオスカーさんに全て話すことにする。
信じてもらえるかなぁ?
スキル鑑定にも表示されない、『異世界レシピ』なんてスキル。
ぼくは、お世話になっていた治療院で受けたスキル鑑定から今日のことまで、全部オスカーさんに話した。
「『異世界レシピ』?」
思った通りオスカーさんは、ポカンと口を開けてぼくが告げた未知のスキル名を呟く。
「はい。ぼくもよくわからないんですけど、そのスキルと『器用貧乏』が連携? して効果が倍増しているみたいで。そしてこのレオもそのスキルと繋がっているみたいなんです」
だから、【水魔法】とかが使えるので、こちらでは見たこともない使い方、【ミスト】とか【ジェットウォーター】とかをレオがガンガン使いまくってお屋敷がキレイになったんです。
「スライムがクルトのスキルと繋がっている?」
ますますオスカーさんが混乱していくけど、ぼくは小声で「レオです」と余計な訂正を入れた。
「う、うん。すまない。レオだったな」
口の端をひくつかせてレオの頭をなでるオスカーさんは律儀な人だ。
「クルト。昨日、今日と明日以降、使った魔法を書き出しておいてくれ。【生活魔法】もレオが使った魔法も全部」
「はい。それはいいですけど」
「あまりスキルのことは人に話さないようにな。無理やり話しをさせた私が言うことじゃないが」
ぼくは、ううんと頭を左右に振って「オスカーさん以外には言わない」ことを約束しました。
「どうも、私が理解していた【生活魔法】ではないし、『器用貧乏』スキルについても、もしかしたら今まで誰も気づかなかったことがあるのかもしれない」
「『器用貧乏』スキルですか?」
ぼくは首を傾げて、腕を組んでうーんと考えてみる。
「ハハハ。そうだよ。確かにほとんどの現象の原因は私でも聞いたことのないスキル『異世界レシピ』だろうと思うけど。疑問があるのはスライムをティムしているように命じられることと、スキルを持っていないのに【属性魔法】を使えることだよ」
「でも、魔法を使っているのはレオですよ?」
ぼくの手からは、【ミスト】も【スチーム】も出てこないし。
「そのスラ……レオが、【属性魔法】持ちのレアスライムなら魔法を使えてもおかしくはないけど。私の仮説ではクルトが使えるのを前提としているんだ」
オスカーさんの仮説? それってなに?
「もう少し情報を整理したい。だから使った魔法とどんなことができたのか書いておいてくれ。ただし、人が見ているところでスキルを使うのは禁止だよ」
「……はい」
うーっ、今は教えてくれないのか……、自分のことだから、気になるなー。
「そんなにお預け期間は長くかからないよ。安心しなさい、ちゃんと教えてあげるから。それと、今日魔道ギルドを立ち上げる男から気になる話を聞いてきたんだ」
「魔道ギルド?」
「ああ。魔法の研究をするギルドを立ち上げるらしい。それでな、【生活魔法】について面白い研究をしていたんだ」
「な、なんですかっ?」
「【生活魔法】に必要な魔力量の研究だよ」
オスカーさんは、その話をメモしただろう手帳をいそいそと鞄から取り出した。