お掃除魔法炸裂
信じられない……。
ぼくとスライムのレオは、床に転がる蜘蛛の巣と埃で出来上がった四角い箱状の何かを呆然と見つめていた。
「天井を綺麗にしたい!」と望んだぼくの前に半透明の画面が出てきて、なんだかわからないけど二種類の魔法が表示されていて、え? と戸惑っているうちに下から上に風が吹き上がったかと思えばビューゥッと風がぼくの顔に吹き付けられた。
咄嗟のことに目を閉じて顔を腕で庇うこと数秒。
恐る恐る閉じていた目を開けると、足元にコロコロと転がる四角い何かが幾つも散らばっていた。
「?」
なんだろう、これ? と不思議に思いつつ顔を上に向けてみれば、そこには……。
「ない。そして……なんかキレイ?」
天井にこれでもかと蔓延っていた蜘蛛の巣が跡形もなく消えていて、薄っすら黒かった天井も元の木目がわかるほどキレイになっていた。
ポヨンポヨンとぼくの足にレオの滑らかな体が当たっている。
「どうしたの?」
しゃがんで跳ねているレオの体を捕まえると、レオは体の上部分をみょーんと伸ばして扉を指しているみたい。
「外に出たいの?」
現実逃避なのか、この状況から逃げ出したいのかわからないけど、ぼくはそのままレオを抱いて扉を開いた。
「あっ」
ポヨーンとぼくの腕から飛び出したレオは、ポヨンポヨンと軽快に跳ねて外に出て行く。
「レオ?」
正直、こんな状況のぼくを一人にしないでほしいんだけど……。
本能がキッチンに戻るのを拒否して、ぼーっとレオが去った方向を見たまま立ち尽くしていると、レオがポヨンポヨンと戻ってきた。
もう一体のスライムを引き連れて。
「茶色のスライム?」
確か、茶色のスライムはぼくの目の前に広がる裏庭の雑草を食べてもらっていたはず?
「ああ……もしかして、アレを食べてもらうつもり?」
アレとは、もちろん天井にあったはずの蜘蛛の巣と埃でできた四角い何かだ。
レオはぼくの言葉が大正解とばかりにピョンピョンと上に高く跳ねた。
「確かにこのままキッチンに置いとけないしなぁ」
ぼくは箒を手に取り、キッチンの床に散らばるゴミを外に掃き出す。
レオは、連れてきた茶色のスライムに指示を出すように触手をみょんと伸ばすと、スライムの上部をポンポンと叩いて、ビシッと四角いゴミを指した。
のそのそと動き出した茶色のスライムがゆっくりとした動作で四角いゴミを飲み込んでいく。
「……。ああ、いけないいけない。じっくり見ている場合じゃないや。続きのお掃除をしなきゃ!」
そうだよっ、まだ天井しかキレイになってないんだから。
「えっと、棚とかテーブルを拭いて、油汚れをキレイにしたらシンクを磨いて、最後に床掃除」
まずは、バケツに水を入れて雑巾で拭いていこうかな?
ようやくまとも動き出したぼくの目の前に「シュン」とまたまた半透明な画面が出現した。
「ええーっ!」
今度はなに?
ガクリと膝と手を、すっかりキレイになった床について項垂れるぼく。
いやいや、お掃除は完璧に終えることができた……はず。
今は油汚れやシンク磨き、床掃除で出た汚れた水をレオがごくごくと飲んでいる。
そう、あの意味不明なスキルで、キッチンの掃除が完璧に終わったのだ。
しかも、短時間で!
まだお昼の時間だよ! これからお昼を食べて一休みしてもいいぐらいの時間だよっ。
「おかしいな? ぼくの『器用貧乏』で生活魔法が上手く操れるのはわかるけど、威力が上がってない? しかも段違いに。あとなんで、ぼくが属性魔法が使えるの? 他にスキルなんてないのに」
生活魔法はみんなが使える魔法だから、ぼくが使えても問題はない。
でも風魔法とか、火魔法とかはスキルになければ使えない。
属性魔石を使用した魔道具なら、属性魔法のスキルがなくても使えるけど……。
「【水魔法・ミスト】とか【水・火混合魔法・スチーム】とか……なんなんだろう? そんな魔法なんてあるの?」
生活魔法の【清潔】と合わせると、びっくりするぐらい古い汚れや油汚れが落ちたけど……。
「ぼくのスキル……いったいなんだろう?」
自分のスキルで自分の力なのに、なんだか怖くて思わず自分の腕で自分を抱きしめていた。
しかも、『器用貧乏』と『異世界レシピ』が互いに作用して、適切な魔法をぼくに行使させているのはわかる。
ううん、本当はわからないけど、わかるってことにする。
でもどうして、スライムのレオまでぼくのスキルに影響を受けているの?
チラッと美味しそうに汚水を飲んでいるレオを恨めし気に見る。
【水魔法・ミスト】や【水・火混合魔法・スチーム】をつかうとき、例の半透明な画面がピコピコ点滅してから表示された文章は不思議な内容だった。
従魔スライム 個別名レオにマスターのスキル能力の一部権限を譲渡しますか?
なにそれ? またまた戸惑うぼくを無視して、レオの伸ばした触手が「YES」を勝手にバシンと叩いて選択してしまう。
「ええーっ!」とぼくが絶叫しても、半透明な画面は空しくも消えてしまった。
レオの体に何か異変が起きたらどうしようと、不安でいっぱいになったぼくに見せつけるようにレオは触手から霧状の水を噴射してみせたり、めちゃくちゃ熱い湯気を噴き出したりした。
霧状の水を噴射された棚やテーブルからは汚れた水が滴り落ちて来るし、雑巾でキレイに拭き取ったけど。
油汚れの酷い所は、熱い湯気を当てたからかゴシゴシと力任せに磨かなくてもスルッと汚れが落ちた。
湯気が冷めて油混じりの水がキッチンの床に溜まったけど、レオがゴクゴクと飲んでくれた。
あと、『異世界レシピ』の指示で掃除前のレオに塩とレモンやオレンジなどの柑橘系の果物を食べさせたけど、あれはなんだったんだろう。
そのあと、レオは外に出て庭に茂っている雑草に混じって大きく深呼吸していたけど?
「ジューソー」とか「クエンサン」ってなんの呪文なのさ。
はあーっ、ぼく、頭が混乱してきちゃったよ。