その弐・試された少女
「ちゃんと採用されないと困るぜ?」
叔父の声が頭に響く。毎日毎日聞いていた、あの声。
「なにせ採用されることが“特別手当”への第一歩なんだからなぁ。」
ニタニタと胸クソ悪い笑みを浮かべる。
「他も抜かりなくやっておけ。そしてちゃんと俺に金を入れてくれよ?」
どうせ賭博と花街に使うんだろうに。
花街の妓女も可哀想だ。お金を積まれたからってこんなやつに接待をしなくちゃならないなんて。
「おい!返事をしろ!」
怒鳴られる。いつものことだ。
どうせ私には選択肢はないし、現状を変えようとする気力もないのは向こうだって分かっているはず。だから私の返事なんて聞かなくとも、私に拒否権はないのだから命令を実行するだけなのに。なぜいちいち返事をもとめるのだろうか。
「はい。分かりました。私の美学に則り善処いたします。」
私は従順なふりを装って返事をした。
◇
とても寝心地のいいふかふかのベットで目覚めた。しかし、あまりいい夢の内容は良いものではなかったような気がする。
面接を経て採用された私は、お屋敷の別館に部屋をもらった。場所は4階の端っこだ。
そんな私の新しい部屋は元々叔父と一緒に住んでいた荒屋と同じくらいの広さ。そして荒屋より全然清潔感があり、とてもキレイだ。きわめつけは、部屋の広さ。たしか荒屋は10畳くらいの広さがあったはず。
なのにと関わらず、たった一部屋が荒屋と同じくらいの広さもあるなんて。しかも下っ端の侍女でこの待遇。
流石お金持ち、領主様。脱帽である。
さらに4階なので景色が綺麗だ。しかもここは山の上。町を見渡すことができる。町に住んでいる人が本当に小さく見える。
支給された侍女の服を着て適当に身支度を終わらせた。そろそろ動かなくてはいけない時間だ。
食事は別館の食堂だとのことなのでそこに向かった。
朝はご飯と味噌汁、そして煮物。久しぶりの豪華な食事だ。普段は食べないこともあったから食事を支給してくれるのはとてもありがたい。
噛めば噛むほど甘いご飯。鰹節の出汁がきいた温かい味噌汁。煮物の大根はちゃんと味がしみこんでいる。
この料理を作った料理人に会ってみたいと思いつつ、ゆっくりと食事を楽しんだ。
◇
「とりあえず3階の廊下の掃除をお願いね。」
食事を終えて指定された場所に行くと、私の直属の上司となる侍女長に唐突にそう言われた。
改めて見ると別館とはいえ、廊下も広い。本館……どんなもんなんだろうか。想像ができない。
「分かりました。」
返事をして雑巾やバケツ、モップなどを受け取った。
早速掃除を始める。
ただ…おかしい。
この廊下、少し汚い。いや掃除をする前なんだから当たり前なのかもしれないけど……。
でも大抵こういうお屋敷は埃が積もる前に掃除するというイメージがある。
広いお屋敷を常に埃がなく、キレイな状態に保つというのは貴族にとって一種のステータスだ。それだけ使用人を雇える財力があるという証になる。もちろん健康を保つためということもあるとは思うが。
しかしここの廊下は薄く埃が積もっている。私の部屋がある4階は埃なんて一切なかったからなんだかちぐはぐに感じた。なぜここだけ??
でも、私がかつて住んでいた荒屋なんかよりは全然キレイだ。あそこは…掃除しても、掃除しても、掃除しても綺麗になることはなかった。
掃除すればするだけ綺麗になるため、荒屋の掃除なんかよりも達成感が全然違った。
…少し楽しい。
気がついたら廊下は綺麗になっていた。夢中になると時間が経つのがとても早く感じられる。
「どのくらい終わりましたか?半分くらい………え?」
後ろを振り返ると侍女長が立っている。どうやら私の様子を見に来たようだ。
「もう終わらせたんですか?すごい!!」
手を叩いて喜んでいる。呆然とその姿を見つめた。
「あー、ごめんなさいね。貴方のことを少し試させてもらったの。一応松風さんから事前情報は貰っていたのだけれど……私の目でも確かめたかったから。」
侍女長は優しく微笑んだ。
あー、だからちぐはぐだったのか。あの薄い埃は私の掃除の力量を見るためだったようだ。
「予想以上だわ。短時間こんなでキレイにしてくれるなんて。そういえば自己紹介がまだだったわね。私の名前は紅葉よ。これからよろしくね。」
そして他の侍女達がいるところに案内された。
侍女達…とはいってもここの侍女達は侍女長を含め、5人しかいないらしい。
これで、全員……?少なくないか?たったこれだけの人数でこの広い屋敷全体を……!?
なんて感心していると一人一人自己紹介を始めた。
「わ、わた、私は若菜って言います………。よろしくね。」
少しおどおどした三編みの侍女。私と同い年くらいに見える。人見知りなのかもしれない。
「私は風花です。よろしく。」
クールそうな侍女。偏見かもしれないけど合気道とかやってそうな感じがする。姿勢がとてもいい。
「うちは小夜っていいます。よろしゅうね。」
ふわふわとした…例えるなら綿あめのような侍女。ただ裏に何かを持っているような…そんな怖さが少し感じる。
「わたくしは月華です。」
良いところのお嬢様っぽい。服はみんなと同じ支給された侍女の服だけど髪の毛は他のみんなと違い、艶がある。貴族でしかも……それなりに位が高い家出身の可能性がありそうな感じがする。
十人十色っていう感じがしたけどみんな総じていい人そうだ。
「今日からここでお世話になります、鈴蘭です。よろしくお願いいたします。」
ここについて何も知らないので、侍女の仕事やここでのルールなど年が近いという理由から若菜に教えてもらうことになった。
「年の近い人がいなかったから嬉しいなっ!」
別館を歩きながら説明を受ける。
「基本的に行っちゃいけないところとかはないよ。明日からは本館にも行くことがあるだろうけど、仕事をちゃんとこなせば特に何も言われることは…ないかな。本館の5階は一応行っちゃいけないことになってるから……えと主様の寝室とかプライベートフロアなの。」
へぇ、随分緩い。領主様のお屋敷だしもうちょっと厳格なのかと。
「図書室とかはありますか?」
そして我々侍女は使ってもいいのだろうか?
「あ!うん。あるよ。本館にすごい広い図書室があるよ。えと確か本の貸出が……5冊まで大丈夫だった気がする。」
若菜と喋るのはかなり楽しかった。若菜も年の近い人がいなかったといっていたが、私も同じだ。基本的に自分より年上の人としか関わってなかったからとても新鮮だった。
次回の更新は木曜日です。