009:初任務②
「それにしても、やるなぁ兄ちゃん」
「あんた、ちゃんと食べてるのかい?」
いただいたパンを頬張りながら、慌てて果実水を飲む。
どうも飢えに対して危機意識が強いらしく、絶対に取られないと分かっているのにがっついてしまう。
「はっ、ハイ。美味しいです」
「そういう事じゃないんだけど。ねぇ……」
「生っ白い上に、細ぇよなぁ」
周りの評価からすると、体格的に冒険者向きではないようだ。
それでもこの世界は、生まれによって可能性に限りがある。
商店街にあたるこの地区は、かなり裕福だと言っても過言ではない。
それを理解してない時点で、俺から見たら豊かに見える。
ただ、差し伸べられる人に手を差し伸べられるだけ、心の豊かさも同時に持っている人たちだった。
世間話の中から分かった事は、この作業は各店舗から一名ずつ出て、夕方近くまでかかる内容だったらしい。
飛び跳ねて汚れた布は、後で買い取らせて貰おうと思う。
寝る所とお湯の確保はしてあるので、報酬から日用品を少し買い足さなければならないと思う。
夕食を食べて、僅かに残る程度の報酬額――ただ、こういった作業をしないとランクは上がらない。
「ごちそうさまでした」
「おう、良い食べっぷりだったぜ」
「まだ食べられるでしょう? これも持っていくと良いよ」
「ありがとうございます」
2~3人だった見物人が5~6人になり、それぞれちょっとした物を持ってきてくれた。
赤い果実二つとか、古着のシャツ・パンツとか。
上半身裸なのは気にならないけど、さすがに見るに見かねてって感じだったと思う。
何故か依頼人さんまで連れて来て、「今年の大掃除はないよね?」と確認をしていた。
「報告が遅くなってすみません。どうでしょうか?」
目を大きく見開いている依頼人さんは、辺りをキョロキョロと見回していた。
今回は一人で出来る作業だと思ったので、事前に一人でやると話してある。
大人数でやる作業が短時間で終わったので、協力者がいると思ったようだ。
「ふむ……。とてもキレイに仕上がっている」
「「やったー!」」
「ありがとうございます。では、蓋を閉じますね」
「あっ……、あぁ。うん、少し待ってくれ」
一個目の蓋を静かに側溝に嵌めると、『待った』がかかってしまった。
何か問題でもあったのだろうか?
「作業はそのまま続けて貰って良いが、君はまだ時間はあるのかな?」
「はい。時間が読めなかったので、今日の仕事はこれだけの予定です」
「なら、まだ幾つかの区画を頼みたいんだが……」
石の蓋を次々とコトリと置いていくと、依頼人さんは追加の仕事を頼みたいようだ。
きちんと冒険者ギルドに通すらしく、指名扱いで報酬も割り増ししてくれるみたい。
どうせ放置されている依頼なので、日程も今日中でなくて良いらしい。
ただ出来高払いには変わりなく、今日と同じくらいの精度でお願いしたいと言われた。
話を聞きながら、最後の蓋をコトリと置いて閉じる。
「なあ……、随分静かだったよな」
「ん? 何がだ?」
荷車に汚泥を入れた桶を載せ、その他の道具類も一緒に積み込む。
道具類は夕方に、元あった場所に戻せば良いと教えて貰った。
「では、近くの区画からやりますね」
「あぁ、じゃあ案内しよう。
頂いたシャツを軽く羽織り、荷車を引いて案内された場所へと移動する。
午後の作業は依頼人さんが見学していて少し緊張したけど、特に問題なく作業を終える事が出来た。
このペースだと、数日は安定して仕事に就けると思う。
最後の片付けまで丁寧にした後冒険者ギルドに報告し、今日の仮眠室の権利を無事にゲットできた。
しばらくは仮眠室を使える約束も出来たので、明日の宿の心配もない。
狭く硬いベッドだけど、一日を無事に終えられた瞬間は幸福感に満ちている。
もうあの場所には戻らないぞという決意が、明日の活力を与えてくれるからだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
数日続いた側溝掃除は、依頼人から高評価を貰っていた。
何回か見学に来て、仕事の丁寧さを褒めてもらった時はとても嬉しかった。
時々ある差し入れも嬉しいし、少しずつ旅に必要な生活雑貨も増えている。
本当なら武器を購入し魔物退治でも出来れば良いけれど、武器は目が飛び出る程高いものだ。
命を預ける装備は、出来れば長く使いたい。
だから今は町のお手伝いとして、地道に作業を続けていくのが近道だと思っている。
「はぁぁぁ、それにしても見事だね」
「ちょっと、これ持ち上げてみろよ。あんな軽々とは無理だぜ」
何故か側溝掃除にギャラリーが多いけど、確かに無償で働かせられるよりかは誰かに頼んだ方が楽だ。
大人数でやらなきゃいけない作業が一人で済むなら、依頼人にとってこれほど良い事はないだろう。
時間は有限なので、一生懸命に作業をしているとふくらはぎに違和感を覚えた。
「うん? あ~、当たりか……」
ここの側溝は湿り気が強く、泥がかなり深かった。
なので事前に砂を撒いて回収しやすくしてたんだけど、泥の中に血球ヒルが存在していたようだ。
泥の中では黒ずんだ色なのに、足を持ち上げた途端半透明の半球状が張りついていた。
「ちょっと、大丈夫なの?」
「兄ちゃん待ってろ。今松明を取って来るから」
握りこぶし半分くらいの血球ヒルに血を吸われると、多くの人が高熱を出してしまう。
噛まれた状態のまま無理やり剥がそうとすると、血が止まらなくなる事もあるようだ。
半透明状の血球ヒルは、必死に脚へしがみついている。
まだ赤く染まっていないので、側溝の壁際に圧力をかけてプチッっとしてやった。
走っていった男性が戻ってきて、火のついていない松明を持ってあたふたしている。
周りのギャラリーは、少し茫然とした目でこちらを見ていた。
「ありがとうございます。もう、大丈夫ですよ」
「えっ? あ? えー?」
「具合が悪いとかないかい?」
「はい、結構頑丈なんです」
この血球ヒル、普通に倒そうとすると結構面倒な生物だ。
どこに捕食器官があるか分からない上に、棒で殴ってもダメージを負っているようには見えない。
小さいので剣とかで闘うような相手ではないし、短剣で刺そうものなら高確率で反撃にあってしまう。
どこにでもいるけど、遭遇率は少ないのがせめてもの救いだった。
「ん? この小さいのって……」
この世界では、体内に魔石を有しているものが魔物と呼ばれている。
亜人は魔物に区分されていなく、魔人は蔑称としてそう呼ばれているだけだ。
血球ヒルが生物ではなく魔物だと初めて知った。
そんな事を考えながら作業をしていくと、あっという間に一連の依頼を片付ける事が出来た。