008:初任務①
結構早く冒険者ギルドに来たのに、いつ来てもギルド内は冒険者で賑わっている。
そして一定数、頭の良い人が紛れているから困りものだ。
ただ冒険者登録をしただけの子供に、あからさまに興味を持っている人が数名いる。
行動に移していない人がそれ以上いるので、もしかしたら下働きとか縄張りとか自分が知らない内情があるのかもしれない。
今は登録に来た子供らしく、素直に正面出口に向かった。
「坊主、家の場所は分かったか?」
絶妙なタイミングで掛けられた野次に振り向くと、俺の肩らへんに手を伸ばそうとした男が横目に見えた。
それには取り合わず、野次があった方を目掛けて深々と腰を折り「ありがとうございます」とお辞儀をする。
「あ……、あぁ」
手を伸ばしてきた男をじっくり観察し「行ってきます」と声を掛けると、男は慌てて手をワタワタさせて後ろ手に組んだ。
しどろもどろに「おぅ」と言うと、何故か「気をつけてな」と返事を貰った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
側溝掃除は町の管理者が発注元だ。
指定された場所に行き、依頼人に羊皮紙の受注書と冒険者カードを提示する。
すると、あからさまにがっかりした表情を見せた。
「依頼を受けてくれるのは嬉しいが、最低でも二人は欲しかった……」
「何か問題でもありますか?」
「報酬は出来高払いなのは書いてあるけど、もちろん読んできたよね?」
「はい、問題ありません」
誰も依頼を受けないFランクの作業でも、誰もが出来るとは限らない。
多分依頼人は、それを心配しているんだと思う。
「ふむ。では、ここにある道具は使って良い。後、汚れ作業になるから……、そこの布は好きに使いなさい」
「ありがとうございます」
思ったよりも良い依頼人だと思う。
場所によって道具は持ち込み当たり前の所があるし、場合によっては時間の指定をされる所がある。
こういう依頼が来る時は、大抵匂いがきつくなって慌てて発注する場合が多い。
誰も受けてくれない場合は、自治の名の元に近隣の店から人を出させる事もあるので、依頼人は良心的な運営をしていると思う。
目的の場所まで案内されると、かなりの距離だと説明をされた。
側溝と側溝を結ぶ地点は金属の格子と泥の流れ止めがあり、そこのラインを超えた雨水が更に地下に流れていくのが一般的だ。
石の蓋が敷き詰められており、まずこれをどかすのに苦労する。
側溝に堆積した泥や異物を出し、最後に水を流して底が見えたら完了だ。
問題は異物やゴミはもちろん、どこから入ったか分からない何かがいる可能性まである事だ。
「では、頼んだよ。終了時には私が確認するが、夕方になって終わらない場合は石で蓋をする必要があるからね」
「はい、分かりました」
「本当に、それだけの道具で良いのかな?」
「ええ、大丈夫です」
依頼人は心配そうだけど、元々依頼料が少なく出来高払いなので相手に損はないだろう。
裏を返せば、出来高払いはやればやるほどお金になる。
汚れ仕事でも、物理的に汚れる事に嫌な気持ちはない。
まずはこれが冒険者としての第一歩だと割り切り、ローブとサンダルを脱ぎ捨てた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
借りた道具は木製の先が平らなスコップのような物、それと水桶に長い布だった。
さすがに全裸で側溝掃除をすると通報されてしまうだろう。
局部をしっかり隠すように、念入りに布で巻いておかしくないようにしてある。
「さてと、頑張るか……」
もう一人からの返事はない。
こういう一つ一つが経験なんだけど、きっと疲れが溜まっているのだろう。
側溝の蓋の役割をしている石と石の間には、かろうじて指が入る程度の隙間がある。
普通は鉄梃のようなもので持ち上げるのが一般的だけど、なかなか技術というかコツがいるみたいだ。
昔やり方を教えてくれた冒険者は、端から持ち上げようとしていた。
ところがその蓋を角にある地下まで落ちる穴まで落とし、依頼人に取ってこいとまで言われたらしい。
この石の蓋はとても重い。
だから本来この作業は、一人でやるものではなかった……けど。
「いや、いけそうなんだよなぁ」
軽く石の蓋を踏み、ビクともしない蓋を見て考えこむ。
とりあえずやってみようと、石と石の隙間の穴に指の第一関節を入れて、両手で垂直に持ち上げてみた。
違和感なくスッとあがる石の蓋。目的は側溝の掃除なので、水平に移動して手前に置く。
一個動かしてしまえば、後は指の関節だけで持ち上げる必要はない。
少しスライドさせて隙間を大きくし、手の平全体を使って持ち上げていく。
「おおーい、君。この道具を忘れてない……?」
蓋を全部動かした後に依頼人さんがやってきて、鉄梃のようなものを持ってきてくれた。
どうやら前回作業した人が奥の方に放り投げたらしく、見える場所になかったらしい。
依頼人さんは発注者なので、あまり細かい作業工程は知らないようだけど、道具の一覧を見て何かが足りないと思っていたようだ。
「あぁ、大丈夫なようです。このまま作業に入りますね」
「ふむ……」
首を傾げながら、道具を持って戻って行ってしまった。
どちらにせよ最後に確認してもらうんだから、あまり見られながら作業するのも少し気まずい。
蓋が開いたので、やり方はいくつかある。
水を掛けながらふやかし、異物を外に出していく方法が一つ。
もう一つは乾いたままの異物を何とか取り出し、匂いを軽減させる方法がもう一つだ。
片足を側溝の外に、もう片方を側溝に入れ、木製スコップで異物を突いていく。
乾きすぎた状態だと、今度は風に飛ばされるかもしれない。
人に迷惑をかけることなく、丁寧に仕事に取り組む。
それがスラム出身の冒険者としての矜持だ。
お昼の鐘を前にして、一区画を終える。
桶に汲んだ水をザーっと側溝に流すと、いつの間にか数名の見学者が並んでいた。
「へぇぇ、見事なもんね」
「これで今年はやらなくて済んだな」
「あら、あなたは何時も逃げ出すでしょ?」
「えーっと……。そうだ、用事を思い出した」
端から端まで見ても、見事な出来だと思う。
水桶で足を洗い、サンダルを履く。
依頼完了の報告も、薄汚れた恰好では印象が良くないと、先輩冒険者に口を酸っぱくして言われていたからだ。
一息ついたところで昼の鐘が鳴りだす。
するとさっきこの場を離れた男性が、小さなバスケットを持ってやってきた。
「これは御礼の印だ。大したもんじゃないけどな」
「あっ、ありがとうございます」
差し出されたのは絞ったタオルと、パンに何かを挟んだ物と果実水だった。
時々、人の温かさに触れる事が出来る。
それが冒険者をやっていく上で一番の醍醐味だと思う。